沈黙は星々の輝き   1

 

 

U.C.0084-9月某日----

月面都市グラナダの工業用宇宙港に、巨大な輸送船が停泊した。
木星公団所属の宇宙輸送艦ジュピトリス…地球圏には3年ぶりの帰還である。
主にヘリウム資源を運んできたこの艦からは、多くの船員や作業員が降り立ち、宇宙港はかなりの喧噪でごった返していた。ほとんどが長い航海の末、久し振りの「都市」に我先に飛びだそうとする者達だ。多くの怒号が飛び交い、ゲートはそれは凄い騒ぎである。宇宙港の係員達は気性の荒い彼等を何とか早くやり過ごそうと、やや手抜きのIDチェックを行って作業を出来る限り流そうとしていた。そんな混乱に乗じて、疑わしいIDを持つ者達が多くこの月都市に入り込んだとしても…此処では良くある事、で済まされてしまうだろう。

 

月の第三都市アンマン…
此処へはグラナダからローカル便シャトルで30分も掛からずに到着する。
最近はフォン・ブラウンやグラナダに負けじという勢いで発展しているという。
その地下型都市に多く存在する…あるマンションの一室の最低限にカーテンが開かれた窓から、一人の男が何気なく人工の街を見ていた。
長身で明るいプラチナブロンドの髪…室内であるのに大きめのサングラスを外しておらず、顔はよく判らないが、精悍そうなオーラがはっきりと出ている若者である。
来客を告げるインターフォンが響き、彼は素早くカーテンを閉めて玄関口へと向かう。ドアを開けて、恭しく一礼する一人の男を招き入れた。完全にドアが閉じられてから、客の男は軍人としての完璧な敬礼を向けてくる。
「お久し振りです。大佐…」
「ああ…君はあまり変わらんな、キグナン軍曹」
二人はソファーに座り直す。
「此度の件では色々と世話を掛けた…礼を言おう」
「いえ…私は単に連絡係を引き受けたにすぎません。大佐の地球圏へのご帰還を多くの者が喜んでおります…その手助けが出来たのであれば充分です」
キグナンと呼ばれた男は再び恭しく頭を下げる。
「多くの者か…やれやれ、顔を出さねばならぬ先も多いと言う事か…」
さも面倒だという雰囲気を隠そうとしない彼に、少しだけ渋面を作ってキグナンは伝える。
「皆…『本当の意味』で大佐を支持する者達です…差し出がましい様ですが、そのお心は汲んでいただきたいと…」
「解っている…ちゃんとありがたくは思っているさ」
頷きながらキグナンはアタッシュケースを開けてパソコンと資料と取り出した。
「ご希望の連邦軍の軍籍は…人数分は簡単に手に入ります。そちらでは1年戦争時の混乱は未だ続いている様ですので…」
「ほう?…連邦政府の事務方はそんなに無能なのかな?」
彼にはある程度予想はついているが、わざわざそんな言い方で質問してみる。
「敢えて『混乱』という形にしているのでしょう…一部の人間には『金』になりますからね…相変わらず連邦政府という者はそんな処ですよ」
パソコンのキーボードをピピピと軽快に叩きながら、何気なく応えるキグナンである。
「…階級のご希望はございますか?」
「大尉辺りが妥当だろう…ある程度動ける権限が欲しい。そしてMSパイロットなら尚良いが」
「了解いたしました…私も妥当と判断いたします、シャア大佐」
…シャア・アズナプル大佐は口元を少しだけ吊り上げて、その言葉に頷いた。そんな彼の様子を見て、ポツリと呟く様にキグナンは問い掛ける。
「…これで完全に決別なさるのですね…?」
「そうだ…向こうにしてみれば相当の裏切り行為に思えるだろうからな」
自分自身は何の未練も無いが…と考える。
そんなシャアの様子をキグナンは了承している様で、再び深く頷いた。
その後も二人は色々と綿密な打ち合わせを行う。そして次に合う日を取り決めて、キグナンが荷物を片付け始めようかとした時に、シャアはふと思いついた様に言い出した。
「キグナン…ついでで良いのだが…一つ調べて欲しい事があるのだが…」

 

6分の1…しかも調整されているとはいえ…久し振りの星の重力を感じて、シャアは己の居る場所を改めて思い知る事が出来た。少しは感慨深い。
此処はキグナンが手配してくれたマンションの一室ではあるが、気が利く彼は生活用品全般、酒の類も用意していてくれた。その中の一つを味わいながら、シャアは今後の事を色々と考える。

