King of Solitude 1
五感に閉ざされた者達に
空を切って飛ぶ一羽一羽の鳥が
歓びに満ちた広大な宇宙である事が
どうして解る事が出来るのでしょうか…?
------ああ…あの声だ
------あの詩が聞こえる…
彼女が笑っている
優しい声で唄っている
自分は未だ行けないその場所でねえ…
私はもうこんなに自由なのよ…
だからどんな想いでも…
もう二度と私を縛らないでそれは彼女の心からの願いなのだと…
自分はちゃんと知っているのだ
目が覚めた時…頬に流れる微かに熱いものを感じた。
ああ、自分は夢をみてまた泣いていたのか…いい歳をした大人が情けない事だ、と自嘲する。
そしてその時にやっと、機内アナウンスが流れている事に気が付く。
『…当機は間もなくサイド6ー1バンチ、ニュー・マデラ宇宙港に到着致します…定刻通り14時10分の……』
航行中の8時間はほとんど眠っていた様だ。それ程疲れていたのだろうか?
そしていま見た夢は…これから行く場所に触発されて、自分が無意識に手繰り寄せて来たものなのかもしれない。
スペースエアポートの雰囲気は自分の記憶と少し違っている様に思えた。
まああれから10年は経っているのだから、色々と変わっていたとしてもおかしくはないが。
此処は常に中立コロニーとして紛争を避けてきたコロニー群の首都バンチ…
そのエアポートターミナルは多くの人々で賑わっていた。この喧噪は返って煩わしさを感じなくて自分には都合良い。ましてや軍関係の者もそう居ないだろうから…。
何気なく着けていたサングラスを外して、彼…アムロ・レイは大きく深呼吸をした。
戦争の傷跡が一切感じられないこの首都コロニーには、昔から多くの人々が住んでいる。この大都市コロニーの持つ他コロニーに勝る賑わいは、以前から変わらない様に彼の目には映る。
エアポート近くでレンタルをしたエレカを走らせて、アムロはまず第一目的のある場所へと進む。中心部からそう遠くない場所だ。「…10年前にこの上に住んでいた男?…さあねえ…俺もこの工場は3年前に買ってね、その前の事はさっぱり知らないんだよ」
体格の良い、いかにも町工場の親父といった風体の男は、アムロの問いに素直にすまなそうに答えてきた。
「そう…ですか…前の持ち主さんも解りません…よね?」
「そうだなあー会ったことは無いし、前の工場主は軍関係の闇仕事で儲けてたらしいが、戦争後に夜逃げしたって噂だしなあ」
アムロの心底残念そうな様子を見て、彼もますます申し訳なさそうな表情となり、アムロの肩をバンバンと力強く叩いてくる。
「役に立てなくてすまなかったな、兄ちゃん…ま、そのうち良いことあるって!」
「…そうですね…ありがとうございます」
若干肩の痛みを感じながら、アムロは苦笑いで返した。父の消息は此処で今途切れた。
何処かで生きているのか…それとも…それも今のアムロに知る術は無い。
テム・レイ技術大尉は軍の書類上では、サイド7であの時に戦死した事になっている。しかしアムロはその3ヶ月後、このコロニーで父と偶然の再会をしたのだ。
父がどうやって此処に来たのかも、「本当の」状態がどうであったのかも、今となってはもう確かめる事は出来ない。あの時の父が、どうして自分がガンダムのパイロットになった、と判ったのかも…
…父さん…結局僕は未だ軍人をやっているよ…もう…ガンダムには乗るつもりないけれど…でも…
今現在抱えている一つの可能性を、アムロはこれ以上考えたくはなかった…
「確か…こっちの方角だったはずだ」
目的のもう一つの場所……その湖が見えてきた。自分の記憶の正しさを納得し、アムロはエレカのアクセルを踏み込んだ。暫く湖沿いに走っていると、程なくして目的の建物が見えてくる。
「…あった……」
あの運命の出逢いをした場所…その家の前でアムロはエレカを止めた。
此処に来たのは、感傷に浸る為でも、贖罪の為でも…後悔をする為でもない。
今のアムロは再び連邦軍に軍籍を置く身となり、とある特別任務を与えられた。そしてその特務の為に建設されている旗艦のロールアウトが、3週間程延びる事が判った。そこで今回も上官になるブライト・ノア大佐が「何か気になる事でもあれば今のうちにやっておくといいぞ…」と提案してくれたのだ。
アムロは、もしかして父親に会えるなら…と思いつき、サイド6行きの為の休暇を貰う事にした…この家に来たのはそのついでだ…それ以外の何の意味もないさ……
此処で「彼女」と出会い…
そして次は「彼」と直接出会った。
もう逃れられない、自分の罪と運命の輪…が始まった場所……
だから今の自分が…来なければならなかった処とでも?
