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.kogayuki.  キャッツ探偵事務所 2


***** 登場人物紹介 *****
キャッツ探偵事務所    ミケ子所長。雅子。スギ。いずれもFカップの巨乳の探偵である。
怪盗    YUKI 。双子の満月と呼ばれる美乳の持ち主。
SARA    YUKIのところに転がり込んだ謎の女。
珠子    事件の依頼主。スレンダーなお嬢様。
*************************
(写真 モデル sara、 撮影 影法師さん)

 



 世も物騒に、様々の事件が新聞をにぎわしているにも関わらず。
 キャッツ探偵事務所には今日も閑古鳥が鳴いていた。

 「ああ、どうなってんだろうねえ。こんなに仕事がなくっちゃ、給料も払えないわよ」
 ミケ子所長がつぶやく。
 「給料どころか、猫缶だって買えなくなったら、どうしようかねえ、ダイ・・・」
 雅子が、猫を抱っこして言う。

 ここはお馴染みのキャッツ探偵事務所。8匹の猫と3人のFカップ巨乳スタッフのおかげで一時は全盛を極めた探偵事務所であったが。新聞や情報紙に頻繁に紹介されていた時期を過ぎると、ぱったりと依頼は途絶えてしまった。

 「浮気調査でもなんでもいいんだけどねえ」
 ミケ子がそう言うと、雅子がそれを遮った。
 「今どきの夫婦なんて、高い金払って調査する前にとっとと別れるが早いって思ってるんじゃないですかぁ。引っ越し屋さんだって、最近その手の依頼が多いって言ってたもん。奥さんの荷物だけ運んだりするんだって。あれも面倒らしいよ」
 「あ、そう言えばスギ。あなたが担当してた、恋人が年齢詐称してるって調査、どうなったの?」
 慌ててスギが机から、顔を上げる。
 「今、調査中ですよ。それに、もともと年齢詐称の調査じゃなかったの。結婚を前にして、女の両親が相手の身辺調査してくれって話だったのが、たまたま年を10才くらいサバよんでるってことにブチ当たったの。32才のはずだったのが42才。あとは身の回りはきれいなもんよ、つきあってた女もいないみたいだし・・・」
 「そうなると余計気になるわね・・・もう少し調査を続けてね」
 「ところで、これが、その調査資料?」
 そう言って、雅子がスギの机の上の雑誌を取り上げた。
 「ああっ、それは・・・」
 雑誌の中には、たわわな胸もあらわなボンテージのコスチュームの女性が。

 「スギっ。仕事そっちのけで、また通販のカタログ見てたのね! あんたの露出趣味は勝手だけど、仕事が終わってからにしなさいいっ」
 ミケ子所長が雑誌を取り上げて、それを凝視する。
 そこへ、クリーニング屋の峻ちゃんが入ってきた。

 「こんにちはー、峻クリーニングです、お届けにあがりましたー」
 ベージュのジャンバーに同色ズボンの峻は、大きな籠にたくさんの衣服を入れてやってきた。
 「お預かりしてた冬物です。寒くなってきたんで、慌てて持ってきましたよ」
 そう言って、大きなコートやカシミアのセーターなどを配り分けてゆく。
 「はい、そしてこれがスギさん」
 ビニールに包まれた中に、黒いエナメルの光沢。それをミケ子所長は見逃さなかった。
 「ちょっと、スギ、よさそうな服ね、見せてもらうわ」
 そう言うと、バリバリとビニールを破ると。中からセパレートタイプのボンテージが現れた。

 「なるほど。ホルターネックで、ショーツは別か。露出も多いし、撫で肩のあなたには、ぴったりね。でも、なかなか着る機会がないでしょうに」
 「そんなことないですよー。これを着てデートすると、けっこー喜ばれるしぃ」
 それを聞いて、ミケ子の口角がひきつった。
 夫との行為に、こういう演出はなされない。それはどこの家庭でもそうなのだと思う。だが、独身のスギには、どこか男を惹きつけるような匂いが漂っている。香水と絶妙に入り交じる、フェロモンの香り。ひとつの事務所の中に居て、それを意識することは幾度となくあった。

 「所長命令よ。ちょっと、それ、着て見なさい」
 「えーー、峻ちゃんがいるのに?」
 「そ、峻ちゃん、似合うかどうか見てあげてちょうだい」
 「い、いいんですか」
 峻の顔はすでに、紅潮していきつつある。その想像力が下半身にまで及ぶのに時間はかからない。もちろん、洞察力の鋭い探偵たちはそれを見逃さない。
 「所長、スギのロッカーにお揃いのブーツもあるわよ」
 雅子がブーツを取りだした。
 ストッキングのように、肌にぴったりと張り付く膝上までのゴム素材。そして、つま先の金属質のピンヒールだけが。それがストッキングではなく、あくまでブーツなのだと主張している。

 「パウダーつけなきゃ、ぴったりしすぎて着られないのよ。ちょっと時間がかかるから待っててね」
 そう言って、スギがロッカールームに消えていく。

 「峻ちゃん、デジカメ持ってるでしょ、準備しててね」
 そう言ってミケ子は、不敵に微笑んだ。

 ほどなくしてスギがコスチュームを着て現れた。
 光沢のあるビキニタイプのボンテージは、ウエストの両端の金具でショーツの部分と繋がっていた。そして水着よりも深く食い込んだショーツから陶器のように真っ白な脚がまっすぐに伸びている。その下には、ぴったりしたブーツ。足首のしまりの良さまで手に取るようにわかる。それに腰骨から脚にかけての段差がまったくない。普段の下着にも気をつけ、トレーニングも怠らない賜なのだろう。
 
 やっぱり。思ったとおり、使えるわ・・・
 ミケ子は心の中でつぶやいた。

 ところが8匹の猫たちが、この姿に黙っていなかった。
 事務所の蛍光灯の光を反射したスギのコスチュームに、猫たちは大騒ぎ。もともと、光りモノに弱い動物なのだ。
 ダイは何か恐ろしいものでも見たかのように、背中を丸めて雅子の胸のあいだに潜り込むし。テツとプーは毛を逆立てて威嚇をはじめる。
 そして、ジョームとウルに至っては。そのきらきら光るコスチュームを敵と思ったのか、はたまた新種のおもちゃと思ったのか、勇猛果敢に爪をたてて飛びかかっていったのだ。

 「ああっ、ジョーム、やめなさい」
 「あ、ウルもダメ、痛い、爪が痛いってば!!!」
 スギは二匹を振り払おうとするが、興奮した猫に叶かなうはずもない。
 あっという間に、胸の谷間は大きく引き裂かれ、ゴムのようにぴったりしたブーツは、パチンと音をたてて割れた風船のようにカラダに張り付いてしまった。

