La Primavera 2

 

ふと夜中に目を覚ました。
何時だろう…恐らく12時は廻っているハズ…
という事は…いよいよ「前日」だ。
それを意識した途端に全身を走る緊張感と何とも言えない焦燥感に似た様なもの…。
ああ…戦場に出る事よりずっと「怖い」と感じる。…まあ違う種類の恐怖感ではあるのだが。
どうしよう…本当にいいのか?本当にこのまま「明日」を迎えて良いのか…?

顔を少し上げると彫像の様に整った美しい顔立ち…がある。
眠っている顔でさえ嫌味なほどの美形だ。伏せた金色の長い睫毛が印象的で…。
……本当に…俺でいいの?
この傍らの男に何度この言葉を投げかけた事だろう。その度に決まって
「君でなくては駄目だ」と言われる。
その見た目のみならず、あらゆる面での実力もカリスマ性も全てに置いてハイスペックでパーフェクトと呼ばれる男…そんな男が自分を愛してくれるのは素直に嬉しいし、自分ももちろん彼を愛している。だからこそ生まれるコンプレックスがあるのだ。自分の容姿や中身は元より、特に性別について…。
どんな至高の美女だって望みの侭に手に入れられる人なのに…MSパイロットとしてしか取り柄のない「男」の俺を選んだんだよ…貴方は。地位も立場も世間体も全て捨ててるようなものじゃないか。
本当に貴方のパートナーは俺でいいのか…?
どうやっても俺は貴方の「血」を残す事は出来ないんだ…。どんなに望んでも叶わぬ事…。

……ああ…いけない。
考えてもキリがない事だ。いつも堂々巡りで言葉に出せば彼も自分も傷付いてしまう。
「愛しているから一緒になろう」という言葉だけで済まされない、たくさんの「現実」…その全てを自分達で納得出来る様になるまでには…まだまだ時間が必要だ。
…忘れたのか?自分の覚悟を…。ずっと支えるって決めたじゃないか!
挫けそうになる心を落ち着かせる為に、愛する彼の胸に顔をそっと埋めた。自分のそれより遥かに逞しい筋肉質な身体…。こうして彼の体温を全身で感じていると安心する。他人の温かさを感じている方が心安らぐなんて…そんな自分を以前は想像も出来なかった。
無意識なのか眠っているハズなのに…自分の身体に廻っていた彼の腕に力が篭もり、更に自分を抱き寄せて来た。そんな行為が嬉しくて更に身体を密着させる。
「…本当に大好きだよ……シャア……」
どんな事があっても変わらぬ真実の言葉だから……。

 

今日はナナイ曰く「最後の仕上げ」とかで、彼女の行きつけのサロンに連れて行かれた。
「いわゆるブライダル・エステってヤツですわよっ…ふふふ…うんと綺麗にしてもらいましょうねーっ少佐♪」
…何故そんなに嬉しそうなのか解らないが。この威圧感…何とも言えないプレッシャーを感じて、苦笑いでナナイに従うアムロである。いや、このWEDDINGプロジェクトに関する全般、アムロには意見など無いに等しい。ナナイのプロデュースされるがまま、であるから。彼女が本当に楽しそうに精力的に仕事をこなしているので、最後まで好きにさせて置くに越したことはない、というのがシャアとの共通意見である。

…で。此処では本当にまな板の上の鯉状態のアムロであった……。
「…ナ、ナナイさん……背中とか腕とか足は…関係無いと思うんですが…」
「いーえっっ!折角ですからもう全て美しく仕上げて貰いますともっっ!皆さん、よろしくてっ?!」
「はいっっ!全て準備万端ですわっっ!」
担当の美しいエステシャン達が嬉々として一斉にアムロに襲い?かかる。ぎゃーっっっ!と心の中で叫び、美女達にされるがまま!となってしまう。
「アムロ様、こちらのアロマオイルは今は大変珍しい天然の無農薬ハーブを使っておりまして…」
「これは地球のたった一カ所でしか集められない蜂蜜と天然クレイの…云々」
…彼には全然意味不明の言葉の羅列と、身体中を散々好きに弄くりまくられるこの感触…
アムロは軽いパニック状態に陥っていた。
……こ、こんなに身体を好きに触られているの……シャア以外で初めてなんじゃ…
「…アムロ様…本当にお肌がお綺麗ですわね…」
「本当っ…なんて滑らかなんでしょう!更に美しく仕上げてみせますわっっ!」
顔は元より、首筋や背中、腕、足に色々と塗ったくられ、他人の手でマッサージされる。
…き、気持ち良いのか気持ち悪いんだか…わ、解らない……
「どうですか?アムロ様…とてもリラックス出来ますでしょう?」
「………え…ええ…まあ……」
本当は「全然っっ!」と言いたい。…泣きたい気分になってきた。
そんなアムロを好き勝手しながら、彼女達は彼に聞こえないようにコソコソ話をしている。
(……なんだかアムロ様って背中がとても敏感みたいね…きゃっ♪)
(うんうん♪ビクッとしちゃって可愛いっっ♪)
(…見た?キスマークの名残、結構あってよっ…もう総帥ったらーってカンジ!)
(ああ…でも総帥のお気持ち解るわーっ…こんなに可愛らしいんだものねっ♪)
そんな彼女達にナナイは(一応)コホンっと咳をして注意を促す。
「あー…皆さん、おしゃべりはそれくらいにして手を動かしましょうねーっ」

