-----千年の王国・百の夜------

 

 

 

《 第九夜 》

 

 

「…何故そこまで言う?理由は?」
妹のその剣幕に些か眉を顰めて、シャアは問い質す。
「兄さんがただの一般人の男であれば…私も反対はしません…ですがっ!ネオ・ジオン総帥としてアムロを連れて行くと言うから…私は反対するのです!!」
その女性にしてはキツ過ぎる射抜く様な視線は、並の普通の男であればかなり怯む事だろう。
「…兄さんもご自分の立場はお判りでしょう?…そしてアムロ・レイという名前だって…良く知られていると言うことも……」
セイラは少しだけ目を伏せたが、すぐにまた兄を睨み返した。
「総帥夫人ともなれば…どうやっても注目されてしまう…今のアムロはどうやっても好奇の視線から逃れられないわ…兄さんはアムロを見世物にでもするおつもり?!」
「…確かにネオ・ジオン総帥夫人ともなれば…人々やマスコミの注目は集まるだろうな…」
「だったらっっ!!」
「しかし、今のアムロを見ても、誰も『あのアムロ・レイ』とは到底考えられないだろう。私は逆にそれを利用するつもりではあるが…」
「…兄さんの策略なんてロクでも無い事に決まってますっっ!…それとも…アムロを表に出さずにいられる方法とかを…考えていらっしゃるとでもっ?!」
ほんの少し思案する様な仕草を見せてシャアは
「それは無理…だな」
とあっさり言い切る。
「…見世物というより、見せびらかしたくはあるな…これ程の素晴らしい『女性』であれば」
「はあっ?!シャア…あのね…っっ」
何を言っているんだよっ…とアムロの頬は羞恥に染まった。そして目の前のワナワナと震えるセイラに気が付き「うわっヤバイ!」と焦る。
「……兄さんっっっ!!本当にもうっ…貴方という人はーっっっ!!」
思わず立ち上がったセイラの様子に、慌ててアムロが間に入った。
「セ…セイラさんっっ落ち着いてくださいっっ!!…もうっ…シャアも茶化さないでっっ!」
「茶化してなどいない。本音を言ったまでだ」
ぶちっっ…とやっぱり完全にキレたセイラの感情をアムロは正しく感じた…。
「…もうもうっ!!兄さんのそういう態度が私は許せないのよおぉーっっ!!」
「わーっっっ!セイラさんっっ?!…ダメですっっ!そんなモノ投げてはーーっっっ…」

 

入れ直されたお茶に初めて口を付けて…3人は何とか落ち着いた、様に見える。
「すみませんセイラさん……」
「…何故アムロが謝る必要があるの?」
セイラは本気ですまなそうに頭を下げるアムロには困った様子で見つめ…そして相変わらず不貞不貞しい態度の兄へはキツい視線を送った。
「いえ…だって…セイラさんが本当に俺の事も心配してくれているんだ…って解ったから…」
「何を言うのアムロ…私はずっと…今でもアムロの事をとても大切に思っていてよ」
「セイラさん…」
2人の間に漂う不思議な信頼感…に、シャアは何故か心が少しざわめくのだが。
「アルティシア、お前の言う心配は充分に解る…だが私とて生半可な気持ちでアムロを迎え入れるわけではないぞ?アムロは…何があっても私が全力で守ってみせる」
「……信用出来るかしら?」
「まあそう言いたくなるのは当然だろうが…今のアムロを見れば…お前も解ってくれるか?」
未だに自分を睨み付けている妹に、傍らのアムロの肩を更に抱き寄せてシャアは微笑んだ。
「…セイラさん…俺は大丈夫です……だから…もう心配しないで」
同じように微笑むアムロ…2人を交互に見つめて、セイラは最後に大きな溜息を付いた。

 

「じゃあセイラさん…この部屋を使ってくださいね」
結局、彼女は一晩この山荘に泊まる事になった。今すぐにでもアムロを連れて行く、という彼女を何とか宥めて、翌朝出発…という事で何とか了承してもらったのだ。
「これパジャマと着替えと……まだ新しいですから。他は大丈夫ですか?」
自分の記憶の中にある、15,6歳の少年と…今、目の前で色々と世話を焼いてくれる女性は…色々重なったりズレたりと、何とも言えない気持ちにさせてくれる。
「ねえ…アムロ」
「はい、何ですか?」
その素直な笑顔は確かに昔にも記憶にあるものだけど……
「その…兄とは…いつから…なのかしら?」
「…は?」
本気で解らない、という表情をする「彼女」に思い切って聞いてみる。
「だからそのっ…あなた方が愛し合う様になったのは…いつからなのかと…」
アムロはああ…と合点が行った顔をして少しだけ頬を染めた。
「…身体の関係が出来たのは22歳の時ですよ…女性になってからじゃないから…安心してください」
「…そ、そう…色んな意味で複雑だわね…」
「俺もそう思います」
再び笑顔を作ってアムロはセイラの側に寄ってきた。
「…色々悩んだり辛く考えたりしたけれど……シャアをセイラさんに会わせる事が出来たのは良かったって…素直に喜んでいいですよね?」
「アムロ……」
じわり…と目元が熱くなり涙が浮かんできてしまう。
…そう…私だって本当は……
セイラはそのまま目の前のアムロの首に抱き付く。
「……ありが…とう……アムロ……」
アムロは何も言わずに、優しく彼女を抱き止めた。
「…兄さんを…助けて…くれて……本当にありがとう……」
やっと心から安堵する事が出来るのだ……と…
やっと眠れる夜が訪れてくれるのだと……
彼女は…この奇跡にこの再会に…ただ感謝をしよう、と素直に涙する………

