《 いえない我侭 ・T 》

 

 

月曜日、穏やかな昼下がりの午後…である。
パジャマにガウンを羽織った姿のアムロは、専用の居間で手持ち無沙汰に過ごしていた。
熱が下がった今では寝ているのも飽きてしまった。
今週の彼は、一週間完全に仕事を休み自宅待機する事を「総帥命令」で下されてしまったので、こうしてこの公邸に居るしかないのだが…。
パソコンで出来る事は午前中に終わってしまった。他の暇つぶし出来る趣味の類のモノは、全て専用オフィスに叩き込んであるので…こういう時はやはり少しくらい此処に持ち込んでも良いのかなあ…と考えたりもするのだが、一度ソレをしてしまったら歯止めが利かなくなる予感がする。邸内の使用人達に迷惑はかけたくないので、絶対にソレは止めよう、と決心はしているのだが。

「あ…そろそろ来るかな?」
何となく感じる感覚があり、立ち上がって窓から公邸の門を見降ろす。敷地内に入ってくる一台のエアカーが視界に入ってくる。アムロはふと訪問者の事を考え、一応髪の毛くらいはちゃんとしておいた方が良いかな…とバスルームへ移動した。

 

広い客間のリビングルームには、MS隊副隊長を務めるレズン中尉と、戦術士官のナナイ大尉の2人の女性士官が控えている。
「ごめんね、2人とも…こんな格好で」
「気になさらないでください、少佐…それよりご気分はいかがですの…?」
心底心配そうな表情でナナイはアムロを気遣った。
「うん大丈夫、もう熱は下がっているし…だるさもないよ。一週間も休む必要は無いと思うんだけどね」
「いえいえ、やはり検査の結果がちゃんと出るまでは…。対外的には風邪が酷くて大事を取って…という事で、休んでいる形にしてあります」
「取り敢えずお元気そうで安心しましたよ。…総帥から『ご病気』と聞いて心配してましたから…」
「…ああ…そういえば……土曜日は何だか色々と大変だったみたいでっっ…ゴメン」
その言葉にレズンはくすくすと笑い出した。
「いえいえ…私は別に『やっぱり旦那が代行でくるのね〜』とか感じなかったんですけどね〜。他の連中はもの凄く緊張していてずっと直立不動状態だし〜当然花婿もだし〜…招待客の人達はとっても興奮してたし…確かにエラい騒ぎでしたよ」
「俺…夜に『行って来た』と聞いて驚いたんだ…」
「いいんじゃないですか?スッコト准尉には凄いハクが付きましたよ」
「…喜んでくれたかどうかは微妙だけど…ね」
アムロは苦笑しながら、レズンにデータディスクを手渡す。
「では…コレが今週の訓練日程と、各レベルランクに合わせた調整済の最新シミュレーションデータ。それからね…」

「…では、今週一週間の訓練日程は、この通りに進めさせていただきます」
「悪いね…他の副隊長達には、レズン中尉に渡すって連絡入れてあるから」
MS隊の打ち合わせは済んだ、と見て今度はナナイが話しを始める。
「今週予定に入れてました来月の艦隊合同演習の打ち合わせは、来週に延期しますね。艦隊司令…ライル中佐にも連絡済です」
「…あ…そうだったね…」
「……思いっきり忘れてましたでしょ?少佐」
「はい…すみません…」
ナナイの笑顔が引きつってた様子だったので素直に謝るアムロである。
「少佐ったら…来月の予定はアナハイム社行きしか無いと思ってらっしゃるんじゃーないでしょうねー?
…その前に総帥も参加される大規模演習がありますのよ」
「正直言って打ち合わせは忘れてたけどっっ…演習の件は全然忘れてないよっ」
子供の様に言い訳するアムロを、微笑ましく且つちょっと意地悪く見つめてしまう美人士官2人である。
「アナハイム社のパーティー参加は
もの凄い久し振りの『総帥夫人』のお仕事ですからねーっ…やっぱりちょっと浮かれててますぅー?少佐ー?」
「……さりげに意地悪いねーナナイったら……浮かれてんの?総帥ならともかくこの少佐が?」
「…アナタも充分失礼な発言してるわよっっ…まあこの手の企業イベントはお断りが基準なんだけど…少佐が即答で行きますーって珍しく返事したので驚きなのよー」
その意地悪いナナイの言葉にアムロは声を上げて反論する。
「えっっ…だってこのパーティーでは最新技術と新型モビルスーツの発表イベントがあるんだよっ?とんでもなく凄いイベントじゃないかっっ!…そんな凄い情報をどーして有力者とか株主とか政治家とかしか集めない場所で一番最初に発表するんだーってずっと腹ただしく思ってたんだけど…この地位なら招待来るなんて…凄くラッキーだ!…って思ってさっっ…」
身を乗りださんばかりに力説するアムロの姿に、ナナイの眉間の皺が深くなる。
「……それが企業ってモノです。そう率直に考えるのはメカフェチの少佐くらいですわ…アナハイム社の株主にもなってる大佐にも少しは感謝なさって下さいね」
その言葉に隣に座るレズンもウンウンと頷いている。
「まあ…それなら少佐が浮かれるのも無理ナイわね…。でも『総帥夫人』として参加するんでしょ?メカフェチの部分ではしゃぎ過ぎて失敗しないよーに…って願うばかりだわー」
「それよっレズン…はっきり言って今まで『総帥夫人』の仕事を断ってた事は、今まで
ボロ出なくてある意味ラッキーだったのよっ!…くれぐれも『ネオ・ジオン総帥夫人』としての自覚忘れずに、その日は身を引き締めてフォン・ブラウンに行って下さいねっっ少佐!」
…本人を目の前にして、ホント言いたい事言うよなあ、としみじみ思うのだが…全くの事実なのであるし、2人のこういう率直な部分が自分には好ましい処でもあるので、アムロは何も言えなくなってしまう。

