Shadows Of The Past, Victim Of The Future
Shadows on the wall I see
Memories come back to me
Darkness stands emotionless, I feel so confused
Sympathy I just don't need
It only brings my heart bleed
Anger clouds my reason, I can't wait anymore
Try to be strong,that's my one weakness
No one needs strength till they're lonely

 母は美しい人だった。


 緑なす黒髪が艶やかに輝き、処女雪の様に白い肌と赤い唇、深い緑の瞳が鮮 やかな対照を形成し、穏やかに微笑む姿は聖母の如く。
 決して声を荒げて叱咤されることは無かったが、美しい顔に悲しげな表情を 湛えて見詰められると、何よりもこたえた。
「お母さま」
 呼べばいつでも自分を優しく抱きしめてくれる白い手が、何よりも好きだった。
「お父様はこの国の為に働いていらっしゃるの。だから、いつもお忙しいのよ。 でも淋しがってはいけません。お父様は、みんなの為にとても立派なお仕事を なさっておいでなの。いずれあなたもお父様の跡を継がなくてはなりません。 お父様の様に、立派な王になるのですよ」
 優しい声音でそう言われる度に、それが自分の望みであるという気がした。 美しいこの国を治めていくこと。それが皇太子として生を受けた自分に、生 まれながらにして課せられた使命なのだ。
「お父様の代わりに、僕が母さまをお護りします」
 そう誇らしげに宣言すると、美しい顔に穏やかな微笑が浮かんだ。
 誰よりも美しく、優しい母。ごく稀なことだったが、忙しい執務の中、父が 遊んでくれることがあった。そう遠くに行かなくとも、城の中庭で咲き乱れる 花の中、食事をするだけでも十分楽しかった。
 穏やかな気性で、争い事を嫌った父。その父を支えた美しい母。二人と共に 一緒に居ること。本当につつましい、それは自分にとっての最大限の幸福だった。


「―――― 母さま、父さま・・・・」
 ―――― 血に濡れた床。その赤い海の中に横たわって、ぴくりとも動かない兵士。 破かれたカーテン。粉々に砕け散った、母が好きだった純白の小さな花瓶。 そう遠くは無い場所から、怒号や金属のぶつかり合う音が響いてくる。
 一体何が起きたのだろう。早鐘を打つ胸を意識しながら、そっと母親の居室へ向かう。
「―――― 母さま・・・!」
 自分を抱き締めてくれる手を探して、血に濡れて滑る床を、必死に駆け出す。
「・・・母さま、怖いよ!」
 勢い良く空けた扉の奥で、猛々しい気配があった。


 浅い眠りから覚醒しながら、煩わしげに髪を掻き揚げる。またあの時の夢。 忌まわしい記憶。
 いつの間にか、自分はまどろんでしまったらしい。目聡く気付いた侍女が、 冷えた水に満ちた水差しと、美しい彫刻が彫られたグラスを持ってきた。
 注がれた水を一気に飲み干して後、手伝わせて着替えていると、うやうや しくこうべを垂れて、キバが入室してきた。
「宸襟をお騒がせ致しまして、恐縮でございます、殿下」
「―――― 何用だ」
 浅い眠りから醒めたばかりで、さも不快げな、低い声音。
「マチルダ騎士団、赤騎士団長を捕らえました。如何致しましょうか?」
 内心、キバは皇子の返答を予測していた。首を刎ねる様命令するのは解り きっている。捕虜にして政治的な取引の材料に、などと判断する様な男では ない。その凶行に内心危惧を禁じ得ないキバであったから、次の言葉には 驚きを禁じ得なかった。
「謁見の間に引き立てておけ。逃げ損ねた馬鹿者の顔を見てやろう」
「・・・・はっ」


