《  最後の恋人 ・ 1 》

 

「…ううむ…見れば見る程に……」
ずっと凝視しているモニター画面の前で唸らずにいられない。
「…なんて…凄い贅沢な技術を沢山…詰め込んでいるんだろうか…」
ピピピと軽快な音と共に次々と情報が展開されて行く画面を確認しながら、アムロは軽く溜息を付いた。
「でも…此処まで遠慮無く作らせて貰った技術員達は…幸せだったろうなあ」
アムロが今見ているもの…
それはネオ・ジオン軍において最高機密に分類されるMSN-04サザビー…の設計図であった。

サザビーは所謂ジオン系MSの集大成とも言える機体だ。元々MS関連の技術そのものは最初に開発したジオン系のモノが遥かに優秀なのは周知の事実である。アナハイム・エレクトロニクス社が元公国系の企業を買収した事によって、どれ程に工業技術的な福音を得ている事か。
元々のお膝元であったグラナダ工場で「新生ネオ・ジオンの象徴」であり「総帥専用機」として作られたワンオフの機体…今持てるMS関連の全ての技術をあらゆる形で最高の状態で集約し、取り入れ…それでいて一切の無駄が無い。
「ネオ・ジオンの象徴…か」
アムロは今度は本当の意味での溜息を付いた…。

アムロが今こうしてサザビーの設計図を確認しているのは理由がある。

3日前にMS総隊長として総帥直々の呼び出しを受けた。
----何だろう?今朝は何も言ってなかったのに……
「大した用じゃ無かったらただじゃおかないぞっ…俺だって忙しいんだからなっ」
アムロが久し振りの総帥府に出向くと、多くの兵士や職員が彼に向かって敬礼や会釈をし、笑顔を向けてくる。それに応えるアムロは…正式に「総帥夫人」となって3ヶ月。最近やっとコレにも平気となり慣れてきた。皆「総帥夫人」としてのアムロを迎え入れているのだ。しかし慣れてはきたとはいえ…やはり何となく気恥ずかしいのは否めない。
ずっと護衛に付いてきたギュネイ中尉に1階のカフェで待機する様に伝える。そのまま直ぐに総帥執務室に直結エレべーターで上がっても良かったのだが、「わざと」秘書官を通す事にした。
「はい、伺っておりますが…」
秘書官の笑顔と言葉には明らかに「総帥夫人なのだからこちらを通さずともそのIDはフリーパスでしょうにー」という意味が込められていて何となくモヤモヤする。
総帥執務室の入り口前に居る警備兵も以前と同じように笑顔でアムロをドアへと促した。
最敬礼状態で入室してきた「妻」をシャアは苦笑して迎えたが、自分も敬礼でそれに返す。
「…この度はどのようなご用件でしょうか…総帥閣下」
機嫌の悪さを直ぐに察知できる言い回しである。
「いや…家で説明するよりは此処での方が、アムロには良いかと思ってな」
アムロのワザとの様な態度に対してシャアは全くの普段通りであった。立ち上がってアムロの側に歩み寄りその身体を引き寄せようとする手を、「総帥夫人」はペシっと軽く叩く。
「勤務中ですっっ」
「…ふむ…挨拶もさせてくれないのかね?」
どうやらかなりご機嫌斜めだなと判断し、再び苦笑しながら…
シャアは彼に小さなデータディスクを手渡した。キョトンとするアムロ。
「…?…何これ?」
「サザビーの設計図のデータが入っている」
「え……?」
確かに最高機密であるソレは一度は見てみたい、と常々思ってはいたのだが…。
「何故今頃…しかもわざわざ呼び出してまでコレを…?」
不思議そうに指先のそのディスクを見つめながらアムロは疑問を口にする。
「ただ設計図を手渡すだけでは無いのだよ…アムロ」
「だから…どういう事だ?」
「サザビーの操縦権限を君にも与えた。今日設定が完了したそうだ」
「…なっ…?!!」
驚きに元々大きめの琥珀色の瞳が更に見開かれる。
サザビーは「ネオ・ジオン総帥専用機」である。メンテナンス等の為の起動は通常に出来るが、操縦となると「総帥のみ」しか出来ない仕様になっている。最初にシャアの生体認証が必要なのだ。
「…そりゃ…確かに操縦してみたい…とは言ったけど…」
そこまで俺に甘くていいの?という目で訴えてみる。しかし自分に向けられるシャアの表情は決していつもの甘いものではなかった。
「そういう意味ではないのだ…アムロ……これは『総帥夫人』としての権限だと思って欲しい」
「だからさ…いくら俺がシャアと結婚してても…こう簡単に…」
「まだ解らないのか?アムロ…」
シャアはアムロの両肩を掴んで真っ直ぐに彼の妻を見つめる。
「私に万が一…何かがあった時に…君は『総帥夫人』として『ネオ・ジオンの象徴』を動かす必要がある、という事なのだよ」
「…?!!……っっ…!そ…それって…」
アムロの瞳が更に見開かれ…そして表情がみるみる強ばってゆく。
「万が一っ…てっっ?!そっ…そんな事…!」
「…私はその『万が一』の事態を考えていない程に脳天気ではないぞ?アムロ…」
指でその柔らかい頬を優しくなぞりながら、シャアは言う。
「自分の無き後のネオ・ジオンの事などは…正直色々と考えているわけではないが…」
じっと表情を覗き込むと、その綺麗な琥珀色の瞳が複雑に揺らいでいるのが判った。
「だがサザビーだけは君に託す…それは今も私の明確な意志だ」
「……シャ…ア……」
「その責務は『総帥夫人』として君に負って貰う事になるが…君の事だ。私の妻になった時にその覚悟は出来ているだろう」
喩えシャアが倒れたとしても…サザビーという総帥専用のMSが残り、それが戦場を駆け抜けるのであれば…軍としての機能は辛うじて保てるだろう。住民にも希望が残るかもしれない。『象徴』とはそういう事だ。シャアはそれをその期待を全てその一身に受けている。自分はそのシャアを支える妻という立場になった。そしてその自分だからこそ出来る事…その『象徴』を引き継ぐ事…その機体を駆って戦場に出る事…。
…確かに覚悟は出来ている…出来ているのだが……
「…解っている…けど……解っている…けれ…ど…」
言葉で言い表せる程に単純な問題でもないのだ…。
------解っている…死の瞬間も一緒に居たいと願っても……
------最後まで貴方の側に居たいと願っても……

