戻る

fukuroumura

 アジアの交差点 ・ 天使の都、バンコック

 私はタイが好きだ。
 なぜかというと、ウーン、あの柔らっこさ、幅合いの広さ、奥行きの深さ、がいいのかも。悪く言や、あの曖昧さ、いいかげんさ、不透明さ、ね。“優しき微笑”を浮かべた人たちの中には、数千バーツで殺しを請け負う人もいないわけではないし、首都バンコクの高層ビルの裏にはスラムがひかえているし、東北部の農村とバンコクの違いはすさまじいし、しかし貧しい農家には娘が自らを売って稼いだお金で買ったテレビやバイクがあったりするし…ともかく、濁って底など見えはしないチャオプラヤ川のようなものだ。
 中国系の人も多いし、山岳民族もいるし、ビルマ、ラオス、カンボジアと接しているし、インドシナ難民キャンプもあるし、ゴールデントライアングルなんていうのも抱えている。王様までいる。ホント複雑。それがまた魅力だったりするのが怖い。
 とりあえず、今回は、バンコクに的をしぼることにしよう。
 タイ語で『天使の都』(笹倉明著 集英社)という意味のバンコクはまた、『国際スパイ都市バンコク』(村上吉男著 朝日文庫)でもあるらしい。
 後者は、一九七三年から七六年の激動期にこの地に赴任した、新聞社特派員による一種のルポ。この間、内では“十月民主革命”があり、外では、隣接するインドシナ三国で戦火が燃えさかっていた。歴史の転換期に、バンコクを舞台に行われた政治・外交のかけひきが描かれ、タイの政治状況や権力の様もわかる。それにしてもタイのしたたかさ、二枚腰は印象深い。 『天使の都』は八三年作の小説で、バンコクで日本語を教える若い男が主人公。ルポでも旅行記でもなく、小説で、しかも主人公が商社マンや旅行者、及び、ルポライター、ジャーナリスト、カメラマンなどではないものが、ようやく出てきたなという気がする。同じ作者の『メナムの恋歌』(同)も、日本人相手の旅行社で働く、若い日本の男が主人公の小説。八〇年代になって、タイで暮らす日本人に、今までとは違うタイプが生じてきたということかもしれない。
 “新しいタイプ”といえば、タイの男性とインドで出会って結婚し、バンコクに住んで十数年という日本女性、レヌカー・ムシカシントーン著『タイの花鳥風月』 (めこん)は、書き手も本の中味 = 題材も、ヘエーと思うほど新鮮だった。微妙なタイの季節 ー 暑季・雨季・寒季 ー に咲く花を主に、鳥や犬、蛙、手長猿などの自然を主人公!にしたエッセイ。こんなふうにしてタイが書けるのかと感心した。旅行客として通過していく者が見えぬ世界を、現地に深く根を下ろして生活する著者は見せてくれる。
 しかしそれはまた、例えば、通過側の谷恒生が、『灼熱の戦場』(徳間文庫)や『バンコク楽宮ホテル』(講談社)で、理不尽にも他国に青春の焦りと閉塞感をぶつけて描いてみせた、猥雑な都会の姿と、なんと異質な世界であることか。
 行くたびに、読むごとに、そして通りごとに、違う顔が浮かぶ、“天使の都”バンコクはそんな街だ。

(本コミニケーション)
fukuroumura

戻る