 後ろ手に縛られて、謁見の間に引き立てられた赤騎士団長の地位にある青年は、 豪奢な椅子に傲慢な仕草で座した皇子を、強い視線で見上げている。深い翠の瞳 を視界に映し出した瞬間、その凶行で知られた青年は、内心で微かな驚きを感 じていた。
 ―――― 良い子にしているのよ、ルカ・・・・
 優しい、白い手の記憶。
「―――― 部下を逃がそうとして逃げ損ねた馬鹿者は、お前か?」
 緋色の制服はあちこち敗れ、血や泥で汚れており、捕らえる際の勇戦振りを 雄弁に物語っていた。髪も乱れ、白い頬も汚れている。
 その様な姿でさえも、十分に美しいと言える容貌だった。すらりと伸びた、 しなやかな筋肉に包まれた体。彫りの深い、端正に整った顔立ち。意思の強さ を言葉より尚雄弁に物語る、烈しい焔を沈めた瞳。
「騎士として当然のことをしたまで。少なくとも私の国では、それは愚かな ことに類される行為ではない」
「―――― ふん・・・」
 嘲る様に笑うと、侍従が捧げ持っていた銀の盆から、杯を取って飲み下す。
「ではその騎士道とやらを見せて貰おうか?―――― 剣を持たせろ」
 命じて戒めを解かせると、剣を持たせる。捕虜である青年の端正な顔に、 微かにいぶかしむ表情が浮かんだ。
「俺に勝ったら、お前を解放しよう。勝てねばその首、刎ねてくれる」
「―――― もとより部下の為に一度は捨てた命だ。惜しくなどない」
 細身の剣をすらりと構え、毅然として佇む姿は、異論の余地無く美しかった。 騎士としては決して恵まれた体格ではないが、しなやかな体躯は瑞々しい樹木 を思わせる。
「―――― ルカ様・・・!」
 侍従が窘める様に名を呼ぶ。アガレスの後にこの国を治める皇子たるもの、 この様な遊びに興じるべきではない、という感情を込めているのだ。
「俺の楽しみを邪魔すると、ただではおかんぞ」
 猛々しい嗤いを刻んで、ルカは剣を鞘から抜き放ち、椅子から降り立った。
 そのまま赤騎士団長の青年の前に剣を構えて佇む。
 対峙する形になったカミューは、微かな戦慄が自分の内部から沸き起こるの を感じていた。それは自分を萎縮させはしないが、これ程の猛々しい雰囲気を 持つものは、たとえモンスターであろうとも、対峙した記憶が無い。一体何が これ程までにこの男を駆り立てているのか。
 何故これ程までに、彼は憎悪と呪祖に全身に浸し上げているのか。
 仮にも一国の皇子ともあろう恵まれた地位に在る者が、これ程迄に。
「さあ、お前の騎士道とやらを見せて貰おうか」
 俊敏な仕草で飛び上がると、ルカが力任せに斬りかかる。剣を一閃させて それを受けたカミューは、その衝撃に手が痺れるのを感じた。今までどんな 相手とやりあっても、こんな感覚になった事は無い。背筋を冷たい汗が伝わり 落ちた。
「・・・ほう、一太刀受けたか。たいしたものだ、その体で」
 剣を交える形になって、ルカが嗤う。澄んだ緑の瞳。唇を噛み締める、その 顔立ち。
「さて、次は避けられるかな?」
 再び力任せに剣を振るわれ、瞬時に体を仰け反らせてそれを避ける。剣先が 制服を掠め、切り裂かれた。
「―――― !」
 マントを留めている金属の鎖が切り裂かれ、下の制服をも切り開いて白い シャツが現れる。唇を噛み締め、カミューも剣を一閃させた。ルカは易々と それを受け止め、逆に斬りかかる。
 何度かそれを繰り返し、先立っての戦闘での疲労もあってカミューは肩で 息をしていた。無論ルカは息一つ乱してはいない。
「―――― ここまで防いだか。たいしたものだ、気に入ったぞ」
 明らかな狂気を沈めた瞳に、戦闘に臨んで更に歪んだ焔が燃え上がる。何と いう猛々しさ。
「―――― あなたに気に入られても、余り嬉しくはありませんね」
 端正に整った唇に、苦笑地味た微笑を刻み付けて、カミューは明瞭な発音で そう告げた。偽ざる心境であり、次にくる言葉も漠然と予想が付く。
「どうだ、俺の禄を食まぬか?赤騎士団長の地位に在るのなら、ハイランド 王国軍の第何軍かをお前に授けよう」
「・・・ルカ・ブライトともあろうお方が、余り賢明な選択とは思えませんね」
 萎縮する様子も無く、毅然として。命乞いも生命の放棄もしない、清冽な程 に潔い態度がルカの気に入った。
「このまま殺すのは惜しい男だな。繋いでおけ」
 剣を収めて悠然と嗤うその顔を、カミューは唇を噛み締めて睨み付けていた。