…それが叶わぬ現実も存在する、という事も………

アムロはいきなりシャアの首に抱きついた。
「……それでもっ……嫌だ……!」
「アムロ…」
「…一人…残される事…考えるのは…絶対に…嫌だよ…っっ!」
シャアはその震える身体を強く抱き締めて、それは私も同じだよ…と優しく耳元で囁き…アムロの唇にそっと口付けた。

唇を離してアムロの頬をそっと拭ってやる。
「…泣かせるつもりは無かったのだがな…悪かった」
「…ううん…ごめん……俺…こんな事で…」
泣くなんて情けないね、と呟く。笑顔を作ろうとするが…出来なかった。
自分の覚悟も本当に不甲斐ないな、とアムロは思う。
サザビーを操縦出来るという事…。
それはメンテナンスやテストの為だけでなく…「総帥」という立場が居なくなった時に自分は「総帥夫人」として…どう行動するかという事を考えなければならないのだ。
そんな未来が来るとは限らない。しかし絶対に来ないと言い切れない。だからこそ…。
…貴方が居ない未来なんて……今は考えられないんだ……
それが甘い考えなのだ、と頭ではちゃんと理解している。
そして…その覚悟をシャアが決めているという事が……何よりも辛かった。
自分の胸の中で静かに泣いているアムロの頭や背を撫でながら…
シャアはやはり時期が早過ぎたのだろうか?…と少しだけ後悔をする事になる。

 

