La Primavera 5

 

…気を取り直して、己の「花嫁」と向かい合うのだった。
しみじみとその愛しい存在を見つめる…いや、見つめるしかない。
明るい室内に降り注ぐ陽光に、反射している眩い白の…。
どういう事か……上手い言葉が出てこない。まず何と言って声をかけよう?
純白の衣装を身に纏う彼も、何の言葉を発せずに…ただ明らかに緊張と不安の色が浮かぶ瞳で自分を見上げていた。
そのせいか…長い睫毛に彩られた瞳がいつも以上に大きく見える。
じっとこちらを見つめる琥珀色のそれに本気で吸い込まれそうだ。

「あ……そのベールは…?」
ああ…何と気が利かない第一声か!
「え…?あ…コレ…せめて式の時だけは…とナナイさんが…」
当然男性用衣装の礼服に、薄手の白いオーガンジーの長い布を頭にふわり、と掛けてある。
ただそれだけなのに……なんと印象的なのだろう。
「…えっと…やっぱり…変だよ…ね?」
ベールを外そうとするアムロの手を思わず掴んで止めた。
「そんな事はない……とても…」
ゆっくりと近付いてくる蒼氷色の瞳が…いつもより揺らいでいる様な気がした。
「……綺麗だ……」
式の前にして良いものか?という言葉がシャアの脳裏を一瞬過ぎったが。構わずにいつも以上に薄桃色で妙に色香を放つアムロの唇に己のそれを重ねた。柔らかく…温かい。これはいつも通り。
「…ん…」
一瞬戸惑った様子であったが、抵抗は無かった。唇だけに触れる行為を2,3回繰り返した後に深く重ね合う。舌を差し入れると素直に受け入れてきたので強く絡ませる。普段とは違う「花嫁」姿のアムロにシャアは目眩を起こす程に興奮を覚えていた。彼のそのなだらかな腰から臀部へかけてのラインを、シャアの手が明らかな意志の元で「いつもの様に」滑り落ちる。その手をペシッと叩き、グイッと身体を離してアムロはシャアを睨み付けた。
「貴方っ…こんな時にっっな、何を…考えてっっ」
「いつもの」抗議の声にシャアは何気なくホッとする。
「いや何…緊張を解そうかと…」
「とてもそんな風には思えなかった…けどっっ」
そう言いながらもアムロ自身もホッとしていたのだ。緊張感から解放されたのはお互い様なのである。

「やはり…君には白が良く似合うな」
「…それってモビルスーツの事じゃないの…?」
頬を羞恥の色に染め上げるアムロの何と可愛らしい事か!
もっと抱き締めたい…もっと接吻したい…そしてもっと……ああ、いかん!夜まで我慢せねばっっ!
「…貴方も凄く…素敵…だよ…」
やっぱり赤なんだね、と言って俯く。
…何だ?今、アムロが私を「素敵」…と言ったのか?
普段の彼なら絶対に口にしないだろうの台詞。それをこんなに恥ずかしそうに…呟いて。
ああ、もう喜びで頭が爆発しそうだ…アムローーーッッ!
このままだと本気で暴走しかねない下半身を鎮める為にも、先日煮詰めたばかりの連邦と軍事協定の内容を、第1条から思い出すネオ・ジオン総帥シャア・アズナブル…であった。

ふと、アムロの手を取る。彼の両手を自分の両手で包み込むように。
「アムロ…私は…」
「…シャア…」
言葉が出ずにお互い見つめ合うしかない。何故だろう?彼にとても伝えたい言葉があるのに。
どうしても告げたい想いがあるのに…。

 

…バサ…ッ…

 

羽音?!
2人は同時に顔を上げた。

先程の…か?ここは室内なのに…?!
シャアは慌てて音のする方を見上げる。同じ様にアムロも見つめていたのだが…
彼は「信じられない」といった表情で天を仰いでいた。

「……ああ……」
思わずアムロの腕を掴む。彼の身体は恐ろしい程に震えていた。
「…やっ…ぱり……来た…んだね……」
見えて…いるのか…?そうか…やはり君には「見える」のだな…

 

「………ララアっっっ……!!」

それは自分が封印した女神の名前…
アムロと自分を繋ぎ止める為に自分が「利用した」……

いきなり部屋が真っ白になった。
何事か、と思えば…無数の白い羽が辺りを降り注いでいるではないか。
もちろん本物ではない。このビジョンは……アムロと彼女が作りだしているのか?
呆然と一点を凝視しているアムロに気付き、思わず彼を掴む手に力が入った。
無理に自分に引き寄せようとする。

…ララァ…!私を怨んでいるのなら、ずっとそれで良い…!
だがアムロは……アムロは……連れて行くな…!!

