沈黙は星々の輝き   2

 

 

「…やはりNT研究に拘わっていたのか…」
「連邦軍のNTについての研究は、旧ジオンに比べるとかなり遅れているという話があります…手っ取り早い被験者として彼しか選べなかったのかもしれませんが…」
シャアは怪訝な表情を浮かべた。
ニュータイプという概念そのものは、彼の父親であるジオン・ズム・ダイクンが人類の革新たる象徴として提唱したものだ。元々スペースノイド達がそのコンプレックス解消の拠り所とする理想の形…そんな象徴をアースノイド等がわざわざ研究をするか……つまりそれは…
「サイコミュ兵器の開発目的か…」
NT能力が兵器開発に結びつく事は、終戦間近のジオン公国では当たり前の思想であったし、アクシズに於いてでもその考えはごく普通に一般論になっていた。その存在に懐疑的であった連邦軍の頭の固い科学者達も、1年戦争時のアムロ・レイというパイロットの驚異的な活躍を知れば、嫌でも信じたくなるものだろう。
実際…あの時のアムロ・レイは明らかにララァよりも優れたNTであった。そのNTとしての鋭い感性が、全て戦闘能力として特化されて無意識にその全能力を発揮する。
当に理想のNTパイロット…彼自身が理想の機動兵器と成りうる…
理想のKILLING MACHINEとして……

----いま…ララァが言った!…ニュータイプは…殺し合う道具じゃないって…!

そう言っていたな…君は…
それは彼女の意思では無く…君自身の言葉なのではないのか?

あの少年の…自分を真っ直ぐに射抜くように見つめてきた…大きめの瞳を思い出す。
「…アムロ・レイの消息は1年程前から連邦軍のデータベースから消えています…というかプロテクトが掛かっているのですがね…ですから未だ軍属である事は間違いないと思いますが…」
「…知られたくないのだろうな…特に新興勢力に」
淡々とした口調でシャアは言う。
「連邦軍内部では未だに権力や派閥の闘争は続いているのだろう…実に面白い時期に介入する事になる」
「…確かにその通りですが…」
元上官の様子が活き活きとしてくるのは喜ばしい事ではあるが…それは今後は危険度が更に増すという表れだ。しかし、自分はこの人物に全てを掛けている。今更何を怖れるか、とキグナンは直ぐに考え直した。
「…大佐…その、差し出がましい事をお聞きいたしますが…」
構わん、という様子でシャアは大きく頷いた。
「大佐は…アムロ・レイを探し出して…やはり同志にお加えになりたいのですか?」
キグナンもまさか個人的な復讐か、と一瞬だけ考えもしたが、この元上官はそういう男ではない事は充分に了承している。
「…さあな…どうしたいのかは今の私も解らん…だが」
一呼吸だけ置いて、シャアは続けた。
「会いたい…と思った。ただそれだけだ」

 

結局、キグナンには引き続き彼の消息を追ってくれる様に頼み…その日はそれで別れた。
…何故突然、アムロ・レイが気になったのだろうか?
シャアも不思議には思う。今まで確かに幾度か…ララァ絡みでその名をその姿を思い出した事はある。しかし、消息を知りたいなどと考えた事は無かった。1年戦争時の己のライバルとしての記憶…時が経てぱ少しずつ薄れていくもの…そんな風にしか考えられない存在だったのに。
なのに…この地球圏に戻ってきてから、その名前が妙に気になり、キグナンに調査の依頼までしてしまった。
カラン、とグラスの中の氷が良い音を立てる。
「…まさか…私を呼んでいるのか?…アムロ・レイ…」
-----ならば…私を呼び寄せてみろ…君のその優れた能力で…
そのまま強い火酒を一気に煽った。

 

その夜……夢を見た。
予想通りというべきか……

白い靄の掛かった様な…周囲の様子が全く見渡せない空間。
小さい子供が膝を抱えて泣いている。
赤毛の柔らかそうな巻き毛……記憶にあるあの彼と同じ色の…

----やはり君か……
子供は応えず、ただ静かに泣き続けている。
----私を…呼んでいるのだろう?…アムロ・レイ…
それでも子供は応えない。ただ泣き続けているだけ……