「そういえば…『総帥夫人』の仕事って結構あるものなの?」
MS隊総隊長としてのアムロしか知らないレズンの素直な疑問であった。
「依頼は広報部か秘書部に来ているけど、私の方に連絡来るモノだけでも結構あるわよ。簡単な取材から様々なイベントへの参加依頼や要請…何せ少佐はネオ・ジオン随一のアイドルですものーっ」
「…その言い方…もういい加減に止めてくれないかなあ…」
熱はもう下がったハズなのに頭痛がする…。
「まあ…アムロ少佐の総隊長のお仕事と苦手事項と本人の要望を考慮して、取材も公式のしか許可してないし…イベント参加は基本お断り、特に他コロニーでの行事なんてテロ対策上でも許可出来ないですけど…ね」
「ああ…新婚旅行の時もタイヘンだったものねー」
「そう考えると…本当に久々に少佐が公に出る行事なのね…色々と心配になってきたわっっ…えっと少佐の対外的イメージを考えてぇ……」
ブツブツと呟きだしたナナイは、戦術士官としてのアムロへのイメージ戦略を練り直しているのだろうか…?
そんな様子にレズンは軽く溜息をついて
「ナナイ、そろそろ職場に戻るよっ…少佐の体調も心配だし…」
と肘で突いて促す。
「あ…そうだったわねっっ!…本当にお邪魔しました、アムロ少佐」
「いや…こちらこそわざわざ呼び出してしまって申し訳なかったね…すまない」
頭を下げるアムロに2人は首と右手を振って笑顔で答えた。
「いえいえ…口頭伝達は何よりも正確且つ秘密厳守…ですもの。私達も少佐の顔が見たかったから…返って嬉しかったですわ」
その含みのない優しい同僚の言葉にアムロは安堵する。この2人に対しては言葉では表現不可能だろうの不思議な信頼感と連帯感を持っていた。
「MS隊の連中も皆心配してたから…元気だったから、ってよく伝えておきますわー…特にギュネイ坊やはすっごく覇気が無かったからねー!」
「そりゃ仕方ないわよーっ!いつも一緒の大好きなアムロママが居なかったら、坊やはどうして良いか解らないんじゃなくて?」
ケラケラと笑い会う2人に、どう返せばいいんだ…とアムロは真剣に考え込んでしまった。

 

 

