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.kogayuki.  グリーンアイズ6 もうひとつの世界


 夜に3人で部屋にゴロゴロしていると、ガレージに車の入る音が聞こえた。
「あ、やべえ、オヤジだ」
 そうタイチが言ってわたしたちは慌てて音楽を消す。それからタイチは頃合いを見計らって、階下に降りていった。
 タイチのお父さんはだいたい事務所代わりのマンションに泊まってるんだけど、ここ一週間くらい海外に会社の買い付けに行ってたはずだ。帰国してここに帰ってきたんだろう。車からスーツケースを出す音が聞こえた。誰かと話す声も聞こえた。
「女の人、一緒なんだね」
「そうみたい」
 アヤとわたしは、声を殺して囁きあった。

「今日はさ、ここで寝て、明日会社に行くんだってさ」
 タイチがおみやげのマカデミアナッツを持って部屋に戻ってきた。
「仕方ない、静かに寝るとするか」
 そう言ってタイチが電気を消す。だけどなかなかすぐには寝付けない。それでも声を出すわけにもいかずに目を瞑っていると、いつのまにか浅い眠りについていたらしい。
 次に目覚めたときも、まだ真っ暗闇の中だった。
 階下からバタバタと走るような音が聞こえた。音は、そのまま玄関を開けて、外まで出ていった。タイチが、そっとカーテンを開けた。
「女の人が走っていった」
「どうしたんだろう?」
「買い物でも行ったのかな?」
 とはいえ、ここは高台の住宅地。最寄りのコンビニでさえも坂を下って10分はかかる。それとも家に帰るつもりなのか。としても最寄りのバス停はもっと先だし、何よりもこんな時間にバスが走っているはずもない。
 タイチのお父さんとケンカでもしたのか。それで外に飛び出したのかもしれない。
 それから、わたしたちの眠りはさらに浅くなり。寝返りを打ったり、ため息をついたりしながら3人で朝が来るのを待っていた。

 朝の8時になった。
 補習に行かないと間に合わないんだけど、お父さんが起きないんで、わたしたちは部屋から出られない。
 そそくさとタイチと出かければいいのかもしれないが、アヤをひとり部屋に置いておくのも気が引けた。しょうがない、今日は休もう。とタイチが言った。
 タイチを見張りにして、アヤと交代でトイレを済ませ、わたしたちは、おのおのタイチの持っているコミックを読みふけりながら時間をやりすごした。
 38巻まで揃っている少年コミックを20巻まで読んで、時計を見たら正午だった。さすがにおなかが空いた。昨日のマカデミアナッツをまた食べたが、空きっ腹に小さなナッツチョコは、かえってお腹が空くばかりだ。
 アヤはそういう生活に馴れているのか、食べなくても平気とのんびりしているのだが、わたしとタイチはじりじりと空腹に苦しめられてきた。
 早く、お父さんが起きて、出かけてくれればいいのに。疲れて熟睡してるんだろうか。いけない、空腹でいらいらしてきた。でも、しょうがない、ここはタイチのウチで。わたしは家出娘なんだから。と自分に言い聞かせてみるが、ジリジリイライラが治らない。
「お父さん、起きるの遅いね」
 そう言うと、タイチも限界だったのか、ちょっと部屋を覗いてくるといって、階下に降りていった。
 階段を下りて、廊下をはさんで居間と反対側がお父さんの寝室だ。
 タイチがその部屋をノックする音がする。それからギィッとドアを開けた。
 中にタイチが入ってゆく。そして、すぐに出てくる。
 バタバタバタっと階段を上がる音。
「碧、アヤ、ちょっと来て!」タイチが真っ青な顔をして言った。
「お父さん、死んでるみたいんなんだ」
 人間は何を持って人が死んでると判断するのか、それは単なる熟睡ではないかと思いながら、お父さんの部屋に入ってみた。
 だけどもお父さんは、ひと目見て死んでいた。目は大きく見開いたままで、口からはなんらかの液体が流れでている。驚いて、そのまま時間が停止したような顔だった。
 死体というのは、テレビで「死んだ演技をしている人」くらいしか見たことがなかった。タイチのお父さんは「演技の死体」そのもので、しかも流れ出ていた吐瀉物や体液が放出する何ともつかない匂いの分、もっと死体らしく。それで、わたしたちは、やはり死んでいると判断するしかなかった。
 アヤの手がそっとお父さんの頬を撫でた。
「息、してないし。それにカラダが冷たい。ほんとに、死んでるんだ」
 アヤがそういうと、タイチのカラダはぶるぶると震えあがり、目からは大粒の涙がポロポロと流れ落ちた。
「どうして・・・どうして、こんなことになってしまうんだ」
 タイチが泣きながらしゃくり上げる。
 昨日の女の人のことが浮かんだ。夜道を走り去っていったお父さんの恋人。お父さんはそのとき、既に死んでいたのだろうか?
