《 なにをして欲しい? ・2 》

 

「…こんなモノかなあ…」
アムロの綺麗な指が軽やかにコンソールの上を滑ってゆく。
「このくらいスラスター値レベル抑えないと…これで他の上級クラス並になるかな?まあギュネイには慣れないギラ・ドーガ…ってだけでもハンデになるかもだけど…」
うーん…と顎に指をかけてアムロは考え込んでいる。
「取り敢えずこの数値で行ってみて…反応が段違いで速いようだったらまた抑える事にしようか。それでいいかい?ギュネイ…」
「………」
「?…ギュネイ中尉…?」
「あっ…?!あっっ…すみませんっっ少佐っっ!!」
「…ちゃんと話を聞いていたかい?」
苦笑しているアムロから思わず少し視線を逸らす。後ろめたさからである。
…つい…見とれていたのだ…
アムロの「唇」に。

----少佐の唇は…艶があって凄く柔らかそうに見える……
男なのになあ…とそう感じて、じいぃぃーっ…と見つめてしまった。
----ああっ!!コレじゃ俺っっ!他の連中の事なんて文句言えねぇだろーがっっっ!!
思わず壁にガンガンと額を打ち付けたくなった。
…アレは総帥閣下のモノなのだからっっ…決して欲しがってはイカンーーっっ!!

「ギラ・ドーガを使うのはギュネイ中尉にとっては良い経験になるかも…ね。今度は模擬線でも実際に搭乗してみるといい」
さっきから落ち着き無い様子のギュネイに訝しみながら、アムロは椅子ごと身体をクルリと向けて上官としての意見を述べる。
「あ…はい…」
「君はサイコミュ兵器に頼り過ぎるトコロがあるから…やっぱり通常のMSで腕を鍛えた方が効率が良いだろうな…うん…次の演習もソレで行ってみるか…」
「げげっっ!ヤクト…封印ですかっっっ?!」
「パイロット、ギュネイ・ガス中尉を育てる為にはね」
ニッコリと笑う麗しの上官のその表情は、いつもの穏やかな笑顔と全く変わらないというのに…もの凄いプレッシャーを感じるのだった。
「こ、困りますよっっソレ!俺は演習はちゃんと自分の愛機で出たいですっっ!!」
「そうしたいなら証明してみせて」
「は…?」
アムロはゆっくりと椅子から立ち上がり、自分より背の高いギュネイを見上げる。その不意打ちな上目遣い視線にギュネイはドキリっとした。
「…ギュネイがこのシミュレーション戦で1位になったら、問題なくギラ・ドーガも扱えると判断してあげるよ。でもソレがダメだったら……イチから鍛え直し!…いいね?」
「…あ………」
じぃっと自分を見つめてくるアムロのその表情にマジで焦った。背中に本気でヤバイ汗をかく。
---な…何なんですかっっ?!…そ、その色気アリ過ぎる顔はっ!その目線はぁぁぁーーっっっ!!
無意識なのか?!だとしたら本気でコワイっっ!
「…そ、それが…俺の……ご褒美…ですか…?」
「うん、そうだけど……もしかしてギュネイも…『キス』の方が良いのかい?」
キョトンとした顔で聞いてくるのでマジに心臓が躍った。
「めっ…滅相もないですーっっっ!!お、俺は断じてそんなっっ…身の程知らずなコトは…っっ!!」
「…身の程って…大袈裟過ぎじゃないか?挨拶程度のキスなら別にいいと思うけど」
クスクスと笑ってギュネイの肩を手で軽くポンと叩き、アムロはコンソール台に戻った。
「でもさ…皆は何で俺のキスが良い…なんて言うんだろう?どうせなら可愛い女の子からの方が嬉しいと思うんだけれどなあ…そう思わないか?」
「えぇっ…?!…あ…いや…そのぉ…じ、自分には良く解らんです…」
本気で不思議がっている上官にマジで焦ってしまう。
----アムロ少佐っっ!…ほんとーっっっにっっ!…自覚無さ過ぎなんじゃあ…っっっ!!
ギュネイは常々、あのDr.ビダンから
『アムロさんの天然具合と自覚の無さには要注意だぞ!お前、そのコトをよーく頭に叩き込んで護衛しろよ!』
…と喧しい程に言われているのだが…本当に今回はソレをしみじみと感じる。
「でもまあ…そうやって皆がやる気を出すなら、俺は利用しようと思うケドね…やっぱり飴と鞭は上手に使い分けないとっっ!」
何故かグッと右拳を握り締めて、やる気を出しているアムロは再びギュネイに対して笑顔を向けた。
「…というわけでギュネイ、折角だからもう一段階レベルを下げるコトにしよう」
嬉々としたその様子に再び「げっ!」となる。
「どうせなら厳しい条件の方が挑戦し甲斐があるだろう?ギラ・ドーガの装甲はヤクト・ドーガよりも当然薄いから受けるダメージを良く考えて。それからジェネレーター出力も推力もヤクトの6割程度しかない。でも逆にそれを利用する戦術をキッチリと考える事だね……健闘を祈るよ、ギュネイ中尉?」
ああ…とギュネイは再び背中に滲む汗を感じながら考えた。