 「すごい・・・」
 「でも、なんだか、とてもセクシー・・・」
 猫たちの凌辱を受けて、ボロボロになったコスチューム姿で、スギが放心している。

 「峻ちゃん、写真、写真」
 あっけにとられて、下半身に意識が集中している峻は、慌ててその姿をデジカメに収めた。
 そのフラッシュに、スギはぼんやりと薄目を開ける。
 わたしが、撮られている・・・
 もちろん拒否するすべがないわけではない。
 だけど。撮られることによって、ぼろ屑のようになったコスチュームが、別のストーリーとなって自分を語っていくような気がして。
 スギはシャッター音の中で、何とも言えぬ恍惚感に沈みこんでいった。
 
 「悪かったわ、わたしのジョームがこんなにしちゃって。この分は経費できちんと弁償するわ」
 ミケ子所長が言った。
 「それから峻ちゃん。前に作ってもらってたキャッツ探偵事務所のホームページ、しばらく更新してなかったでしょ。この写真を、スギのプロフィール写真に入れて頂戴ね」
 「ええ、所長、マジ?」
 スギが驚きの声を上げる。
 「そう。ウチは、もともとビジュアル系なのよ。これでばんばん売り上げを伸ばしてゆくわ」

 そうして、キャッツ探偵事務所のホームページのスタッフ紹介のページに、はじめて一枚の写真が貼り付けられた。

      * * *
 
 「ねーさん、ねーさん、ちょっと、これ見て」
 怪盗YUKIのマンションのアイマックの画面をSARAが食い入るように見つめている。
 怪盗YUKIは、けっして誰にも住処を教えない。信頼できる仲間だけにはケイタイ番号を告げるが、アジトは誰にも知らせない。これは闇の仕事を生業とする者の鉄則である。
 ところがSARAはいとも簡単にYUKIのマンションを探し当て、そこに居着いてしまった。

 日中は設計事務所に勤めているが、ストーカーに自宅を見つけられて頻繁に恐ろしい目にあったため、YUKIの所に転がり込んできたという。
 「ストーカー対策なら、キャッツ探偵事務所にでも相談すればいいでしょうに」
 と、最初は断ったものの、押し切られるカタチで今は同居している。
 「キャッツはいけすかないから」
 と、SARAは言う。
 黒目がちの大きな目は、いつも濡れたように光り輝いている。なるほど、この目で見つめられたらストーカーでなくとも勘違いしてしまいそうだ。
 ねーさん、と勝手に呼んで慕ってくるが、全面的に信用しているわけではない。
 それでもSARAの、動物的勘のよさには唸るものがあった。
 設計という仕事柄、場所を読む能力があるのだろう。YUKIの出没した場所と、いくつかの痕跡からマンションを割り出すなんて、誰にでもできる芸当ではない。

 それと、もうひとつ。彼女は、どこかYUKI自身に共通する心の闇を持つ人間のようにも思えた。それが何であるのかわからない。しかし、そのダークサイドが、ふとした拍子にカラダ全体から溢れだして、強力な磁力のようにYUKIを惹きつけてゆく。
 わたしとしたことが・・・こんな小娘に心を許すなんて。
 そう苦笑しながらも、YUKIは、ねーさんと慕ってくるSARAを、少しずつ信頼するようになっていた。

 「そう、SARA。パソコンがどうしたのよ?」
 YUKIはSARAの見つめる画面を覗きこんだ。
 そこには、破れたボンテージを纏って、目つきも怪しげなスギの姿が映っている。
 「スタッフプロフィールだってよ。キャッツも仕事なくってこんなことやるようになったんだねえ」
 試しに他のスタッフのページもクリックしてみた。
 すると、ミケ子所長が「うる星やつら」のラムちゃんみたいなアニマル柄のビキニを着て、胸の谷間を大きくアピールしているし。
 雅子に至っては、黒いファーのコートの下に、何もつけていない裸体をちらりと覗かせている。

 「あいつら・・何、考えてんのよ」
 と、あきれ果てたような言葉を発しながらも。
 YUKIは、悔しいような負けられないような気持ちが、沸点に達するのを感じていた。
 「まあまあ、ねーさん、そう怒らないで。ウチもキャッツに負けないような立派なホームページを作ればいいじゃないの。わたしだって、こう言っちゃなんだけど、そこそこのナイスバディだし。コスチュームも、スギなんかに負けないのいっぱい持ってるわよ」
 
 SARAが、着替えるのは何度も見たことがある。
 彼女は、どんなに地味なスーツを着ていようとも、下着だけには絶対手を抜かない。
 ビスチェタイプのウェストを編み上げたブラで胸を誇張するし。パンティは、ソングタイプが圧倒的に多い。スカートの上からラインが透けるのがイヤなのだけれど、それ以上に下着によってカラダのラインが変わってゆくにが耐えられないのだという。
 彼女はいつもガーターベルトを着用し、それにストッキング、パンティの色を合わせる。
 真っ裸の状態から、ひとつひとつの下着を、鏡に映しながら丁寧に着用していくその姿は。露出を少しずつ押さえてゆくことで、よけいに何かしらのフェロモンを放出するための丹念な作業をしているかのように見えた。
 もっとも、YUKIの前で誇示するかのようにそんなに時間をかけて下着をつけてゆくのを見てると。他に見せる人なんていないのだろうな、と、苦笑してしまうのだけれど。

 「どうする? ホームページ。なんなら、わたしが作ってあげよーか」
 そう言いながら振り返るSARAに、YUKIはかぶりを振った。
 「ダメよ、SARA。盗みは闇の仕事なのよ。自分たちをアピールしたいって気持ちで、仕事はできないわ」
 「でも・・・ねえさんの派手な仕事振り見てると、アピール好きなんだって思うけどなあ・・・」
 たしかにそれは否定できなかった。どこかで誰かに注目されたい。その気持ちがいつも、YUKIを派手な窃盗に駆り立てるのだった。

 「でもね、ねーさんだって、いつまでも黒のジャンプスーツにこだわるのはよくないわ。たしかに似合ってはいるけれど。時代は変わって、しろーとだって、どんどんエッチな格好してるのよ。あんな地味なんじゃ、いつか、飽きられるわ」
 頬がかっと赤くなるのをYUKIは感じる。
 たしかに。自分はおしゃれではない。自分に似合うシンプルなものを長く着用するタイプだ。ホームページで見たキャッツのスタッフやSARAに対して、今少し引け目を感じているのを、見透かされたような気がした。

 「今度、道玄坂にシャノワールって大型ショップができるのよ。ねーさん、今度そこで一緒に買い物でもしようね」
 そう言ってSARAが、黒目がちの丸い目で、にっこりと笑った。
 「シャノワール? それって何のお店?」
 「シャノワールは、ヨーロッパでは有名なアダルトショップよ。チェーン店でね、オープンで入りやすい雰囲気。イギリスなんかではね、駅の近くには必ずアダルトショップがあるし。こっちなんかよりずっと買い物しやすい雰囲気なの。そうね、ソニープラザなんかを想像してもらえたらいいかしら。買い物かごを下げてね、そこに下着とかバイブとかをばんばん入れながらお買い物できるような雰囲気になってるの」
 「し、試着なんかもできるの?」
 「素肌に下着なんてのはNGだけど。けっこー、あっちではみんなやってる」
 YUKIの黒皮のジャンプスーツは、通販で購入したものだ。きっちりと自分のサイズを測って購入したのだが、到着してみたら、あまりにジャストサイズで最初は息苦しいくらいだった。
 それが、だんだんと着慣れるうちに皮が柔らかくなり、今では素肌の一部のように自分に馴染んでしる。
 試着ができるのなら・・・、もっと派手なデザインのものを買ってみたい。スギがプロフィール画像で纏っているようなボンテージとか・・自分にだって着れるかもしれない・・・

