沈黙は星々の輝き   3

 

 

本物の大地を踏みしめたのは数年ぶりだ…

以前この地球に降り立った時は未だ戦時下であり、軍人としての目でしか周囲を見渡す事が出来なかったが…身体に感じる重力と取り巻く空気が明かにコロニーとは違う。コロニー育ちには慣れるまで少々の息苦しさを感じるのだ。
何気なく青い空を見上げて、これが地球に居る証なのだな…とそれはしみじみと感じる。
この地球に対して、スペースノイドはひたすら憧れを抱き、アースノイドは己の価値としての拠り所とする。人類発祥の地である…此処は人々のまるで宗教じみた妄執の信仰を産み、その存在が戦争の原因にさえもなるのだ…
何故人々はこんなにもこの星の存在の拘るのだろう?
増えすぎた人類がその地球を汚し、それを防ぐ為に余計な人々を宇宙へと追い出したとしても、残った人々が結局は現在も環境的にも何も良い結果を残せていない。
連邦政府議員も、それを選ぶ地球の住民も…長い間、ずっとそれに気が付かないのか、その「ふり」をしているのか…
「何もしない事」「変革を起こさない事」にいずれ報いを受けるのではないかと…誰も気が付かないのか?
この発想は、大変危険なのだろうな…とシャアは自嘲したが。


フォン・ブラウンから、ヨーロッパ大陸の都市にシャトルで降り立ち、其処からローカル便で海を越えてデンバーへと向かう。直接北米大陸に降りなかったのは、念には念を入れて…だ。
デンバーの空港では、所謂彼の配下の者が出迎えてくれる。
「お一人で地球にお降りになるとは…月都市の連中がよく許しましたな」
厳しい表情を見せる彼に、シャアは苦笑いの表情を見せた。
「大反対をされたに決まっているさ…しかし私も譲れなかった…どうしてもこの目で確かめたくてね」
ったく…無謀過ぎますよ、と言う彼の呆れた顔はキグナンが見せた諦めの表情と同じである。
其処から車で移動となる。目的の場所には1時間半ほどで到着する、と告げられた。車内ではまず偽造の身分証明書を手渡された。
「偽造とバレる事はまず無いと思いますが…慎重な行動をお願いいたします」
「解っている…幸か不幸か他人に成り済ますのは得意なのでね」
意味有りげにシャアは微かに笑って見せた。

 

地球連邦軍シャイアン防空基地-------
情報では前世紀から存在する情報管理基地の様だ。未だレーダー監視が全盛であった時代に、この北米大陸に空と宇宙から向かってくる脅威に対する対空システムを一手に引き受けていた重要な基地ではあったという。
今の時代では全く用を為さないシステムではあるが。
エレカから降り立ったシャアは、やや遠くに見えるその基地をサングラス越しに観察した。
周囲には何も無く、荒れ果てた大地にただ無意味に広い基地が拡がる。もう軍事拠点としても全く意味の無いだろうこんな場所に…
本当にあのアムロ・レイが居る…というのか?
「大佐…少し歩く事になりますが、お気を付けて」
再び此処で落ち合う時間を再度確認し、エレカは去っていった。
爽快に晴れた空…何もない乾いた大地の上をシャアは歩いていく。基地の周囲には少しだけ木々が見えた。あの辺りには水が存在するのだろう。
何気にそれを見つめた時に…ふっっ…と何か冷たいものが意識に触れた。
ああ…これは……
…そしてシャアは確信した。
あの場所に彼が間違いなく居るのだ、という事を。

 

身分証明書を確認しながら入り口の監視員は、胡散臭そうに見る視線を全く隠さずに自分を見つめている。
「こんな辺鄙な基地に何の取材なんだかね…ジャーナリストさん」
「此処の基地司令に縁がありましてね…お話を聞かせていただきたく」
ふん、と鼻を鳴らしてから、監視員にしては屈強とは言えない男が入り口を開けた。
「まあ一応司令から取材が来る事は聞いていたからね…せいぜい閑職への税金の無駄遣いくらいが解るくらいだろうがねー」
「それもなかなか面白い記事になるかも…ですね」
身分証明書と取材許可証を受け取りながら、シャアは監視員に礼を告げた。
内部の古い建物の中を案内された通りに進んでいく。行き交う人は疎らで本当に何もない基地なのだ、という事実を実感出来た。
奥の司令室の前にも警備士官は居ない。ノックをすると、大きな声で入室を許可された。
やたら上機嫌な様子で、シャイアン基地司令官である老齢の男が出迎えてくれる。その男にシャアは右手を差し出しながら、笑顔を作った。
「初めまして…ジョージ・マーティン中佐…コスモルナ・プレス社から参りました、エドワウ・マスと申します…この度は中佐の取材許可を下さって感謝いたします」