「少佐がサザビーのテスト操縦を…ですか?」
「うん。新しいシステム・プログラムを組み込んだんだ。明日はそれで外に出る事になる。ギュネイは留守番を頼むね」
「えっ?!当然俺も行きますよっっ!!」
慌てる様子の部下にアムロは窘めるように言い放つ。
「…ヤクト・ドーガは今使えないだろう?装甲新しいのに取り替えている最中なのに…ギュネイ付いてきても…あまり意味が無いんじゃないかな?」
意味が無い、と言われて思わず愕然とショックを受けてしまうギュネイ。
「留守番は嫌ですっっ!!俺は少佐の護衛としてついて行きますよっっ!!MSはギラ・ドーガでも充分なんですからあーっっ!!」
「ううん…護衛も要らないと思うケド…なあ」
絶対に行く、と譲らないそんなギュネイを、アムロは苦笑して見つめるしかなかった。

 

このテストはほとんど極秘に近いものであった為、流石に旗艦レウルーラは出せないので…
通常戦艦にサザビーを搭載し、サイド3に近い宙域へと移動してきた。
MS格納庫ではメカニックマン達がMS発進前として慌ただしく動き回っている。
アムロはサザビーの開かれた頭部コクピットに居た。
「今回のテストは、新システムでの機体の反応値計測と調整…そしてアムロ少佐の認証テストも兼ねております。このサザビーは少し操縦が他のMSより扱い辛い処があるようです…少佐は初めて操縦されるのでしょうから、あまり無理は為さらずに…」
サザビー担当のチーフメカニックマンから色々と説明を受けながら苦笑して答える。
「うん…まあ…一度少しだけ触った事あるけれどほとんど初めてだね」
結婚前に家出騒動の時に少しだけ。
「ああ…そういえばあの時…コホンっっ!まあとにかく『慣らし』とでも思って頂ければ良いと思いますよ。扱い辛くてもどうかあまりお気になさらずに…」
「解った…ありがとう」
「……アムロ少佐ーっっ…」
ふと、下から自分の名を呼びながらスーッと上がってくる部下に気が付く。
「?…どうかしたのか?ギュネイ中尉」
ヒョコッと顔を出してきた当のギュネイは…何故かかなり心配そうな顔をしていた。
「あ…いえ…その…何というか…」
「何か気になる事でも…?」
「ええ…まあ……少佐が…あまり楽しそうじゃないのが…気になります」
その発言にアムロは少しだけ眉を顰めたが…笑顔を作った。
「総帥専用機を任されたから緊張しているだけかな…?心配要らないよ…ギュネイ」
…そうか?…とギュネイは考える。
以前はあれ程までにサザビーに乗りたい弄りたい…と言っていたクセに…今それが叶うというのに…何故少佐はそんな寂しそうな表情をしているのだろうか?
しかし心配要らないと言われてしまえば…それ以上詮索する事は自分の立場では許されない。
「…しかしー…少佐が座るとこのシートにも結構余裕ありますねえ」
「…………そうかも……」
こんな事で体格差がありありと解るのがなんとなく悔しい。
「そろそろ出るよ…ギュネイ中尉はブリッジで待機していてくれ」
「はっ!了解致しました」
敬礼しながら去っていく部下を見送って、アムロはチーフメカニックマンに声を掛けた。
「…いいよ…出ます」
「了解しましたっお気を付けて!………サザビー、出るぞっっ!!」
総員待避のアラーム音が響き渡る。コクピットがゆっくりと閉じられて、アムロの周りには全包囲にモニターが展開された。
「…さて……機嫌良く…良い子でいてくれよ?」
日頃慣れ親しんだ操縦桿とは少し形の違うそれにそっと手を合わせる。
カタパルトの発進準備がオールグリーンとなった。
「アムロ少佐…サザビーで行きますっ!!」
いつもとは違うメインスラスターの発射音を聞きながら、アムロは宇宙空間へと飛び出して行った。

 

サザビーの流れる様な動きをギュネイはブリッジから凝視している。
「流石はアムロ少佐だな…初めての操縦であんなに滑らかに行くのか…」
その呟きに、モニターを確認していたオペレーターの一人が応える。
「総帥の操縦するサザビーとはやはり少し違う感じがしますね…どちらもスマートではありますが」
「アムロ少佐なら立派にサザビーも乗りこなすだろうな…頼もしい事だ」
そんな会話を耳にしながらギュネイは素直に考える。
------少佐がサザビーで戦場に出る事なんて…まず有り得ない…よなあ?

