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fukuroumura

フクロウの読書ノート  2003年 三月

★★★ 『文壇アイドル論』  斉藤美奈子  岩波書店  2002年

  書き手としては、女性作家は今や無視出来ないほど多数活躍しているが、作り手(出版社や編集者ですね)や、まして評価する側は依然として強固な男社会。その業界で、"文芸評論家"を名乗って場を得てきたというだけでも、星ひとつ分の価値はある。で、星みっつ。
  最初の著作『妊娠小説』から注目してきたが、女性の視点で、男性作家や評論家諸氏が思いもしなかった所から作品に切り込んで行く鮮やかな手法は一貫していて、ほんに小気味よい。
  本書で論じられているのは、村上春樹・俵万智・吉本ばなな・林真理子・上野千鶴子・立花隆・村上龍・田中康夫という八人の、"メディアの寵児、文壇、論壇のアイドル"たち("八〇年代試論のつもりで"書いた、とのことだが、こういう場合にさりげなく男女同数が選ばれていること自体、珍しいのです。その証拠に、引用されている当時の批評の書き手はほとんど男ばかり)。
  ことに、立花隆と田中康夫については出色。村上春樹と上野千鶴子には少々、シニカル。著者の世代(団塊の世代のすぐ下の年代、50年代生まれ位かな)が、団塊の世代に手厳しいのはなぜなのかしらん。


★★ 『暗黒底流』  ウィリアム・D・ピーズ  文春文庫  1999年

  前作『冬の棘』が記憶にあって、購入。(そのプロローグには、アリューシャンでの日米戦争の従軍記者だった、ダシール・ハメット、『マルタの鷹』などで著名な作家、に関する記述があった。その従軍記の翻訳に取りかかっていたので、印象が強い、のです)
  今回は、前作とはがらりと違った設定、内容だが、面白い。
  書類上は全く姿のない国家機関のシミュレイション・ゲームのような犯罪。その中では、人の命や人生もとるに足らないもののごとく扱われる。対照的に、ちゃんと普通の生活?をしている引退したばかりの初老の元刑事が、最先端の組織の内実を暴き、絶対絶命の窮地を脱する。一見冴えない、時代遅れのこの主人公が、イイ味を出している。
  "現在の情報戦"の実態(というか、奇妙な"現実"の無さ)が不気味だ。


★★ 『プラナリア』  山本文緒  文藝春秋  2000年

  表題作を含む五編の小説集。どれも、日常生活にまつわる人間関係、女と男や家族関係が主題である。
  この作家は、現在の日本で生きる女性の状況を描いて、いつも過不足ない。いきおい、どこか出口がありそうでない、不透明な膜に覆われたような状態が描き出されてくる。
  表題の"プラナリア"は「三肢腸目のプラナリア科に属する扁形動物の総称」で、「切っても切っても死なない」で再生する生物。女のやりきれなさの象徴のごとく。


★ 『偽装殺人』  スーザン・ケリー  原書房  1996年

  この作品はおそらく、もっと面白いのだと思う。帯には、トニー・ヒラーマンを筆頭に、アントニア・フレーザー、グレゴリー・マクドナルドなどの名だたるミステリィ作家たちが賞賛を寄せているのだから。しかし、ともかく、翻訳がひどい。
  「32歳。独身。刑事の恋人あり。フリーライター。おもに現実の犯罪を描く。これまでも、なんど危うい目にあったかしれない」女性が探偵役のミステリィで、彼女の一人称で書かれ、ミステリィの常の、会話体も多い。その語尾のほとんどが、いちいち、「〜よ」「〜わ」「〜わよ」「〜の」などの、いわゆる女(らしい?)言葉になっている。「まあ、そうなの」「だめよ」なんて、刑事の恋人に言うか、普通。32歳のキャリア・ウーマンが。その上、犯人と争っている時にだよ、「もう、逃げられないわよ」「出てこないと撃つわよ」ときた。もしかしたら、原文はハードボイルド調だったりして(内容から推測するに、かなりタフなはずだが)。地の文も同じ調子で力が抜けてしまう。
  "訳者(あっ、男性です)あとがき"に、「軽快な文章でハラハラドキドキさせる」「会話のはこびも楽しめる」とあるのは、悪い冗談としか思えない。「また、ウォーショースキーやミルホーンとちがって、しっとりとした女らしさをたたえている」という箇所にいたっては唖然。サラ・パレツキーとスー・グラフトンの生み出した女性探偵、ウォーショースキーやミルホーンこそが、本書のような、キャリアを持った女性作家が書く、女性探偵を主人公にしたミステリィを生み出す原動力になったんじゃないか(詳しくは、当HPに掲載済みの『随想"ミステリィは「女の時代」"と"ミステリィの女たち"を参照してください)。
  せめて、こういう方は、こういう本の翻訳に手を出さないでいただきたい。出版側も編集者も少しは考えまショ。文庫になるチャンスや、シリーズが続いて出版され、ファンを掴む芽を摘んでしまうかもしれないのだから。


★ 『女性判事』上・下  ナンシー・テイラー・ローゼンバーグ  講談社文庫  1996年

  これも翻訳が雑。女性作家の女性が探偵役(本書の場合、判事)のミステリィで、翻訳者も女性。語彙や会話に、いや、日本語に、神経を使っているとは思えない。

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