そのギュネイ坊やなのだが…
ちょうど3人の間で話題に上っていた頃に、総帥直々に呼び出しを受けていた。
総帥執務室の近くに来た時に盛大なクシャミをして、いかにも厳つい警備兵にジロリと睨まれてしまう。それでも連絡済とあって促されて執務室に入ると、シャアは椅子には座って居らずに立ったままでいくつかの書類に目を通していた。
「…何事ですか?大佐…」
久し振りの直々の出頭命令、しかもアムロが居ない日に…とあって様々な不安の色は隠せない。
「ああ…大した用ではないのだがな…今から私は休憩時間に入り、一旦公邸に戻る事にするのだが…お前に運転手を頼む」
「…ええっ?!…でも大佐には別の専用車が……」
「お前は今日もアムロ用の専用車で来たのだろう?それで帰る。…道々話したい事もあるのでな。直ぐに専用口に車を回してこい」
色々と疑問もあったが、取り敢えず敬礼をしダッシュで専用駐車場へと急いだ。
総帥府の裏側には総帥のみが使用する出入り口があるのでそこで車を待機させる。程なくシャアが現れて、その長身を乗り込ませてきた。
シャア「だけ」を乗せて運転するのは本当に久し振りである。以前は自分が務めていた彼専用運転手役ではあるが、アムロが此処に来てからを考えると…おそらく1年半以上ぶりか?
もの凄い緊張感を持って専用車を走らせる。バックミラー越しにチラリと後部座席を見てみると、仕事を引き続きしているのか、やはり書類にずっと目を通していた。
「ギュネイ中尉」
そのシャアが顔も上げずにいきなり呼びかけてきたので、心臓が止まりそうになる程驚いてしまう。
「はっ…はいっっ!!」
無意識に背筋が伸びて緊張感に背中が固くなる。
「…先日のお前のシミュラークルレポートはなかなか面白かった」
え?何の事…?…と考え…ハッと思い当たる。
「も、もしかしてアムロ少佐との模擬戦のっっ…ですかっ?!ご、ご覧になって…!!」
心臓がバクバクとして来た。散々アムロにダメ出し喰らったあのレポートを何故総帥が?!…と青くなる。傍目で見ても即解るようなギュネイの慌てぶりに、シャアは口元を歪ませる。
「アムロはお前の成長が余程嬉しいらしくてな…これまでも私に色々と報告してくるのだよ。お前がアムロから課せられているMSに関する報告書も…全部私に見せてくる勢いだ」
なななな…な、何ですとーっっっっっっっ???!!!
ぐわーっっっっと滝の様に汗が流れてくる気がした。大佐にまで見せてるなんて、少佐は一言も俺に言ってないしっっ!
「…確かに2年前と比べてもお前は驚く程に成長しているようだ…軍人としてもパイロットとしても…な」
……もしかして褒められて…いるのか?とふと疑問に思う。

「そこで…だ、ギュネイ中尉。アムロの正式な『副官』を務めてみないか…?」
その総帥直々の提案に…一瞬頭が真っ白になった。
「アムロの負担を少しでも減らしたいのが本音だがな。ある意味適任だろう。ただお前自身の権限と仕事も増える事になる。故に護衛役は他の者に任せる事にしよう」
「そ、それは絶対に嫌ですっっっ!!!!」
思考より先に言葉が出てしまった自分に驚く。…しまった!と片手で口を抑えるがもう遅い。
恐る恐るバックミラーを覗いてみると…シャアが顎に指をかけて興味深げにこちらを見ているのが解った。ますます背中が固くなる…。
「…成る程…な。お前のソレは解らなくもないが…アムロの為に何が重要かをまず考える事だ」
大変静かではあるのだが、とてつもない重圧感をギュネイに感じさせる言葉であった…。

 

 

「どうしたの?シャア…こんな時間に」
いきなり昼間に帰ってきた夫君にアムロは驚いた顔で出迎える。
「何…休憩時間だよ…君の顔が見たくてね。具合はどうかな?」
その細い身体を抱き寄せて、優しいキスを送る。
「ホント困った人だね…貴方は…」
そう言いながらも、自らもキスを返して満更でも無い態度を示した。

ふと、その気配に気付き振り向くと、ドアの所にギュネイが佇んでいた。
「ギュネイが送ってきたのか?悪かったね…付き合わせちゃって…」
優しい笑顔を向けて、もう一度シャアにキスをしてから…ギュネイに近付く。
「さっきレズン中尉が来てね…彼女には連絡済なんだけど…明日からの訓練を……え…?」
思わず言葉を止めてしまったのは……ギュネイが…
「ア…アムロ…少佐……良かった…ホントに……」
…彼は泣いていた。ポロポロと涙を零している。
「えっええーっっ?!ど、どうしたの?!ギュネイっっ!」
いくら若くても、もう20歳を超えたハズ…しかもそれなりの長身と立派な体格をしている軍人である男が、人目も考えずにグスグスと泣き出すとは…さすがにアムロも慌てた。
「お…俺…少佐が倒れたって…聞いた時……もうホントに心臓止まるかと…。俺はずっと側に居たのに気付かなくて…しかも少佐に…迷惑かけてばっかりでっっ…!」
「…ギュネイ……」
「俺っ俺はっっっ!もっともっと頑張ってっっ…少佐の足を引っ張らないようにっっ…!頑張って…副官でも…補佐でも護衛でもっっ全部俺が…やりますからっっ!…俺が…早く一人前に…なって…支えますからっ…もう無理をさせないようにっっ…だからだから…少佐…っっ!!」
じっとそんな様子を見つめていたアムロは、そっと腕を伸ばして自分より背の高いギュネイの肩に手を置いて…自分の方へと抱き寄せる。

……でえっえええーっっっ…??!!!×▲◎#∇刀怐堰`〜〜?!!!

