La Primavera 6

 

聖堂の大きな扉が放たれ…
参列者達の視線が一斉に本日の主役達に向けられた。

…うわあ……
アムロは意識して自分達に向けられる「好奇」の感情を無視する事にする。
そうでないと平静を保っていられる自信がない。予想以上の集団の発するプレッシャーに頭痛さえ覚えた。
シャアの腕に添えた手につい力が篭もり、その意図を察してか、シャアが小声で
「大丈夫だ」
と囁いてきた。何気ない一言なのに安堵を覚える。

静かな「聖歌」と呼ばれる音楽が流れるのを合図に、2人は中央に敷き詰められた赤い絨毯の上をゆっくりと連れ立って歩いてゆく。
潜められてはいるのだが、参列者達からはそれなりのどよめきや感嘆の声が聞こえてくる。本来ならば此処は花嫁と花嫁の父が一緒に歩いて入場してくるものらしいのだが…宗教的な儀式を求めているわけではないので、この方式を取った様だ。
男同士でヴァージンロードを歩く…とっくに覚悟を決めているとはいえ、やはりこれは相当恥ずかしいものだ。
…ああ…これってかなり滑稽な見世物ではないのだろうか……
今更泣いても後悔しても、とっくに遅いのだが。案の定シャアは本当に涼しい表情をしているのだ。さすがに見世物になるのに慣れているよね、とアムロは思う。道化だよね…ホント。

…あれ?…何だか……
ふと不思議に思う。この取り巻く「好奇」の感情からは「嫌なカンジ」がしない。
この場にきっと溢れるだろうと想像した、アムロが敏感に感じるだろう「嫌悪」という波動…が交じっていないのである。不思議だ…どうして皆そんなに……

ああ、そうか…この温かい優しい感情を作り出してくれたのは……

アムロは自分の胸にそっと手を当てた。そして、ありがとう…と心の中で呟く。

 

…意外だ。なんと言うか…とにかく『お似合いの2人』だな。

連邦側参列者の末席に居るブライト大佐は、2人の様子が予想以上に「様になっている」事に素直に驚いていた。いくらネオ・ジオン側がお祭り騒ぎで誰も気にしてない様子でも「男同士の結婚式」なのだからして。そりゃ今の時代ではそう珍しくは無い事なのだが…それでも保守的な人間が圧倒的多数なのは間違いない。
連邦側の連中にも明らかに小馬鹿にしている奴等が多かったし、穢らわしいと吐き捨てる者も居る。
だからこそ、2人を良く知り、特にアムロの幸せを願って止まないブライトには…逆に色々と心配であった。男でありながら「花嫁」となるアムロには相当の好奇の目が向けられているのだし、2人の結婚式が単なる道化た見世物ショーには、絶対になって欲しくないのだ。
…本当に大丈夫なのか、アムロ…ああ…それを考えると胃がイタイ…。
持って産まれた苦労性気質は此処でも発揮されたらしい。
しかし…予想を大きく裏切って、今日のアムロは……

…俺が言うのも何だが……不思議と本当に『綺麗』だ…
衣装は煌びやかであるが、普通の男性用結婚式礼服とそう大差は無い。違うのは頭にフワリと白い長いベールを被っている処だけだ。それもそんなに派手さも無い代物なのに…。
何という事だ。恐ろしく似合っている。凄く可憐な『花嫁』に見える。
そして何よりもその隣に居る美丈夫だ…。

「美男子」も「伊達」も「カリスマ」も…まあとにかくその手の賞賛の言葉全ては、この人の為に存在するのです!…とか考えてる奴が多いだろうなぁーー…とブライトはしみじみ思う。
何という凄いオーラを放っているのだ…これまた恐ろしい。これも側にいるアムロのせいか…。
連邦軍のお偉い奴等は、この夫婦を敵に回すという事がどういう事なのか…本気で考えているのか…?
アムロを手に入れたシャアは…本当に色んな意味で宇宙最強なんだぞ?
この2人と闘わない為の努力だけは死んでも惜しまない、と再び固く誓うのであった。