「あの女だ! あの女が殺したんだ。それで逃げたんだ!」
 それを聞いて、アヤがそっとタオルケットをめくってみた。むっとする臭いが部屋中に広がる。お父さんは裸のままだ。だけど血が出ているわけでもないし、首を絞められた跡があるわけでもない。そういう意味では、表情とは裏腹に、まるで寝ているようなカラダつきだった。
「わたし、わからないけど。自然に死んだんじゃないのかな? ほら、心筋梗塞とか脳梗塞とか、そんな感じで・・・」
 アヤがなんで死体を前にして、そんなに冷静でいられるのかわからない。
 それくらいにわたしとタイチは動揺してた。ブルブルと震えるタイチの手を握りしめながら、その振動でわたしのカラダまで震えてきた。
「タイチ・・・誰かに連絡しなくっちゃ。でも、誰に連絡すればいいの?」
 警察? それとも病院? 
「誰にも言わない・・・」
「え?」
「まだ、生き返るかもしれないじゃないか! それに誰かがくれば碧もアヤもここにいられなくなる。だから、誰にも言わない!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。お父さんを放っておくわけにもいかないし。わたしたちのことはいいんだよ。家に帰ればいいことだし」
「二人とも帰ったら、おれはまたこの家でひとりだ。ずっとひとりでいて。やっと碧やアヤがきてくれたのに・・・もう、ひとりに戻るのはイヤだよ・・・」
 アヤはそれを聞きながら、部屋のエアコンを強くした。エアコンはもともと入っていたらしいが、温度調整して、かなりの冷風が流れてくるようにした。
「こうしておけば、腐敗が遅くなるかもしれない。タイチ、台所に行こう。そこでゆっくりと考えよう」
 そう言って、アヤはベッドサイドにへたり込んでいるタイチを立たせた。
 ふらふらとタイチが歩いてゆく。わたしの手を握ったままで、ときおり、こっちにふわっと倒れかかってくる。その身体が重たいはずなのに、なんだか空中を歩いてるみたいな感じしかない。これは本当に現実なんだろうか?
