《 なにをして欲しい? ・1 》

 

 

ネオ・ジオン軍のモビルスーツ隊のレベルは高い…
まあそれは新米パイロットの多かったロンド・ベル隊と比較して…ではあるが。

アムロはそのヒヨコ達をそれはそれは鍛えに鍛えて鬼教官としての日々を送ってきたのだが、それでも実際にマトモに作戦を任せられるパイロットはほんの数人しか育たなかった。実戦不足は否めなかったとしても、その結果に対しては今でも素直に悔しい、と本気で考えている。

それに比べるとネオ・ジオン軍MS隊の連中はなんと「鍛え甲斐のある」事か!
組織が組織だけに、意志の統一も図られているし、こちらも若いパイロットが多いのではあるが、中には一年戦争経験有りである自分より年上のベテランパイロットも数人居る心強さがある。
ネオ・ジオン軍のそれまでの訓練方式の良い部分は残して、徐々に「アムロ・レイ方式」に変えて行った。彼らに抵抗はあるだろうな、と思いつつ無理を承知で我を通させて貰ったが…意外に全員が大人しく従ってくれている。
それも恐らくもう一つの肩書きの「総帥夫人」という言葉が効いているのかもしれない、と素直に思う。ネオ・ジオン軍MSパイロットの大部分は元「赤い彗星」のシャア・アズナブル総帥に心から敬意を払っているし、その総帥が総隊長と決定した人物なのだから…反抗のしようがないのかもな、と。連邦軍と違って、たった一人のカリスマ性によって統一されている軍隊だ。それも当然有り得る…とアムロは思っていた。

その考えは少なからずも当たっている部分もあるのだが…本当の理由は別のトコロにあるのをアムロ自身は気付いていない。

MS隊の連中だって初めてそれを聞いた時は当然驚いた。
「連邦の『白い悪魔』が亡命してきて、自分達の上官となる」
「しかも我らが敬愛する総帥と『結婚して』…というオマケ付き」
あまりにも悪戯過ぎて皆、頭が混乱し、この先の不安を感じた。しかし総帥自身による決定には「絶対」を伴うネオ・ジオン軍であるので、当然反対など出来るワケもなく…。
そんな大いなる不安の中で、実際に就任したアムロ・レイ少佐を見た。全員が「意外」と感じた。一年戦争後のメディアや情報などで、彼の画像や映像を知っている者も多かったが…実物はまるで違う。パッと見た目はごく普通のまあ見栄えは良い方に入る青年か…くらいなのだが、その放つオーラが普通の人間とはまるで違うのだ。「連邦の白い悪魔」という自分達の持つ予備知識が逆にそれを反比例させたのかもしれない。彼の醸し出す雰囲気は不思議と温かく優しく…とても心地良い。そしてナナイ大尉命名の「意外に可憐でドキドキしちゃうオーラ」があった。それに触れて「総帥の気持ちが解るっ!」と納得した者が多数。
MS総隊長、上官としてのアムロは人当たりが良く穏やかで…だが厳しい処はきっちりと厳しく。理不尽な事は強要はしない、しかし個々のレベルは相当の高くへと望む。当然の如く、通常の戦闘シミュレーションに於いても模擬戦に至っても、彼に勝てるパイロットはおらず…またメカニック部分の知識も豊富で整備部門とのパイプ役としても理想過ぎる程の適役である。
本当に理想の上官であり、理想のパイロット…そして自分達の大事な「総帥夫人」でもあるのだ。権力的部分で正確に言えば、ネオ・ジオンでbQであるその地位を決して表に出す事がない。彼の人柄に触れれば触れる程にこの「ネオ・ジオン随一のアイドル的存在」に惹かれていく…そんな行程をMS隊の連中はほぽ全員が踏んできたのである。ましてや連邦からの亡命軍人パイロットは元々生粋の「アムロ・レイ信奉者」だ。
今ではもうMS隊は「アムロ・レイ少佐ファンクラブ」と化しているのではないか…と噂されている。ほぼ事実に近いその状況は、ナナイ大尉に言わせれば「戦略的に大成功」らしい。

