Anniversary

 

12月という月は…この半独立国家にとって最も重要な月となる。

今月は全世界的に「降誕祭」という…最早宗教的な意味合いなどとっくの昔に無くなってしまった行事で盛り上がる月ではあるのだが…
此処ネオ・ジオン傘下のコロニー群に於いては、更に重要な行事が控えている。
「独立宣言記念日」と「現総帥就任記念日」だ。
故に降誕祭の盛り上がりをも加えて、多くのイベントや行事が開催される。住民の高揚する気分も、街中の煌びやかな装飾に彩られた光景も、消費サイクルにおいても…大変活気づく月であった。
合わせて公式行事も多く開かれる為、当の総帥閣下とその夫人も、当然多忙を極める事となる。分刻みのスケジュールの中でも、しかしながら夫婦揃っての参加公務も多くなるので、特に総帥閣下の機嫌は逆に良くなっている…という噂が誠しやかに流れているのであった…。

 

その夜に迎賓館で執り行われた大掛かりなパーティーでも、総帥夫妻が姿を見せると招待客からは一際大きな歓声が上がる。あちこちから聞こえる密やかな会話……
「まあ…ご夫妻揃っていらっしゃるとはお珍しい事…」
「それだけ特別な宴という事ですのねえ」
「招かれた私達はかなりの幸運…という事かしら?」
直ぐに大勢の人間に取り囲まれて、アムロはその一人一人に挨拶をした。
「お久し振りです、アムロ・レイ総帥夫人」
「お会いできて光栄ですわ」
「私を覚えていらっしゃいますか?」
などなど…矢継ぎ早に声を掛けられる。その誰に対しても一様に優しい穏やかな笑顔を向けて「お久し振りです」「初めまして」等の丁寧な受け答えをしていく。
誰一人にも悪印象を残さぬであろうの…実に見事な外交ぶりであった。
シャアは少し離れた位置で同じ様に人々の相手をしながらその様子を見ていて、少し不安になる。
----あの様子ではしっかり「閉じている」な…かなり疲れるだろうに…後で発熱でもしなければ良いが…
久し振りに公の場で大勢の前に出たアムロの周囲には人々が全く途切れない。
そんな妻にずっと気を配っているシャアに
「今後も出来るだけこの様に積極的に公務に参加されてほしいものですが…」
と声を掛けてきた者が居る。
「そう嫌味を言ってくれるな、ホルスト…あれがアムロの精一杯なのでな」
近付いてきた自分の政務副官の顔も見ずにそう応える。
「ご覧の通りアムロ様は対外的にもかなりの人気を博しているのは事実です。アムロ様が居る、というだけで外交的に有利に進められる事柄も多々あるのですよ」
「何度も言わせるな…私はアムロを政治的取引の場に出すつもりは全く無い」
かなり厳しい声色となったネオ・ジオン最高権力者を見上げて、ホルスト政務副官は心の中で溜息を付いた。
「閣下が奥様を大切に思われるお気持ちは解ります…ですが、今は建国に向けての大事な時期故…いつまでも『総帥夫人』としての立場を後回しにされてしまう事は我々政務に関わる者としては困っている…という事です」
そんな小言はもう聞き飽きた、とでも言わんばかりの不機嫌オーラを隠そうともしない彼を見て、ホルストは今度は本当に溜息を付くのだった。

---アムロの存在を政治的駆け引きに利用したくない、というのはシャアの心からの本心なのであるが、実際は結果的に「利用した」という形になっている状態は否めないのだろう。
自分達の婚姻は予想以上の関心と歓迎を持ってスペースノイド達に受け入れられた。人々の新生ネオ・ジオンへの興味と印象が大きく変化したのは事実である。当然の如くそれは真の独立国家建国に向けて、未だ多くの理解と援助が必要なネオ・ジオンに対して…確かに「政治的」にも大きな影響を与えているのだ。
他サイドのコロニーを訪れても雑談の折などに「総帥夫人」の様子について聞かれる事は多い。政務副官の言いたい事は良く解る。アムロはそのイメージで男女問わずに人気が有るのだ。そしてこの場のように実際会ってみて…その雰囲気とその優しく温かい波動に触れてしまうと…多くの者が簡単に「支持者」となってしまうような…そんな印象をシャアは感じている。
己自身のイメージにもアムロの存在は大きい。それは良く理解している。
しかし、だからと言ってアムロを多くの公務に携わらせる事はしたくない。本人もかなり嫌がっているのは確かであるし、こんな対人交渉などは実際彼は苦手であるはずなのだ。
しかしながら今回の様に「やむを得ず」でそれを実行しなければならない時には、まるで別人の様に振る舞い、驚くべき成果を上げてくれるので…政務官達が期待してしまうのも無理はない。
そして何よりも不快なのが「総帥夫人」として「妻」が振る舞っている姿を…歓喜の感情で見つめてしまう…何とも俗物的な自分が此処に居る事だ。
そんな自分を度し難いな、ともしみじみ思うのだが……

