1. 隠れ旅行
『久しぶりに三人でランチをご一緒致しませんか?』
アムロはそんなメールをナナイ大尉から受け取った。
三人…というのは、自分とナナイと彼女の親友で自分の部下、MS隊副隊長でもあるレズン・シュナイダー中尉…の事である。
確かに久しぶりかも…
とアムロも考えながら、『喜んで』という返信をして、ギュネイを伴って久々の総帥府の士官専用食堂へと赴いた。
自分が姿を見せると、他の士官が一斉に立ち上がって敬礼をしてきた。
この光景も久しぶりだなあ…と思いながらアムロは軽く手を挙げて、そのままで良いという意思表示を見せる。勿論彼らも他の上官に対しては、休憩時間にわざわざこの様な行動は取らない。これは総帥夫人である自分への敬意を彼らが自主的に示しているのだ。アムロも最初は本当に恥ずかしくて嫌だったけれど…流石にもう慣れた光景だなあ、とは思う。
ネオ・ジオンの兵士達は心からシャア・アズナブル総帥を敬愛し、その妻である自分をも、同じ様にとても大切に思ってくれている。だから自分達はその思いに感謝し、応えなければならないのだから…「あ、こっちですーアムロ少佐ーーっっ」
レズンが手を振ってアムロを呼んだ。彼女の目の前のナナイも同じ様に笑顔を見せて自分へと合図を送ってくれている。アムロは同じテーブルに着き、ギュネイはすぐ傍の別のテーブルの席に座った。
「早速ですがアムロ少佐、コレどうぞ」
何やら包装紙に包まれた箱をレズンが差し出してくる。
「…お土産…かい?えっと…コロニー・オンセンマンジュウ…??」
箱を見つめているアムロにも何となく思い当たる場所があった。
「はいっ♪先週有休をとってナナイと二人で…一番有名な温泉コロニー…ユフインへ行ってきたんです」
「ああ、知っているよ、今評判の新しいジャパン式温泉コロニーだね…良かったかい?」
笑顔のアムロに二人の美人士官は更なる笑顔で答える。
「はあいっとってもとっても良かったです♪癒されましたわーっ」
「身体も心も疲れが取れて…お肌もつるつるっピカピカっっ♪最高でしたよーー」
二人の明るい姿に、アムロも自然と同じ様に笑顔となった。
「ああ、どおりで二人ともいつもにも増して綺麗だと思ったよ」
その素直な感想の言葉に「まーっっ少佐ったらっっ♪」と二人はきゃいきゃい♪喜び…ギュネイを始めとする周囲の士官達は(…見た目はいいんだ見た目はな…しかし中身がな…)と、相変わらずアマゾネスコンビと噂される女傑達に、心の中で残念がっていた。そして(いーんだっっ俺達の癒しはアムロ少佐が振り撒いてくれるっっ!)と少し間違った方向に期待するところも相変わらず…のネオ・ジオン士官達なのである。
「サイド1にあるので近いですよ、此処は…ブームのせいか、サイド6以外にも温泉コロニーが増えてきましたよねー」
「お蔭で私達も結構出掛けてしまったりー…此処以外にもですね…」
二人の話す色々な各方面の温泉コロニーの話題に、アムロは興味津々で聞き入っている。
「…で、其処の露天風呂で飲めるニホンシュの味がこれまた格別でっっ」
「ったく…恥ずかしい事にレズンったら呑み過ぎて溺れかけてぇ…もう大変だったのよーあの時はっ」
そんな話が、体験した事がない彼の地へとますます期待させるのだ。
「いいねえ…俺も行ってみたいなあ」
アムロの呟きに二人は、ハッしてから思いっきり首を縦にぶんぶん振ってきた。
「大丈夫ですっ少佐っっ…いつか必ず行けますって」
「温泉コロニーの視察…があるかもしれませんしねっ」
彼女達の心からの慰めはアムロには嬉しいものだった。
「そう…だね…情勢が落ち着いたら…家族旅行も出来るかもしれないしね」