その後、爪やら髪やらも色々と何かやられて…全てが終わった時、アムロはHP残存1…の状態であった。
……つ、疲れた……今までの準備の中でいっちばん疲れたっっっ…!
女性達は「美しくなる」為に、いつもこんな疲れる事を経験しなければならないのなら…つくづく自分は男に生まれて良かった、と思う。
「アムロ少佐、今夜は気を付けて下さいね」
「…は?」
お肌はツヤツヤだけど覇気がシオシオ…といった状態の彼にナナイは厳しい口調で言う。
絶対に肌にアト付けさせたりしないよーに…出来れば同衾不可で。総帥にくれぐれもよろしく!と言うことです」
「……………」
それはシャア自身に直接言って下さい……と訴えたいアムロであった。

 

公邸に戻り、自室でもしばらくグッタリとしていたが…ふとパソコンの脇に置いてある封筒に目を留めた。
それは一昨日ブライトから直接手渡されたものである。
「無事にお前に会えるかどうか解らずに預かっていたんだが…良かったよ。『前日』に開けてくれ、との事だ」
前日に、という言葉に訝しんだが、誰から?という問いにブライトは「見てみれば判る」としか言わなかった。
その前日だ…と気付き、起き上がり封筒を手に取る。開けてみると中には更に白い小さな封筒があり…薄いメモリーカードが入っていた。ご丁寧にもお祝いカード仕様である。
「ビデオレター…か」
そのままパソコンにセットする。ブライトと俺の共通の知り合いかな、と色々と想像しながら。
再生されたその映像には………
『…お久しぶりです…アムロ…』
あまりにも懐かしく、予想もしなかった人物にアムロの瞳は大きく見開かれた。
「……セイラ……さん……」

当時憧れていた金髪さんは14年前と変わらずに美しい。あの頃よりも更に落ち着いた大人の雰囲気を漂わせて、画面からアムロに優しく微笑みかけている。
『この度の事…本当に結婚おめでとう。初めて知った時はね、びっくりしたけど…すぐにね、こうなるのも当然かな?って思ったの…本当よ』
ふふふ、と口に手を当てて悪戯っぽく笑っている。
『…あの人の精神的な部分を…全部理解して支えてあげられるの…アムロしか居ないわ。やっぱりアムロだけ…なのよ』
画面越しからもセイラの兄への強い想いが伝わってくる。
『月並みだけど…アムロ、兄をよろしく。あの人のお守りはとっても大変だと思うけど…貴方なら出来るわ。大丈夫よ』
「ふふ…やだなあ、昔と同じ事言ってるよ…セイラさん」
モニター越しで「貴方なら出来るわ」とよく煽てられたものだが…その声で勇気を奮い立たせていた少年時代を思い出す。懐かしくて可笑しくて…色々と思い出して……瞳が潤んでくる。
『そうそう…アムロ、兄に愛想が尽くような事があったら、私の所に逃げてきていいわよ。連絡先を入れて置くわね』
…何だか凄いスペシャルカードを手に入れた様な気がした。
『絶対に…2人とも幸せになってね…アムロ、ありがとう…本当にありがとう…』

短いメッセージではあったけれど…セイラの偽り無い自分達を想ってくれる気持ちが充分に心に染みた。
「…こちらこそ…ありがとう……セイラさん…」
アムロの頬を一筋の涙が伝う。少年の日に憧れであった女性は今でも自分を気にかけてくれていた。そして…彼女はやっぱり兄であるシャアの事を本当に心配していたのだ。アムロに「ありがとう」と言う程に。彼女はこれでやっと安心出来たのだろうか?
これは…シャアに見せるべきだ、とアムロは思う。きっと聡明な彼女ならそれを予測しているはずだ。でなければ、映像にしてわざわざ「ブライト」に託す必要などない。簡単なメールでも手紙でも良いはずだ。もう兄妹の縁を切ったのだ、と聞いているが、当のシャアもたった一人の肉親の身は常に案じているはずなのだ。子供時代の二人の写真を今でもディスクの引き出しに大切に仕舞い込んでいるのを…知っているから。

ふいに思考を遮る、ドアのノック音がした。
「アムロ様…旦那様がお帰りになりました」

 

結婚式の前日、とあってかシャアの帰宅も早めである。
アムロの出迎えを笑顔で受け止め、軽くキスを交わす。そのまま2人は居間へと向かった。
「…あのね…シャア、これ…」
アムロからお祝いカードを手渡されて、シャアは不思議そうな表情を浮かべる。
「…何か特別なものなのか?」
この手のカードは山の様に届いているのだが、アムロが自分に手渡してきたのは初めてであったので…。
「うん…ちょっと書斎で見てきてくれる?その間にお茶の用意しておくから」
「今すぐに…?」
「うん、今でないとダメ」
相変わらずの疑問符が浮かぶ表情のままで、シャアは自分の書斎へと足を向けた。
シャアが去った後、アムロは紅茶の缶を開けながら「…怒りは…しないよね?」とふと考える。料理長が用意してくれたスコーン…アムロ用に甘いジャムと生クリーム…シャア用にクリームチーズ。それらをテーブルに置きながら「…大丈夫だよね」ともう一度呟いた。