 「SARA。渋谷の地図を持ってきて。そして、道玄坂のそのお店。どこにオープンするのか、ちゃんと教えてちょうだい」
 「やったー、ねーさん、ついに仕事ね!!!」

 え?
 仕事?
 わたしは買い物に行きたかっただけなんだけど・・・

 早速SARAは、三叉路の中央に位置しているそのビルを地図に書き込み、坂道の傾斜まで丁寧に矢印で記入しはじめていた。
 YUKIはそれを見ながら思った。
 わたしはいつも宝石のことばかり考えていた。
 身につけるにはあまりに高価すぎて、換金する術しかなかった輝ける石。手に入れることだけが目的で、けっして用途のないもの。
 なぜに、そんなものばかりにこだわっていたんだろう。
 盗賊なんだもの。
 本当に自分が欲しいものを盗るのが、正しいんじゃないのか・・・

 そう思いながらYUKIは、ひさびさに高鳴る胸の鼓動のを感じていた。
 
      * * *
 
 その日キャッツ探偵事務所に、珠子という女性が訪れた。
 小柄でスレンダーな女性である。バストサイズは、多めに見積もってもBサイズというところか。
 シックなチャコールグレイのスーツに長めのストレートヘア。これといって人目を惹くところはないが、全体から育ちの良さが滲みでている。
 その姿は、キャッツのスタッフたちの胸を強調した服が異端に見えるほど凛とした雰囲気をかもし出していた。

 「先日から、ウチの両親が依頼して、お世話をかけました」
 ゆくりと頭を下げて、そう言われ。それで、結婚前の身辺調査の当人であることがわかった。
 そう、スギが担当している、10才年齢詐称していた男の妻となる予定の女性である。勤め先、年収、住居などに嘘はないものの、年齢だけが違う。それで、両親からの依頼もあって継続調査を続けていたのだ。

 「わたしは、父の仕事の関係で高校時代までをオーストラリアで過ごしました。帰国子女として大学入学した頃は、カルチャーショックでいろいろとまどったものですから。両親から見れば、いつまでも子供のように心配なようです」
 「わかるわあ。日本って、はっきり言わずに曖昧なままで通じるところがあるものね、ま、馴れればそれもいいんだけど、外国暮らしが長いとそれでとまどう」
 ミケ子所長がそう言うと、珠子はにこやかにうなづいた。
 「はい、でもわたしはもう、27です。父母は心配かもしれませんが、十分自分で判断できる年です。それで。今日は、彼の身辺調査を中止していただきたくお願いに上がりました」
 スギがそれに答えた。
 「それでいいの? だって、32だと思っていた人が42だったのよ。10才もサバ読まれて、あんた、なんとも思わないの?」
 「元々うすうすは感じてたんです。だって彼、グレイとX−JAPANの区別もつかないんですもの。わたしは幼い頃の日本の歌謡曲なんてちっとも知らないのですが、それでも世代の違いは空気でわかります」

 話すと長くなってしまうんですが・・・と言って、珠子は続けた。
 「実はわたしたちはパソコンの出会い系サイトで知り合ったのです」
 出会い系サイト?  淡々とした珠子の口から出たその言葉に、一同唖然となる。
 「何度かやりとりをした後に、この人なら、と思い、おつきあいするようになったんです。もちろん、お会いしたのは彼が初めてではありません。でも、みなさん、カラダばかりが目的で、人間としてのわたしを見てくれたのは、彼が初めてだったんです。誠実な人ですし、仕事が忙しくて出会いがなかったという言葉も嘘ではありませんでした。だから、こうしてお互い結婚まで考えるようになったのです」
 「でも、そこまで誠実な人間が、どうして年齢をごまかすのかしら」
 「その件については、先日思い切って尋ねてみました。彼もいずれ言わなければ、と思っていたようです」

 事務所の猫たちはみな、陽の当たる窓辺に集まって、カラダを寄せ合うように日向ぼっこをしている。
 どうやら、珠子のもの静かな雰囲気は、猫たちには退屈なようである。

 「そこの出会い系のチャットでは、男性側の年齢が、まず表示されるようになっております。30代、40代、そしてひとことメッセージ。それで、気に入った人のようであれば、女性が入室するのです。だけども、39才と40才でも格段に入室率が違うというのです。たとえばわたしは、30代の男性を中心に探しました。皆さん、そんなものです。40代になれば、出会いの確率はぐっと低くなります。それで、彼は、30代と偽っていたようです。今となっては、他愛のない嘘です。わたしは、年齢ではなく、彼自身を愛しておりますので、それで結婚の意志はまったく変わりません」

 珠子はそこまで一気に喋ってから、お茶をすすった。
 そして、うつむき。今度は下を向いて、話を続けた。

 「それに。彼のひとことメッセージには、(微乳の女性が好きです)と、書かれてたんです。見てもわかるとおり、わたしはこのような貧弱な体型で。オーストラリアで暮らしているときから、それに激しいコンプレックスを抱いておりました。セクシーなものに憧れていても、この胸ではどうにもなりません。何しろAカップがやっとで、あちらでは入るブラジャーを探すのに苦労したくらいですから。それを、彼は、これくらいの胸がかわいらしくて好きなのだ、と、言ってくれました。それで、わたしは、自分のコンプレックスから、はじめて解放されたんです。これから、このような男性が現れるとは、到底思えません。わたしは、どうしても、彼と一緒になりたいんです」

 「そんなことないと思うよ。巨乳が好きな人もいれば、微乳が好きな人もいるから。あんまり気にすることでもないんじゃないかしら」
 雅子がそう言うと、珠子は頑なに首を振った。
 「みなさん、大きな胸をお持ちだから、そんなふうに言えるんです。わたしは豊胸手術でもしようかと思い悩んだ時期もさえありました。でも、彼と出会えたから、そんな悩みを忘れられたんです。今回のことは、わたしが、きちんと両親を説得いたします。調査費の追加の分も、わたしが払います。だから。もう、調査は止めてください。わたしは・・・彼がわたしの事で、罪人のように尾行されることが耐えられないんです」

 本人がそう言うのなら、調査は中止するしかない。両親も自分で説得してくれるのなら、今すぐに調査は止められる。
 ミケ子所長が、そう言うと、珠子はにこやかに笑って、帰り支度を始めた。
 「どうぞ、お幸せに」と、ミケ子が、その後ろ姿に声かけると。