柔らかな笑顔で応えるアムロに、盗み聞きしている形の周囲の士官達も…(アムロ少佐っ…俺達もその日の為に頑張りますからっっ)と感動的に決意を新たにしていたりして…「温泉コロニーって…行った事あるかい?ギュネイ」
「いいえ、資料でしか知りません」
そうか、とアムロはお土産の所謂温泉饅頭の箱を見つめながら、懐かしく思い出していた。
「俺は以前、地球でジャパンの本当の『温泉』に入った事があるんだよ…アレは良かったなあ」
「そうなんですか……ジャパン式ってのは…皆で裸で温水プールに入るんですよね…?」
「プールじゃないけどさ…まあそんなモノだね」
苦笑するアムロに、そんな変な事を言ったのか??と、ギュネイ全く知らない日本式の温泉風景を色々と想像してみる。そして…プールに全裸で泳いでいるアムロの姿が浮かんできて……浮かんで…
……一緒に泳ぐかい?ギュネイ……
アムロが手を伸ばして自分を誘う…そのあまりにも蠱惑的な表情…そして白い肌……そして…そしてっっ…
ぶわわっっっ
急に立ち止まってしまった護衛士官も務める部下の異変に気が付いて、アムロは何だ?と後ろを振り向いた。
「?!…ギュネイっっ!鼻血が出ているぞっ!」
「へっ…??わっ…わわわっっ?!す、すみませんっっ少佐あぁぁーーーっっ!」
大変不埒な妄想でーしかも肉体的にもアレでコレな反応をしてしまった事に、ギュネイはその場でいきなりガバっっと土下座し、アムロを更に驚かせるのだった…
「……温泉かあ……いつかシャアと…行けるかな??」
公邸に帰っても思わず気になる温泉コロニーをネットでチェックしたりして…アムロはふうっっと大きく溜息をついた。
公務でもしかしたら行ける時もあるかもだけれど…そうではなくて…
自分の本当の望みは夫婦二人っきりで、こんな観光コロニーに行ける事。
温泉でなくともいいのだ…二人だけで出掛ける事が出来たら…。
「シャアが総帥でいる間は…無理だろうな」
それでなくとも、連邦軍や旧ザビ派の輩の手による暗殺の危険とかが考えられる時なのに…。
アムロは再び盛大に溜息をついた。
「…老後の楽しみに取っておくか」
何十年後先かは知らないけれど、それでシャアが健在でネオ・ジオンが繁栄しているならね…と苦笑しながらアムロはディスプレイを閉じる。
そろそろ、その彼が帰宅する時間だ。「これは何かな?」
その夜のお茶受けに出された見慣れぬ菓子を手に取って、シャアが問う。
「ナナイさんとレズンの温泉コロニーのお土産だよ…えっと…ユフイン?ユフインマンジュウだって」
その箱を見ながらアムロが応える。
「ああ、聞いたことがあるよ。サイド1にある、最近人気の観光コロニーだね」
「ジャパン式の本格的な温泉コロニーなんだってさ…うん、このお菓子も本格的ジャパン式だね」
二人でソファーに並んで、紅茶と彼らには珍しい菓子を味わった。
何気ないアムロの様子に気が付き、シャアはその肩を抱いて自分の方へと抱き寄せる。
「アムロも行ってみたいのかな?」
やはり彼には隠し事は出来ない。
「…うん……いつか貴方と二人でね」
その呟きはシャア・アズナブルを歓喜に導く。
「…アムロ…」
抱き寄せる手に力が入り、その勢いで彼の髪や額、頬にとキスの雨を降らせた。
「こんな場所に行って、君と二人だけで静かな時を過ごせたら…と私も思うよ」
同じくシャアの言葉がアムロに無上の幸せを贈ってくれる。
「そうだね…爺さんになったら堂々と行けるかな?」
「…色々な意味で返って難しくなりそうだな」
二人は笑ってどちらからともなく唇を重ねた。
…アムロは諦めている様に言っていたが……
