La Primavera 1

 

 

彼は毎朝、ほぼ同時刻に自然な形で覚醒する。
軍人として鍛えられ、身に付けられた習慣の一つだ。
目覚めた彼が一番にする事は、腕の中の愛しい存在を確かめる事。
ぎゅっと愛し気に抱き締めると…普段はぐっすりと安眠している身体が、反応を返した。どうやら珍しく起きている様子だ。まず、その柔らかいクセのある赤毛にキスを一つ。

「おはよう…アムロ」
「………ん……」
彼もほぼ覚醒しているはずなのに、答え方が曖昧である。
そんな様子は気にせずに話を始めた。
「…あと3日だな…」
「………うん……」
今度は返してきた…何とも気の乗らない返事ではあるが。
「流石の私も少々緊張する部分がある」
「……俺は…全部…だ……」
「…まあ気持ちは解るが…私も一緒にずっと居るのだし大丈夫だよ」
「………逃げ出したい……」
「アムロっっっ?!」
「貴方と違って『見せ物』になるのは慣れてないんだよっ!」
「…随分な言われようだ…」
「やっぱりこっそりひっそりと…って式じゃダメなのか…?…取り敢えずっっ…パレードと総帥府のバルコニーでのアレは止めにしようよっっ!!」
「何を今更…地球圏と全コロニーに向けて盛大に生中継されるというのに…ああ、木星圏も含まれるのだったかな?」
「…俺…そんなたくさんの人に…超恥ずかしい姿を晒すのか…やっぱり逃げたいーっ!!」
「そ、それは許さんぞっっ!アムロっっ!!」

実は昨日も同じ様な会話だった。4が3に変わったくらいである。
覚悟を決めているとはいえ…まだまだシャアの前では本音を漏らすアムロなのであった。
だが、色々と心配をかけた使用人達の手前ではそんな様子を見せずに、きちんと今朝も出勤するシャアのお見送りをする。執事と女中頭のホッとしている感情を感じながら…。
「…そういえばアムロ…今日も総帥府に来るのだったな」
「うん…それがどうかした?」
「午後になると思うが…私の執務室に来て欲しい。秘書官を通して連絡する」
「?…うん…解った」
いってらっしゃい、とシャアの頬に軽くキスをする。シャアはアムロの頬と唇にそれを返し、使用人達が頭を下げて見送る中、黒塗りのリムジンカーに乗り込んで行った。

 

秘書官から連絡を受けて、総帥府の中央司令室に上がって行く。実はアムロは秘書官を通さずとも、総帥府にノーチェックで入れる権限を持っているのだが…実際の所、正式にネオ・ジオン所属の軍人になってからは数える程しか来た事がない。MS部隊隊長が此処に来るのは緊急時だけで良いハズだ。アムロは自分の地位と立場を理解しており、越権行為…例えば「総帥夫人」としての…は一切するつもりはない。特に政治的な部分には絶対に口を出さない、と決めている。シャアもその点だけは良く理解していてくれた。
総帥執務室のドアの前に立つ警備兵がアムロの姿を認め、笑顔でドアを開けてくれる。
「失礼致します、総帥」
儀礼的に礼をし、内部に足を踏み入れた瞬間……ひどく懐かしい存在を感じた。
え…?と思いっきり目をこらすと……ソファーの側に立っているのは懐かしい連邦軍将校の軍服…そしてその人物は……
「……ブ…ブライト……!!」
信じられない存在に思わず叫び駆け寄る。彼の元上官は変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「やあ、元気そうで何よりだ…アムロ」
アムロはいきなりブライトの頬に触れる。その行為に伝説の艦長はギョッとして、思わず後ろのネオ・ジオン総帥の視線を気にしてしまった。
「ああ…本物だ…本当にブライトだ…びっくりしたっっ!どうして此処に?」
「え…?聞いてなかったのか?アムロ…」
早くその手を外せ、と思いつつ恐る恐る総帥に視線を向ける。当の総帥は意地の悪そうな笑顔を浮かべている。…絶対に自分の今思っている事に気付いているな…とブライトは少し頭痛を感じた。
「すまなかったな、ブライト大佐…アムロをびっくりさせたくてね」
「どういう事なんだ?シャア…」
シャアは椅子から立ち上がり、2人の側まで歩いてくる。間近に来ると相変わらずのその存在感を強く感じるブライトだった。
「我々の結婚式には『仕方なく』連邦軍の一部の高官も招待してあるのでね…その護衛や警備にもちろん連邦軍の協力が必要なのだが…そちらの指揮官にブライト大佐をこちらから指名させて貰ったのだよ」
「……そうだったんだ…」
「お偉いさん達が現地入りするのは前日だがね…取り敢えず我々は色々な打ち合わせもあるので先にやって来たワケだ」
「ブライト大佐には、アムロの亡命の件で随分と世話になっているのだが…更に仕事を押し付けて申し訳無く思ってはいる…すまない」
そのシャアの言葉にアムロも表情が少し固くなった。
「…そうだね……ブライトには迷惑かけっぱなしだ……ゴメン…」
今をときめく宇宙一のカップル2人に頭を下げられて、ブライトは慌てた。
「と、とんでも無い!私は総帥にアムロを押しつけただけですし!…それにこちらこそ家族の事では色々とお世話になって…頭を下げるのは私の方ですよ」
「…押しつけた……って何ソレ」
思わずむくれた表情のアムロである。その様子にシャアは苦笑し、
「アムロ…彼と積もる話もあるだろう?こちらの警備隊長との打ち合わせの時間まで、下のカフェにでも行ってきたらどうだ?」
と優しく提案した。
「……いいの?」
「私はまだ仕事が山積みだしな…是非ともブライト大佐のお相手を頼むよ、アムロ少佐」
「ありがとう…シャア」
2人は抱き合ってキスを交わす。…自分の存在は一瞬忘れられたな、と目のやり場に困りながらブライトはしみじみと思う…。