 

2人は祭壇の処まで辿り着いた。
これから『司祭』が何やら色々と講釈をして、その後『神様』というものに誓わせるらしい。

『何だか色々と面倒だなあ…』
既に緊張感から解かれているアムロは、そう不謹慎にも考えている。
『俺もシャアも無神論者なのに…何に対して誓えっていうんだ?』

でもそれが『結婚式』というものらしいし。
あの戦争に参加してしまった時から…あの白い機体で戦場を駆け抜けた時から
平凡でごく普通の人生を生きる、という言葉は自分には絶対に有り得ないのだろう、
とは思っていたけど。
それでも一応、昔は結婚してもいーかも、って女性と付き合ってた時だってある。
再び宇宙に上がる決心をした時に…その考えは捨てた。
…それでも、男と結婚するとは思ってはいなかったさ。
いや、普通に考えても有り得ませんから。
でも俺は選んでしまいました。
宇宙一、我が侭で時分勝手で甘ったれで寂しがり屋で
純粋でいつまで経っても大きな子供で誰よりも優し過ぎる…そんな男を。
俺はこの男を生涯の伴侶とします。
だって…こんな寂しがり屋な男を一人にしておくなんて…出来やしない。
シャアは俺を必要としてくれている。俺の愛が欲しいと言ってくれる。
彼の純粋な魂がこれ以上傷付かないように…俺が守ってやります。
俺がシャアの楯となって生きていくのです。

『…まあ、誓えっていうなら…お互いに対して、だよね?』

分厚い書物の一部分なのか、何やら唱えているような司祭を横目にふとシャアの方を見上げる。
彼も自分の方を見ていた。とびきりの優しい笑顔を浮かべて。
その笑顔を見たら…何だか急に気恥ずかしくなってしまった。

『アムロ…私は不思議な気分だよ』

あの戦争の時…ある意味自分が闘いに目覚めさせてしまった少年。
何度も殺し合いを続けて、勿論本気で殺そうとしていた相手だ。
あるほんの一時期だけ、心と身体を繋ぎ合ったけれど…
その次の再会時にはもう互いの声は届かなかった。
…もう二度と君とは身も心も繋がる事はない、と覚悟を決めていたのだから…。
だが…君はやっと私の手を取り、私と生きる道を選んでくれた。
この奇跡と呼べる事実にどれほどの歓喜が私の内に溢れた事か…!
私は君を一生涯離さずに、誰よりも何よりも大切にするよ。
全身全霊で愛して行かねば…何しろ君は意地っ張りで頑固なクセに、案外気まぐれで
物事に執着しないからね。私は今でも君に捨てられてしまうのではないか、と不安なのだよ。
君に捨てられてしまったら…私はまた世界に復讐する道を取るだろう。
どうか、私が愛する様に君も私をずっと愛し続けて欲しい…。
私は君の優しい愛の波動にずっと包まれて居たいのだから…。

 

だから2人はお互い相手に宣言する。

どんな時でも互いを愛し、支え合う…もう離れはしない……と。

 

誓いの接吻は、その後何年も語り草になる程に…少々長過ぎであった。

 

聖堂の壁際には警備を務める軍人達がズラリと控えている。
ここぞとばかりにその能力を最大限に生かせねばならないギュネイもその中に居るのだが。
…不覚にも2人に見とれてしまっていた。本当に「綺麗な」一対だと思う。その輝きが、だ。
そして何よりも2人を中心に溢れてくるこの温かいウェーヴ…皆を大きく包み込む、優しさ柔らかさ…。なんという幸福感に満ちてくるのか。
それが優しすぎて、嬉しくて…ギュネイは何だか泣きたい気持ちになる。
…ありがとう、俺達を見捨てないでくれて。
…ありがとう、俺達を導くというとんでもなく辛い仕事を引き受けてくれて。
素直に2人に感謝したい…そんな気持ちが彼の中に溢れていた。
恐らく、多くのスペースノイド達がその想いに同調しているに違いないのだ…。