朝から常人では到底無理なスピードで机上の仕事を次々と終わらせながらも、頭の片隅では昨夜の会話を色々と考えている。
自分達は確かに立場上、気楽に自由に、そして勝手に出掛ける事など出来ないが。
宇宙で一番愛する妻には「総帥夫人」として、実に窮屈な生き方をさせている。その事は心から申し訳なく思っているのだ。
…私とて気持ちは同じだアムロ…どこか静かな場所で君と二人だけで過ごせたら……
今まで二人で出掛けた先は9割方公務であり、そうでない場合も結局はほぼ公務の様なものだ。新婚旅行でさえ、そんな感じであった。それは反省すべき事であり、その償いも自分は未だしていないではないか。
アムロの望みを叶えてやりたい…
今のシャアはただそれだけの事を考えて、頭の中で色々と計算をしている。
…来月なら…3日連続の休暇が取れないか?…あの件をああして、あの行事をこうして……
10秒程思案に耽っていたシャアは、ある決意をし、手元のインターフォンでナナイ大尉を呼び寄せた。
「…アムロ少佐とお忍び旅行ですか」
計画を打ち明けられたナナイ大尉は、さほど驚いた様子は見せなかった。寧ろ笑顔をシャアは見せてくる。
「よろしいかと思います。閣下も新婚旅行以来、連続休暇を全くお取りになられてませんし…何よりも奥様への素晴らしいプレゼントになりますわ」
そのアムロとの先日の会話を思い出して、ナナイはシャア総帥の決意を素直に嬉しく思っているのだ。
「計算によれば、その3日間の休暇取得は可能で問題はありません…しかし情勢を考えるに完全に二人だけで、とは無理です。最低の護衛士官はお付けください。」
「解っている…それは仕方がないのだな」
やはり残念そうな表情を見せたシャアにナナイは慰める口調で告げる。
「出来る限りお邪魔しない様にこっそりと、護衛させればよろしいですわ。それはさておき、一番の問題は…お解りですね?」
「解っているとも…だからこそ君を呼んだのだ」
シャアは苦笑しながら、椅子に深く身体を沈めた。
皆には内緒で身分を隠して、こっそりお忍びで別コロニーへ……
なーんて事をまず許す訳がない、口煩い側近の二人をシャアは呼び出し、その計画を説明した。
勿論いきなりの猛反対を受ける。
「それはあまりにも危険な行為ですぞっっ閣下!何を考えておられるのかっ?!」
「何も今実行されなくともよいのではっっ…改めてお考えくださいっっ!」
全く想像通りの反対意見を言われて、シャアはわざと困った様な表情を作って見せた。
「カイザス、ホルスト…君達が心配してくれる気持ちはとても嬉しく思うよ…だが私もこの時期にやっと計画出来る休暇なのだ」
「閣下にもお休みが必要であろう事は解っております。ですからご自宅でアムロ様と二人だけで静かに過ごされれば…今はそれで良ろしいのではありませんか?」
解っている、と応えてシャアは手元のコンソールを操作して、二人の政務官の目の前にディスプレイを表示させた。
「少しだけでもいいのだ…我々に自由な時間をくれないか?…ナナイ、説明を頼む」
「はい、閣下……お二人ともご覧ください、これが今回のお忍び旅行先の温泉コロニー・ユフインです」
ナナイの合図で温泉コロニーの風景が彼らの前に映し出される。
「本格的ジャパン式温泉を取り入れており、本物の温泉水を地球から持ってきているとの事…癒しのコロニーとして最近大人気の観光コロニーです」
普段は見慣れないジャパン式温泉宿の映像を、老齢の二人は少し興味のある視線で見つめていた。
「この区域は宿によって温泉の質が違い、それぞれの効能を競っておりますが…今回の計画で予約するこちらの高級宿と、此処の温泉の効能をご確認ください」
そして宿の設備説明などの画面が次々と展開される。