-----無自覚天然なのに…厳しい女王様…なんだよな…少佐は……
で、自分はその女王様に「お前が勝て」と暗に命令されたようなものだ。…確かにコレはアムロ少佐らしい自分への鍛え方なのだろうが。…はっきり言って負けるコトなど許されない、という状況である。
勿論「アムロ少佐の唇を助平共から守る事」は自分の使命だ。絶対に全対戦相手に勝つつもりでいる。だが…それによって与えられる自分への「ご褒美」は…まあ当たり前と言えば当たり前なのだが…。
----いやっ!俺は…俺はっ…キ、キスが欲しいなんて…全然思ってないからなあーっっ!!
…今度は壁に額を打ち付ける事を本当に実行したので、「…そんなに辛い数値かな?」とちょっと部下を心配するアムロなのであった。

 

対戦シミュレーターマシンでは、通常のMS戦と同じ疑似体験が出来る。全方位展開のモニターが対戦相手のMSも味方機も障害物も、リアルに映し出してくれる。リアルが故に慣れぬうちは逆に陸酔いみたいなものを引き起こしてしまう場合もあるが。
アムロ少佐の作るプログラムは本当に見事だ。MSの技術系統に詳しいメカニックマンとしての知識も大いに役立っているのだろう。確かにその点は誰もが尊敬する。そして…あまりにも高度で難度が高過ぎて、大多数のパイロットがレベルを下げてくださいっっ…と泣きを入れるに至るのだが。
そういったアムロの作ったプログラムと戦う個人戦とは違い、対戦型のシミュレーションは各パイロットのそれぞれのデータに基づくかなり「正確な」疑似戦闘が出来るという事で、こちらはかなり好評である。やはりゲーム感覚で挑戦出来る、というのが良いのだろう。もちろん本当の戦闘がそう甘くない事は皆知っている。…ただこの訓練では負けても死ぬ事は無い。それだけだ。

ギュネイはシミュレーターマシンのコクピットに座り、自分用に調整されたデータであるギラ・ドーガを動かしてみる。やはり反応を鈍く感じた。
「…確かに遅いな……だが、こっちに合わせて慣れれば…」
『対戦シミュレーションを開始します。準備をしてください』
機械音声を聞いて己の内を戦闘モードに切り替える。モニターがオールグリーンとなり、相手のギラ・ドーガが目の前に現れた。
「よしっっ…行くぜっっ!!」

 

