La Primavera  3

 

…ピピピピ……

規則正しい電子音で目を覚まし、勢いよく起き上がる。
普段以上に遅刻なんて絶対に許されない日なのだ。
今日は敬愛する上官の(あ…ついでにその上の総帥もだった)記念すべき式典の日…いつも以上に全力で俺がお守りするのだ。危機や敵反応など真っ先に感知して、絶対に近づけさせやしない。
今日の俺はとっても無敵だぜっっ!誰でもかかってこいやーっ!…と根拠の無い自信に満ち溢れている強化人間ギュネイ・ガス中尉である。まあ…確かに能力を正しく?強化されている彼故、今日はそれが大いに役立つに違いないのであるが。
ベッドを降りて、ふと思い立ち窓を開けてみた。良い天気だ…とホッとする。全天候管理下のコロニーで何を言っているのか、と思われても安心せざるを得ない。
……それにしても……
「…なんだ…これ……?」
このスウィート・ウォーター全体を渦巻いている感情…初めて感じる。
…いや、似たようなのなら…以前あったぞ…
あれは…そうだ、あの時だ。
総帥が此処を占拠して初めて演説を行った時…此処の住民が一斉に総帥の君臨を歓迎したあの日の…。
「……あん時よりも…スゲェ……なんて高揚感だよ…」
多くの住民が歓迎している、喜んでいる、興奮している…
「まあ…何処にも悪意は感じ無いけど、ね」
ずっとこの異常に高揚している感情に浸っていたら、変な意味で目眩を起こしそうだ。
これからこの感情が全部あの2人に向かうのか…大丈夫かな?…特に少佐は…
彼が憧れる上官の事を考えていた時……

バサ…ッ…

「…え?」
ふいに羽音が聞こえた。鳥か?と思って振り向いた先には何も無い。
白い羽が舞っていた様な気もしたが…何も無かった。
「…気のせいか?」
このコロニー内にだって鳥はたくさん居る。式典用の鳩が逃げだしたのかもしれない。
それ以上は気にせずにギュネイは窓を閉めた。
「さて…今日は式典用軍服着用だったな…急げ急げっ」

 

 

遂にこの日がやってきた。

鏡の中の自分は……緊張しているどころか、どうしてもニヤけてしまう。
これでやっと…本当の意味でアムロと一緒になれるのだ、考えるともうどうしようもなく鼻の下が伸びる気分だ。ああ、どうしたものか…。
アムロは準備が自分以上にかかるらしく、既に早朝に公邸を出ている。
「…そのだらしない顔…何とかした方がいいよ」
と行きがけの彼にも言われた。
仕方がないだろう。本当に心から幸せを感じているのだから…。
自分の手で自分の頬をペシッと叩く。取り敢えず、いつもの鍛え上げられたポーカーフェイスを纏わねば…
アムロを本当の意味で迎えるこの日に失敗など許されないのだから。

執事に迎えが来た事を告げられて、シャアは玄関へと向う。アムロの時と同じ様に、使用人総出で晴れの舞台へのお見送りをしてくれる。さすがのシャアも普段は絶対に考えない照れの様なものを感じた。
専用のリムジンカーに乗り込もうとした時だった……

 

バササッ………

羽音が聞こえ、ハッとして天を仰ぐ。
……白い羽が落ちてくる…様な気がした。

「……まさか……?」
偽りの青空を驚愕の瞳でじっと見つめる。だが何も無い…何も無いのだ。
「…どうなさいました?総帥…」
いつまでもリムジンカーに乗ろうとしないシャアに、迎えの者が不審に思い声をかける。
「あ…いや、何でも無い」
頭を二、三度振って車内へと身体を入れ、後部座席にその身を沈めた。

……微かに感じた…と思ったのだが……

ふと自嘲する。
「…そうだな…私には…その姿を見る資格は無い……」
シャアはそのまま深く目を閉じた……。

 

 

