なぜ今NPOか?


わが国の公債残高と隠れ借金は国と地方を合わせて645兆円以上となり、国民1人当たりの借金は500万円を超えてしまいました。太平洋戦争末期でも公債依存度は38.5%であったとのことですから、平成11年度の公債依存度43.4%は、まさに史上最悪です。景気は徐々に回復しつつあるといわれても少子高齢社会を迎え国民の不安を拭うことは出来ません。大蔵省の中期財政試算では歳出の伸びがゼロでも、毎年30兆円前後の国債発行を必要としています。景気が回復し次年度から新規の公債発行額を減らしても償還期限60年という長期の累積債権があるため10年毎の借換え債は年々増大して行くのです。この借金をどのように返済したらよいのでしょうか?

考えられる方策は以下の3つです。

1)景気回復を待ち大増税をする。

2)インフレーションにより通貨の実質価値を低下させ借金を目減りさせる。

3)財政支出を大幅に削減する。

借金返済を税で賄うには消費税を28%にする必要があるとの試算がありますが、経済成長が頭打ちとなりリストラが叫ばれる中での大増税は将来への不安をますます増大させることになるでしょう。介護保険、年金改革に姿を変えた増税はすでに始まっています。増税による公債償還は老後の不安を増大させ、景気回復に水をさし不況を長引かせることにもなります。

今一部の人達から期待されているのが調整インフレです。しかし、インフレーションを調整することは難しく一歩間違えばハイーパーインフレになりかねません。太平洋戦争末期の公債残高は戦後のハイパーインフレによって帳消しにすることが出来ましたが、通貨の価値を1/100にしてしまいました。これを再現させれば1300兆円といわれる国民の預貯金も大幅に目減りさせることになるでしょう。それだけではなくインフレで金利が上昇すれば借り換え国債の金利も上げざるを得ません。借金の返済総額が膨らむだけではなく、年金の積み増しも必要になり国民に更なる負担を求めなければならなくなるでしょう。国民の預貯金も少なく年金制度も無いに等しかった戦後とは事情が異なりインフレの再現は弊害が大きいことを認識すべきです。

残る策は「財政支出の大幅削減」しかありません。

財政支出を大幅に削減することが出来なければ財政破綻による大増税とハイパーインフレが同時に襲うことになるでしょう。財政破綻回避には政府が行う公的事業の多くを民間に移し、税金を使用することなく公的事業を遂行する仕組みが必要です。その新しい仕組みこそNPO(民間非営利組織)です。

財政難のために政府の手中にあったサービス事業をできるだけ民営化し、自由化しようとする傾向は世界中に広がっています。イギリスのサッチャー政権が行ったPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアテイブ)はその典型です。営利を目的とする私企業に公的事業を委託する場合の問題は企業の内部情報を開示させることが難しく、公的機関に対するように情報公開を求め、説明責任(アカウンタビリテイ)を負わせることが難しいことです。営利を目的としないNPOは自分自身を隠す必要が少いので公明正大で自由な行動と説明責任を同時に可能とするのです。言い方を変えれば情報公開が出来ず自分自身を隠さなければならない組織は期待されるNPOではありません。実際にNPO先進国の米国でも説明責任を欠くNPOが問題とされ「公私混同」の禁止に違反した団体には懲罰的な課税が行われています。団体役員が私腹を肥やすために組織を利用することは実際に起こっており、ユナイテッド・ウエイ幹部の高給が暴露されNPOスキャンダルとなりました。ボランタリーな活動に従事せず政府の機能を延長したような役割を果たす補助金目当てのNPOは必要ありません。

土地を持つ人は土地を、お金のある人は資金を、時間の余裕のある人は時間を提供し、非営利の事業組織を立ち上げ公的事業の受け皿としてこそ存在の意義があるのです。民間のリソースを活用するという観点から一種のPFI活動です。この新しい非営利セクターはボランタリー・セクター、共生セクターと呼んでもよいかもしれません。税金で人を動かすことを止め自立した市民が強制されることなく自分の意思に基づいて参加する相互扶助のシステムだからです。このシステムに欠かすことの出来ないものは人的、物的リソースに加えボランタリー・スピリット(自発的精神)です。わが国の最大の問題点は「行政が何もかもしてくれる」との期待からこのボランタリー・スピリットが埋没していることです。この新しい非営利セクターを軌道に乗せるためには、寄付行為に対する税制優遇措置などの税制改革によって人々の意識を変えボランタリー・スピリットを顕在化する必要があります。

現行の「特定非営利活動促進法」に定義されるような市民活動に限定されたNPOではなく、特殊法人、公益法人、学校法人、医療法人、社会福祉法人、宗教法人など既存の非営利法人はすべてをNPOとみなし税制を見直す必要があるでしょう。米国ジョンズ・ホプキンズ大学のレスター・サラモン教授は日本を米国に次ぐ世界第2のNPO大国としていますが、サラモン教授の定義によれば、建前上これらの法人はすべて非営利セクターに該当するからです。問題はこれらの法人の多くが説明責任を拒否していることです。このような法人に税制優遇は必要ありません。既存の法人に認められている優遇税制を徹底的に見直し、税制を簡素化すると同時に公益性の少い宗教法人などには非営利法人といえども課税すべきです。一方公益性の高い事業には税制を優遇し公的機関に代わるサービス組織として育成すべきでしょう。公的事業は殆どが消費ですが財政難を理由に実施されていない公的サービスは計り知れないほど有ります。民間NPOが国内消費の拡大にも寄与することは間違いありません。リストラに脅える会社人間や不必要な仕事で税金を無駄使いする公務員が進んでNPOに参画するようになれば、日本の経済は間違いなく活性化し少子高齢社会に対する不安も払拭することができるのではないでしょうか?

文京区在住 松井孝司


2000年6月1日発行生活者通信第58号より転載

●非営利法人論