シミュレーションルームの隣室では、現在行われているそれぞれの対戦様子がモニタースクリーンに映し出され、やんやと歓声や罵声が飛び交う、それは大騒ぎであった。コレを観ながら騒げるのも対戦シミュレーションの人気の一つである。
「へえーっ…ギュネイのヤツ、慣れないギラ・ドーガをなかなか使いこなすじゃないか」
レズン中尉が素直に感心した言葉を漏らす。
「そりゃ『強化人間』ですからねえ」
意地悪い言い方をする奴は確かに居る。
「だからかなりのハンデが付いているんだぜ?推力があんな数値じゃオレなんか避けられず一撃死だな…」
「げっ!ホントだ…」
「いつの間にあんなに上手くなったんだよ…アイツ…」
意外な褒め言葉を出す仲間に対してレズンは何故か得意げに感じた。自分も以前はあんなにも不快で嫌っていた「強化人間」の青年に対してのイメージが随分と変化してきている。それも全ては……
「アムロ少佐のお陰だね…結構『個人レッスン』受けているみたいだからさ」
レズンは別に含みを入れて言ったワケでは全然ない。
「……今……何て言ったよ?…レズン……」
「……個人…レッスン……だと??」
え?と皆の方を振り向いてみると…それを聞いた全員が凄い形相でモニターを睨み付けているではないかっっ!はっ!と気付き焦るレズンである。
「ちょ…アンタ達…っっ!…あのねっっそれは…」
「ちくしょーっ!!ギュネイの奴っっっ!…護衛役だけでもスゲェ羨ましいってのにぃぃーっっ!あのヤローっ!!」
「少佐から…少佐から個人レッスン受けてるだとぉぉーっっ?!ゆっ…許せねえっっ!!」
「…一人だけホント美味しい思いしやがってぇぇーっっっ!…くっそおーっっ!!」
「「「…絶対に後でシメるっっ!!!」」」
あーあ…と頭を抱えるレズンである。自分は最近は可愛くさえ思えてきている彼であるが、やはり別の意味でもどーしても敵を作ってしまうようだ。
…仕方ないって言えば仕方ないわなーっっっ…諦めな…ギュネイ…

 

その1時間に……
「やっぱり可愛くないーっっっっっ!!」と叫ぶ事になったレズン中尉である。

「ギュネイ坊やに負けるなんてっっ…あっーっ!本気で悔しいーっっっ!!」
シミュレーターマシンから出て来た途端に、彼女は真っ赤な顔をしてギュネイに向かって叫んだ。
「…ギリギリだったじゃないスかー…そう怒らないでくださいよぉ」
さすがに自分も被弾したし、味方機も一機は墜とされた。
「…ったく…ホントいつの間に…だよねっ…可愛くないっっ!これがフルチューンのギラ・ドーガだったらと思うと…アタシだってどこまで保ったか……ああっ〜やっぱりムカつくっっ!今夜はヤケ酒だわねっっ!」
…貴女は理由無くいつだって呑んでるクセに…と周囲の人間は等しく考えた。
やはりレズン中尉に勝てたのは素直に嬉しい。最後の対戦相手は…とパネルスクリーンを見上げる。
「…クライヴ大尉か……やっぱりな」
レズンと同じく副隊長職にある彼は、MS操縦が技術的に「上手い」事に定評がある。撃墜数を山のように重ねる派手さはなくとも被弾ゼロで帰還するような…そんなパイロットだ。彼は旧ジオン公国軍出身で年齢も総帥より少し上くらいだったハズ…。そんなベテランパイロットが最後の相手とはやはり気合いも入ってくる。
「ギュネイ中尉」
待ちに待ってた麗しの上官が掛けてきた声に瞬時に振り向く。
「やっぱり3戦目くらいで慣れちゃったみたいだね…それは褒めてあげます」
「ほ、本当ですかーっっっ?!」
尻尾があったら千切れんばかりに振っているに違いないギュネイにアムロは笑顔を向けた。
「だから最後は…『ハンデ無し』に調整してあげるよ。思いっきり戦ってごらん」
「えっ?!…い、いいんですか?」
驚くギュネイに対してアムロは意味深に言う。
「いいよ、だから『本気』で戦う事……いいね?」

 