顔にある傷痕が酷いので、と説明して、シャアはサングラスを着けたままで基地司令の取材を始めた。この手の軍人がいかにも話したがりそうな、8割増程の武勇伝をそれなりの煽てと相槌を入れて、さも取材をしている様に巧みに誘導しながら話させる。この老人が1年戦争時の話やテロリストや宇宙海賊などにいかにして自分が勇敢に見事に闘っていったか…を聞きながら、人間的に悪い司令官ではなさそうだ…とは結論づけた。だからこんなに場所に飛ばされたのかもしれないが。
それなりの長時間であった…彼の一通りの武勇伝語りが終わってから、司令自ら基地内を案内してくれるという。この時点でシャアの計画は成功したようなものだ。大変ありがたい、と感謝の言葉を述べてその後についていった。広さだけはある基地内で見掛けるのは、ほとんど覇気のない年配の者達ばかりであるようだ。
この基地に唯一武器として配備されている戦闘用ヘリコプターの格納庫へと向かった時…

何かを感じた。

ドクンっと心臓が大きく波打つ。他に人気の無い格納庫の中で、一機のヘリを整備している様子の人物…あれは……あれは…!
「…おやおや…またそんなモノを弄くっているのかー?整備兵の仕事を取ってはいかんぞー」
マーティン司令がその人物に呼び掛ける。
その声に気が付いたらしく、彼は作業の手を止めてゆっくりこちらを振り向いた。
「…退屈しているんですよ…これくらいは許して下さいよ…司令……え?……えっ?!」
彼の手からスパナが落ちて派手な音を立てる。
何だ?と驚くと同時に、脇にいたジャーナリストが彼の方へと歩み寄っていくのが解り、老司令官は慌ててその後を追った。当の二人は1mくらいの距離まで近付いている。
「お、おいおいっエドワウ君っ…どうしたのかねっっ」
割って入った中佐の声を聞いて、その若い士官は再びハッとした様子を見せて一瞬考え込み、そして無言のままで落ちたスパナを拾い上げた。
怪訝な表情となった司令官にシャアは一応、言い訳としての説明する。
「あ…申し訳ない、マーティン司令…若い士官の方がおりましたので話が聞きたいと思いまして…つい」
ふと老齢の司令官は複雑な表情を見せたのだが…
「…そうじゃな……たまにはいいだろう…」
と、目の前の作業服姿の若者にシャアを紹介する。
「大尉、彼は月から取材に来たジャーナリストだよ…この後の案内を君に任せようか」
その提案に若い士官の顔は傍目で見ても明らかな程に、ぱああっと明るくなった。
「いいんですかっ?司令…」
「たまには『外の者』と話したいだろうて…大尉、では後は任せるぞ」
若い士官の肩を軽くポンと叩いて、シャアには「帰る前にもう一度寄ってくれ」と声を掛けてから、司令官は其処から去っていった。
二人っきりになった後で、シャアは士官に話し掛けた。
「…先程…私を見て驚いていた様だったが…?」
「あ…すみません…何だか…知っている人が来たのかと思ってしまって…」
彼はとても幼い感じだ…まだ十代に見える。この姿はまるで…
「知っている…?」
「…ええ…ちょっと……でも…あの人がこんな場所に現れるわけないので…僕の思いっきりの勘違いですから…」
記憶の中の…あのサイド6で出逢った時の姿とほとんど変わらないではないか。
「…私はエドワウ・マスだ…月都市でジャーナリストをしている」
「え?…マス…?……あ、すみませんっ」
若い士官は慌てる様にシャアに対して敬礼をした。
「自分は……アムロ・レイ大尉、です。よろしくお願いします、ミスター」

……ああ…ようやく君に会えたのだな……

やっと探し当てたその名前を聞いて、シャアの心の中には深い感慨が満たされてくる。
「アムロ・レイ?…まさか本物の?」
ジャーナリストなら誰でも知っているであろうの、その名前をわざと聞き直してみた。
「…何の本物…なのかは知りませんけれど…『ガンダムのパイロット』アムロ・レイ…なら間違いなく自分ですよ」
がっかりしました?とそう言って笑ったその表情は、シャアの瞳にはあまりにも切なく映った……

 