まあ自分に向けられるそんな憧れ&ドキドキ視線には全く気付いてないのが、彼らの「総帥夫人」の性質なのであった。

 

ネオ・ジオン軍MS隊の現在の構成は、正規パイロット・パイロット候補生も含めて150人程である。それを8つの部隊に分けてそれぞれに小隊長を置き、小隊長の中から3名の副隊長が任命されている。主力モビルスーツであるギラ・ドーガはアムロが就任した時にはちょうど100機、配備されていた。その約半年後に更に30機の追加発注をアナハイム社に行う。(ちなみにアムロ少佐はこの時に「君が駆動系を見直してくれたお陰で、かなりコストダウンになったと財務局が喜んでいたよ」…とシャア総帥からお褒めの言葉をいただいた)
MS部隊の人員は今後もますます増える予定である。それに合わせてMS数、艦隊数も増えていく事になるだろう。数基のコロニー群が持つ軍隊としてはかなり大きい方かもしれないが、連邦軍と比較すれば、当然まだまだ小規模なのが事実である。全面戦争になったら、確実に物量対戦で負けるだろう。
ただ少数精鋭であれば、当然相手に脅威は持たせられる。
現在のネオ・ジオン軍に最も必要なのは「連邦からの完全な独立」という目標に向けて、その連邦軍に対して与える「脅威」…なのだ。争う事が無い時代に軍隊が持つ最大の存在理由は「威嚇」である。それを如何なく発揮する為には、連邦軍が戦う事を危惧する程の精鋭部隊として更に鍛え上げなければならない。
…そして、万が一にも本当に戦う事態になってしまった時の為にも…である。
自分は戦いを避ける為に此処に来た様な気もするが、結局は戦いに備えて兵士を育てている…この大いなる矛盾を感じる時に自分一個人の力の限界を知るアムロであった。
ただこのネオ・ジオンには、その一個人の力で歴史を変えられる人物が居る。だからその彼の為に与えられた自分の責を果たす。ただそれだけだ…といつも思う。
自分がそれを告げると、当の本人が「私はただ君との幸せな生活を永遠に維持したいが為だけに…日々努力しているのだよ」と笑う。「ただ君の為だ」と…そして「ただ貴方の為だ」と。
こんな単純な言葉だけで、今の宇宙の平和は保たれているのを…いったい幾人が知っているのだろうか?

 