「本気で……って…いいのかよ?まあ…確かにクライヴ大尉は一筋縄ではいかんと思うけどさ…」
シミュレーターマシンの中で呟きながら、少し動かしてみるとやはり反応速度が今までとはまるで違う。おおっこれならっ絶対にイケるぜっ!…と素直に嬉しくなった。
オールグリーンとなり、戦闘開始である。
「大尉には悪いが…やはりコレは俺の使命だからなっっ!」
一気にバーニアを噴かせて相手のギラ・ドーガに迫り、そのままビームマシンガンを撃つ。
が、いきなり相手が視界から消えた。
「な…?!…速いっっっ!…左かっっ!!」
気配は直ぐに感じ取り、ハンデの無い反応速度で再度撃つが、また難無く交わされた。
「なっ…クライヴ大尉っ……あんなに速かったかっ?!」
そう考えた時に……いきなり感じた強いプレッシャーがあった。
対戦シミュレーションだというのに……ここまで感じるのか?!
…しかも…これは……まさか…まさかっっ?!!
最悪の予感がした。…だが目の前のギラ・ドーガは倒さなくてはならない。
挑戦権を与えられたのだと思うしかない。そうでなくてはとても戦闘モードを保てない…!
「……無理を承知でも……やるしかないぜっっ!!」
当然常人より素早く撃ちまくるのだが、本当に軽く交わされてしまう。…おまけに向こうはこちらに向かってまだ一発も撃ってきていない!
しかもよく見ると、そう速い速度で避けているようには見えない……つまり相手は明らかに弾道を予測して機体を交わしているのだ。
「遊ばれてんのかよっっ!…ええいっっ!!」
焦った瞬間…その隙をついてか突然凄いスピードで向こうの機体が突進してくる。
「…くっ…だがその速さなら…!!」
簡単に交わせるぜっっ!とギュネイは素早く下に向かって機体を交わした…ハズが、何故か真っ正面に向き合う形となる。
---交わす方向も…予測されたのかっっ!?
そして向こうのギラ・ドーガが背中からビームアックスを引き抜くのが見えた。
…いや、この間合いなら届かん…!と後退するよう反応したが、瞬時にそれはソード型に変化した。ビームの長さが出来た分、当然有効間合いとなる。
「なっ……!!」
流石に素早いっ!…と防御しようとした時には既に左腕がシールドごと肩から落とされていた。
「…………っっ?!!」
何時の間に…!と思った瞬間、ビームソードの眩い光が視界を遮る。
「……あ………」
『全損確認・戦闘続行不能』
戦闘不能となった時に鳴るアラーム音と共にモニター画面に赤い警告文字が出ている。
結果を示す画面が映し出され、右肩からイッキに斜め切りをされて大破…となっていた。

 

呆然として暫くは動けなかった。
シミュレーターマシンの入り口がゆっくりと開いて、彼の上司が覗き込んでくる。
「…大丈夫かい…?」
ギュネイは心配そうな表情のその顔をチラリと見つめて
「………プライド……ズタズタ…っす……」
とポツリと呟く。
「…だろうね」
アムロも苦笑いを見せた。いつまでも此処から出ないのは更にみっともないっっ…とはもう判断できていて、取り敢えずマシンから降りる。
…予想通りの対戦相手がそこに居た。
「…貴方が出ては、訓練にならないのですがね……総帥閣下」
アムロが溜息混じりに言う。
「なに…たまにはパイロットとしての勘を取り戻したくてね…」
周囲が緊張感で見守る中、その緋色の軍服のネオ・ジオン軍最高司令官はニッコリと笑顔を見せた。

 

我らが総帥に対して文字通りの直立不動状態のMSパイロット達は、この時初めて自分達の浮かれ具合を思いっきり猛省しているのだった。
-----ヤバイ…ヤバイよっっ!!バレてないだろうかっっ?!!
-----俺達が「総帥夫人」にお願いしちゃった事ーっっっ!!!
-----ああ…もしかして全員厳罰モノかっっ?!
そんな焦りに焦りまくっている彼らを一瞥してから、シャアは静かに話し始める。
「…諸君等の訓練に対する意気込みは最高司令官として私も大変嬉しく思う。今後もその調子でネオ・ジオン軍の為に励んで貰いたい……だが」
全員の身体が揃ってビクリっとしたので、正直アムロとギュネイは妙な感心をしてしまった。
「あまり羽目を外しすぎると怪我をする事もある…その点は充分気を付けるように。以上だ」
多分全員心臓まで凍ったな…とギュネイは思った。でも元々アムロ少佐が「いいよ」と言った事もあるのだし…少しだけ彼らに同情してしまう…まあ少しだけ。
シャアは憮然としているアムロに近付くと、小声で
「…アムロ…怒りたいのは私の方なのだぞ?」
と困った顔で囁く。そんな夫君を冷たい視線で一瞥すると、「総帥夫人」はドア付近に顔を向けた。
「…取り敢えず…あそこで待っている人達にはちゃんと謝るようにね」
そこには秘書官とナナイ副官が、それぞれの顔に「このクソ忙しいのに執務室抜け出して〜こ〜んな処でナニやってんですか〜っ!総帥閣下っっ!」と書いて、怒り心頭と言った様子で佇んでいたのだった…。