 珠子は天使のような柔らかな微笑みで、一礼をして去っていった。
 
      * * *
 
 「なんかさあー」
 珠子がドアを閉めると同時にスギが言った。
 「何にも知らない子が、はじめてセックスに溺れました、って感じだね。ま、これまでの調査費も払ってくれるってんだから、どうでもいいんだけどね」
 ミケ子が相づちを打つ。
 「そう、そんな感じね。でもね、みんなそういう時期があるのよ。ある日、ある男のセックスにバババッと溺れるの。だいたい、2人めか3人めくらいかな。最初のときは溺れる余裕なんてないからね。でも、そういう時って、相手の性格なんてあまり見てないの。セックスだけが全人格になっちゃう。そういう人と結婚するのは、あんまり賛成できないな」
 
 「許せないわ・・・そんな男」
 雅子が下を向いて、拳を握りしめていた。
 「サバを読むとしても、42才を39才って言うくらいならわかるわ。それをどうして10才もごまかさなきゃいけないの? それに、出会いがそうだったとしても、本当につきあう時点できちんと言わなきゃいけないのよ、そんなことは。聞かれてから、やっと言うなんて。わたしには不実な男としか思えない。そいつ、まだ、隠し事がいっぱいあると思うわ」
 スギがそれに答える。
 「えーっとね、今までの調査だと、男は婦人衣料の輸入代理店に勤務。けっこう扱い金額も大きくて、現在の肩書きは課長。今度、その会社が婦人服のお店を出すんで、店長に就任する予定。年収、クレジットカードの履歴、まわりの評判など、これといった問題もないのよ」
 「そんな問題じゃない・・・人間的に。わたし、そいつのこと、全然信用してないわ」

 雅子は厳格な人間である。男性そのものにココロを許していないのではないかとさえ思えてくる。その代償として、彼女は猫のダイをかわい可愛がっているのかもしれない

 「雅子。どっちにしろ、もう、わたしたちには関係ないことよ。この結婚が失敗しようが、調査が終了した今となっては、全然かまわないのよ。もう、考えるのは、止めなさい」
 ミケ子がそう諭した。

 「そうそう、わたしは、終わってなんだかすっきりしたわ」
 スギが言った。
 「それよか、今度道玄坂にオープンするシャノワールの、プレオープニングイベントがあるのよ。女性限定でね、ランジェリーとかちょっときわどいコスチュームのファッションショーがあるの。わたし、インターネットで招待券を3枚ゲットしたんだけど。みんなで、それに行かない?」

 「フッァッションショー?」
 ミケ子がその話題に飛びつき、話はそれで打ち切られた。
 雅子の胸にはまだ、その男性への怒りがくすぶっていたが。
 もう、それは、どうにもならないものでしかなかった。
 
      * * *
 
 ある日の午後、YUKIの住処に招待状が届く。
 黒い封筒に、金色の文字で「シャノワール」と書かれている。
 宛先は、いつもYUKIが郵便物の受け渡しに使っている偽名だ。

 SARAが仕事から帰って来てから、それを問い正してみた。

 「ああ、届いたのね」
 SARAはコートを脱ぎ、スーツをハンガーに掛けながら言った。
 「シャノワールのプレオープニングイベントの招待状よ。インターネットで配ってたんで2枚応募したの。大丈夫よ。会社から出したし、メールアドレスは、友人のフリーメールのアドレスを使ってるから、足はついてないと思うわ」
 いつのまにかSARAは、とても用心深いYUKIの日常を理解して実践するようになっていた。
 自分自身、自宅まで押し掛けてきていたストーカーの存在から逃れたい気持ちもあるのだろうが。出かけるときも、帰宅時も、人目を憚るのを忘れない。
 自分で考えて行動できる人間なのだ。
 それでいて、閃きのままに招待状を入手するような大胆さも、彼女は持ち合わせている。

 ずっと誰も信頼していなかったのだが。SARAは思ったよりも使える女なのかもしれない。
 今までプロの窃盗屋と、手を組んだことはあった。実績のある相手とのビジネスライクなつきあいが必要な時もあるのだ。
 だけど、素人であるSARAを仕事に使う気持ちは、正直言ってなかった。あくまで自分はひとり。ひとりですべてを抱え込める人間しか、この仕事をやる資格はないのだ。

 今、YUKIは、SARAと組んでこの仕事をしてみようと思い初めている。
 彼女は、地図や見取り図を読む能力に長けている。まるでその場にいるかのように、通路の広さや、ドアの開き方まで一瞬に理解する。

 YUKIにも若い頃には、何もかも相談できる女友だちがいた。最終的には何でもひとりで決めるものの、それが正しい、と言ってくれる女ともだちの存在はなくてはならないものだった。
 その感触を、今、YUKIはSARAに求めている。
 甘ったるい同調なのかもしれない。
 だがSARAは、その同調を認めてくれるパートナーのようにも思えた。

 「それでSARA。あなたは、この日を決行日にしようと思ってるのね」
 そう言うとSARAは、YUKIの手を両手で握りしめた。
 「もちろんよ、ねーさん!」

 「見て。欲しい情報はみんなここに書かれているわ」
 SARAが招待状を広げて、シャノワールの店内の案内図を指差す。
 「一階はコスチュームが中心。道路に面しているから、どきついものは避けたんでしょうね。一階の奥が、男性、女性用の下着売り場。二階が、アダルトグッズ。バイブや、コンドーム、それにちょっとした媚薬やオイルもある。二階の奥がビデオ、DVDコーナー。ここには個室もあるから、ビデオの試聴もできるようになってるんじゃないかしら。そして三階が、マニアックコーナー。SM御用達はここって感じね。手錠、荒縄。拘束具。浣腸セット。奥にあるディスプレイルームってのは、プレイルームをそのまま再現した部屋ってとこかしら」
 コスチュームのことしか頭になかったYUKIは、その種類の多さに愕然となった。いろんな衣装も欲しいけど、バイブというものも一度試してみたい。
 男性との性交渉を持たなくなって、もうどれくらいたつだろうか・・
 バイブは、あのときのめくるめくような快感をそのままに再現してくれるのだろうか・・・

 「一階、二階で全部でダンボール4ケース。宝石と違って量がかさむから、それが限界だと思う」
 「今回のファッションショーは、2階に特設ステージが作られるの。女性限定だから、男性スタッフの動きがわかりやすい。ただ、二階のスペースが他の階に比べて狭すぎる。たぶん、ビデオ試聴用の個室の裏が事務所のはずよ」
 SARAの分析能力にYUKIはただ感心するばかりである。
 「実はね、現場の外観はもうチェックしてきたの。三階の非常口から、となりのビルの非常階段がぴったりくっついてるの。隣りは賃貸ビルで、三階はビルの清掃会社。ここは6時にはみんな帰る。一、二階は不動産会社の事務所で、こっちも遅くとも8時にはみんないなくなるわ」

 信じていないわけではないが、YUKIも後日ビルのチェックに赴いた。
 三階の非常階段は、なるほど、踊り場自体がぴったりと隣りと隣接していた。
 車を止めるスペースも、隣りの不動産屋の駐車場が使える。
 とりたてて何の仕掛けもない。地味な窃盗になりそうだった。
 だが、SARAのデビュー戦なのだから、派手にする必要はない。
 本当に、SARAが自分の相棒としてふさわしいのか。
 それを見極めてみたかったし。
 自分の本当に欲しいものなら。ダンボール4箱もあれば十分だと思ったのだ。
 