「かなりの高級旅館故、VIPやセレブ御用達宿として有名です…ですので警備体制もしっかりしておりますし、訳ありの有名人などに対しても、プライバシー関連でのかなり細やかなサービスがあります」
ううむ…と側近二人は考え込んだ。
「故に総帥夫妻が喩え偽名で訪れたとしても、安全で静かに休暇を過ごされる事が出来るでしょう」
画面は最大のウリである、温泉そのものの説明へと移る。
「此処の泉質はナトリウム・塩化物硫酸塩泉となっております。効能は筋肉痛・神経痛・動脈硬化症・慢性皮膚炎・慢性婦人病など……そして不妊症に効果があるとも有名です」
ナナイの声も強調されていたが、ディスプレイ上のフォントも何故か他より4倍くらい大きい……
『…そうか……い、いやいや待てっっアムロ様には関係ない…はずだっ!』
思わず納得しかけて、二人の政務官は慌てて首を振った。
「…以上、こちらの温泉を選んだのは何よりもアムロ総帥夫人の為なのです……
是非とも総帥夫人のその胸中をお察しくださいませ」
ナナイは全く嘘は言っていない。ただちょっとある部分に力を入れてみただけだ。
ディスプレイ上には「子宝の湯」と大きく説明された、その光景が映し出されていて、その画面で止まっている。
何故か無言になってしまったカイザス首席政務官とホルスト政務副官である。
『…アムロ総帥夫人……子宝の湯に行きたいとは…やはり色々と悩んで………い、いやっだからっっ!総帥夫人は…男なのであってっっっ関係ないのだからっっ…』
『アムロ様…今、そんなに思いつめられなくとも…時間が経てばまだご懐妊の望みは……ち、違うなっっアムロ様は…ご懐妊される事はない身体だっっ…つい当たり前の様に考えてしまうなっイカンイカンっ』
う〜う〜っっっ…と悩んでいる様子の二人の老人に、ナナイはニッコリと美しい笑顔を向けた。
「さて…お二人とも、今回の閣下のご計画に、勿論賛同してくださいますわよね?」
「お…温泉?!行けるの?!…しかも隠れ旅行だなんてっ…よ、よく許してくれたねっっ」
シャアからその計画を打ち明けられて、アムロは本当に心から驚いた。
「ああ、その点も大丈夫だ。私人として行けるよ…アムロ」
思わずシャアのその逞しい首に抱き着く。
「うんっうんっっ…嬉しいっっ凄く…嬉しいっっっ!」
そんな妻の様子に色々と反省しながらも、シャアはその愛しい身体を強く抱き締め返して
「私もだよ」と甘く耳元で囁いた。「やっぱり護衛は連れて行かないとダメなんだね…」
「ああ…やはり最低でも4人。それはカイザス達もナナイも譲れないそうだ。致し方ないな」
アムロはシャアの作成したその計画書を見つめて何事か思案していた。
「あのさシャア…どうせならこの4人のうち2人は、NT能力で選べば…皆をもっと安心させられるかな?」
シャアの眉間に思いっきり深い溝が出来て、その傷を隠す。
「…必然的にあの2人となるのだが…」
「ついでになっちゃうけど、頑張っている二人にもご褒美あげたい気分にならない?」
「全くもって、全然その気にならんな」
「…もうっ器量が小さい物言いだねっ」そして色々とあったり…まあ色々としてもらったり…で、
結局は奥様のお願いを聞いてあげる事になってしまい、些か不満のシャア総帥だったが…
奥方がとても嬉しそうなので…まあ仕方ないと自分を納得させた。
いよいよ…
総帥夫妻の、決して「静か」とは言えない、お忍び温泉旅行が決行される事になったのである。
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温泉行きたいので、こんなの始めてみました…(苦笑) 2013/1/23UP