何気なく佇みその家を眺めていると、少し記憶と違う色合いかもしれないな…と気が付く。壁の塗装が新しく思う…もしかして今は他の誰かが住んでいるのだろうか?
そんな事を考えながら湖畔の家を観察していたアムロの目に、ふとあるモノが映り彼の視線が止まった。それをじっと見つめる事、20秒あまり……
そして彼は徐に己の携帯通信機器をポケットから取り出す。
「……もしもし…あのですね…レイクビューC地区5角の家について……あ、はい、其処です」
相変わらずその看板をじっと見つめながら…
「はい…ええ…この家……買いたいと思いまして…」
「いやあお客様は実に運が宜しいっっ!この家はつい先月に改装終わったばかりなんですよっ」
そこに到着した恰幅の良い男は、嬉々として家のドアの鍵を開けている。扉が大きく開け放たれて、その不動産屋の男と共にアムロも中へと足を踏み入れた。ガランとした広い室内に、確かに新しい家の匂いを感じる。
「いかがです?とても落ち着いた良い家でしょうー」
室内は品の良いグリーン系の壁と柱は白…改装したての恩恵か床は綺麗に磨き上げられていた。
「こちらは元々ジオン軍の払い下げ物件でして…ご覧の通りこの広さと眺めで、通常ならとてもこの様な値段ではお売り出来ない、格安物件となっておりますっ」
まあ値段はそう気にならないけどね…と考えながら、アムロはぐるりと室内を見渡す。
「郊外で静かですし、別荘としても最高の場所ですよっ」
不動産屋の男はずっと捲し立てている。最初アムロを見た時にその若さに冷やかしかと思った様だが、取り敢えずは折角の客を逃がすまいと必死である様子だ。
「…やっぱり…感じないな」
「は…?お客様?」
訝しむ不動産屋に、アムロは少し首を振って作り笑いを見せた。
「あっいえ、何でも…決めましたので書類の用意をお願いします」早々と契約を済ませたアムロのカードは、無事にその金額を支払い済みとし、不動産屋の男も驚いた様子を見せた。そして大喜びの彼が帰った後、アムロはその室内で軽く溜息を吐く。
「我ながら凄い衝動買いっっ…まあ…お金なんて持っていたって、この先しょうもないもんな」
幸い色々な理由で、今の彼にはそれなりの資金があったのだ。
「まあ…買った以上は考えてもしょうがないっっ…さてっっせめてベッドは無いとなっ」
アムロは家具を揃える為に、足取りも軽くエレカへと向かった。
取り敢えず、せめてベッドだけは今日中に運べるモノで…と選んだら、ダブルベッドになってしまった…
「まあ〜いいか…」
と寝室の床に時下座りしてアムロは、途中で買ってきた夕飯のチキンセットを頬張りながら、そんなダブルベッドを眺めている。既に寝具一式セット済みだ。
今日は流石にもう疲れたなあ…
アムロは熱いシャワーを浴びて早く寝たい、と考えた。その場で服をさっさと脱いで、下着姿でぺたぺたと浴室へと向かう。
「あ、シャンプーとか買うの忘れた」
一応小旅行のつもりで来ているので、着替えは少しは困らないが、生活雑貨はさすがにホテルに泊まるつもりであったし。
「もう少し…生活出来る様に揃えないとダメだなあ」
何故かキューブタイプの新しい石鹸が洗面所に置いてあったので、それを使うことにした。
お湯の熱い飛沫がとても心地良い。浴室の仕様とお湯の出には満足出来た。
浴室からはタオル一枚だけの姿で出て、そのまま新しいベッドへと倒れ込む。そのスプリングも気に入った。
「ううん〜〜満足っ」
アムロは目を閉じる。
「…あの石鹸……女性用だな…」
己の身体からいかにもな香りがしてアムロは眉を顰めたが…そのまま深い眠りへと誘われる。
