2.着いたらすぐに

 

 

「この観光コロニー、いつか行きたいと思っていたんですよー…本当にいいんですか?アムロさん」
「勿論だよ、でも休暇中でも護衛を兼ねてもらう事にもなるから…申し訳ないんだけれど…最強NTのカミーユが一緒なら納得してもらえるかなって」
「全然平気ですっっ任せてくださいっっ!湯船の中でもアムロさんにピッタリとくっ付いて全力で俺が護衛しますから♪」
「……貴様…その台詞を私の前でよくも堂々と言えるものだな」

ゴゴゴゴゴ…と不敵なプレッシャーが取り巻く、総帥夫妻用のリビングルーム。
「シャアったら大人気ないなあ。カミーユも本気で言ってるわけじゃないだろうに」
とアムロは苦笑しながら夫を宥めるが、
「…本気だけどな」
とボソッと小さく呟いた声をシャアは聞き逃さないのだった。
「カミーユ…お前は軍医であり且つネオ・ジオン兵士の一人である事は忘れるな。総帥夫妻のお忍び旅行に着いて行く任務を理解しろ」
「そんなに大袈裟に考えなくても全然大丈夫だからね、カミーユ」
思いっきり温度差のある彼らの会話を、カミーユはいつもの事だとそれぞれ受け流す。そして宿泊先だと告げられた日本風旅館を画面で確認しながら、思わず溜息が零れた。
「凄い高級な場所ですね〜完全にセレブ御用達…一般人はまず泊まれない所じゃないですか」
「俺は別にそこまで高級でなくとも良いと思うのだけど…シャアがどうしてもってね」
「プライバシーとセキュリティ面を考えて、当然の事だよアムロ」
ビシっと言い放つシャアに対して、アムロは未だ納得してない様子ではあった。
「だってさ…贅沢じゃないかなー…って…」
「経費は全て私の私費だ。全く気にする事は無い」
そして視線をカミーユへと向けて、シャアは更に強い口調で言い放った。
「だからカミーユ…一介の軍医如きが支払えない宿泊費でも
全く気にする事はないぞ?」
……いくつになるんだよっアンタっっ!…とその大人気ないドヤ顔な表情を見て、カミーユは素直に腹が立ってきた。
「もう…一言多いよ」
とシャアの頭を小突きながら、アムロは笑っている。その笑顔が本当に心から嬉しそうで…
…解っているさ…アムロさんが大尉と外で過ごせる…初めての休暇だって事は…
自分はいつだって彼の幸せだけを願っている。そしてそれはシャア・アズナブルの幸せと同じものである事も…解っている。
それでも、色々とちょっかい出したくなってしまうのは…ただ単に自分の我が儘なのだけれど。

 

そして翌月…
いよいよ…お忍び旅行の日となった。
スウィート・ウォーターからまず月都市フォン・ブラウンへ行き、そこから民間シャトルでサイド1へ…そういう計画だ。
フォン・ブラウン・スペースポートのVIP専用待合室には、本人達は「至って普通の富裕層」を装っているのだが、傍から見ると妙に目立つ4人組の姿があった……
エア・ユナの係員がサービスの飲み物を運んだ後に、
「あの個室の4人は謎だわーっっ…いったいどういう知り合いなのかしら??…美形ばかりだけどー」
と同僚とヒソヒソ話をしてしまったくらいである。
その中でも一番目立つだろうの金髪碧眼の超美形青年は…奥方の肩を抱き寄せて、髪や頬へのキスを繰り返していた。
「君とこうして時間が持てるのがとても嬉しいよ…邪魔者が着いているのが残念だがね」
「そんな風に言わないでよシャアってばー…二人とも一緒の休暇だと思って楽しんでよね?」
笑顔のアムロにカミーユは「勿論ですよ、アムロさん」とやはり笑顔で返すが、もう一人の護衛役であるギュネイ・ガス中尉は無言である……表情は蒼白で大変強張っていた。昨夜からずっと胃の痛みを感じているのだ。
…俺はアムロ少佐の護衛士官だっっ…少佐の為なら休暇中だって何処でも着いて行く気はあるさっっ…しかしーっっしかしだっ!今回のはアレだっっ…メンバーが…メンバーが悪過ぎるっっ!
うううーっと吐き気さえしてきた。
そんな彼の様子を気の小さい奴めっっと横目で見つめながら、カミーユは小さな袋を手渡した。
「胃薬を飲んでおけ。いざという時に役に立たなかったら困るからな」
その言葉には素直に従う事にするギュネイである。
…もーホントっっいざという時なんて来ないでくれよーっっっ!
心の中で叫びながら、ギュネイは胃薬を一錠、そのまま飲み込んだ。そしてそのあまりの苦さと性悪医師の黒い微笑みに、己の立場の弱さを呪った。