シャアの呼び掛けは通じないのか…その傍にそっと腰を下ろして、手を伸ばしてみた。
驚いた。触れられる…とても柔らかい髪だ…
しかし、彼はシャアの手には全く反応しない…相変わらず静かに嗚咽している。
ただ、辛そうに、苦しそうにずっとずっと泣いている…

----…アムロ……
夢の中の自分は…どうする事も出来ない歯がゆさに辛そうにその名を呟いた……

 

 

何とも目覚めの悪い。
空しい夢を見たものだ。
自分は…ただ単に拾ってしまったのだろうか?彼の苦しい、哀しいと想う思惟を。
それだとしてもどうも気になる。彼は今、いったい何処で何をしているのか……やはり、会いたい…という気持ちが強くなってくる。

その日から…子供のアムロは頻繁にシャアの夢に現れる様になった。
だが相変わらず、向こうは泣いているばかりで…一切の会話も出来ず、の状態であったが。

 

一旦アンマンシティに落ち着いたシャアは、それから精力的に動く事になる。
まず旧ジオンの残党…特にダイクン派として密かに潜伏する者達と積極的に会い、己の存在を知らせてやる。皆、一様にシャアの帰還を歓迎し…中には感涙に咽び泣く者さえ居た。シャアにしてみれば、今はダイクンの血に拘る事を良しとはしていないが、ある程度の行動には人材にしろ資金にしろ、とにかく多くの協力が必要なのだ。
今現在、自分に何かのこの先の明確なビジョンがあるわけではない。
しかし…今の地球圏の現状を知れば知る程に、ティターンズは今後も厄介な存在になる事は間違いない、と確信する。何しろ、今の彼等はの最大の目的は「反連邦組織であるジオン公国軍の残党狩り」…なのだから。それを掲げて各地でかなり横暴で非人道的な行為を、平気で行っている組織だ。彼等の旧ジオン残党に対してだけでなく、スペースノイド全般に対しての堂々とした差別的な扱いが、余りにも酷過ぎて目に余る。アースノイド優良種的なエリート思想といい、シャアにとってはただ単純に嫌悪出来る存在になった。
ティターンズは連邦軍内だけでなく、地球連邦中枢部にもかなり深く関わりを持っているようだ。しかし軍部の台頭を良く思わない官僚は多く存在しており、全てを掌握するには至っていない。逆に反ティターンズ派の軍人も議員も未だ多く居たのだ。