 3人でタイチの部屋で音楽聞いてお菓子食べて、そして学校に補習に行く。これが、わたしたちの現実だったはずだ。
 キッチンではアヤが冷蔵庫から麦茶をついでくれた。アヤは冷静だ。わたしは麦茶のことなんて考えられない。
「変に思うかもしれないけど。死体を見る機会は、碧たちよりかずっと多かったんだ」
 アヤが麦茶を飲みながら言った。
「教会で誰かのお葬式があるたびに、お母さんと手伝いに行ったの。お母さんが死んだ人を扱っているのを見たりしていた。お葬式も、それに来る人もいっぱい見てきた。悲しい理不尽な別れ方をした人たちもたくさん見てきた。その分、少しは冷静なのかもしれない」
「そっか・・・ねえ、アヤ。どうしたらいいんだと思う?」
「誰かに連絡しなくっちゃ。わたしたちじゃ、どうにもできないよ」
「タイチのお母さんは?」
「ああ、それがいいと思う。タイチ、どう?」
 タイチは顔を伏せたままかぶりを振る。イヤだ。まだ生き返るかもしれない。と言い張る。タイチの弱さをはじめて見たような気がした。そうだ。わたしたちは、タイチに弱さを預けてばかりで。タイチの弱さなんて考えもしなかったんだ。
「ごめんなさい・・タイチ・・・でも、お父さんはもう、生き返らないと思う。そういうもんなの。生きているうちは何度もやり直しができても、死んでしまったら、もう、こっちには戻ってこれないの。ずっと昔から、そういう決まりなのよ」
 アヤがそう言うと、タイチは大声を上げた。悲鳴のような声。切り刻まれてしまったタイチ。わたしたちって、本当に、何ひとつできやしない。
 なぜかむしょうにお母さんの声が聞きたくなってしまった。こんなときに、お母さんのことを思い出すなんて虫が良すぎるかもしれない。でも、こんなときだもの。お母さんなら。話せば何とかしてくれるかもしれない。そうだ。相談してみよう。ちょっと話しづらいかもしれないけど。
 アヤのケイタイを借りて、2階に上がり、それで家のダイヤルを押した。
 
「いまさら、何で電話してくるのよ!」
 お母さんの第一声はそうだった。わたしは気後れして何も言えなくなってしまった。
「お金が必要なら、送ってやるわ。でも、用があるんなら、アヤちゃんから電話してもらいなさいよ」
 電話ったって。親子じゃないか。それにいつまでもアヤのウチにいていいのかくらいは思ってもよさそうなのに・・・
「自分が、どれだけ大変なことしたかわかってないのね。あれから警察が来たわ。あの女がチクったのよ。おかげで誰もここに寄りつかなくなった。もう、マンション中の噂になってるのよ。今まで来てた人だって誰も来やしない。会社はがんばれって言うだけで、何もしてくれない。ここで、わたしが毎日ここでどんな思いをしてるか知ってるの!」
 お母さんはそれから、わたしの話も聞かずに、独り言のように続けた。
 そもそもあんたなんか生まなきゃよかったのよ。親はいつだってちゃんとごはんを作ってくれる人くらいにしか思ってないんでしょ。わたしだって、自分の母親にごはん作ってもらって、洗濯してもらって、仕事して、ときには飲み歩いて、ボーナスで好きなもの買って、ずっとそんなふうにしていたかった。だけど、もう、誰も助けてはくれないの。何もかもひとりでしなきゃいけないのに。お父さんだって離れているのに。誰も大変だねって言ってくれない。子供は、邪魔ばっかりするし。あんたを産んだからよ。あんたのせいで、わたしはひとりぼっちよ。もうわたしのことなんかほっといてよ!」
 ぐるぐるぐるぐる。頭の中がコマみたいに回った。
 お母さんのこと、頼ろうとしたわたしが間違ってたんだ。あの人はわたしたちと同じくらいの子供のままなんだ多分。わたしはこれから大人になるつもりだけど、あの人はもうなれない。これから変わっていくなんて絶対できない。
 タイチが頼りにならない今、タイチに何かしてあげよう。できるだけ力になってあげよう。わたしはお母さんみたいにはならない。そう思いながら階下に降りたけど。どうしていいかわからない。
 誰かを頼らなければ何もできないなんて、ああ、なんて不自由なんだろう。
 ほんの1ミリくらいだけど、お母さんの言うこともわかるような気がした。

 階下ではアヤが電話を握っていた。