      * * *
 
 道玄坂は時間の感覚が狂う町だ。
 いつまでも、夜もまだ浅いような、不思議な覚醒感が漂う。


 
「シャノワール」のプレオープンは、9時に開場、10時からの開演だったが。スーツや、シックな服装の女性が、連れだって入場してゆく様は、夕刻からのパーティのような均整のとれた雰囲気だった。
 バカ騒ぎや嬌声のない、淡々とした入場。
 黒服が、無言のうちにチケットを確かめて、女性たちを会場へと案内する。2階への階段をつぎつぎと、少しドレスアップした女性たちは上ってゆく。
 椅子の並びから、招待客は100人程度かと思っていたが、あっという間に椅子は埋まり、立ち見の客がその後ろに並んだ。200人は、ゆうに越えているだろう。
 連れだった複数の女性が多いが、年齢は幅が広い。女子大生くらいの子から、けっこう熟年の女性までいて。年齢が高いほど、着飾り方が派手になるような気がした。

 開演時間ぎりぎりに入ったおかげで、YUKIとSARAは、かなり後方の立ち見席になった。階段に一番近い場所だ。
 開演前にいったんシャッターを閉めるらしく、シャッターの電動音が響き、男性スタッフもすべて2階に集まってきた。
 全部で7人。
 入場口から、全員の顔をチェックしながらきたので間違いない。

 女性のMCが入り、シャノワールの案内から、ショーが始まる。
 暗転して、ステージの中央にスポットが当たる。
 「じゃ、ねーさん。あとはヨロシク」
 そう言って、SARAは発信器を確かめると、スルリと会場を抜け出していった。

 今回は敢えてSARAに、荷物の運び出しを任せた。
 状況から考えて、自分が見張りをした方が確実だと思った。
 どんな暗闇でも、人の動きを見定める自信はある。この7人さえ、そのまま会場に張り付いていれば、何の問題もないはずだ。
 万一の事も考えて、発煙筒と爆竹を用意しているが、できれば今回は使いたくなかった。女性ばかりの一般客を巻き添えにするのは、あまりいい気持ちはしない。

 SARAの手首の腕時計型の発信器は。YUKIの方で、その動きが逐一わかるようになっていた。
 ひとつの場所に5分以上は静止しない約束だ。
 5分以上、場所移動しない場合は、異変がおきた時だ。
 SARAはコスチュームのサイズや英語の説明文を読むのも馴れているし。手際もいいように思うが。それでも、窃盗においては初心者には変わりない。

 いい。
 失敗したときはなんとかすればいい・・・
 そう思いながらも、YUKIの掌には脂汗が滲んでゆく。
 自分ならば、信じられる。
 だけど、他人を信頼するのは、勇気がいる。
 SARAを信じようと思ったのは自分なのだが。本当にそれでよかったのか・・・自分はSARAという得体の知れぬ女の、何を信頼しようとしているのか。
 仕事前の気持ちの高ぶりから。YUKIはそんなことばかり考えていた。
 
 まず、シースルーのベビードールを着た女性たちが登場した。
 上背のある金髪女性の、うっすらとした陰毛や、胸のカタチまでもが、手に取るようにわかる。女性たちは、足を広げて腰を落とし、それを誇示するようなポーズを取って見せる。
 単なる下着のショーではない見せ場が各所に施されていた。
 穴のあいた、ストッキング。ガーターベルト。大胆なモデルは、その格好で尻をつき、足をくるりと廻してみたりもする。
 日本人よりも薄く感じられる、金色の茂みの中の、濡れて光る唇が、ライティングの中で誇らしく笑っているようにも見えた。

 衣装を、より艶めかしく見せる演出に、客席の女性たちはため息をつく。
 もちろん男性スタッフたちも例外ではない。
 もっとも、彼等を釘付けにしているのは、コスチュームではなくてその裸体なのだろう。


 ボンテージの女性の首には、首輪が付けられ、それを別の女性が鎖で繋いでくる。
 四つん這いにされた女性の背中に、ピンヒールのぴったりとしたブーツが、ギリギリとねじ込まれる。
 このブーツは、スギがホームページで披露していたものだ。
 これと同じものも、SARAは収穫できるのだろうか。

 発信器のモニターをチェックすると、SARAのせわしない動きが、光る流星のように動いていた。

 大丈夫。問題ない。
 SARAは間違いなくやってくれる。
 
      * * *
 
 キャッツ探偵事務所のスタッフ3人は、前から3番目の椅子に座ってショーを眺めていた。
 ふっとミケ子が、ひとりで後方に立っているYUKIの姿に気づく。
 「雅子、スギ。左後方の出口、YUKIがいるわよ」
 「ショーを見に来たのかしら?」
 「まさか、何かやらかすわけじゃないでしょうね」
 「あまり振り返るとを気づかれる。でも。行動だけは見逃さないでね」
 このまま何事もなく終わるはずがない。その思いは3人とも同じだった。
 楽しみにしていたショーなのに・・・そう思いながら、ミケ子は胸に隠し持っていたビクトリノックスの十徳ナイフをぎゅっと握りしめた。

 その頃、SARAは一階の店内をせわしなく動き回り、ハンガーに掛けられたコスチュームを一気にダンボール箱に詰め込んでいた。
 ひと気のない店内は照明も薄暗い。だけども、まったくの暗闇ではない。
 胸に穴のあいたビニル素材の衣装。股の切れ上がったハイレグの紫光沢。ゴム素材のぴったりしたミニドレス。透き通るアメ色のスリップ。YUKIが羨ましそうに眺めていた、スギのぴったりしたブーツも忘れなかった。
 ダンボールの隙間には、パック詰めの下着を詰め込んだ。全身ストッキング。穴あきパンティ。その隙間に、ふわふわの羽がついたスケスケのピンクのベビードールも何着か入れた。
 サイズやデザインを厳選する余裕もないのに、YUKIの望んでいたものが手に取るようにわかった。自分の欲しかった、赤のコスチュームも忘れなかった。

 緊張しているのに、頭は妙に冴えわたっている。
 3箱を詰め込み、階段を上り、3階の非常口から外に出す。
 ドアを開けてすぐのところに、ダンボールを積み上げた。
 外の冷気が、もう一度、頭を覚醒させた。

 あと一箱。
 2階で、バイブを大小さまざまに詰め込もう。クリトリスの部分を刺激する突起がついたものもいいだろう。遠隔操作のものもいいかもしれない。ねーさんもきっと喜んでくれるだろう。
 ところがバイブは、思いのほか、場所を取らなかった。
 そのまま3階に上がり、マニアックコーナーに直行する。
 皮の手錠、金属の手錠。赤いろうそく。仮面。ムチ。そうだ。ムチは何種類かあってもいいんじゃないか。浣腸セット。これは多分いらないだろう。
 4箱めはダンボールに少し隙間ができたが。
 小道具が多かったため、重さはかなりのものになった。
 もう、これで十分だ。
 サラはそのダンボールを抱え上げて、3階の非常口に向かった。