そんな中でシャアは、地球にいる「同志」から連邦議員で且つ准将の軍籍を持つ者と会う事を勧められる。
ブレックス・フォーラ准将…現在の反ティターンズ派の中心的存在の人物と言って良い。
「彼は内外にも反ティターンズ派である事をはっきりと公言しております。一度お会いになってみるのが宜しいかと」
その勧めに従い、「クワトロ・バジーナ大尉」という立場では無く、アクシズに少なからずの関連を持つ者…という事で秘密裏にコンタクトを取って貰った。それでどう反応するのか…をまず知る為に。
案の定、向こう側は直ぐにでも会いたい、と飛びついてきた。
月の第一都市…フォン・ブラウン市内のとあるホテルで二人は会う事になる。
定刻きっかりに、指定された部屋をその同志と訪れた。部屋をノックし、ドアを開けて招き入れる男と、シャアを連れてきた同志の男はどうやら知り合いであるらしい。
内部に案内されると、事前に調べた資料通りの、見た目は温和そうな男がソファーに堂々と座っていた。シャアの姿を認めて彼はわざわざ立ち上がる。
「お初にお目に掛かります…ブレックス准将…クワトロ・バジーナと申します」
「ああ…ブレックス・フォーラだ」
二人は握手を交わすが、シャアはサングラスを着けたままである。逆に「胡散臭さ」を演出したかったので、このままでシャアは話を続ける事にした。
「君は…あのアクシズに縁がある者と聞いたが…本当なのかね?」
いきなりの率直な質問だ。こういう人間は嫌いではないが…
「…それが事実でしたら、准将閣下は私の立場はお判りですね…旧ジオン公国軍の残党、という危うい立場になりますが」
「それは気にはせんよ、寧ろ私もそれで匿っている者も多い」
何気なく自分の脇に佇む男を見た。その男の表情を見てシャアも成る程、と頷く。
「それで?ティターンズの連中も知りたがっているアクシズの情報を…わざわざ私に売りに来たのかね?何の取引を?」
さも面白そうな様子で自分を見つめるこの初老の男を、シャアも同じ様な表情で見つめ返す。
「…その話の前に…私は閣下の『決意』が知りたいところです」
「何だと…?…決意?」
クワトロの名を名乗る男は、ゆっくりとサングラスを外した。ブレックスが予想した通りの実に端正な顔が現れる。
「貴方は反ティターンズを、軍内部でも議会でも常に謳っておられるようだが…いざと言う時の覚悟もされてらっしゃるのかという事です」
「いざと…言う時だと…?それは…」
ブレックスの表情がはっきりと揺らいだ。
「今の状況を見れば明らかですが、今後ティターンズは連邦軍内部でかなりの力を持つのは間違いない…今以上に組織は大きくなり、その横暴さは更に酷くなるでしょう…そしてその限界を超えた時に…」
淡々とした表情で話を続けてくるが、その蒼氷色の双眸は鋭く光っている。
「准将は起ち上がる決意がお有りか、と」
「…それは……」
彼が言葉を濁すのは予想通りだった。
「…君の言いたい事は良く解る…それは私もいつも考えている事だ…しかし……対抗する組織を起ち上げるには今の状況はあまりにも厳しい…」
さも沈痛という表情で話すブレックスを見て、シャアは口元を吊り上げた。
「確かに対抗する組織は明らかに『軍隊』でなければなりませんね…最低でも一個中隊以上の軍備が必要だ…宇宙が舞台になるのであれば尚更です…必要なのは数隻の戦艦とそしてモビルスーツ隊…」
「それを用意するのがなかなか難しい…連邦軍から搾取してはティターンズと同じになる」
黙ってシャアはブレックスを見つめている。しかしその不遜な表情は変えていない。それを見て、彼はハッとした。
「まさか…方法があるというのかね?」
「…あります…民間の企業を利用すれば良いのです」
その答えにブレックスは即座に怪訝な表情となる。
「それは私も考えた…しかしMS開発が可能な技術力を持つ企業は限られている…その手の企業からそう簡単に協力を取り付けられる程に甘くはないのだよ」
「確かに向こうは利益が得られないモノに飛びつく事はまずしない…しかし是が非でも我が社に…と頼み込ませる程の『得』があれば話は別です」
ブレックスの目は「クワトロ」を名乗る男が、その長い指に小さなデータチップを挟んでいるのを捉える。
「彼等のレベルではどう足掻いても開発する事は出来ない技術が此処にある……閣下もその目でご確認されてみますか?」
薄く微笑んだその表情は、その端正な顔立ちがますます際立ち…まるで冷たい彫像のそのものの様にもブレックスには思えた。

 

今日の交渉には好感触を得て、シャアは気分良くアンマンのマンションへと戻ってきた。
未だブレックス・フォーラという男を信用しているわけではないが、少なくともシャアの嫌悪する愚かな類の人物ではない、という事は解った。彼とは今後も上手く付き合っていける予感がする。
その夜にシャアの元を訪れたキグナンは、その機嫌の良さで交渉の成功を知り、彼も安堵する。敬愛する元上官には、やはりこうして彼らしく色々と動いていて欲しい、それが最も彼らしいのだ、と素直に思っているからである。
シャアが此処に住むようになって数ヶ月が経っており、彼との通信手段はいくらでもあるのだが、秘密裏な事も多い為にキグナンはわざわざ「訪問」で報告する事にしていた。
そして、いつもの様に様々な情報をシャアに伝えた最後に、キグナンは少し遠慮がちに伝えてくる。
「…実は大佐……気になる情報が入ってきました…不確か過ぎてどうかと思うのですが…」
「…アムロ・レイの情報か?」
主語が無い時は大抵がこの件なのだ。シャアは身を乗り出す。
「はい…同志の一人がたまたま…それらしき人物を見たかもしれない、というのです…かなり自信は無い様ですが」
「それでも構わん、話せ」
シャアは彼についてどんな小さな情報でも知りたがっている。それは既にキグナンも承知していた。
「北米のコロラド地区にある…シャイアン防空基地で、良く似た人物を見たかもしれない、と言うのです」
「シャイアン…だと?」
聞き慣れないその名前に、シャアは素直に眉間に皺を寄せた。

 

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…次はアムロがやっと出てくるかな…? (2010/4/28UP)