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fukuroumura

書評
 『ゆがんだ浜辺』 バーバラ・ニーリイ

 今、ミステリィが面白い。一粒で二度(ちょっと古いか)どころか、何度もおいしい。 本書も、そんなおいしいミステリィの一冊である。それもとびきりの。
 なんといっても探偵役をつとめる主人公が出色である。ブランチ・ホワイト、つまり “白・白”という意の、皮肉な名を付けられた「まっ黒い肌」をした、アフリカ系アメリカ人女性だ。それだけでも作者の冷徹なユーモアがうかがえるというものである。ちなみに作者も黒人女性である。
 ブランチの職業は家政婦、「大きな臀部」をしたがっちり体形で、四十歳、独身。亡くなった妹の子どもふたりを育てていて、心の通い合った黒人の女友達がいる。これは現代アメリカ社会の一面を描くには格好の設定と言えよう。
 大体、最近の欧米ミステリィの面白さと隆盛は、探偵役の魅力に負うところが小さくない。性別(嬉しいことに女性が増えている)、人種、年齢、職業、地位、ライフ・スタイル、性的傾向?(ホモ・セクシュアルとか)は千差万別。それゆえに、犯人捜しや謎解きなどのミステリィ本来の楽しみに加えて、探偵役の人生そのものを追う楽しみも重要な要素となり、それらの絡みのうちに、複雑な現代社会のからくりや病巣、人間のさまざまな姿、生き方が見えて来る仕掛けとなっている。シリーズものであれば、なおさら主人公の役割は大きい。
 本書もブランチものシリーズの二作目。肌の色の違いに拠る差別という、現代の最も大きな問題のひとつについて、わたしは、ブランチの体験やせりふを楽しみつつ、目からうろこが落ちるような思いを幾度もした。
 例えばアメリカの現状について。
 「アメリカの黒人であることのありがたいご褒美のひとつは、バスの隣の席にはめったに白人が座ろうとしないから、二人分の席を悠々と独占できること」「黒人はたとえ中流であっても、いまだにアメリカというステッキの、糞にまみれた先端でつつきまわされている」。
 さらに、舞台が、「縮れ毛のばし」などの黒人専用の製品で財をなした黒人事業家の作った“黒人専用”高級リゾート地なので、当事者の深い洞察によってのみ可能だろう、黒人同士の間に存在する差別や黒人自身の中にある差別意識が鮮明にえぐり出されている。事件の背景となるのも、その差別、いやアメリカで“黒人であること”自体なのだ。
 このリゾート地の「部内者」は「色の薄い黒人ばっかり」である。「明るい肌の色と富との間には、密接な関係がある」からだ。 「ひどい扱いは、同じ黒人からのほうがいつも余計に悪質」で、「色の薄い黒人が濃い黒人を差別するのは、される側の問題じゃない」とブランチは喝破する。
 ところで、わたしは、「インク壺だの、石炭箱だの、チビ黒サンボだの」「さんざん言われた」というブランチの言葉に、長年、気になっていた、“チビ黒サンボ”は差別的な本か、という日本でも議論になった問題を思い起こした。考える際の良いヒントを与えてもらった。
 また、「アニタ・ヒル(1991年、最高裁判事の任命を受けようとする黒人男性に対し、セクシュアル・ハラスメントを受けたと告発した法律学教授の黒人女性ー説明筆者)の事件以来、大勢の仲間たちが女性に対する暴力に反対して、団結し始めている」というのも、わたしが知りたいと思っていた貴重な情報だった。いやあ、ためになる。
 えっ、一体、どんな事件なのか、犯人は、動機は、ですって? それは読んでのお楽しみ。でも、保障します。これだけ、差別や人間の心理に鋭い洞察力を持ち、しかも辛辣なユーモアある文章を書く作家のミステリィだもの、面白くないわけないじゃないですか、ねっ。

(『母の友』1997年9月号)
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