己が地球圏へと戻ってきた理由……
表向きは「地球圏の情報探索」や「軍事技術の取得」ではあるが、自分にとっては完全に
アクシズ…あの「ザビ家の残党」との決別だ。もう二度とあの小惑星には戻るつもりはない。
あの終戦時…そのまま行方不明となって「シャア・アズナプル」を抹消してしまっても良かったのに…色々な経緯で残存の艦隊を預かって仕方無くアクシズへと流れていった様なものだ。
「ジオンの亡霊」に作り出された「シャア・アズナブル」を消す事が出来ずに此処まで生き長らえてしまった…それはある意味自分の人生では汚点として残る様に思う。
それなのにアクシズでは「シャア・アズナブル」として…「ジオン公国の英雄・赤い彗星」として生きる事しか望まれなかった。誰もが「ジオンの英雄」に多大に期待を寄せてくる。致し方ないとはいえ…自分にとっては苦痛以外の何物でも無い。しかし、己の矜持もあり、ある程度の活躍と期待には応えられたのではあるが…。
アクシズという組織はあくまでもザビ家の臣下で作られたジオン「公国」の残党であり、目的はザビ家の血に頼っての「ジオン公国の復興」だ。全ての者がそれに染め上げられている。その目的を良しとはしない自分に、それ以上何の行動が出来るというのだろうか…と思い悩んだ。
前の指導者であった故マハラジャ・カーンは恐らく自分の「本当の身分」を知っていた様に思う。
「くれぐれもミネバ様と娘を補佐していって欲しい」と生前良く言われた。マハラジャはシャアがその正体を明かす事を一番怖れていたのかもしれない。…そんな気は一遍たりとも無かったが。
ミネバ・ザビは未だ未だ幼かったが、マハラジャの娘、ハマーン・カーンは「ザビ家の臣下」としての教育をしっかりと受けている者だ。確かに若いながら聡明で指導力はあり、摂政としてもアクシズの中でなら充分にやっていけるだろう。しかし…植え付けられてしまった歪んだ思想はそうそう変えられるものではない。そして何よりも…
彼女は優れたニュータイプであった。それはジオンの思想と伴って、更に歪んで周囲も含めて、妙なエリート意識へと発展していくのを目の辺りにした。彼女やその側近の目指す処が自分には従えるわけもなく…ましてや個人的に厄介な感情も向けられた。それにも従えないとすれば、反発し合うのは仕方がない事だろう。

「アクシズ」には己の居場所は無い。それがはっきりと解った。
「デラーズ紛争」の影響での連邦軍の情報を知りたがっている彼等に、チャンスとばかりに自ら情報収集役を買って出たのだ。そしてアクシズに寄航してきた木星公団艦隊の中に、公国軍時代から付いてきてくれている部下達と共に潜り込んだ。アクシズが既に公国の残党で作られている国だとしたら…ある意味密かな亡命の様なものだった。

 

しかしながら、こうして戻ってきたといえ…自分は此処でいったい何をすれば良いのか…。
シャアは未だに己の進むべき道を見い出せていない。
今、必要なのはとにかく多くの情報だ。
取り敢えず、キグナンが用意してくれた資料を基に、連邦軍の現在の複雑な情勢はしっかりチェックしておく事にした。

 

数日後、キグナンが再びシャアの元を訪れる。
彼が差し出してきた連邦軍籍の一件書類を確認して、シャアはほう?と声を漏らした。
「…クワトロ・バジーナ…『4番目』の男か…何の偶然か?」
「お気に召しませんか?もしあれでしたら…」
「いや、これで良いさ…経歴も問題は無い」
その言葉を聞いて、キグナンはホッとした様子だった。彼はわざとこの名前を選んだのかもしれない。
「今の連邦軍はティターンズが随分と幅を利かせている様だが…案外未だ反対勢力も残っているのだな」
「一握りの権力者だげが美味しい思いをする事が納得出来ないのは何処でも同じでしょうね…」
今日の新しい資料も目を通しながら、シャアは顎に手をかけて考え込む様な仕草をした。
「さて…どちらに付くかは…未だ見極めが必要か…お前はどう思う?」
「…我々は大佐のお考えに従うだけです」
予想通りの回答にシャアは苦笑じみた表情を浮かべる。
「個人的には気にくわない人間が居る方は避けるがな…」
「それは一番重要な事ですね…」
これまた淡々と真意を言ってのけるキグナンにシャアは更に笑いが堪えられなくなった。
「ご希望のあった、アナハイム・エレクトロニクス社には密かに連絡を取っておきました…彼処にも我々の同士が多数おりますので」
「そうか…それは良かった」
「現在MSの開発が出来る企業は限られております故…この話に向こうが上手く乗ってくれれば良いのですが…」
「アレは簡単に蹴るには惜し過ぎる技術だ…乗ってこないわけがない」
自信有りと応えるシャアにキグナンは大きく頷く。
「それから大佐……例の頼まれました件も少しは調べる事が出来ました」
その言葉にシャアは思わず身を乗り出して来る。
「…解ったのか?」
「はい…しかし相当のトップシークレット扱いの様で、今の処ほんの少ししか解ってはおりませんが…」
キグナンはパパパ…とパソコンのモニター画面に資料を展開する。
「1年戦争後直ぐに…連邦軍がニュータイプの基礎研究所として起ち上げた機関がありましてね…そこのデータベースに1カ所だけ…見つける事が出来ました」
キグナンはシャアにモニター画面を見せる。
「…此処です…たった1カ所です……もしかしたら削除し忘れたのかもしれません」
その画面に乗る文字をシャアの視線は…はっきりと捉えた。

「被験者 アムロ・レイ 」

…という、それだけの文字を。

 

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どうしようもなく書きたくなって見切り発車的に始めてしまいました。タイトルは昔好きだった漫画から…色々使われていそうだ…(2010/4/25UP)