 

「……何か嫌な事でもあった?」
帰路に向かうリムジンエレカの中で、シャアの中に未だ残る不機嫌さを敏感に感じ取ったアムロは、心配そうに夫を気遣う。
「いや……」
そっと身体を傾けてアムロの肩に頭を乗せる。同時に膝に置かれた手にアムロは自分の手を重ねた。優しい温かい波動がアムロから流れてきてシャアの全身は安堵感に満ちてゆく。
「君と四六時中一緒に居られるのは嬉しいが…嬉し過ぎて大事な事を時々忘れてしまう…不甲斐ない事だ」
その言葉にアムロはクスリと笑う。
「相変わらず優しい事を言うんだね……でも俺なら大丈夫だよ?シャアが想像する以上に丈夫に出来ているんだから」
確かに精神力の強さから言えば…アムロの方が自分よりも強いだろう、と感じる事はあるが。
「そうか…?丈夫という割には毎晩すぐに根を上げてしまうようだが?」
「……そ、ソレとコレとは話が別っっ!!」
イヤらしいなっもうっっ…とアムロはニヤけた表情の夫の頭を軽く叩いた。

 

深夜となる遅い時間に公邸へと帰り着き、礼服姿の総帥夫妻を執事と女中頭、数名の使用人が静かに出迎える。
各々で部屋着に着替えてから夫妻専用の居間に移動すると、女中頭が紅茶とホットミルクを持ってきてくれた。
「遅い時間にありがとう、ミセス・フォーン…今夜はもう休んでください」
穏やかな笑顔で労いの言葉をかけてくれる自分の「レディ」に、深々と頭を下げて
「ではお二人とも…おやすみなさいませ」
と告げてミセス・フォーンは静かに扉を閉じた。
アムロは温かいホットミルクに少しだけブランデーを垂らす。その小瓶を受け取って、同じように自分の紅茶にとそれを入れているシャアに「入れ過ぎ」と小さく呟いたが、彼は気にするわけもない。その小瓶をほぼ空にしてしまった。
温かいホットミルクとブランデーの薫り…一口味わってからアムロは心底ホッと一息ついた顔をした。そんな妻の様子にシャアは口元を緩ませる。
「やはり疲れた様子だね…奥様」
「…ん……でも平気…側にシャアが居てくれるから」
傍らに座る夫を少し上目遣いで見つめる。その瞳の中に潜む確かな意志を感じて、シャアは愛しい者のその表情に暫し見とれた。
「嬉しいよ…君がそう言ってくれる事が」
そっと唇を寄せ、角度を変えて2、3度…のキスをする。甘いミルクと紅茶の混じった味がした。
「すまないが…今月だけは我慢して公務をこなして欲しい」
「解っているって。こんな大事な時期に協力出来ない程までに…俺は無責任じゃないつもりだよ?」
「心から感謝するよ…アムロ・レイ・ダイクン総帥夫人殿」
何その言い方、と笑ってアムロは自らシャアに再び軽く口付けた。そしてそのままその彼の胸に頭を寄せた。自分に身体を預けてゆっくりとホットミルクを飲んで寛ぐ妻の姿が、その夫を更に幸せな気分にと高揚させる。
「私としては…来月の方が余程重大な記念日があるがな…」
アムロの癖のある赤毛に指を絡めながらシャアはポツリと呟く。
「来月…?…ああ……俺の『亡命記念日』ね」
クスクスと小さく笑いながらアムロは答える。
「笑うところか?…私には一生忘れられぬ日になったというのに」
髪を弄っていた指を下ろして、抗議の意味も込めてその頬を突いた。
「ふふふ…ゴメンゴメン……もう1年経つんだなあ…」
「まだ1年だ」
「俺には…もの凄く長い1年だったけれど…ね」
アムロが自分に更に体重を掛けてきたので、ふとその顔を覗き込む様にしてみるが…この角度ではその表情がはっきりとは見て取れない。
「うん…長かった……ホント……」
「アムロ……」
そう…長く感じるけれど…それでもあの時の事は鮮明な記憶として残っている。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「…こんなモノでどうだい?」
「はいっ…もう大丈夫っ…凄い扱い易くなりましたっっ」
「良かった…じゃあこのパターンAは戦闘中には絶対に使用しないように…大丈夫だよね?」
「もちろん!だいたいーっアムロ大尉に合わせた反応速度でアタシが戦えるワケないじゃないですかーっ!!」