 

「良いのか…アムロ?」
総帥府の広いカフェの中でもアムロと自分の存在は…目立っている気がする。もうすぐ総帥夫人になる元連邦軍人が連邦軍軍服の男と同じテーブルに居るのだ。目立たぬワケがない。…先程から周囲の視線がイタイ…気がする…。(ブライトが知らないだけなのだが、このネオ・ジオンではアムロと『2人だけ』で一緒に居る『男』は総帥以外は必ずこの視線を経験するのである…)
「ブライトには悪いけど…返ってオープンな場所にしないと…ね」
アムロは柔らかく微笑む。その様子にブライトは「ああ…変わったな」と素直に思った。
彼との再会は七ヶ月ほどぶり、だが…その間に躰分と優しい雰囲気になったものだ、と思う。此処での生活が充実している証拠なのだろう。その変化はあの元赤い彗星に対しても感じたが。
こうしてしみじみ見ると、ネオ・ジオンの軍服も良く似合っているな…と思う。まあそれは特別仕様のアムロにとって馴染み有る「蒼」の軍服だから…だろうか?
「それにしても…良かった…ブライトがまだ『大佐』で」
「…どういう意味だ?」
「だってさ…俺の亡命の手助けの罪とか問われてないかとかさ…心配してたんだよ?」
「そんなヘマはしないさ。寧ろ連邦軍の高官達はアムロの亡命を当初どうという事は無く考えてた様だ。思いっきり考えが甘かったがな」
「…まあ…俺の存在なんて、そのくらいの扱いだよね」
後にそのアムロに憧れての大量の亡命者を出してから…彼らも少しずつ何かマズイ事が起こっていると、やっと気付いたのだ。
「アムロの存在はジオン側にとっての方が大事だったようだな…今回の件でのコロニー各地の反応や盛り上がりに、奴さん達それはそれは慌てふためいていたぞ?見せてやりたかったな」
「その点は…自分でも未だ色々と信じられないのだけど…ね」
アムロは苦笑して、手元のカフェオレを一口味わう。
「…シャアのカリスマ性のお陰だと思うけど……この波に乗ってネオ・ジオンは一気に正式な独立までの道が開けるよ」
「お前の人生の記念日にはそんな政治的背景が含まれるのか?」
「そんなの子供にだって判る事だよ…そのくらい人々が熱くなっているからね…怖いくらいだ」
その割りにはアムロの表情は静かである。
「……全て覚悟の上…なんだな」
「そんな覚悟も無しにシャアのトコに来れないって…以前ブライトには言ったよね?」
相変わらずの柔らかい笑顔だが、真摯な瞳をブライトに向けるアムロ。
「俺は政治的な事は良く解らないけど…あの人のカリスマ性や指導力を一番発揮できるなら、その形は有りだと思う。だから俺はその為に全力でシャアを支える覚悟だよ。彼の守るべきモノを俺も守りたいから…」
アムロから感じるオーラは何と穏やかで温かいのだろう…。オールドタイプの自分でさえこう感じるのだ。もしかしたらスペースノイド達はコレを敏感に感じ取って…アムロを心から歓迎しているのではないだろうか?
…アムロ…本当にお前は…何だか別の存在に変わっていくようだな……
もちろん良い意味で、なのだが。そうアムロを変えたのはシャアの存在…彼の愛情。そしてアムロの愛情がシャアを変えている。2人のお互いを想い支え合う愛情がこの宇宙の未来さえを変えようとしているのだ…。
アムロが15の時から彼をずっと見守ってきた自分には…何とも言えない複雑な感情が沸き起こっている。そう…喩えるなら父親の心境だ。娘を嫁に出す、とはこういう気分なのかもしれない。それがこんな感情なら…実娘のチェーミンは絶対に嫁に出さないぞっ!と改めて硬く決心せざるを得ない…。

