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fukuroumura

フクロウの読書ノート  2004年 一月 〜 六月

★★★ 『悪童日記』 アゴタ・クリストフ 早川書房 1991年
  
  傑作。こういう出会いがあるから、読書は止められない。
  "第二次世界大戦末期から戦後にかけての数年間、当時ドイツに併合されていたオーストリアとの国境にごく近い、ハンガリーの田舎町"に、疎開させられた双子の男の子たちの物語。作者も"ハンガリーのオーストリアとの国境に近い村に生まれ育ち、1956年のハンガリー動乱の折に西側に亡命して以来、今日までスイスに暮らしている女性"とか。
  それらのことから想像できるように、社会or人間の"絶対"悪とも言える、ナチズムからスターリニズムを背景にして、透徹した洞察力で人間の本質を暴いていく作品。
  卓越した文学が生まれるには、こうした負の面、闇が必要なのか、と思う。
  人間の"悪"や"醜"を描きつつも面白く、ユーモアもあり、かつ、エロチックでもある。脱帽。三部作の予定だそうで、読み続ける価値あり。
  
  
★★★ 『結婚の条件』 小倉千加子 朝日新聞社 2003年
  
  話題になっただけのことはある書。40代以下の女性たちの結婚観が鮮やかに分析されており、それは同時に、現代日本社会の一面をくっきりと浮かび上がらせてもいる。
  出生率が最も低い国というのが順に、伊・独・日の先の大戦の枢軸国との指摘にはビックリ。この、かつてのファッシズム三国は「戦前から女性に母性と主婦性を強要する国でもあった。その国で、女たちは結婚することと母になることに静かに反乱を始めているのだ」には、全く同感。女が幸せでないと、いずれ人類は、、、
  
  
★★★ 『半身』 サラ・ウォーターズ 創元推理文庫 2003年
  
  "このミステリーがすごい"海外編1位、に惹かれて購入。なるほど、面白かった。
  設定は19世紀末のロンドンで、"霊媒"やら"降霊会"やらが出てきて、舞台は主に監獄と上流社会、そして登場人物はほとんど女性、という、少々特異な雰囲気の作品。ミステリーとしての骨格はしっかりしていて、最後まで息を継がせず、どんでん返しの結末も見事。楽しみな新人登場です。
  
  
★★ 『ハリー・ポッターと賢者の石』 J.K.ローリング 静山社 1999年
  
   こういう超ベストセラーは、熱が少し冷めて、入手しやすくなってから(Book offで500円だったのだ!)読むことにしている。にしても、本書は2001年発行(つまり丸二年間で)329刷目の分、すごいですねえ、フー。
  確かにそれだけのことはあって、スピード感があり、読み出したら止められぬ。大人でも十分楽しめる。
  ただ、『熊のプーさん』やエンデの『モモ』(両方とも大人になってからの愛読書)のように、本棚に大事にいつまでも置いておきたいほどの気分にはならなかった。続刊も機会があれば喜んで読むけれど。
  
  
★★  『蛇にピアス』 金原ひとみ & 『蹴りたい背中』 綿矢りさ 2004年 文藝春秋三月特別号
  
  ご存知、芥川賞受賞の二作。同世代の若き著者が、一見、まるで違う"青春"を描くが、このような表裏・明暗・硬軟・正邪?の二面性は、いつの時代の"青春"にも背中合わせにあるものだ。だから、読み比べて正解、興が増す。
  両者共、同世代や若い読者が伴走してくれる作品をいつまで書き続けられるか、が鍵だと思う。
  
  
★★ 『ヤンのいた島』 沢村 凛  新潮社 1998年
  
  第10回日本ファンタジーノベル大賞優秀受賞作。帯の井上ひさしの推薦文通り、「夢の細工法には、思わずアッと唸ってしまった」という、夢と現実が入れ子細工になった構成がミソ。内容がもう少し掘り下げられ、人物が描けていたら、大賞に手が届いていたかも。
  