 

「電荷安定値収束補正クリア……センサー反応…サブ、メイン、マルチ共に良好……サブセンサーは0.35R値修正…と」
機体を宙域で旋回させながら、次々に展開される各部位の様々な数値をアムロは全て確認していく。
ピピピと軽快な操作音とモニターが画面展開される音…映し出される多くのデータを彼は目に捕らえ驚くべき速さで処理していった。
「各ケーブル伝導率共に異状無し…アポジモーターは……NO.15から19は調整要…だな…少しニブい」
「ショルダースラスター、レベル5までオールクリア…ブースターリンクとも問題無し…脚部スラスターは4機…レベル4に固定……何だ?この右の調整値…ああ、シャアの癖に合わせてあるのか」
大体の数値を調整して、さすがに神経を使ったなあ、と大きな溜息をついた時に…艦のオペレーターからの通信が入る。
『アムロ少佐…次はサイコミュデバイスのテスト行きます。よろしいですか?』
「解った…今パターンを切り替える。その60秒後にテストターゲット射出」
『了解。合図60秒後に射出します』
通信を切った後にアムロは両腕を上げて大きく伸びをした。
「さて…ファンネルね…俺の脳波パターンでやるから…シャアの時にどうなるかは解らないけど」


「ふーんっっ…普通のファンネル…少佐はああいう攻撃パターンで使うのか…」
自分や総帥ともまるで違う…アムロのファンネルの動きに妙に感心する。ヤクト・ドーガのファンネルはサザビーと同じ種類のものだ。大いに参考になると頷く。
全てのターゲットを撃ち落としてからアムロは艦に通信を送った。
「オペレーター…ターゲットが29機しか無かったぞ。もう1機はどうした?」
『…申し訳ありません、少佐…コントロールが不能になってロストしました』
「…何をやっているんだか…放っておけないな…捜してくるよ」
『 えぇっ?!確かに放っておけないですけど…待って下さい少佐っっ!』
サザビーが急に方向転換し画面から消えたのを見て、ギュネイは驚く。
「おい…どうしたんだ?」
「少佐が…こちらがロストしたテストターゲットを追っていってしまいました…」
「…?!…サイド3宙域にかなり近付いているぞっ…サザビーの位置をちゃんとトレースしているんだろうな?!」
「は…はいっ…それはもちろんっっ!」
ギュネイは急速に感じるこの胸騒ぎを…とても不安を感じていた……

 

「…アレか…」
かなり離れた位置でターゲットを見つけたアムロはファンネルを一機、飛ばしてそれを正確に墜とす。
「結構…奥まで来ちゃったな…」
直ぐ側に廃棄コロニーを認めて、少しだけ不安に駆られた。
「……何だ?4時の方向のこの反応値……機雷群か!」
あの一年戦争時…サイド3は本土決戦をも覚悟し、その備えとして機雷や小惑星を地雷原の様に改造したモノを外周に配置したコロニーもあるという。
「長居は無用だな………んっ…?!」
いきなりモニターに強力な磁力線反応が示された。
「何の磁場だ?……って……かなり強力な……っっ?!!」
機体が引っ張れる感触があった。しかしこれくらいの磁力線ならば、サザビーのパワーであれば余裕で充分避けきれる。そう考えリバースブースターをかけようとした時に…
モニター画面が次々と消えていくのが目に入る。
「…なっっ!……システムダウンかっっ?!何でこんな時にっっ?!!」
何という事だっっ!とアムロは思いっきり舌打ちをした。
「ブースターっっ!保てよっっ!!総帥専用機だろうっっ?!お前っっっ!!」
徐々にコントロールが利かなくなっていくのが解る…。機体がどんどんある場所へと引き摺り込まれる様な感触を感じ…
「…お前…やっぱり俺を乗せるの…気に入らないのかい?」
ポツリとアムロは呟いた……

 

NEXT

BACK

--------------------------------------------------------------
実はまだ新婚サン、結婚後3ヶ月経たないくらいのお話。
元々お蔵入りでしたが…何となくボツにするのが惜しい気がして加筆修正しました。
私だけが楽しい内容なんですけど…あはははは (2009/3/22UP)