 

式典は無事滞りなく予定通りに終わった。
此処から総帥府までの行程が『パレード』という事になるのだ。
特殊仕様のエアカーで行く。最初は馬車に乗って…という案もあったのだが、アムロが頑として断った。
…それは当然だろう、とエアカーの運転手を務めるギュネイも賛同する。でも先導する馬に乗った警備兵や
鼓笛隊やら他にもそれはそれは派手にたくさんゾロゾロと…だし、もう恥の上塗りで馬車でも良かったんじゃね?とかも思ったりする。
本当に『お祭り』なのだ…此処ネオ・ジオンでは。

「…凄い…人だね……」
後部座席でアムロの感嘆する声が聞こえた。道端や建物の窓に溢れかえる人・人・人の渦。
飛び交う紙吹雪。花びら。放たれる花束。
皆誰もが、この2人を注目している。歓迎している。祝っている。喜んでいる。
凄い騒ぎだ。ある意味「狂喜」とも言える感情の波…。
本当にコロニー全体を揺るがす程の、大きな波ではないか…。
「お二人とも…大丈夫ッスか?」
こちらに向けられるこの感情のプレッシャーにウンザリしてギュネイは言う。
「大丈夫、平気だよ。ありがとう…ギュネイ」
本当に花の様な笑顔をアムロは見せた。
「…貴方って本当に皆に期待されて頼られているよ?頑張らないと、ね」
「君が側に居てくれるなら、何にだって耐えられるさ」
そっとキスを交わす2人から別のプレッシャーを感じて、これまた更に頭痛を深めるギュネイであった。
総帥府までの僅かな道程の中、ゆっくりと進むエアカーの中で、相当の濃密な「生き地獄」を味わった〜〜と後にギュネイはナナイに泣きついたらしい…。

 

この日の為に取り付けられたという…総帥府のバルコニーでも、2人は民衆の歓迎を受けた。
それは多くの歓声に手を振って応えながら、自分達にどれ程に大きな期待が向けられているか、を改めて感じる。
「…本当に…大変なのはこれから…なんだろうね」
騒音の中、シャアに肩を抱かれながら、アムロはポツリと呟く。
「この声がいったいどれだけの事を我々に期待しているやら…だがな…」
父の名を継ぐ運命を選び取った男が民衆に向ける視線は厳しかった。
「私は…民衆全員を正しく導く事が出来る、などと楽観的には考えてはいない。ただ…彼らのスペースノイドとしての『誇り』の為に、指導者として出来る限りの事をするだけだ」
それは…常に平穏な道のりであるわけがなく。
「……辛い…ね」
「ああ、辛いな…」
だが2人はこの道を選んだのだ。2人なら背負えるはずだと決めたのだから。
「…大丈夫…きっと大丈夫だよ」
アムロはシャアに笑顔を向けた。
「俺達のこんな道化た事に『お祭り騒ぎ』をしてくれる人達だよ?辛くてもきっと付いてきてくれる…と思う!」
シャアは一瞬目を見開いてアムロを見つめ…静かに口元を緩ませた。
「君がそう言ってくれると、勇気が湧いてくる」
見つめ合って笑い…そっと口吻を交わす。一際歓声が高くなった。

この日、この場所は、何処よりも多くの想いと愛と感謝で満ち溢れていた。

 

ありがとう…たくさんの感謝を。

ありがとう……多くの優しさを。

自分達の幸せが……多くの人に分け与えられますように…。

どうか……たくさんの人々に福音が訪れますように…。

 

そして……
…貴女にも2人の幸せが分け与えられますように………。

それが願って止まない事なのです…。

 

 

FIN

 

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…ここまで読んでくださって本当にありがとうございました…(2008/9/12)