 そのとき、店内が明るくなった。
 何が起こった?
 慌てて後ろを振り返る。

 「そこまでだ、SARA」
 低く、ゆったりとした男の声が、SARAの目の前で響いた。

 「会いたかったよ、SARA。君がいきなり消えてしまってから」
 そう言いながら、男が近づいてくる。
 その顔を間近に見て、SARAは悲鳴を上げそうになった。

 長いこと悩ませられた、あのストーカー男だったのだ。
 帰宅するとすぐに電話を入れてくる。まるで見張っているかのようにぴったりと、ドアを閉めた途端にベルが鳴り出す毎日だった。
 電話番号を変えると、小動物の死体や、切り刻んだ下着が、ドアの前に置かれるようになった。
 そして、ある日、後ろから羽交い締めにされた。
 声を出せないように、口を押さえられ、半開きになったドアに足をねじ込まれた。ひと気のないワンルームマンションの廊下で、力づくの押し問答をした。最後は、玄関にあった靴のかかとで顔を殴り、何とか撃退したのだが。男のトカゲのような爬虫類の目つきをした顔は、脳裏に焼き付いて今も離れない。
 しょせん力では負けてしまう。自分がそんな理不尽な存在であることを、初めて思い知らされた。
 忘れたいと思い、YUKIの所に身を寄せていたのに。
 こんなところで会ってしまうなんて・・・

 「いろいろ話したいことばかりだ。説明すると長くなるだろうからね、お互い。そうだ。君とは、じっくり話をしたかったんだ」

 そう言いながら、トカゲ男が舌なめずりしながら近づいてくる。
 SARAは、後ろに後ずさりしてゆく。
 「そうそう、その位置だ。君はまったく、いい勘をしている」
 壁に張りついたSARAに、男が手を伸ばした。
 「あ、ああっ」
 ガチャリと音を立てて、手錠がはめ込まれた。
 「このプレイルームにはいろいろ仕掛けが多いんだ。壁には、身動きできないように手錠だらけさ。さあ、これで大丈夫だ。ゆっくりと話をするとしようか」

 「シャノワールの店長はぼくなんだよ。君は気づかなかったんだな、HPに写真までアップしてるのに、とても残念だよ」
 店長からのご挨拶、というページはたしかに見た。だが、その顔をまじまじと見たわけではない。まったくの不覚だった。
 「ショップというのは、どこでも万引きが多くてね、その被害も深刻なんだ。特に今日は、各フロアに店員がいるわけではない。それで僕がモニターカメラのチェックをしてたんだ。驚いたよ、君が入ってきたときは。さすが下着マニアだと感心もした。ところが、ショーフロアのモニターには、君はどんなに探しても映らない。そこで、他のフロアを探しているうちに、3階で君の姿を見つけたんだ。いくらエッチな下着が好きだからといって、こんなものまで万引きしてはいけないよなあ」
 男はそう言いながら、SARAの収集したダンボールの中から、特大のバイブを取りだした。

 「で、でも。どうしてわたしが下着マニアだって知ってっるのよ!」
 男は悲しそうな顔をした。
 「君は注意不足だ。それとも僕自身に関心がなかったのかな。覚えてないのかい? 通販で君が下着を注文したときに、配達に来たのは僕なんだよ。ウチはもともと通販をやってる会社だったからね。
 本来なら、宅配の業者に委託するんだけど。興味があって僕が直々に配達したんだ。それは、あまりにも下着の趣味が僕とぴったりだったからだ。お互いに同じ美意識を持っている者同士わかりあえないはずがない。なのに君は僕にひどい事をした。さあ、今度は僕がお仕置きする番だ。もっとも、君の美意識は僕のお仕置きを受け入れるはずだよ。声を出しても構わない。ここなら聞こえないし。思いっきり、セクシーな声を出してくれよ」

 サテン地の白いブラウスのボタンがはじかれた。
 レザーパンツには鋏が入れられて、中心部からまっぷたつに剥ぎ取られる。
 お揃いの黒いブラジャーとパンティも、鋏でぱらりと身体から剥ぎ落とされた。
 柔らかな肌に食い込む鋏の冷たさに、SARAは身震いした。
 
 「震えているのかい? 大丈夫、優しくするから」
 そう言って男は跪き、SARAの黒々とした陰毛に唇を寄せた。
 「ああ、思った通りだ。僕の想像の中のSARAも、こんなに毛深い陰部をしていた。それを、じれったく思って、想像の中で、こんなふうに何度も鋏を入れたよ」
 そう言いながら男は、SARAの陰毛に直接鋏を当てて、短く刈り込んでゆく。小さな毛が残らぬように。肌にぴったりと鋏を寄せて。ていねいに、ていねいに。そしてその鋏の先は、ときに、弄ぶようにSARAの敏感な部分に刃を向け。
 その度に、言いしれぬ恐怖がSARAを襲った。

 やがて、すべての陰毛が刈り込まれて、SARAの薄い唇が剥きだしになる。
 男の指が入れ込まれ、その中を荒々しく動きまわる。
 「思ったとおりだ。みんな、思ったとおりのSARAだ。僕の指に、絡むようにまとわりついてくる」
 わたしは。濡れているのだろうか?
 その疑念にSARAはショックを覚える。
 力で屈服させられるんて、絶対にイヤなはずなのに。わたしは、そんなものに負けてしまうのか。
 
 「ねーさん、助けて・・・」

 「誰も助けになんか来ないよ。ショーのクライマックスはなかなかの見どころだからね」
 そう言って男は、特大のバイブの電源を入れた。
 「大きいのが好きなんだろう。僕のは特別だからね。まずは、これで馴らしてあげるよ」

 両手両脚を、壁の手錠にくくりつけられて、身をよじるのもままならない。
 こじ入れるような電流の感触に。
 SARAの意識は、だんだんと遠のいていった。
 
      * * *
 
 ショーのクライマックスは、女性同士の蝋燭プレイだった。
 はだけたボンテージの真っ白な胸に、赤い蝋燭が垂らされてゆく。
 仮面をつけた二人の迫真のプレイが、きつく身体に食い込んだ赤と黒のコスチュームをくっきりと浮き立たせていた。銀色の鎖で繋げられた、露出の多いビキニタイプ。かなり凝ったデザインだ。



 だけどもYUKIは、集中できずにモニターを一心に見つめる。
 おかしい。
 発信器のモニターが、もう10分近く静止している。
 3階の非常階段付近ではあるものの、その光点はまったく移動しない。
 間違いない、何かが起こったのだ。
 
 YUKIは、ステージに集中する観客をすり抜けて、階段を駆け上った。
 キャッツのミケ子はそれを見逃さない。
 「今、YUKIが出ていったわ。みんな、追うのよ」
 興奮の渦と化した会場をすり抜け、階段を駆け上るヒールの音を追いかける。
 「上よ、上に向かってるわ」