 タイチのお母さんにかけてるらしい。だけども、いつまでたっても繋がらない。留守電もないみたいだ。
「タイチ。お母さんのケイタイ知ってる?」
 タイチは長い番号を暗記していたらしく、ぼそぼそと呟いた。だけども、アヤはすぐにその電話を切った。
「現在使われておりません、だって。ケイタイ変えたのかな?」
 わたしたちは孤立していた。誰にも知られずここで生活できたのは、誰もが無関心でいてくれたからだ。その心地よさが反転してしまった。誰も、わたしたちに気づいてくれない。
「母さん、多分、夜働いてるんだと思う。もう、いいよ」
「もういいって・・・死臭は、こんなもんじゃなくなるわ。誰かに気づかれるのも時間の問題よ」
「もう、お父さんが生きて帰らないのなら、あれはただの死体だから。捨ててしまってもいいんだ」
「捨てるって?」
「ああ、そうだ。赤い橋のところがいい。あさくら山の手前にかかっているだろ? 自殺の名所だし、落ちたら絶対探せないって言うじゃないか。あそこまで運べばいい。夜になったら行こう。車の運転くらいなんとかなるよ。おれ、車庫入れとか手伝ったりしてたから」
「本気なの?」
「本気だよ。逃げていった女がこれからどうこうするなんて思えない。いまさら、お母さんの世話になんてなれないし。おれひとりなら、働いてなんとか生きていける。大学はもういい。もともとそんなに行きたかったわけじゃないんだ。アヤも碧も何もなかったようにしておけば、またいつだってここでこういうふうにできるんだ」
 本当にそんなことが可能なのか?  頭がよくてなんでも自分でやってきたタイチ。だけど、タイチのお母さんは。のちのちそれを知ったらとてつもなく後悔するに違いない。タイチのお母さんのことを思うと泣きそうになった。今タイチは正常な判断ができてないのだ。こんな大変なこと、知らされてないまま何年も過ぎたとしたら・・・親ならきっとすごく悲しむに・・・悲しむに違いないはずなのに・・ウチのお母さんはなんで耳を塞いでしまったのだろう。想像できないくらいに大変なことなんて、ふつうの日常の中では誰も想像してくれないのだろうか?
 それからアヤは何かしらを考え、それから大きく息を吸い込んで言った。
「できるかどうか保証できない。でも、タイチがほんとにそれでいいんだったら、わたし、お父さんをあさくら山まで一緒に運んであげるわ」
 わたしはもっと驚いた。できない、わたしにはできないと思う。そう言いたかったのに声が出なかった。じゃあ、何ができるかって言うと、明日になるのを待ってタイチのお母さんに連絡するくらいだ。でも、そのときには、わたしもアヤも家に戻らなければいけない。あのお母さんの元にどうやって戻ればいいんだ?
 いつか戻らなきゃいけない。2学期がはじまるころには多分。だけど、またあの人と二人っきりで生活することなんて、到底できないような気がした。
 今までずっと騙し通してきたんだもの、これからも出来る?
 それよかもっと感じたのは。アヤにとってもタイチにとっても、この生活をずっと大切に思ってくれてたんだということだった。
 わたしにとってかけがえのなかった、ここでの生活。楽しいという言葉でしか語られることのなかった生活。わたし以上に、二人がここでの生活を守りたいと思っている。それがはっきりとわかって。それなら、わたしだって一緒に守りたい。死守したい。いくつ嘘をついても、ここを守っていいという気持ちにさえなれた。そう思っていいんだと思った。
 ほんとにそれができるのなら・・・
 そうするしか、ないと思った。

 夜中の2時まで待って、それから行動を開始した。
 毛布でくるんだお父さんは、固くて蝋人形のようだった。異常に重たい鉛のような蝋人形。だが、昼間のようにわたしたちはそれを怖れない。
 魂の抜けた死体は記号だ。記号なのだ、と自分に言い聞かせた。アヤがそう教えてくれた。ただの記号なんだから、何も怖れることなんてないのだと。
 ガレージの横は、分譲中でまだ建物は建っていない。この小高い丘はまだまだ造成中なのだ。
 毛布でくるんだお父さんのカラダを無理に折り曲げ、後ろのトランクに押し込めた。なかなか曲がらないもんだから、固い針金をペンチで折り曲げるように無理矢理に折り曲げ、タイチが、ごめんな、と小さく呟いた。