今回の夫婦のお忍び旅行で、表向きに一緒に行動するのは自分とカミーユだけだが、一般人はまず気が付かないだろうの距離から、他の護衛士官達がちゃんと見守ってくれているのだが…。
だが本当に何かあったらっっと考えるとますます胃が痛い…薬なんて効くものかっ!
何もなくても、このメンバーと3日間も行動を共にする事は、ギュネイにとってはホンキで胃に穴が空くストレスをもたらすのだからして。
「ギュネイ、大丈夫かい?…やはり…迷惑だったかな」
アムロが身を乗り出す様にして、心配そうに声を掛けてきた。
(迷惑だとか思ってみろ…それだけで死に値するぞ)的な、赤と蒼のプレッシャーをギンギンに感じながら、ギュネイは思いっきりブンブンと首を振った。
「そ、そんな事はありませんっ少佐っっ…ちょ、ちょっと緊張しているだけですっっ」
アムロはいきなりギュネイの右手を取った。そしてちょっと小首を傾げて優しく応える。
「そう緊張しないでギュネイ中尉…君の休暇でもあるんだよ?」
「…あ…はい…少佐…」
彼の手から流れてくる温かい波動を感じて、ギュネイの頬が思わず赤くなる。
その途端に後頭部を殴られる様な殺意のプレッシャーがゴンっっと襲ってきた…二重で。
「もっ…申し訳ありませんーっっっ!閣下っっ」
思わずギュネイは自分の最高上官に向かって思いっきり頭を下げた。
「その『閣下』や『少佐』という言い方も止めた方が良いな。軍人である事が解ってしまう」
シャアが真面目な表情で考えている。
「…じゃあなんて呼べばいいんですか?『大尉』」
ほぼ嫌味でカミーユが問い質した。
「ふむ…では私の事を『
旦那様』、アムロは『奥様』でどうかね?従者諸君」
「…………
死んでもまっぴらゴメンですねっっっ!!」
カミーユからは本気の殺意を感じて、ギュネイは慌てて身構えてしまうのだった。

 