その日、アムロはMS部隊の全正規パイロット達を専用ブリーフィングルームに集めて、新しい戦闘シミュレーションデータについて説明をしていた。
「ご苦労…早速だが本日は新作のデータ7.5で対戦MSシミュレーションを行う。今からその説明をするのでしっかりと聞くように…」
「はっっ!!」
全員が大変良いお返事である。自分達の総隊長の一言一句一挙動、全てを逃すまいという雰囲気で、姿勢を正し真剣な目で真面目にしっかりと聞いている。
------あーあ…
アムロから少し離れた場所で、そういう全員が見渡せる位置に立っているギュネイは心の中で溜息を付いた。こんなにMS隊の連中が「お行儀良く」なったのはアムロが総隊長に就任してからである。いや…今でも「アムロ少佐の前で限定」という状況も無きに非ず…なのだが。本当に現金な奴等めっ…と苦々しく思うのだが、そういう連中を「己の存在」のみで纏め上げているアムロ少佐も大したものだとは考える。…まあそういう自分も何だかんだ言っても「アムロ・レイ少佐ファンクラブ」の一員である事には違いないので…そう目くじらを立てる事も無いのかもしれないが…しかしどうもムカつくのは否めない。
「…というワケでダミーに当てても浮遊物に当ててもそれぞれ減点。それと一対一ではつまらないだろうからコンピューター制御の味方機をそれぞれ三機出す。それの被弾具合も当然減点対象だし、あと五秒から十五秒間隔で自分の邪魔してくるから…味方機にも当てない様にね、当然それもマイナスになるから」
うわあ〜相変わらず厳しい〜〜っっ…との声が上がる。そんな彼らにアムロがニッコリと笑って
「大丈夫…難しくないって。みんながどんどん上達してくるから、こちらもプログラム組むのが大変になってきたんだよ?これも貴方達なら出来ます」
と優しく言ってあげる……と、皆がおうっ!とやる気を起こす様子が直ぐに感じとれる。何故か自分がニッコリ笑って煽てると、皆が喜んで奮起するのがハッキリと解るので、アムロは大いに利用してはいるのだが。これは…その昔、憧れの人からご教授いただいた方法なのだが、まさか自分が使う羽目になるとは思ってもいなかったけれど。
そう言いつつも前回の7.0はおろか、その前の6.0のシミュレーションデータでさえも、アムロの出した規定をクリア出来たパイロットは片手に数える程しか居ないのだが…。
アレは本当に大変だった…きっと今回もそう易々とは出来まい…だから対戦方式でやる気を促しているのか、とギュネイはしみじみと考える。幸いな事に自分はそれをクリア出来ている。…恐らく今のネオ・ジオン軍MSパイロットの中で自分は総帥夫妻の次の位置に立てる腕があるだろう、と自負はしている。それも「強化人間」というスキルがあるせいと、何よりもアムロ自身が個人的に鍛え上げてくれているからだ。アムロの指導によって自分はかなり強くなってきていると思う…もちろんその恩はそっくり彼に返すつもりでいる。アムロ少佐に対して自分が出来る限りの事を…これは俺の使命だ、とさえ思う程に。

「パイロットレベル事に分けてトーナメント表を無作為に作ったので…それぞれ確認するように。最後にそれぞれのレベルの勝者を全対戦させてみようかな…と思っているけど」
正面スクリーンにトーナメント表が映し出されると、ザワザワと全員が自分の位置の確認の為に騒ぎ出す。
「アムロ少佐〜〜…やっぱり最後にナンバーワンを決めるワケですかぁ?」
「そうだね…皆が決めても良い、というならそうするよ?」
「いいですよーっっ!」「やりがいありますっっ!!」「そーしてくださいっ!!」
賛成の声多数と見て、アムロは「では最後に決める事にするから」と笑った。
「あのー…少佐あ……」
「何かな?ダグラス准尉」
オズオズと手を挙げて質問してきた若いパイロットにアムロは発言を許可する。
「えっと…ですね……その…優勝っていうかナンバーワンになったら……何か『ご褒美』はありますかあ…?」
「ご褒美…?…金銭的なモノって事かい?」
少し眉を顰めてアムロは聞く。
「違いますっっ違いますっっっ!!…そんなんじゃなくて…こう…俺達のやる気がグっと上がるようなっ…ですねっっっ…!!」
「ああっソレ解るぜっっダグラス准尉っっ!俺もそう思ってたっっ!!」
一人が助け船を出すと、口々に皆が俺も、俺もだ、と声を上げてくる。
「…やる気…って…あのねぇ……困ったね…何も考えてないけど」
腰に両手を当てて、アムロは呆れた表情で言う。
「えっと…何でもいーんですっっ…そのっっ少佐が…少佐から…何か…何かをくださればっっ!!」
「は……?」
きょとんとするアムロであるが、少し考える仕草を見せて
「う…ん……いいよ?俺からあげられるモノで良ければ…ね」
と優しい笑顔で言う。
途端におおーっっ?!!と大きく声が上がりざわめく。
「…少佐から……くださるっていうならあっっっ…!!」
「少佐っっ…アムロ少佐っっ!ぜっ…是非ともナンバーワンの者にはっっ…!!」
「ごっ…ご褒美としてっっっ…!!」
「は…?は…あ……」
何故か数名の者がとんでもなく鼻息荒い状態で身を乗り出して来ている。あまりの勢いにギュネイも一瞬身構え、アムロの方に身体を向けた。いきなり数人の声が揃って訴えてきた言葉は……

「「「しょ…少佐からっっ………勝利のキス…が戴きたいのですぅぅーーーっっっっ!!」」」

……………………
……はあ……?…アムロ少佐の………き…す…?
………………き…す……キス……KISS…キッスだとぉぉぉぉーっっっ??!!!!!