A.D時代に隆盛を極めた宗教の観念が、様々に変化しているこの宇宙世紀の時代でも…その時代の宗教に纏わる「行事」は色々な形で残っている。「降誕祭」や「復活祭」など…そして「結婚式」も。
「結婚式は聖堂で神に誓いを立てる」という行為は、例えぱ住民のほとんどが無神論者のコロニーであっても、それが当たり前の様に習慣の形で根付いているのだ。その誓いを立てる「神」の起源を知らなくとも…「聖堂でそれを行う」という行為自体が若者達には重要なのかもしれない。
此処スウィート・ウォーターもその例外ではなく、大きな聖堂が建てられている。ごく当たり前に2人の「重要な式典」はその場所が選ばれていた。無神論者のシャアにはどうでも良い事であったが、民衆に与える影響を考えて此処でやるべきです、とナナイが言うので。

軍事用の式典とは違う…この日の為だけの衣装に身を包む。
まあこれも「赤」基調なのであるが、似合うのだから良いのだろう。
「総帥…本当にお素敵ですわ…」
着付けを担当した女性達が、皆一様に少女の様に頬を染めてウットリとシャアを見つめている。…シャアにとっては全然新鮮味のない視線であるが。長身に金髪碧眼、恐ろしく均整の取れた筋肉質の身体…本当に見た目は完璧な美形なのだからして。
「ありがとう」
ニッコリと微笑みかければ彼女達の体温は更にヒートUPするのである。
そんな「笑顔で女性を殺せる」男が今考えている事はたった一つ…
……アムロはどんな姿で待っていてくれるのだろう?
本当にそれしか無かった。一刻も早く彼に会いたくて仕方がない。別の控え室に居るハズだ。自分だけの「花嫁」はどんな姿でどんな想いで…自分を待っているのだろうか?
…ああ…いかんぞ…またニヤけてしまうではないか…
周囲にバレないようにこっそりとまた頬を叩いたりした。「浮かれすぎ」とは正にこの事である。

「あら…大佐…良くお似合いですわね」
その声に振り向くと、本日のメインプロデューサーであるナナイ戦術士官がいつのまにか来ていた。何故か感心したようにシャアの全身を眺めている。…どういう意味の視線だ?
「ありがとう、惚れ直したかい?」
「ほほほほ…まさか!ですわ」
…別に他意があって言ったわけではないのだが…。最近この女性は本当に以前自分の「愛人」と呼ばれる立場に居た人物なのだろうか?…と疑問符が沸き上がってくるのを否めないシャアなのである。そう考えるくらい軽々しい扱いをされてないか?
「…アムロ少佐の準備も整っておりましてよ。御案内しますわ」
その言葉にイッキに「浮かれすぎ」な顔に戻ってしまった。そのあからさまな態度にナナイは思わず鼻で笑ってしまう。
……ったく色ボケ極まり…ねっ!いっくら愛されているとはいえ…この男と一生添い遂げるとは…アムロ少佐…宇宙一のその決意に敬意を払わせていただきますわっっ
自分は本当にそこまでの勇気は無かったわーーっっ…としみじみ思うのである。

 

ナナイに案内されて、アムロの控え室となっている部屋の前までやってきた。
「…式が始まる時間にまた呼びに参ります。それまでお二人でお過ごし下さいな」
「ああ…ありがとう」
「それと大佐…くれぐれも衣装を
脱いだり汚したり…は絶対にお止め下さいね…そーんな事になったら…ワタクシ、本気で怒りますわよ…?」
ふふふふ…と美しい暗黒微笑をシャアに向けるナナイ。
「…信用が無いのだな…」
「いいえ…ごく人並みの節度と自重を求めているだけですわ」
いくらなんでもそこまで節操が無いとは思われているのが心外なのだが…ナナイを怒らせたら本気でアムロを何処ぞに隠しかねない。ここは取り敢えず絶対にしない!と宣言するしか選択肢は無いのだ。
民衆の敬愛するネオ・ジオン総帥が…こーーんな情けない誓いを立てているなんて…当然誰も知らないのよねーっっ!…というのがナナイの軽い頭痛の元である…。

そしてシャアはその木製のドアを、軽くノックした後にそっと開けた……。

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NEXT→は1P漫画になります…ごめんなさい!どうしても描きたかったので…(2008/9/4)