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fukuroumura

書評
 『バースデイ・ブルー』 V.I.ウォーショースキー

 “V.I.ウォーショースキー”をご存知ですか。えっ、知らない?!それは羨ましい。あなたはこれから、少なくとも九冊の本を楽しめます。
 V.I.の出てくるものは全て読み尽くしてしまった幸福かつ不幸なファンの皆様、お待ち遠さま。待ちに待った新作『バースデイ・ブルー』が出ました!
 V.I.はシカゴに住む金融関係の調査が専門の私立探偵である。シカゴ大学のロースクール卒業の元弁護士。空手の達人で銃はスミス&ウェッソンを所持、野球は地元チームシカゴカブスのひいきで、酒はジョニー・ウォーカーの黒のストレートを好む。独身。八〇年代にさっそうと登場したハードボイルド界のニュー・スターだ。デビューした時は三二歳。
 と、ここまでのV.I.の紹介であなたはどんな人物を思い浮かべる? なにを隠そう、V.I.は女性なんです。エッ、おんな そう、お・ん・な… 
 今、ミステリ界は未曾有の女の時代なのだ。作者も女性で主人公も女性。飾り物ではなく、社会の悪に自ら立ち向かっていく大人の女主人公が、嬉しいことに七、八〇年代に入ってぞくぞく誕生した。V.I.はその代表格。「自分の身は自分で守れる」し、「わたしに命令できるのは、わたし自身だけよ」が信条。自立したいい女とはどういう女か知りたければ、このシリーズを読めばいい。V.I.ばかりではなく、彼女の女ともだちも含めて、お目にかかれます。
 面白いのはもちろん、アメリカ社会の“現在”を知るにも実に優れたテキストなのが、このシリーズのもうひとつの魅力。“犯罪”というのは時代と人間の奥にひそんでいるものが凝縮して社会の表面に噴出してきたようなものだから、良質のミステリというのは、人間と社会を映し出す鏡みたいなものなのだ。
 例えば、本書一冊だけでも、「ホームレスの問題をはじめとして、不法滞在の外国人労働者に対する搾取、幼児虐待、大企業と銀行が手を組んでおこなう大がかりなマネー・ロンダリングなど」が事件の背景に出てくるから、思わず夢中で読んでしまい、アメリカ社会の暗部がしっかりとわかる。 気掛かりなことがひとつ。一作ごとにちゃんと年を取ってきたV.I.は本書では四〇歳の誕生日を迎える。体力の衰えを感じ始め、男に頼ろうとしない彼女から、何人目かの恋人がそれゆえにまた去って行き、少々元気がない。彼女の生き方に、同時代に生きる等身大の女を感じて伴走してきたファンとしては他人ごとではない。それが時代を象徴するなんてことにならないように、“バースデイ・ブルー”なんて吹き飛ばしてくれ! ところで、どんな事件で、誰が殺されたのか、って?それは読んでのお楽しみ。

(信濃毎日新聞)
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