「…そういえば、さっき家族が…って言ってたよね?ミライさん達はどうしてるの?」
いきなりニュータイプの勘かっと思わせる質問をされて、危うく珈琲を吹きそうになった。
「あ…ああ、その事なんだが…ミライ達は今はフォン・ブラウンに居るんだ」
「そうなんだ…それは良かった…と言うべきかな?」
「ああ…万が一の事を考えると、な。連邦軍も手を出し難い場所だ。すんなりと移住出来たのも総帥が色々と手を回してくれたからの様だ…感謝している」
「…そうか…やっぱりブライトに悪いと思っているからだね…ふふふ」
「ネオ・ジオン総帥にそう思われるのは…何とも言えんカンジだな」
声を出して笑い合う2人に、周囲の者は不思議な視線を向ける。
「…まあこれからも色々と大変だろうが…頑張れよ、アムロ!お前達はスペースノイドの未来を担うニュータイプカップルなんだからな」
「…そういう言い方なあ……取り敢えず…ブライト達と闘うハメにならないように努力するよ」
「それは…俺も思いっきり願っているぞ!」
そんな状況は本当にカンベンして貰いたいものである。この2人を敵に回して勝てるなど不可能に近いのではないか…と真剣に恐ろしいと感じるブライトなのであった。

 

夕食の後は、2人きりでのお茶の時間にする。あの件以来、最近出来た習慣だ。
未だ危なっかしいがアムロの入れてくれる紅茶は美味しい…とシャアはしみじみ感じている。2人分のティーカップを用意して、アムロはシャアの隣に腰掛けた。そのままシャアの肩に頭をコツンと乗せる。
「…今日はありがとう…嬉しかったよ」
素直に感謝の言葉を述べると、シャアはアムロの柔らかい髪をゆっくりと手で梳き始めた。
「君が喜んでくれたのなら良かった…少しでも気が紛れるなら…と思ってな」
「……ミライさん達の事もありがとう…ブライトが凄く感謝してたよ」
「…まあ…彼には昔も今も随分と世話になっているしな…」
根回しの事をあまり言いたがらないのは彼らしい、とアムロは思った。
「……それに彼は……此処に来てはくれぬだろうしな…」
何気ないシャアの呟きにアムロは同意する。
「…うん…以前も俺に言ってたけどね…連邦軍の上層部は腐ってるけど、下はそういう連中ばかりじゃないからさ…。プライト達みたいな上官も必要なんだよ。それを彼は良く解ってるんだ…ある意味立派だよね…心から尊敬する」
「君に尊敬されるとは…羨ましい事だ」
「うん、シャアとは違う意味で俺はブライトの事を大好きだからね」
頭を上げてシャアの表情を覗き込むと…予想通りの思いっきり不愉快、という顔をしていた。
「…妬いているの?」
何とも楽しげなアムロを一瞥すると…シャアはいきなりその身体をソファーに押し倒した。
「あっっ…こらこらーっっっ!今はお茶の時間でしょっ?!」
「アムロ…よぉーーく覚えておき給え…私は君に関しては大変嫉妬深い男になるとな…」
「……改めて言われなくとも……知ってますが…」
アムロのシャツをたくし上げて無理矢理に顔を埋めてくるシャアに怒鳴る。
「そ、そんな乱暴なのはダメだったらっっ!式の前なんだから…優しくしろってばーっ!」
「大丈夫…優しくする」
「そ、そんなの全然っっ…!…あ…あぁ…!」
シャアに身体を好きにされながら、本当にもうこの男はっ!…と思いつつ、何だかんだ言っても許してしまう…結局はシャアに甘いアムロなのである。もしかしたら、この甘やかし具合が人類を救っているかもしれない事は…ブライトにだって想像難い真実かもしれないのだった…。

 

そして結婚式まで後2日……

 

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煩悩妄想のーみそ垂れ流しココに極めり…のロイヤルウェデイングマーチ…ああ…!
…もう誰もアタクシを止められなくてよっ!(…冷たい視線が嬉しい…) (2008/8/29)