無理無理ですって!…と、リ・ガズィのコクピットの中で大袈裟に手を拡げて見せる彼女…ケーラ中尉にアムロは苦笑して見せた。
「じゃあ今から細かいトコロを君用に調整するから…」
アムロはコクピットの外壁の端に置いた小さなモバイルコンピューターに軽快なリズムで色々と入力をし始める。そんな上官の様子を見つめながら
「…アムロ大尉の新しいMSって…まだ完成してないんでしょ?それなのにもうリ・カズィにアタシ用のプログラム組んじゃっても良いの?大尉…」
と素直な疑問を口にする。
「早すぎるのは越したこと無いよ。俺が出撃出来ない事も起こりうる…何時何があるかは解らないしね…ケーラがいつでも扱えるようにしとかないとさ」
「…まあ…大尉がそうおっしゃるのならねー」
両頬に掌を添えて、アムロの流れるような手の動作を何気に見つめているケーラ中尉であった。
ふと下から声が響いてくる。
「アムロ大尉ーーーーっっ!…ちょっといいですかあ?!」
そのままの体制で下を覗き込むようにしてアムロは答えた。
「なんだい?アストナージ」
「えっとですねぇ…リ・ガズィのBWSの調整で使う……ってっっ…あっっ!や、やっぱり後でいいーですーっっっ!!」
話の途中で急に慌てた様子になり、アストナージは奥へと戻っていった。
「??…どうしたんだ?急に…」
「……アタシが顔出したからでしょ」
振り返るとケーラ中尉はコクピットから身を乗り出す様にして…憮然とした顔で頬を膨らませている。
「もうアイツったら…最近ずっとあんな調子で…妙に避けてたりしたさっっ」
ふーっっと大袈裟に見える程に大きく、ケーラは溜息を付いた。
「もうっっ…ホーント煮え切らないんだからっっ!…アタシと今後どうしたいんだかハッキリせいっちゅーのっっ!」
プンスカと怒る様子のケーラ中尉を見て、ああ、とアムロは納得する。チーフメカニックマンのアストナージと、このケーラ中尉の男女の関係に有るであろうの仲については、アムロでさえも薄々気が付いていた。
「…やっぱりアタシに魅力無いのかなあ…そりゃアストナージや大尉より大きいサイズの女だけどぉ…」
「そんな事は全然ないよ、ケーラ」
アムロは穏やかな口調で応える。
「ケーラが魅力的な女性過ぎて…あっちは逆に自分に自信が持てないんじゃないかな?」
再びカタカタとパソコンを操作し始める。
「拒まれるのを怖れているのかもね…彼の方が」
「ええっ…?!そんな事って…何でっ?!」
「自分から言ってやらないと解ってくれない男って居るものだよ…かっこつけているクセに妙に臆病になっててさ…ちゃんと言ってくれるの待っているっていうのに『拒否されるのが怖かった』なんて言うんだよなあ…全く世話が焼けるってものです」
ピピピ…という音が響く。作業しながら淡々と言ってのけるアムロを見ていると、ケーラはふと不思議な気分になって呟いた。
「………大尉…ソレ凄くありがたいアドバイスなんですがあ…何だか立場が微妙に違う気がするんだケド…??」
「え…?俺…何か変な事言ったかい?」
キョトンとした表情で自分を見つめてくる…そんな年上には思えない上司の顔を暫し観察し、ケーラ中尉はクスリと笑った。
「まあいーですよっ…ふふふ…アムロ大尉は噂通り……やっぱり…ふふふ」
その意味深な含み笑いにギクリと身体を震わせるアムロ。
「えっっ?!なっ…何っっ…何の噂…がっっ…?!」
「ふふふふ…アタシ達女性士官の間でもっぱらの噂ですのよーっ?…『アムロ大尉は素敵な恋をしている様子』って♪」
けげっっ?!…と思わずそのパソコンを落としそうになってしまった。
「けっ…ケーラ中尉っっ!…あ、あのねっ!…その…」
「ふふふ…お相手が誰かなんて野暮な詮索はアタクシ達はしませんわよお♪でもやっぱり恋してるんだーっっアムロ大尉ったらー♪」
焦りまくりの表情で青くなったり赤くなったりしている上司をケーラ中尉は心底可愛い、と感じてしまう。
その時、アムロ大尉を呼び出す艦内放送が彼らの耳に響いた。

 

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