当然涙は止まり、パニック状態に陥った…。
「ありがとうね…ギュネイ…大丈夫…君のせいじゃないからさ。でもその心掛けはとても嬉しいよ、本当に」
ギュネイの肩を背中をとポンポンと優しく叩くアムロの温もりが…本当に優しくて温かくて。
パニック状態は治まり…思わず自分の手をどうしたらよいものか一瞬考えてしまった…が、腕組みをして面白そうにこちらを眺めている、自分の最高上官と視線が合ってしまった。
途端に温かさは消えて冷たいモノが背中を流れ落ちた…。全くプレッシャーを送ってこないのが逆に恐ろし過ぎるっっ!…別の意味でパニックに陥りそうだ…。

シャアがそんなワタフタしているギュネイの様子を「さて、どうするつもりかね?」という感じで眺めていると、ちょうどカミーユが公邸に着いたようでドアの所に現れた。
嫌でもすぐに目に入ってきた2人の様子に彼は思いっきり眉を顰めながら、シャアに近付いてくる。
「…これは許容範囲なんですか?」
「まあ…彼はどこぞの身の程知らずと違って、自分の分を弁えているからな」

 

シャアは1時間程で総帥府に戻った。ビクビクしながら彼の後ろに付いて行くギュネイの後ろ姿を見送りながら、カミーユはふと毒突く。
「…アムロさんはあの阿呆にも甘過ぎやしませんか?」
「……ギュネイの事かい?君達が仲が良いのは知ってるけどさ、そういう言い方はね…」
「まあ…親しみを込めて言ってるんだと思って下さいよ」
その時カミーユの為にメイドが珈琲を運んできたので、そこで会話は少し中断する。

「ギュネイは見込みがある良い子だよ。鍛えがいがあるしね…最近…凄く先が楽しみになってきたんだ」
ギュネイの話題でのその優しい笑顔が、カミーユには少々気に入らない。無言で珈琲を口に運ぶ。
「後…10年もしたら…もしかしたらシャアの後継者候補の一人になるかもね」
ごふっっ…と思わず珈琲を吹き出しそうになった。
「…正気ですか?!あのアホで子供で甘ったれで俺様思考が強すぎる莫迦がですかっっ?!」
「…やっぱり仲が良いんだね……10年後の仮定だよ、あくまでも」
そのある意味大変的確とも言える、ギュネイの生態指摘に苦笑しながらアムロは言う。そんな様子の彼にも何だかムカムカしてきて、カミーユは一気に捲し立てた。

「喩え10年後だとしても…あんなのにこのネオ・ジオンの未来は任せられないですよっっ!だいたい大尉の後継者って…どう考えてもこのネオ・ジオンでは無理ですっっ!ここの住民はダイクン家しかりっザビ家しかりっ…どう考えてもその血統に拘る人種じゃないですかっっ!!大尉の後継者なら大尉の血を継ぐ者でないと…絶対に無理なんですよっっ!!」

あ…?
あれ……?
俺……何だか……
興奮のあまり………
すごく…ヤバイ言葉…を……
うああーーーーーーっっっっっっっ!!!!

…後悔してももう遅いのだが。
恐る恐る…アムロの様子を見てみると……意外にも冷静な表情をしている。
「…成る程…カミーユのその指摘…一理あるよね…」
「あっ…アムロさんっ…す、すみません…俺っっ!…なんて失礼極まりない事をっ…!」
青ざめた表情でひたすら頭を下げるカミーユに、アムロは静かに首を振って応える。
「いいんだよ…カミーユの言った事は…本当に事実だし…ね」
「…本当に…ごめんなさい…アムロさんっっ…」
「……その事実…色々と難しいけどね……上手く変える事が出来たら良いのだけど…」
そう言ってアムロは静かに笑う。その笑顔は…カミーユにはあまりにも綺麗過ぎた。

 

夕方になって、カミーユの予想通りに…アムロがまた発熱した。
自分の不注意な言葉がアムロにどれだけのストレスを与えてしまったのだろう…と、カミーユは悔やんでも悔やみきれない。
…俺ってこんな調子で…ちゃんとした医者を目指すのか……最低だな…
取り敢えずアムロは落ち着いて眠っている。そんな様子を見下ろしながら、カミーユは自分の頬をぺちんっと叩いた。
ふと良く知った気配に顔を上げる。ああ…連絡を受けて慌てて帰ってきた様子だ。
もうすぐそのドアをもの凄い勢いで開けてくるだろう、のあの男に…やはり一発は殴られる覚悟が必要かな?…と考えていた。

 

NEXT

BACK

--------------------------------------------------------------------
またまた続いちゃってすみませんっっ!…最近ギュネイが何だか愛しい…(2008/10/25)