 

解っていたとはいえ……手も足も出ないとは…。
しかも向こうのギラ・ドーガの調整は、推力とパワーを自分がハンデを付けていた時よりも更に抑えられていた。更にビームマシンガン封印で、である。
----そりゃパイロット経験年数にもエラく差があるし…なんたって向こうは元あの『赤い彗星』だしな…結果なんてちゃんと解ってはいたさっっ…解ってはいるんだけどさーっっ!!
いったい今日何度目だ?の溜息が出てしまう。
「…ギュネイ……」
そんな彼の様子を後部座席で眺めていたアムロは優しく声を掛けた。
「あっ…はいっっ!すみませんっっアムロ少佐っっ!!」
「謝る事はないよ……気にするなって言っても無駄かもしれないけど…シャアと互角に戦えるのは俺しか居ないからさ…その何というか…」
…つまりソレは端から諦めろってコトですかいっっ…と、ますます落ち込みが酷くなりそうだった。
確かにこの2人のMSパイロット能力は他の誰ともあまりにもレベルが違い過ぎる。自軍どころか連邦軍のパイロット達全てを含めてもだ。だから…そんな2人の次に自分が来る、という自負も…こう差が有り過ぎては…今のギュネイには、情け無い事実が残っているだけである…。
自信喪失…なんて言葉を自分が考えるなんてな……ああ、でも本当に思い知らされた!
総帥公邸の前に着くと、ギュネイはリムジンカーを降りて後部座席のドアを開ける。そのドアを開けている間も俯いたままであった。
「ギュネイ…」
出て来たアムロに再び声を掛けられて「はい?」と顔だけを上げると……
ふわっと良い匂いと…柔らかく温かいモノが頬に触れた感触…。

----……?
-------……え……??
-------------
ええぇぇーっっっっ??!!

「ご褒美…だよ?」
アムロは優しい笑顔をギュネイに向けると「おやすみ…また明日ね」と言って、踵を返し使用人達の出迎える玄関へと消えていった。
その後ろ姿を呆然と、もちろん昼間の状態とは全く違う放心状態で見つめる。

…………………ああ……少佐……アムロ少佐ーっっっ!!
……………俺はっっ俺は!…今日だけは…
神様の存在を信じるぜーっっっ!!!!!!

ある意味一生分の運を使い果たしたかもしれぬ若者は、もう既に立ち直るどころか明日以降への活力をフルチャージし終わっていたのであった…。

 

 