………ナニ考えとんるじゃーっっっ?!!! おまえらはぁぁぁぁーーっっっ!!!!!

怒りのあまりにギュネイの頭の中は思いっきり高騰してしまった。ふしゅーっっという音が思いっきり聞こえそうだ。そんなギュネイの様子など全くの眼中無しでMS隊の連中は相変わらず興奮して騒いでいる。
「おっお願いしますっっ少佐っっ…!!俺が優勝したら是非とも少佐からっっ…!!」
「俺も俺もっっ…少佐から勝利のキスを賜りたいですっっっ!是非お願いしますぅっっっ!!」
俺も俺も、とそれはもの凄い騒ぎである。そんな騒ぎを横目で「…男ってホント馬鹿っっ」と白い目で見つめていたレズン中尉を始めとする少数の女性パイロット達だったが、「アムロ少佐のキス…ならアタシも欲しいかも♪」と誰かが言った途端に「アタシ達もそれ賛成ですぅーっっ!!」…と一緒に手を挙げ始めた。
完全に冷静さを失っている連中にギュネイはますますもって怒りと…そして焦りを感じていた。
-----おめーらっっ!!ちとは冷静になれーっっっっ!!気持ちは解るが解るがーっっっ!!
アムロ少佐の旦那の事を忘れてんのかよっっ?!旦那が誰だか知らないワケないだろーがーつっ!!…なんちゅー危機感の無さだあぁーっっっっっ!!
怒りが徐々に恐怖へと変わってしまう。ヤバイっ絶対にヤバ過ぎるってっっ!!
そんな蒼白表情のギュネイの様子を全くお構いなしに…提案を受けたアムロは……

「……うーん…そこまで言うなら……じゃあ……頬に、なら別にいいよ…?」
…と、苦笑して言った。ギュネイは呆然とする。

…………本人が一番危機感が無いじゃんかぁぁ〜〜っっっっ!!!!!

うおぉぉぉーっっっっ!!と盛り上がるMS隊員達。ヤバ過ぎる…本当にこれはヤバイっっ!!
「あっ…アムロ少佐あぁぁーっっっっ!!」
「?…何?ギュネイ」
いつもの様に全く緊張感の無い柔らかい微笑みで答えてくれる上官に、ギュネイは必死の形相で叫んだ。
「おっ俺もっっ…俺も出ますっっっ!!この対戦シミュレーションっっ!出させてくださいーっっ!!」
「ええ?…うーん…ギュネイが出るなら相当のハンデ付ける…よ?いいのかい?」
「構いませんっっ!俺が参戦しないと絶対にヤバイんですっっ!どうかっっ出して下さいーっっ!お願いですからっっ!!」
何でそんなに必死なんだか…まあやる気を出すのは良い事だけどね…とギュネイの心情を全く理解せずにアムロは呑気に考えていた。

---俺がっ…俺が守らなければっっっ!この助平共からアムロ少佐の唇を守らなければぁぁーっっっ!!断固阻止したるぅぅぅーーー!!…絶対に絶対にっっ!…他の男なんぞにアムロ少佐の唇を触れさせてなるものかあぁぁぁーっっっっ!!!

思いっきり闘志を燃やすギュネイなのであったが…
もう既にアムロの旦那様に対する恐怖感というより、何か別の目的のモノが沸いてきている様だ。この時点で「危機感が無い」という点ではギュネイも他のMS隊の連中も同じ孔の狢…というワケであるが…果たして?

 

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長くなりそーなんでまたもや続いてしまいました…すみませぬっっ!(2009/1/17UP)