  
★★ 『永遠も半ばを過ぎて』 中島らも 文藝春秋 1994年
  
  この人の小説は、いつも「ああ、面白かった」と思わせてくれる。本書も、一流ストーリーテラーの面目躍如、詐欺のお話。
  
  
★★ 『余白の愛』 小川洋子  福武書店  1991年
  
  "突発性難聴"を患った女性の"耳"と、速記者の男性の"指"にまつわる物語。この作家は、身体性を通して人間関係を描く、独自の世界を確立している。
  
  
★★ 『どこよりも冷たいところ』 S.J.ローザン  創元推理文庫 2002年
  
  このシリーズ、主人公の探偵の男女(交互に主役を務める)が、ふたりの関係も含め、なかなかクールで良いのです。女は若い在米中国人のリディア・チン、男は中年の、クラシック・ピアノを弾く、偽名としか思えないビル・スミスなるふざけた名の白人。
  本作はビルの方が主役。舞台は建設現場で、ビルはレンガ工としてもぐりこむ。このレンガ積みの詳細な描写や、建設労働者の人間関係、組織、業務内容などが、事件の伏線になるとともに、おまけの楽しみ。
  
  
★★ 『離婚まで』  藤本ひとみ 集英社文庫 2004年
  
  一晩で一気読み、薄手の文庫なので。
  日頃、フランス物で楽しませてもらっている著者の、初の自伝的作品。出身地長野県飯田市での生活、少女時代の事件など、権謀術策にあふれた華麗な今までの作品との差異も一興。
  
  
★ 『烈風』  ディック・フランシス  早川書房 2000年
  
  いつも通りの水準を持った"競馬シリーズ"の作品。ただ、主人公が気象予報士で、その、あまりに専門的な細かい気候の説明にあまり関心が持てなかった。それと、いつもと同じ訳者(菊池光)なのだけれど、なぜかギスギスしていて読みづらかったので、星ひとつ。
  
  
★ 『イスタンブールの闇』 高樹のぶ子  中央公論社 1998年
  
  48歳の女性が主人公。彼女とその息子の、一世代違う男女関係を、イスタンブールと津和野という土地柄、および、陶器をからめて描いている。
  中年世代のセックスを描くとうまいので、ついついこの著者には手が出てしまう。
  
  
★ 『警視の予感』 デボラ・クロンビー  講談社文庫  2003年
  
  この"警視シリーズ"、全て読んできたけれど、8冊目の本書はちょっと先行きが心配になる出来。
  11世紀の人物の霊からのメッセージが自動筆記で現代の登場人物に伝えられ、その超常現象が筋立てや人間関係を左右するというのは有リとしても、それによって、現実に引き起こされた殺人の犯人までもが示唆されるというのは、ミステリーの体を成していない。捜査するのは現職のロンドン警視庁警視なんだし。ウーム。
  
  
番外特別 『つい昨日のインド』 渡辺建夫  木犀社  2004年
  
  著者本人からの贈呈&依頼で、登場する人たちにも知人が多い。
  日本人はなぜか、インドに熱病のごとく惹かれる時があるようだ。1970年代を中心に80年代半ば頃までも、そんな「インドの時代」で、多くの若者がインドへと旅立った。著者もそのひとりであるが、若き頃のインドとの関わりが、その後の人生に大きな影響を及ぼすこととなった人たちを追ったルポである。
  著者のデビュー作『インド青年群像』(1978年 晶文社)はリリシズムあふれる名著だが、本書は、インドに魅入られた"日本青年群像"の趣がある。
  「インドにもっとも深く関わった」仲間(『大地のうた』やタゴールの詩の訳者である永井保)の自死(2000年10月、享年47歳)をきっかけに書かれたものだけに、中年の域に入った著者が見つめる、"過ぎ去りし時"が切ない。
  
  
番外特別 『お気楽フェミニストは大忙し』 駒尺喜美&中村隆子  家族社 2003年  
  
  著者のひとり、駒尺さんからいただいた。70代の女性のファックスを通しての対'談'集。「不老少女コマタカのぼやき通信」と副題にある。
  この年齢にして(失礼!)、時代の趨勢に抗した批評精神、しなやかな知性に乾杯! 老いることに不安を感じている身には、慰めとなる本だった。  

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