 トカゲ男は、SARAの奥の奥までバイブをねじ込んでいった。
 しかしその行為に、SARAは不快と恐怖以外の何ものも感じられない。
 以前から、自分には被虐願望がある、とSARAは思っていた。
 頭上で両腕を押さえつけられて、強引に服を脱がされてみたい。猥雑な言葉を強要されるままに発し、自分の乱れてゆく様をそのままに男の口から教えられたい。そんな妄想を常に抱いていた。
 だが、それは、あくまで愛する男に望んだ行為だったのだ。
 
 妄想の中の凌辱が、今、カタチだけのものとして行われている。
 夢破れたような不条理の中で、子宮が刺激されてゆく。
 バイブは、イヤなときは動くたびに痛いだけのものなんだ、と、SARAは、今はっきりと認識していた。

 「SARA、助けに来たよ!」
 そのとき、男の後方から声が響いた。
 トカゲ男が、行為を中断して振り向く。
 「これはこれは。SARAの相棒のお嬢さんだね。店内モニターで拝見してたから、きっと来てくれると思ってたよ」
 「ヘンタイ男! SARAを離しなさい」
 「万引き女に、ヘンタイなんて言われる由来はないよなあ。きみ、Fカップくらいだろ。僕は微乳も巨乳も大好きなんでね。じっくり拝ませてもらうとするか」
 男が、YUKIににじり寄ってくる。腕力に自信があるのか、それとも女だと思って舐めきっているのか・・・まったく怯えていない態度に、その力を計ることができない。
 YUKIは胸ポケットの発煙筒に腕を伸ばす。
 すると、そのままの姿勢で、後ろから羽交い締めにされた。
 
 「おやめなさい、発煙筒なんて。非常ベルが鳴って、みんなのお楽しみが、おじゃんになっちゃうわ」
 ミケ子だ。
 振り向くとキャッツの3人組が、しっかりとYUKIを押さえ込んだ。

 「YUKI、あんたにはガッカリよ。今日は仕事じゃなくて、お楽しみできたのに、こんなところで会うなんて。疫病神もいいとこだわ」
 ミケ子が憎々しげにそう言う。
 「そうそう。せっかくのショーのラスト、見損なったじゃない」
 YUKIをこのまま捕獲するつもりなのだろう。どこからか、荒縄を持ってきて雅子が、縛ろうとしている。
 その時、スギが男を見て、声を上げた。
 「あ、あんた。珠子の婚約者じゃない? こんなとこで何してるの?」

 「え?、マジ? これが、あの珠子の彼? でも、手にバイブとか持って変なことしてるよ」
 珠子という名前を聞いて、男は狼狽した。
 なぜに、その名前を・・・何が何だか、わからない。

 「わたし、あんたの身辺調査してたのよ。珠子の両親に頼まれてね。10才も年ごまかしてたでしょ、変だと思ってたけど、なかなか尻尾が出なかった。そのうち、珠子が調査止めてくれって言って、それまでだったんだけどね」
 素早く状況を把握したSARAは、子犬のような目でスギを見つめて言った。
 「キャッツのみなさん、助けて。こいつは、タチの悪いストーカーなの。今日も、ここで偶然出会ったばっかりに、こんなことされてしまって・・・その珠子さんて方も、騙されているわ。こいつは、ただの女好きの、犯罪者まがいのヘンタイなのよ!」

 「本当?」
 トカゲ男は狼狽する。
 せっかく資産家の娘である珠子を手中に収め、金に糸目をつけずに女遊びをしようと思っていたのに。
 何とか繕わなければ、すべてがダメになってしまう・・
 そんなことを考えているうちに、またもSARAが言葉を発する。
 「騙されちゃダメ。通販の下着の配達員に化けて、わたしずっとつきまとわれたのよ。シャノワールの店長ってのをいいことに、これからも、いろんな女に手を出してゆくわ!!」
 頭の回転では、SARAの方が、トカゲ男より数段うわ手だ。

 「許せない・・・」
 YUKIを縛ろうとしていた雅子が、その手を放し、男に喰いかかる。
 壁に埋め込まれた手錠を、スギが見つけ、そこに男の両腕を押し込んだ。
 かつてはSMクラブで女王をしていたというスギは、こういう場面では非常に動きがスムーズだ。あっという間に男を裸にして、両手両脚を手錠の壁に押さえつけてしまった。
 「いい? わたしはいいけど、雅子は熱血漢でね。あんたみたいな男が大嫌いなのよ。珠子の分も含めて、雅子にお仕置きして貰うわ」

 ミケ子が雅子に、ムチを手渡す。
 プレイルームの中には様々な道具が飾られているので。そこから見つけてきたのだろう。
 そしてミケ子もまた、短めのムチを手にしていた。

 雅子は力任せにそのムチを、男に浴びせた。一途で潔癖な性格ゆえに、男には縁のない半生だった。だからこそ、女を食い物にするような男には憎しみもひと一倍なのだろう。
 渾身の力を込めて、雅子がムチを振り下ろすが。その力のわりには、ムチはいい音を立ててくれない。
 
 「ダメよ、雅子。力だけでやっちゃ。ほら、こうして、手首を返すみたいにして振るのよ」
 スギが見本を示す。軽く振っただけなのに、男の胸ぐらに赤いミミズ腫れが浮かびあがってくる。
 「さすが、スギ。わたしもね、これ、やってみたかったのよ」
 そう言って、ミケ子所長もムチを振り下ろした。飲み込みのいいミケ子のムチもまた、男の太股に、大きなミミズ腫れを作った。
 「見てごらん、こいつ、勃ってるよ。その気があるんだったら、もっと虐めてあげなくちゃね」
 スギが、ハイヒールの先を、男の股間にねじこんでゆく。
 男は、顔を赤くして悶絶の表情をつくる。
 アドレナリンだ。スギは血液が逆流しているような感覚に襲われる。
 もともと加虐的な性格だったのが、一気に放出されて。スギ自身もまた、恍惚の表情へと変貌していった。

 「わたしにも。わたしにもさせてください」
 その時、蚊の鳴くような細い声が、ムチのあいだから聞こえた。
 振り返るとそこには、泣きそうな顔をした珠子が立っていた。
 
      * * *
 
 「秀樹さん・・・」
 珠子がトカゲ男にそう言った。
 「君に、ボンテージの魅力を教えてあげたいって、あなた言ったじゃない。それで、わたし、ショーを見にきたのよ。そしたら、以前お世話になってたキャッツのみなさんが前の席にいたの。あとできちんとご挨拶しなくっちゃ、って思ってたのに、みなさん途中で抜けられて。それで、追いかけてきたの。すごい、ショックだった。あなたが、ストーカーだったなんて・・・でも。わかってよかったのかもしれない。結婚する前に・・・わかって。そう・・・よかったのよ」