サイド1へと向かうシャトルではファースト・クラス…これまた贅沢だとは思うけれど、今回は素直にシャアの好意に甘える事にするアムロである。
「ジャパン式の温泉は私も始めてだな…楽しみだよ」
そう言いながら自分の肩を引き寄せるシャアのテンションは明らかに高い。今朝からアムロはずっと思っているが、今はそれも素直に嬉しいのだ。
「じゃあ俺が色々と教えてあげるよー」
ちょっぴり自慢げに話し出すアムロは可愛いな、とシャアはいつもの様に愛しげに彼を見つめる。
「旅館に着いたらすぐにお風呂入るのはダメなんだよ。移動の疲れを取ってから、温泉にはゆっくり入らないいけないんだってさー」
ほう?とシャアは呟いて不思議そうな表情をした。
「疲れを癒されたくて行くのに、疲れを取ってから入らないと駄目とは…なかなか複雑なものなのだな」
「そうだよねえ…熱いからダメなのかなあ?」
「温泉が普通のお湯ではないからでしょう?」
後ろからカミーユが応えてきてアムロは振り向いた。
「地球の地中から湧いてくる温水なんですよね?鉱水やガスなども混ざっているでしょうし、全ての身体にプラスに働くかは解りません。水圧と温度の関係で血圧にも影響します。疲れている身体で入る事は医者としてお勧めできません」
「へえー…なるほどね」
キッパリ言い放つカミーユにアムロは感心し納得する。
「やっぱりカミーユが一緒だと心強いね」
その言葉に座席越しに身を乗り出して、カミーユがアムロの肩に手を置く。
「ええ…俺は誰よりも貴方に頼られる男になりたいんです…アムロさん」
熱のこもった言葉と視線で妻を見つめる男の行為を、この宇宙一の愛妻家が許すはずはない。
「医学的な分野だけでな、離れんかっカミーユ」
「少し触ったくらいでーホント器量が小さいですよっっ大尉はっ」
…ああーっっまたもや良く見慣れた光景になってしまったーーっっ!
とギュネイの頭痛と胃痛は更に強くなるのであった……

 

「当旅館にようこそお出でくださいました…クワトロ・バジーナ様」
その偽名を使ったんかいっっと脳内でツッコミされながら…確かに見た目はその彼と同じ風体でシャアはチェックインの手続きを済ませていた。
「家族で静かにゆっくりしたいのでね…その点はよろしく頼むよ」
「はい、滞在中は私どもを信用なさってくださいませ」
男四人で不思議な組み合わせだと思われるだろうが…その詮索もなくプライバシーは完全に守られる、だからこそ選んだ場所である。

完全日本形式の離れの宿を二部屋…
シャアとアムロ、カミーユとギュネイという当然の組み合わせなのだが。
「チッッ…やはりアムロさんと一緒の部屋ではなかったか…」
と舌打ちするカミーユに、
「向こうはご夫婦なんだぞっっ!当然の結果だろうがっっ」
と空しくも抗議してみるギュネイだった。

本館よりかなり離れた場所、日本式庭園の隅に静かに佇む…つまりは日本式旅館のスイートルーム…というわけである。
日本式の旅館…というだけでもアムロは心踊る。此処は本当にコロニーの中とは思えない…昔行ったあのジャパンの温泉地を思い出す景色だ。
途中でカミーユ達と別れて別々の建物に通された。
その内装にも二人は感嘆の声を上げながら、案内してくれた者の施設の説明を聞いた。その後に彼女が日本のお茶を入れてくれる様子を、アムロはしっかりと観察して(よしっジャパン式にも覚えたっっ)と心の中でガッツポーズをする。
広い部屋のリビングルームは洋式であったが、寝室は…
「うわあっタタミの部屋だっっ当然フトンで寝るんだね♪」
と、あちこち探検しているアムロがはしゃぎまくっている。
「部屋にも露天風呂がついているんだーっっもう入れるみたいだけど…すぐに入っちゃダメなんだよねー」
「そうだったな…取り敢えず少しゆっくりしようか、アムロ」
露天風呂の様子を色々と見ていたアムロが室内へと戻ってきて、シャアの傍へとやってきた。
「ありがとうシャア…本当に素敵な所だね」
「その言葉で私の全てが癒されるよ…奥様」
シャアは微笑しアムロの細い腰を抱き寄せて、甘い口付けを贈った。
「本当に二人で過ごせる休暇なんだね…夢みたいだ」
「私もそう思うさ」
まあちょっとオマケは着いているが…それは今は許容範囲内だ。
二人は抱き合って、先程よりもっと甘いキスを交わした。

そしてこれから、騒動やら事件やら…の総帥夫妻温泉滞在記…が幕を開けるのであーる。

 

 

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バレンタインだけど温泉話ですよ…(苦笑) 2013/2/14UP