 この強さがあれば、何もかも護れた筈だった。大切なものも、大切な人も。
 剣を振るう力さえあれば、この国は蹂躙されることもなく、民は侵略に怯え て生きる必要もない。豊穣な秋を迎える為の、穏やかな気候だけを心配して。
 その為の力を得る為に生き、そしてかつての自分からは想像も出来ぬ程強靭 な存在になり、望みのままに力を振るってきた。
 群雄割拠するこの時代には、それが唯一の生きる術なのだ。
「―――― 母さま・・・・」
 扉の向こう側にあったもの。深い翠の瞳。


 牢に繋がれる形になったカミューは、狭い鉄格子越しに夜空を見上げて、 小さく溜息をついた。どうやら生き延びた様だが、噂に聞くルカ・ブライトの 気紛れが、何時別な方向へ向かうとも知れない。即ち、自分を処刑する方向へと。
「・・・まあ、部下達は逃げ遂せた様だから、な」
 武人としては、自分は既に任務を終えている。あとは情報を漏らさぬ内に、 自分自身を処分すること。
 自分の命に何ら未練は無い。ただ一つあるとすれば、それは正義感溢れる 青年の、真摯な眼差し。このまま二度と彼に会うことは出来無いのだろうか。
 たった一つそれだけが、自分の意識を繋ぎ留める。
「・・・あいつ、ちゃんと食事してるかな・・・?」
 今頃彼は血眼になって自分を救う方法を探している。それは逆に彼が虜囚の 身になれば、自分が行うこと。その光景が目に浮かぶ様で、カミューは我知ら ず苦笑を浮かべた。
 簡素なベットに身を横たえて、カミューは目を閉じた。どんな場合でも体力 を回復させておくこと。それは武人として、基本のことだった。


「―――― ルカ・・・」
 憂愁に満ちた瞳。微かに涙を浮かべて、母は息子の誤りを嘆いた。
「母さま、ごめんなさい。もうしないから、だから泣かないで・・・!」
 泣かないで。僕が護るから、泣かないで。


 豪奢な寝台の上に半身を起こして、ルカは髪を描き回す。忌々しげに舌打ち すると、侍女に命じる。
「・・・酒を持て。それと、昼間捕らえたあの男を連れてこい」
 赤い葡萄酒が運ばれ、まるで水でも飲むかの様にそれを飲み下す。
 あの記憶は、自らの内部に深々と根を張り、決して消え失せることは無いが、 こんなに続けてうなされた事は、最近ではそう有りはしない。あの瞳のせいだ。深い 翠の瞳が、自分に悪夢を見せる。