 「珠子さん。違うんだ。僕は、はめられたんだ。ここに万引きに来たヤツがいて・・ほら。こいつらが・・・」
 そう言ってトカゲ男は、SARAのいた方向を指差す。だがそこは既にもぬけの殻である。
 どうやら、キャッツの女たちがムチで弄んでいるあいだに、SARAとYUKIは逃げおうせたらしい。

 「珠子ちゃん」
 ミケ子が珠子の肩に優しく手を伸ばして言った。
 「愛情があると、人間は何でもいい方に考えてしまうものなのよ。だから、こいつの話を聞いちゃダメ。あなたが今見たことだけを信じるのよ。あなたは頭のいい子だから、あとは自分で判断できるでしょ」

 「でも、所長。こんなことしてる間に、わたしたちはYUKIを逃してしまうわ」
 雅子が悔しそうに言う。
 「いいのよ、今回は。誰の依頼を受けたわけでもないから、ちっとも懐は痛まないでしょ。シャノワールは困るだろうけど、店長の不始末から出たことだから、それもしょうがないこと。さ、珠子ちゃん、スギに習って、あなたの好きにしてけっこうよ」

 「はい・・・」
 そう言いながら珠子は、泣きながらトカゲ男に、ムチを激しく振りおろした。

 ムチを打ちながら、珠子の顔が紅潮してゆく。
 「うーーん、素質あるわねえ。久し振りに良いモノを見せて貰ったわ」
 スギが唸った。
 愛する女に捨てられてゆくトカゲ男の、悶絶の表情との絶妙のコントラスト。それは、見るものに感動を与える光景であった。本物の憎しみが、このようなカタチで現れるとき、被虐と加虐は感情のうねりの中で浮き立ってゆくのだろう。

 「珠子、さっき、ヤツが持ってたバイブがあるわよ。これも使ってみる?」
 「え? どこにどんなふうにやるんですか?」
 「まったく。あんたは、スレてるのかお嬢様なんだか、ほんとわからないわね。いい素質あるんだから、もちょっと社会勉強しなさい」

 「ねえ、スギ。その前に、わたし一度、コレやってみたかったんだけど」
 そう言ったミケ子の手には極太の注射器が握られていた。中には、なみなみと浣腸液が入れられている。

 それを見て、トカゲ男の表情が青ざめてゆく。
 「やめてくれ、それだけはやめてくれー。そんな趣味はないんだ。それに、ここでそんな事されたら俺は・・・」
 
 「そうよねー。ここでそんな事されてどうなるか、想像するだけでワクワクしちゃうわよねー」
 「そうですねー」
 相づちを打ちながら、珠子はそこで初めて微笑んだ。
 眼孔の奥から虹色の光を放出する珠子の笑い。本物の加虐感に占領された、妖しげでいて確信に満ちた笑い。
 怪盗YUKIを逃してしまったことに対するスギの無念など、その笑顔でさらりと吹き飛んでしまったくらいだ。

 スギと雅子が、暴れる男を押さえ込み、ミケ子が男の尻の穴に注射器を押し込む。流れ込む液体の心地悪さに男が顔を歪める。
 とちゅうで珠子に交代して、珠子が残りの液を一気に押し込んだ。
 その行為に集中しながらも、珠子の唇には、恐ろしいほど不敵な微笑みが宿っていた。

 「さ。ウンチまみれの男なんて見たくないでしょ。わたしたちはこれで失礼しましょ。ちょうど、ショーが終わって、観客たちも帰りはじめたみたいだし」
 「はい」
 「珠子。これって、放置プレイっていうのよ、覚えときな」
 「しっかり、覚えました。スギさん」
 そう言って、泣きわめく男にあかんべーをして、珠子はグッチのバッグを肩にかける。そしてその後は振り向きもせずに、階段の方向へとさっさと歩いていった。

 入り口では、興奮も冷めやらぬ観客たちが帰路についていた。
 その中を、キャッツの3人組と珠子が、すり抜けていく。
 黒服がうやうやしく頭を下げる。
 「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
 「こちらこそありがとう、今日はとっても楽しかったわ」
 珠子がていねいに挨拶をして、外に出て。
 それから4人は、道玄坂の冷気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 
      * * *

  エピローグ

 
 大仕事の終わった次の朝。SARAは会社を休んだ。
 気持ちが高ぶって、とても仕事どころではないという。

 昨夜、収穫品をこの部屋まで上げてから祝杯をあげ、夜も遅かったというのに。
 SARAは朝も早くから飛び起き、ダンボールをひっくり返しては、これはねーさんの、これはわたしの、と、服を仕分けしている。
 あんな危ない目にあった癖に、その恐怖にも勝るものがSARAの中にはあるのだろう。

 そんなSARAを見つめる、自分自身もまた変わったのかもしれない、とYUKIは思った。
 これまで、自分はどんなモノにも染まらないでいたいと思っていた。
 それが今、SARAという女の放つ色合いが、自分の中にほんのりと漂っている。人間は、生きている限りいろんな色合いを自分の中に染みこませてゆくのだろう。
 良き色であれ、悪き色であれ。そういうものに色づけされてゆくのは、悪いものではない。
 受け入れるとか、受け入れないとか。それは自分が決めることではない。
 生きている限り。人は何らかのカタチで。
 まわりの人や世界の色を、自分の中に染みこませて。
 そしてその色によって、人間は。深くなってゆける存在なのだ。
 そんなことを考えながらYUKIは、SARAの煎れた深みのあるコーヒーを口に含んだ。

 「ねーさん、ねーさん、コレ」
 そう言ってサラが、パック詰めのコスチュームをビリビリと破ってゆく。
 「全身ストッキング、穴あきタイプだってよ。これ、ねーさん、似合いそうじゃない?」
 見ると、胸と陰部に大きな穴が開いたオールインワンのストッキングである。
 衝動に駆られて、飲みかけのコーヒーを置いて、ユキはそれを着てみた。

 かつて双子の満月と呼ばれたユキの二つの乳房が、穴ごしにぽっかりと浮かびあがった。
 まったく段差のないヒップの丘陵は、触るのも憚られるみずみずしい桃のように、薄色に染まっていた。
 全身鏡にそれを映してみると、言いようのない姿に、ユキは妖しく引き込まれてゆく。
 肉体もまた。衣服に染まることによって、違ったモノに変わってゆくことのできる存在なのかもしれない。

 「きゃー。ねーさん、似合う、とっても素敵よー」
 サラが歓声を上げる。
 「うーん、この肌触り。このまま抱くと、男の人もきっと、すごく感じるわよねー」

 え。
 男?
 抱かれる?

 これって、自分で楽しむんじゃなくて、そういうときに着るものだったの?

 ユキの思考が止まる。

 だって・・・そんな相手、いないし。
 わたしは、ただ。
 自分で見て楽しむだけのものだと思っていたのに・・・

 せっかくのコスチュームを着て、ユキは呆然と佇む。
 その傍らで、サラは、黒いボンテージに着替えていった。
 「うーん、これも、男好みよねー」
 などと言いながら。

 仕事一筋のYUKIも。
 私生活はまだまだ、険しいようである。

               「おしまい」
.kogayuki.

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