作業着姿では失礼だろうと、アムロは連邦軍の士官服に着替えてきた。軍服となると、彼の線の細さがますます際立つ様に見える。
「本当に広いだけで…此処は何も無いトコロですよ」
一通りの説明をしながら、アムロは微かに笑う。
「どうして、こんなトコロへわざわざ月から?」
まさか今の段階で、君に会いに来た…とも言えず
「知人にマーティン中佐を紹介されて…ね」
とだけ説明する。ああ、とアムロは頷く。
「司令はいい人ですよ…昔話に付き合わされる時はちょっと辛いけれど…ね」
「その昔話を取材しに来たのだが…確かに少々キツかったかな?」
苦笑を浮かべると、つられた様にアムロも笑った。
それを見て何とも不思議な気分となるシャアである。
夢の中ではいつも泣いていた子供の君…だが今の君はこうして笑顔を見せてくれる。
不思議な違和感を感じる…何故だろうか?

基地の士官食堂に入ると、アムロは席に着くようにシャアを促した。此処もそれなりの広さがあるが、自分達以外の他に誰も居ない。やがてアムロが珈琲カップを手にしてやってきた。それを一口味わって驚いた表情を見せるシャアである。
「……美味い…驚いた」
こんな基地の食堂で味わえる様な…そんな珈琲とはとても思えない。
「でしょう?」
とアムロが悪戯っぽく笑った。
「あまりにも酷く不味過ぎたので、此処のエスプレッソマシーンを僕が改造したんですよ」
ほう、とシャアは口元を少し緩める。
「君は…機械弄りが好きなのかな?」
「ええ、好きですよ…僕はこの基地の中だけでは自由なんです。だから色々と好きに弄らせて貰ってます…」
寂しげな笑顔と意味深な言葉……此処でだけは自由…だと?
どういう意味だ?と考えていると、アムロから話題を振ってきた。
「エドワウさんが住んでいる月都市は…フォン・ブラウン市ですか?」
「いやアンマン市だ…第3番目の月都市…聞いたことはない?」
それから色々と月都市の話を始めると、アムロは興味津々と真剣に話しを聞いてくる。
そんな他愛もない話をしながら、シャアは至近距離でアムロの顔をサングラス越しにしみじみと観察していた。
あどけない…その表情はまるで少女の様にも見える。確か20歳くらいの年齢の筈だが…まだ15,6歳でも充分通じるのではないか?大きめの琥珀色の瞳が印象的だ…その長い睫毛といい、滑らかな頬といい、やや厚めのふっくらとした淡い桜色の唇……
こうして彼を見つめていると、何故か妙な感情が湧いてきそうだ…
…なんなんだ?これは……

「…エドワウさんの髪って…凄く綺麗な色…なんですね」
いきなりそう言われてドキリとした。その動揺が彼にも伝わったのか
「あっ…い、いきなり変なこと言ってすみませんっっ!そ、その…貴方と同じ髪の色の人…知っていて…そのっっ」
焦るようにアムロは目の前で掌を左右に振ってみせた。
「…さっき…それで間違えたのかも……良く似ていたから…」
赤くなって俯く彼は可愛らしい、と素直に思った。彼の言う、間違えた相手は…アルティシアの事だろうか?
「では私の瞳の色が気になるのかな?」
意地悪くも聞いてみた。俯いたままビクリっとして、直ぐにコクリと頷くのでそれが何となく可笑しかった。…先程から妙な感情が消えない…何故だろう?
「…瞳は…やはり蒼?」
そう言ってみせると更にその頬は赤くなった。そんな仕草が更にからかってみたくなるというか…軽い被虐心さえ感じてしまう。
「…ひ…瞳の色…解らないけれど…きっと…妹さんと同じだと思います…」
何?
今…何と言った?アムロ……
「夢の中でしか…素顔を見たこと無い人なんで…夢の中ではちゃんと綺麗な蒼だったから…」
ザワリ、と身体が微かに震えた。君も…私の夢を見ていた、というのか?
「アムロ大尉…」
そう呼んでシャアは身体を乗り出す。え?と顔を上げてきた彼とは鼻が触れ合うかも…なくらい近かった。
「夢の中で会う彼の瞳の色は……これかな?」
ただ驚いて大きめの瞳を更に見開く彼の前で…ゆっくりとサングラスを上げた。
アムロの瞳は見開かれたままで…更に信じられない、という表情へと彩られる。

「……う…そ………ま…さか…嘘…だよね…?」
震える唇が紡ぎ出す言葉に、シャアは薄く笑う。
「君なら…コレで解るかな…?」
その魅力的な唇に…シャアは己のそれをそっと重ねた……

 

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シャイアン基地事情は捏造妄想…今、基地がある事は確かなようですが…(2010/5/8UP)