夕鶴
ばったん、ばったん。
おつうの機織り部屋からいつもの音が響いてくる。
与ひょうは、ぴったりと閉じられた障子の前でためらっていた。
ばったん、ばったん。
決して、中をのぞかないで、と言われている。
罠にかかった一羽の鶴を助けた夜、訪ねてきたおつうという女をめとった。
あれから十年、働き者で気立てのよいおつうに、何の不満もあるはずがなかった。
「お前、近ごろ太ったようだね」
寝物語の軽口でからかったのも、幸せの証だという意味を込めたものだった。
しかし次の日から、おつうは夕餉の後に決まって機織り部屋に篭もるようになった。
「与ひょうさんのためにしていることなのよ」
一時ほどして部屋から出てきたおつうは、いつもそのように言った。
与ひょうは、あんなことを言わなければよかった、と悔やむ一方で、おつうが部屋
の中で何をしているのか、気になって仕方がない。
ばったん、ばったん。
もう、我慢ができなかった。
薄く障子を開けた。
ばったん、ばったん。
白い羽毛を天井まで跳ね散らかせて、太った鶴が床の上を右へ左へ、汗だくで転げ
まわっていた。
「おつう、お前は痩せるためにそんなことを……」
与ひょうは声を詰まらせた。
鶴のデングリ返し-
(完)