「起きろ。ルカ様がお呼びだ」
 どんな場所でも熟睡する気性なので、耳慣れぬ声で起こされた時は、一瞬 ここが何処なのか忘れてしまっていた。のんびりと欠伸を一つして、かろうじて 破かれなかったシャツを羽織る。
「・・・弁償してくれないかな。破いたのはあっちなんだから」
 そう呟きながら、立ち上がると衛兵に両脇を固められながら城の中を歩いて いく。夜も遅い時間とみえて、起きている者は殆ど居なかった。
 伴われて行ったのは王族の居住する、静かな空間だった。緻密な彫刻が施さ れた、美しい扉を開けた奥に、豪奢な天蓋に覆われた寝台が据えられていた。 その上に、この部屋の主である青年が白いガウンを羽織って横たわり、半身を 起こしてカミューを見据えていた。室内の大気に微かに酒精の芳香が漂って いる。寝台の横に置かれた瀟洒な台の上に、葡萄酒とおぼしき液体が入った酒瓶 とグラスが載せられており、瓶の中身は8割方空けられていた。
「・・・こちらへ来い」
 酒精に濡れた声がそう呼んだ。
 無言のまま寝台の前まで歩みを進めたカミューに、再び命令が下される。
「―――― ここまで来い」
 ルカの脇まで歩んでいったカミューの端正に整った顔をまじまじと凝視する と、不意に乱暴な仕草で顎を持ち上げる。
「―――― 気に入らない瞳だ。何故お前がそんな目をしている?」
「これは生まれ付きです、殿下」
「・・・気に入らんな・・・」
 狂気と酒精に彩られた瞳の奥に、不意に烈しい感情の波が揺れた。
 それが何であるのか思索の淵に佇む間もなく、カミューは狂皇子と呼ばれる 青年の唇が、自らのそれを覆った事に驚愕していた。
「・・・・ !!」
 この様な深夜に、彼の寝室に呼び出された時点である程度の覚悟はしていた が、やはり驚きと忌諱を禁じ得ない。体を強張らせて逃げようとするカミュー に、明らかな嘲笑が向けられた。
「何を今更嫌がる?生娘でもあるまいに」
「・・・そういう問題では無いでしょう」
 強い視線を向けたカミューに、ルカは高揚する意識を感じる。足掻く者を 力で捻じ伏せ、自らの足元にひれ伏させる快感。自分の力がより強大なものに なったと実感する瞬間。
 存外細い手首を掴み、そのまま寝台の上に引き上げる。
 猛禽に囚われた小動物の最後の抵抗の様に、カミューは抗い続ける。ルカは 片手で造作も無くそれを封じ込めると、空いた片手でシャツを引き裂く。乾い た音が寝室の大気を微かに震わせた。自由の利かぬ腕で、それでも必死に 逃れようと抵抗を繰り返す。その抗いが逆にルカの情欲に火をつけた。
「―――― そうだ、もっと抵抗しろ。俺に赦しを乞え」
 カミューの端正な唇は、哀願の言葉を紡ぎ出す事無く、その瞳は射る様な 眼光を放って蹂躙者を睨みつける。
「それでなくてはな。抵抗もせぬ獲物ほど、狩る楽しみの無いものは無い」
「・・・私はあなたの獲物ではない」
「同じことよ。悔しければ、俺を跳ね除けてみろ。力無き者は強者に食われる 為に生まれてくるのだ」
「―――― それがあなたの戦う理由ですか・・・?」
「他には何も要らぬ。俺はそれだけで十分だ」
 残酷な微笑を刻んで、ルカはそう宣言した。
 下衣も一気に脱がされ、膝を割られる。乱暴に指を差し入れられて、カミュー の体が強張った。
「―――― どうやら相当使い込んでいる様だな。それでも少しきついか」
 不意に、冷たいオイルの様なものが塗り込まれる。その感触に、体が大きく 波打った。
 そのまま一気に入り込まれ、激しい苦痛が全身を走り抜ける。カミューは形 の良い眉を寄せて、その激しい苦痛に耐えた。
 入り込んだ内部の感触で、ルカはカミューがそれなりに慣れている事を悟る。 大体、誰にも触れられた事が無ければ、こうして貫くことは不可能だろう。
 激しい苦痛の中で、だが最後の矜持を守る為にカミューは固く唇を噛み締める。 女の様に薄い唇が切れて、赤い血が滲むのを、ルカは残酷な充足感の中で 見下ろした。
 彼が凌辱している青年の内部は、驚嘆に値する程熱く、そして柔軟だった。
 幾ばくかの時間を経て、ルカはカミューの手を解放した。もはや抵抗する 力は無い、と解ったからである。自由を得た腕が、ゆっくりとシーツの上を 滑り、それを掴む。強く握り締めて、シーツが波立つ。白い喉を仰け反らせ、 美しい瞳が宙をさまよう。カミューはそれでも声を出さなかった。
 殊更乱暴に腰を動かしながら、ルカは嘲る様に言う。
「今更何を守る?騎士の誇りか?それとも恋人への貞節か?」
 その言葉に、カミューの瞳に微かな生気が戻る。僅かな時間の後に、端正な 唇が返答を紡ぎ出した。
「・・・私が守るものは、所詮あなたには理解できぬものだ」


NEXT

図書館入り口へ