20分後ほど経って……
紅茶も冷めかけた頃に、シャアは居間に再び現れる。アムロの隣に静かに腰掛けた彼は、表立っては至って普通の表情をしているのだが…。
「……私への…牽制か…?」
シャアは静かに笑っている。
「ったく…アルティシアという砦を背にされたら…君をより大切にせねばならないではないか」
「…セイラさんの言葉がなかったら…大切にしないよーに聞こえる…けど?」
「『より大切に』と言っただろう?」
シャアはそのままアムロの身体を抱き締めた。アムロの首筋に顔を埋めたまま黙っている。
そんな様子にアムロはシャアの背中と頭をゆっくりとあやすように撫でた。
「…ごめん…やっぱり………泣いちゃった…?」
「……莫迦を言え……」
「俺に強がっても…無駄だよ?」
くくく、と顔を伏せたままでシャアは笑う。
「……かなわんな…君には…」

やっと顔を上げて、アムロを見つめてくる蒼氷色の瞳が…やっぱり少しだけ赤い気がする。
ゆっくりと近付いてくる唇を受け止めて、深く深く口吻を交わした。
「…ありがとう……アムロ…」
「それはセイラさんに言うべきだよ…俺もお礼を言いたい…」
「そうだな…でも一番感謝すべき存在は…やはり君だよ?アムロ」
「宇宙一我が侭で甘えん坊な男のお守りを引き受けた…って事にかな?」
「…まあ…否定はしない…」
シャアはそのまま感謝の印とばかりにアムロの手を取り、手の甲や手首にキスを送り…ふと気付く。
「何だか手が…ああ、爪か?キラキラしている…」
「うっ!やっぱり気付くよね?……えっとね…今日はサロンとか何とかいうのに連れてかれて…ね」
「成る程…ブライダルエステというヤツかな?『花嫁』なら当然か」
よくそんな言葉知っているなあ、女ったらしはやっぱり違うね、とアムロは思った。
「確かにいつもより肌が綺麗だな……他の部分も…か?」
アムロの頬をツンツンと突きながら、もう既に下心満載の表情を浮かべている。
「…ダメ…だよ?絶対に今日はダメって…ナナイさんからもキツく言われているからね!」
「見るだけだ」
「貴方が見るだけで、なんて済ませないだろーっっ?!」
グイッと力一杯シャアの身体を押し戻して何とか逃れる。
「取り敢えずっっ今、お茶を入れ直すからっっ…こんな時間にヘンな事考えないっ!!」
ちょっと怒りながらガチャガチャしだすアムロの後ろ姿をじっと見つめるシャアはふとした疑問を口にした。
「…やはり…全身を、だったのか?」
「うん、要らないんじゃって言ったケドね……もーホント気持ち悪かったーっっ!あちこちに色んなの塗ったくられて散々マッサージされて………っっ!」
…そこまで言いかけて…地雷を踏んでしまった事に気が付く。恐る恐る後ろを振り向くと、長い足を組んで更に腕まで組んで、想像通りの不遜な態度で彼はニッコリと笑っている。
「ほう…どういうマッサージだったのか、よーーく説明貰おうかな?此処においで…アムロ」
ポンポンと自分の膝を叩くシャアにアムロは心底呆れた。
「な、何を勘違いしているワケ?!エステってヤツだものっっ仕方ないだろうがーっ!!」
「…どんな状況だろうと、君の肌に私以外の他人が触れた事実は、きちんと追求しておかねばならん」
ああ…目眩がする。結婚式前夜だと言うのに…こんな言い争いは不毛過ぎる。
先程までの感動的な会話はいったいなんだったんだよ…ったくっっ!!
「……説明する…だけだよ?」
「ああ、それで良い」
「…明日のコト…忘れてないよね?」
「もちろん。見て少し確かめるだけだ」
溜息を付いて、アムロは大人しくシャアの膝の上に座った…。

「…そ…そんなに見るなって…」
「確かめているだけだ……ココもかな?」
「ばかっっ!そんなトコ触られてないからっ……や…だ…」
「…確かにいつも以上に良い肌触りだ…いい匂いもするな…」
「……ぁ……ああ……ダメ…そんな…あぁ……」

夕食の準備が出来た事を告げに、彼らの居間を訪れた執事は…ノックしようとした瞬間に聞こえてきたアムロの甘い嬌声に暫く考え込み、取り敢えず1時間遅らせてみよう、と料理長に告げに行ったのであった……。

 

そして明日は遂に……

 

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自分の脳内妄想が本当に情けなくどうしようもないよー!…と嘆きつつ…(2008/8/31)