その日は…やはり仕事から逃げだした分、シャアの帰宅は遅かった。
予想通りに「夫人のお出迎え」は無く…向かった専用居間では、これまた想像通りに大変不機嫌な様子の彼の妻が、昼間と同じく憮然とした表情でソファに座っている。
「…まだ怒っているのか?」
「………………」
「昼間も言ったがな…怒りたいのは私の方だというのに…」
「…………何故貴方が怒る必要あるのですか?」
本気で怒っている時のその丁寧な物言いに、シャアは軽く溜息を付いた。
「…アムロ……君が煽った、と聞いたぞ?」
「煽ってなんかいません。頬なら良いよ、と言っただけです」
「それが煽っているというのだっっ!」
声を荒げたシャアをチラリと見つめて…相変わらずツンとした態度でアムロは言う。
「………ヤキモチ焼き…」
「今更の台詞だなっ」
シャアはアムロの隣へと腰を下ろす。
「私は君への独占欲だけでいうのならば…いつでも独裁者にもなれるのだよ…アムロ」
「…またそんなコト言う…笑えない冗談だからねっ」
呆れ顔で自分の身体を引き寄せる夫君を見やるが…抵抗はしなかった。
「クライヴ大尉も貴方に『頼まれた』ら絶対に嫌とは言えないだろうし…色々と白状もするんだろうけどさっ…でも将来有望パイロットの自信を無くさせてどうするんだよ?…かなり落ち込んでたじゃないかっ」
「己の実力をしっかりと知っておくのが成長への第一歩だろう?…君は良く知っているハズだと思うが」
その意地悪い言い方に再びむうぅっとした顔をするアムロである。
「…まあ…彼にはちゃんとフォローをしたから良いけどさ……でもあの『脅し』はいただけないよっ?…折角の『飴』がもう使えなくなったから俺は大いに不満ですっ」
「………その手の内容の『飴』を使う事は総帥命令で禁止する」
「ええっっ?!何ソレっっ?横暴過ぎっっ!!」
「…君は私が何度っ何回っどれだけっ…言い続けても全く自覚を持ってはくれないからな……アムロ…私を本気で独裁者にしたくないのならこの命令は聞き給え…」
その声色を聞いて「え?」とした表情になるアムロ。
「……あ…れ?…もしかして…本気で怒っている…の?」
今更のように、しかも本当に意外に思っている己の妻の台詞と態度に、シャアは本気で脱力した。
----本当に万が一『コト』が起こってしまったら……
私は本気で自分が何をしでかすか解らんのだぞっっ?!アムロっっ!!

シャアが無言のままで強く身体を抱き締めてきたので、アムロは少しだけ不安を感じた。
「……やっぱり少し…軽率…だった?ゴメン…」
「…まあな……確かにその優しさは君らしさでもあるのだが…」
その柔らかい髪と額に優しいキスを落としてから、シャアは最愛の妻の顔を覗き込む。
「ところで…私には『ご褒美』はくださらないのかな?総隊長殿…」
総隊長はそのお強請りに、思いっきり眉間に皺を寄せて冷ややかに言う。
「…ご褒美……?そうだね…あの後さ…あのまま俺が怒りにまかせて貴方にシミュレーション戦を挑んで…メッタ斬りにせずに総帥の威厳を保ってさしあげたコト……これが『ご褒美』かな?」
貴方も充分軽率だったからねっ…と再びムクれるアムロの様子に苦笑しながら、そっと唇を重ねた。その柔らかさを確かめる様に何度も優しく唇を味わってからゆっくりと舌を差し入れる…アムロのお気に入りのキスの手順だ。だからいつもより少し長めにする…。
唇を離した時には、当然もう機嫌は直っているのだ。
「……何を…して欲しい…の?」
濡れた唇…潤んだ瞳と少し上気した頬……そんな表情でその言葉を言うのか君は……
「そうだな…ベッドの中で考えよう…」
シャアは再び唇を重ねると、そのままアムロの身体を抱き上げた……。

 

総隊長からのそれぞれの「ご褒美」は、総帥閣下とギュネイ・ガス中尉を、大変満足させた…らしい。

ところで…ご褒美要求に釘を刺されたMS隊の連中は「危険な高嶺の花である方がやる気が出るぜっ!」とか何とか言いだして、全く懲りずに更に燃え上がっているという。
その情報もしっかりと総帥の耳には届いているのだが…MS隊の各個の実力や技術が明らかにめざましい向上を見せているのは事実なのだし…鼻先の人参だとでも考えるしかないだろう、と目を瞑る事にした。
…もっともその人参を、他の誰かに触らせてやるつもりなど毛頭も無いが。
徐々に「アムロ・レイ少佐ファンクラブ」から「アムロ・レイ女王様親衛隊」に成りつつある、とも噂のネオ・ジオン軍MS部隊は、今後も何やらと愉快な事件を引き起こしそうである…。

 

THE END

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苦労人と言われ続けた次男にちとご褒美です……しかし大いに役に立つのですっ…MS大全集っ(2009/1/25)