 運転席に乗り込んで、タイチはライトの位置を確かめる。スモール、上向き、ふつう・・・夜の運転ってほんとはしたことないんだ・・・でも、できるよな・・・きっと。
 アヤが両手を合わせて祈るようなポーズを取る、わたしも真似して両手を合わせる。わたしの両手は汗でベタベタしてた。
「大丈夫、タイチならできる。絶対大丈夫」
 アヤがそう言って、車はゆるやかに車庫から出ていった。ゆったりしたスピードで車が走る。この造成地を抜け、ずっと山奥に入り、ダムを抜け、隣の山との間に赤い橋がかかっている。山中に入ってからすれ違ったのは、2台連なったバイクだけだった。すごい爆音が聞こえたから、たぶん純粋に走りを楽しんでいたバイクなのだろう。彼等が目撃者になるとは思えない。
 赤い橋に着いたのは3時をすぎたあたりだった。ここは短い橋ながら2車線になっていている。その片側に車を止めて、ライトを消して外に出た。
 漆黒の闇。月も星も出ていなかった。重たい雲がたちこめているのだろう。 風の音と虫のささやき以外何の音もしない。近づいてくる車もないみたいだ。
「大丈夫、タイチ、今なら大丈夫よ」
 アヤが言う。タイチが用心深くトランクを開けた。
 だが、死体を引っぱりだすのは予想外に大変な作業だった。無理に折り曲げたものだから、引っかかってなかなか出てこない。わたしが足を持って、タイチとアヤが上半身を引き上げた。冷たくて固くなった脚。記号なんだと言い聞かせても冷たい汗がぽたぽたと落ちるばかり。平地よりか気温の低い山風が吹いているのに。汗で呼吸が荒くなる。
「よし、出た!」
「タオルケットははずして。どこかに引っかかるといけないから」
 ああ、アヤはなんでこんなに頭を働かせられるんだろう。
 橋の中央から、お父さんの死体を暗闇に放り投げた。
 空白の時間のあとに、遠くで着地した音がした。ドサッ。
 それからわたしの吐く息だけが、ハアハアハアと荒く聞こえた。
 アヤは手早くタオルケットをトランクにしまい、持参した懐中電灯で下を照らす。
 高くそびえ立つ木々しか見えない。用心深く広い範囲を見たけれど、この木の下まで落下したようだった。
「大丈夫、大丈夫よ」
 アヤがそう言う。呼吸が荒いのはわたしだけではなかった。アヤもタイチも、肩が動くくらいの呼吸で。それが落ち着くまでわたしたちはじっと立っているしかなかった。

「最後にお祈りさせて」
 アヤがそう言って両手を胸の前に組む。わたしたちもそれを真似た。
「神様。今、わたしたちの隣人が天へ召されました。愛と慈しみを持って、家族や隣人を愛された方でした。わたしたちはその恩恵を与えられました。この大切な隣人が、天の国へと召されますように。天の王国で安らかに過ごされますように。永遠に神の国で生きていかれますように」
 闇に透き通るようなアヤの声が響く。アヤの声が、タイチのお父さんを、ほんとうに天国に導いてくれるような。そんな、魂の行く先を導くような、力強い声だった。
 タイチがすすり泣いた。わたしも泣いた。
 アヤが胸の前で十字を切った。アーメン。
 それからしばらくしてだ。
 暗い谷底から小さな光が浮かび上がってきた。
 懐中電灯のような小さな光が、虹色に淡く光りながら、橋の上を過ぎ、それから上空に昇ってゆく。ゆっくりゆっくりと、わたしたちの居場所を確かめるように目の前を通り過ぎ、光は高く高く空の上まで上り、それから見えなくなっていった。
「お父さん」
 タイチがそう言って、膝をついて座り込んだ。
 お父さんなのだ。アヤの祈りに導かれ、お父さんの魂は天の国へと上っていったのだ。そう思うとまた、涙がこぼれてきた。とまどいでも悲しみでもない涙が、なにもかもを決定づけるようにして流れてきた。
 
「さあ・・・夜が明けるまえに家に戻ろう」
 空の闇は薄墨色にこころもち変わったような気がする。
 のろのろと曲がりくねったカーブを降りて、家にたどり着き。歩くのも面倒なくらいに疲れ果てて、テーブルに着いたとき。
 新聞配達のバイクが止まって、ポストに新聞を入れる音がした。
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