その夜…夢は見なかった…
翌日は家具などが届き、アムロも忙しく家の初期設定に追われる事になる。
カーテンを自分好みの新しいものに取り変えて、その色にも満足する。そしてソファーの位置にもあれこれと悩んだ。
「此処にビジョンユニット…そしてソファー…ああ、でも逆がいいかなっっ」
キッチンにも小さなテーブルセット、一応椅子が2つある。この家に誰か来る事はないのだろうけれど…だから買った最低限の食器も自分だけの分で。
色々と忙しくした後、これまた買ってきた珈琲メーカーの試運転も兼ねて一息つくことにした。
良い香りを漂わせるマグカップを持って、アムロはリビングからウッドデッキへと出る。そこには元々備え付けてある、小さなテーブルとここも椅子が2つ…
勿論あの時彼女が座っていたものとは違い、新しいものに取り替えられていたけれど。
アムロは其処に腰を下ろして、目の前の人工の湖を何気なく見つめる。人工の昼の光りを反射して、水面がとても綺麗に輝いている。水鳥たちの囀り、遠くから聞こえる湖畔に遊ぶ人々の声…とても平穏なひとときだ。
…あの時…白い鳥が湖面に落ちて……そして……
今も全く感じない彼女の気配…此処に居ない事は解っているし、会いたいとは考えてない。それでも…想い出してしまうのは仕方ない事なのだ。
自分はこの家に住んで…いったいどうするつもりなのだろう?
この休暇が終わっても此処に帰ってくる事は出来ないかもしれないのに…
己の行動に疑問符だらけのままで、アムロはぼう…っと湖面を見つめている。
…ふいに白い鳥が現れた気がした。
バササッッ…
羽音に思わず驚き、瞳をパチクリさせる。しかし視線の先に鳥などは居なかった。
えっ?!…なんだ今の……っっっ?!
瞬間、強い存在を感じた。
ハッとして座ったままでその方向を向くと…其処には……
長身のサングラス姿の男性が立っている。
光を弾く長目のプラチナブロンド…黒いコート姿の。
アムロの震える手からマグカップが滑り落ちた。それは派手な音を立てて床に転がり、珈琲の染みを拡げる。
男はゆっくりとサングラスを外した。
その表情を…自分はとても良く知っている。
あの時あの地球の夕陽の中で…再会した彼の表情と全く同じで…
「何故…君が此処に?」
良く知った響きの良い声が先に声を掛けてくる。
「…あ…その…ちょっと衝動的に……」
アムロの心臓は未だ忙しく音を立てていた。
「え…えっとその…貴方には…お帰りなさい…って言うべき?」
あまりにも変な応対の様な気がしたが。その問いに彼…シャア・アズナブルは少し不思議そうな表情を見せてくる。
「ふむ…どう答えて良いものか悩む処だな」
そして彼はゆっくりとアムロに近付く。至近距離まで来ると、その長身を屈めてアムロの顔を覗き込む様にして…アムロの心臓は、ますますドキンっと大きく跳ね上がる。
「だが…私は君には会いたかったよ」
「…あ……」
近付いてくる顔は記憶にある「クワトロ大尉」そのものだ。そしてアムロは…いきなり彼とのあの夜を思いだして…思わず思いっきり立ち上がってしまう。
「とっとにかくっっ!此処ではなんだからっっ中へどうぞっっ!」
そして慌てる様子で掃き出し窓を開ける。
アムロに口付けるという目的を果たせなかったシャアは、不満そうな表情でその後へと続いて行った……
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ひっさしぶり過ぎる更新はー2012年度の降誕祭…17日までに少しずつUPしていきますーー
(2012/11/4UP)