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.kogayuki.  グリーンアイズ3 碧・神は死んだ


 進学校の授業は毎日ハードだ。
 中学の10倍くらいの授業聞いてるだけで、もうへとへとだ。だけどまわりはそのうえ部活動まできちんと律義にこなすようなやつばかり。毎日大変とかいいながらも英単語の予習も怠らない。大変だけどがんばってるよ、なんて言葉は、まるで鈴を鳴らして歩いてる猫みたいだ。
 早くもアヤなんか登校拒否状態で、ほとんど学校に出てこない。
 彼女の場合、勉強はできるんだけど、別のとこで失速したまんまだ。
 小学校の頃、アヤのお母さんの布教のお手伝いというやつに、ついて行ったことがあった。わたしはその一度ですっかりめげてしまった。
 だってほとんど百パーセント断られるんだもの。宝くじの百万円当たりを捜すみたいに根気よく、話を聞いてくれる人を見つけるなんて、わたしには到底無理な話だった。

「アヤ」
 アヤのマンションをピンポンしてみる。
 部屋から顔を出したアヤは、透き通るような白い肌をしてた。外に出ないと人間はこんなに白くなれるんだろうか。痩せたんだろうな、大きな目がよけいに大きく見える。その目を見てると深いものに吸い込まれていきそうで、一歩引いてしまった。 
 部屋の床が散らかっている。白い雪みたいなものが、ポアポアと散乱している。よくよく見るとそれは、喉元をナイフでかき切ったぬいぐるみの内臓だった。
「学校くらい行かなきゃって思うんだけどね、なんだか身体がだるくって、どうしても動けないのよ」
 紅茶を運んできたアヤが言った。
「お母さんは、どうしてる?」
「毎日教会に行って神様にお祈りしてる。わたしが早くよくなりますようにって。あ、でも父さんは優しくなったんだよ。行けないんなら行かなくていいぞ、ゆっくり休みなさいって言うの。あの人が読んでる登校拒否のマニュアル本にそんなこと書いてあるんだろうね」
「本の中になんて、アヤはいないのにね」
「それくらい碧だって知ってるのにね」
 それで蜘蛛の糸がぴんと張ったみたいにして、わたしとアヤが繋がった。
 その蜘蛛の糸ツタって、登ってこれるんだったら登っておいで。わたしはそういう気持ちだったんだけど、アヤはけっして登ってこない。
 そういうふうにすることに馴れてないんだろうな、多分。

「ねえ。碧ってさ、人と話すときってやっぱり、誰かにわかって欲しいって思って話すんだよね」
「う、うん」
 正確に言うとわかって欲しい相手なんて、蟻の巣の中でたった一匹の蟻を探すようなもんだけど、とりあえず答える。
「今日気づいたんだけど。わたしなんて拒絶されるために喋ってるんだよ。もう、断られるのが大前提。いつのまにか、そういうふうにしか喋れなくなってしまったんだよ」
 アヤはそれからその目を伏せて、その話を続けた。
「いろんな家に布教に行ってたじゃない、もう、その人と顔を合わせるだけで、あ、断られるなってわかるの。でもそのまま後ろ向いて帰るわけに行かないから、崖の上で目つぶってお経となえるみたいにして、一応お誘いするの。断るつもりなんですよね、わかります、大丈夫、断られても平気ですから、どうぞ、わたしを無傷のまま帰してくださいって。
 そういうのって癖になるんだろうね。わたしは喋るときはいつも、拒絶してもいいですよってオーラを出してるんだよ。友達と何かを話すときだって、買い物に行ってお店の人と話すときだって、無視してもいいよ、無視されたってわたしは平気なんだからって。いつもわたしの身体が言ってるの。
 人ってみんな、鈍感なくせにそういうところは鋭くって。わたしの身体が出している匂いを、きちんと嗅ぎ取るんだよね」
 もう、わたし、誰かに届く言葉なんて、一生喋れないのかもしれない。
 そんなふうに言ったアヤの言葉が、びりびりわたしに届いたなんて言ったら、アヤは信じてくれるんだろうか?
「そう言えば、今日、学校で習ったんだ。神は死んだんだって」
 哲学者の言葉だった。細かい内容までは理解できなかったけれど、その言葉の持つイメージが、いつまでも心に残っていた。
「てゆーか、私の中じゃ、神様はずっと死んだままだよ」
 部屋の窓を開けながらアヤが言った。ぬいぐるみのウサギの肉片が綿ぼこりになってふわふわと、その窓から天に昇っていった。
「神様は初めから死んだ人みたいにしてじっと空からわたしたちを見てるだけなの。ああ、嬉しかったんだなとか、絶望してるんだなとか、戦争してるなとか、人類ももうじき滅亡するみたいだなとか、そんな事思いながら、それでも神様は見てるだけなの。だからお祈りしたって一緒。そんなもんで神様は一人のちっぽけな人間を助けりはしないの。いつまでたってもそんな事に気づかないなんて、馬鹿だね、母さんも」
 わたしは、アヤをこんなふうにした神様が大嫌いだったんだけど。最初っから死んでるんじゃ仕方ないかな、とも思った。
.kogayuki.

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