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フクロウの読書ノート  2003年 六月 & 七月

★★★ 『学寮祭の夜』  ドロシー・L・セイヤーズ  創元推理文庫  2001年

  "ピーター卿"が探偵役のシリーズ。原著は1935年刊、初訳は1936年。1930年代が舞台のこのシリーズは、当時の英国の雰囲気を色濃く映していて、人物描写も丁寧、どこか時間の流れもゆっくりで、好み。10冊ほど読んでいるが、はずれはなく、どれも水準以上。特に本作には驚嘆、傑作です。
  ピーター卿が結婚を申し込み続けている(承諾の返事は未だ得られていない)探偵作家のハリエットが本編では主役を務めるが、彼女は、ようやく女性を受け入れ始めたオックスフォード大学の女子カレッジの卒業生。事件はこの英国最高の知性の府の一つで起きるのだが、ミステリィ自体の面白さもさることながら、そこに集う知識階級の女性たちの姿が活写されていて、興味深い。男性優位の階級社会で、アカデミズムの世界のパイオニアである彼女たちの言動が事件を生む。
  ピーター卿との関係についてのハリエットの考え方やスタンスは、"女性の自立"という視点から見て、今日でも十分にラディカルだ。パレツキー描くところのV・I・ウォーショースキーを思い出させる。ヴィクトリア朝後のあの時代に、である。今日の"女のミステリィ"(拙稿参照)時代 の嚆矢の作品にして、このレベルの高さ。 作者 ドロシー・L ・セイヤーズに感服、拍手。
  「解説」(横井 司)も男性にしては(失礼!)公平な眼差しで、気持ちよく読めた。


★★ 『エキゾティカ』  中島らも  双葉社  1998年

  アジア諸国を舞台にした短篇集。挿絵代わりに写真入り。その国を訪れた日本人や日系人が主人公のものもあれば、その地の人が主人公で日本人が全く登場しないものもある。そのことに感慨を覚えた。
 80年代に訪れたアジアの国々に関する本の書評をしていた事があるが、当時はノンフィクションが多く、小説でも日本人を主人公にしたものがほとんどだった。それだけ、アジアの地が近しくなった、ということか。


★★ 『蘆屋家の崩壊』  津原泰水  集英社文庫  2002年

  ホラーというか、幻想小説というか。初めて読んだ作家だが、力量はしっかり。ドラキュラ伯爵という綽号の怪奇小説家と猿渡なる独身男のコンビが狂言回し役。「お互い無類の豆腐好き」というのも楽しい。


★★ 『蕁麻の家』  萩原葉子  新潮社  1976年

  古い本だ。朔太郎の娘である著者のデビュー作だったような記憶がある。著名な詩人の生活無能力者ぶりと、男と駆け落ちしたその妻が置いていった娘である故に、父親の母、つまり、実の祖母(彼女が家の実権を握っている)に虐待され続けてきた生い立ちが、赤裸々に描かれている。どこまでが事実か、フィクションかは定かではないが、現在の著者の生き生きとした老後を雑誌などで見かけているので、一応は安心していられる。朔太郎の詩が嫌いではないので、少々、複雑な思い。


★★ 『ノスタルジア』  小池真理子  双葉社 2000年
 
  内容も装幀も綺麗な小説である。現在46歳の独身女性がヒロイン。父親の友人であった妻子ある小説家との、若き日の9年間に及ぶ恋を抱いたまま、恋人の死後15年間、映画評論の仕事をしながら、一人ひっそりと暮らしている。その小説家の息子である、自分と同い年の男が突然現れ、ふたりは宿命のように恋に落ちる。かつての父親との恋をなぞるかのような、息子との相似形の恋。結末は意外なものだが、それを明かすのは、ミステリィ同様、ルール違反というものだろう。


★ 『美神』  小池真理子  講談社  1997年

  同じ作家の作品が並んだが、関心を持った作家の作品には続けて手を出すところがある、ようですねぇ。
  出会った男たち全てを虜にする美貌の女性が、9歳、17歳、22歳、26歳、30歳、35歳、の時に関わった男たちとの出来事を描いた、連作短篇集。
  それほどの"美貌"とはどんなものか、なかなかイメージがわかないのが難点。人生の全てを"美貌"が左右した女性の、その美が衰えた後の人生、40歳、50歳、それ以後のものが、というより、その方が読みたい気がする。


★ 『白い犬とワルツを』  テリー・ケイ  新潮文庫  1998年

  星なしでいくか、と思ったのだが、日本でも(作られた)ベストセラーということで、一言。
  知られているように、妻に先立たれた81歳の老人の一人称小説で、妻の生まれ変わり?の"白い犬"と大勢の子どもたちやその配偶者に支えられた、幸福な余生を描く。"古き良き時代"の米国の誠実な"家長"の一生、といったところ。
  テレビで映像で観た方が、まだ面白かった。本では、アダムやらイヴやら、ソドムとゴモラ、善きサマリア人など、ステレオタイプの聖書の話がやたら出てくるし、息子や婿のうち、ふたりも牧師だ。その他に出てくるのは、妻との思い出と家族と同窓生の話だけ。1900年代、最低、三つはあったはずの大きな戦争とか社会状況とかには、全く触れられていない。善良な?米国人が聖書や神を持ち出す時には気をつけましょう。
  にしても、何でこれを日本でベストセラーに仕立て上げたんだろ? 高齢化社会の理想像? それとも、、、やはり星なし(コメント通り)がふさわしい。


番外特別 『黙りこくる少女たち』  宮 淑子  講談社  2003年

  なんで番外特別かというと、著者と友人だから、です。もとより、プロですから、だからと言って、ちゃんと書評をする自信も心構えもあるのですが、取材の苦労やら、編集者や出版社への愚痴やら、本になるまでの全行程を概ね知っている上に、取材関係者からもらった猪肉で、我が家でボタン鍋を一緒に楽しんでしまった以上、公平を期した次第です。
  閑話休題。
  『教室の中の「性」と「聖」』と副題にあるように、スクール・セクハラ、つまり、教師である男性が起こした性犯罪のルポである。マスコミを騒がせた、中国道で起きた"中一少女手錠監禁致死事件"などのケースを取り上げている。長年、教育問題を追っているフェミニストの著者は、「先生が怖い」と告発をためらう被害者の少女側に徹頭徹尾、身を寄せている。被害者や当事者はもちろん、関係者が口を閉ざさざるを得ない状況の中で、体当たりで取材を重ねた力作だ。
  当事者たちの人生や生命に関わる重い事柄だけに、時として前のめりになる著者の見解や文章に反発を覚える向きもあろうかと思うが、大いに論議の的になって欲しい。現在の日本の教育、いや、社会の、わたしたちの、避けてはならない問題だからだ。

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