 

『………たいさ……』

シャアは目を見開く。
…聞こえた…。ずっと…聞きたくとも聞こえなかった、彼女の声が…。

『…大佐……そして…アムロ……』

「ララァっ…!お願いだから…っっ…シャアは……!!」

アムロの絶叫が響き渡る。白い羽毛が更に舞い上がり2人を取り巻いた。

 

『…ありがとう……』

『2人ともありがとう……これで本当に…2人の間に…ずっと居られる…のね…』

 

一際白い光が輝き、その後に温かく優しい光が降り注いで来る。
2人を取り囲む、柔らかく淡い光の渦。
やがてそれが全て身体に取り込まれる様な感覚……
…ああそうか、これは彼女の……

 

「…ララァ………」

アムロの瞳からは大粒の涙が溢れた。
「………本当に……いいの…?」

「…僕たちは……幸せになって…いい…んだね…?」

…ララァ…僕が殺した永遠の少女……
僕達が愛し、そして愛された自分達の「運命の存在」…
その魂に自分達が囚われていたのではない…むしろその逆なのだ。
自分達の勝手な想いで、君の魂を此処に無理矢理に引き留めたのだ。
その傷を嘗め合うために、その事実で互いを繋ぎ止める為に……
それは2人だけの「傷」だと、2人だけの「記憶」だと…「忘れるな」「思い出せ」と言う度に。
その事実だけが自分達の間にある真実なのだと…君という存在に追い縋る…。
何という愚かさ…何という自分勝手な2人なのか…。

ララァ…ごめんね…本当にごめん……
これで僕らは君という存在を解放し、自分達も解放される…
ずっと辛い想いをさせたね…やっと本当に笑ってくれるんだね…

…君は今度こそ本当に………僕達の中に……

 

静かに涙を流すアムロを、シャアも無言で後ろから抱き留める。
素直に自分に体重を預けてきた彼を力強く抱き締めた。

ララァ………

我々は……赦された…のか…?

彼女はもう居ないのだろう…あのビジョンは既に見えないが、先程と同じ様に天を仰ぐ。
身勝手な言い分なのは百も承知だ。だが思わずにはいられない。
自分がその想いを利用し、勝手に拠り処にしてしまい、魂を縛り付けた存在…。
自分はこのまま赦されなくても構わない…だが…アムロは……

…大丈夫だよ……

優しく温かい、アムロの声が頭の中に響いた。

ララァの魂は本当の意味で僕達の中に昇華されたから……
もう…辛い事も寂しい事も無いよ……ずっと永遠に此処に居てくれるから……

「…そうか……」
シャアは答え、アムロの身体を自分の方に向き直させた。涙の後はあるが、もう泣いてはいない。その頬に優しく何度も口吻した。アムロだけでなく自分をも落ち着かせる為に。
落ちてしまったベールを拾い上げ、再びアムロの頭にそっと掛けてやる。
アムロの意を決した真摯な眼差しを正面から受け止め、シャアも頷いた。
そっと自分の額をアムロに合わせる。

「行くか…」
「…うん…」

互いにまるで戦場に出撃でもする様な表情をしているのが、何となく可笑しい。
まあ…ある意味これから赴く場所は「戦場」でも正しいかもしれない。
それを感じ取ったのか、2人は同時に笑った。
ドアをノックする音がする。ナナイだろう。

さあ……これから始まる我々の舞台へと……

 

 

NEXT

BACK

------------------------------------------------------
…ご都合主義展開で申し訳なく…。次はいよいよ脳内大暴走ですっっ…あああ(2008/9/8)