 

部屋から出ると、アムロが予想した通りにシャアが佇んでいた。
「…心配ないよ、もう大丈夫」
アムロは優しく微笑んでシャアに歩み寄る。
「そうか…君とアルティシアの信頼関係には少々妬けるな…」
「ええー?…それはこっちの台詞だよー」
自分を抱き寄せてくるシャアにそのまま身体を委ねて、アムロは小さく笑った。
「俺の大好きなセイラさんに、貴方もあれ程に想われてさ…正直妬けます」
「…それはどっちに…だ?」
本気で面白く無さそうな顔を作っているので、アムロはますます可笑しくなった。その優しい恋人に軽くキスをして、その瞳を覗き込む。
「……今夜は…一緒に寝る?…寝るだけなら…いいけど…」
「ああ…嬉しいよ…アムロ」
また忍耐力を試されるのだな…と苦笑し、そのままアムロの身体をフワリと抱き上げる。
「シャア…あのね……検査が…ちゃんと終わったら……」
「大丈夫だアムロ…私はずっと待っているさ…」
シャアは殊更優しく呟いて、腕の中のアムロの柔らかい髪に幾度かのキスを落とした。

 

翌朝の朝食後、アムロが外泊の用意をしている間…シャアはセイラと2人だけで語り合う事になる。
「…では…一週間……アムロをお預かりするわ」
「ああ頼む…それとアルティシア…検査以外の事なのだが…」
「解っているわ…私が『女性』として生きる為に必要最低限な事は教えるつもりです」
「すまない…よろしく頼むよ」
セイラは素直に礼を言う兄をじっと見つめる。
「兄さんは…喩えアムロが『不完全』であったとしても…受け入れてくれるのですね?」
「拒否する様に見えるのか?」
そんな兄の様子にセイラは…やれやれといった感じで微笑んだ。ここで初めて見る妹の笑顔に、シャアもやっと安堵感に満ちる。
「…どうしても手に負えなくなる事態が出来たら…いつでも私を頼ってきてよろしくてよ?」
「それはありがとう…だがお手柔らかに頼むぞ」
「そうね…兄さん次第では私の判断でアムロを地球に呼び寄せるかも…だわ」
「…それこそ厳しい採点は勘弁して貰いたいところだ」
2人から自然と小さな笑い声が上がった。…兄が妹の元を去ったあの辛い別れの日から何年も経って…そして今、こうして初めて笑い合う事が出来たのだと、互いにその想いを噛み締めながら……

麓の街までシャアは2人に付いていった。セイラの病院は同じ国内にあるのだが、山岳を越える為に列車を使うことになる。それが今の時代でもこの土地の地形にあった一番便利な交通手段なのだ。
時代を感じる駅舎はそれなりの人で賑やかな喧噪だが…此処にいる人間は誰一人として、こんな場所にまさかあのネオ・ジオン総帥と、アクシズを止めたあの連邦軍のエースパイロットが居るなど…考える筈もないだろう。そんな一般人の中にごく普通に紛れ込んでいても、「美形の男女」として少々目を引くかもしれないが…。
「じゃあ行ってくるね…シャア…」
「ああ気をつけて……アルティシア、アムロを頼む」
「ええ…大丈夫よ、兄さん」
シャアとアムロは抱き合って、ごく自然な恋人同士の口付けを交わした。此処に墜ちてきて初めて別れて過ごす事に、互いに不安を感じないわけでは無かったが…今は致し方ない。
アムロとセイラが乗った列車を…同行していたレモンドが声を掛けてくるまで…シャアはかなり長い時間佇んで、それを見送っていた。

 

 

セイラが経営者と院長を兼任する病院は、療養所として有名な静かな街にある。
そんな場所にありながらも、最新の医療技術を他よりは安く誰に対しても提供できる…そんな病院である。この他にも同じ様な病院、施設が世界に何カ所かあるという。
「おかげで私は色々と飛び回らなくてはいけないから…あまり臨床には携われないのだけどね」
事業家や経営者としても大変やり手で優秀な彼女を知ると、やはりシャアの妹なのだなあ、とアムロは思う。静かな隠遁生活なんて、今の彼等には絶対に出来ないのだろう。
ここでアムロは身体的な全ての検査を受ける事になる。色々と気恥ずかしくもあったが、セイラさんになら…という気持ちは、きっとシャアも同じであるのだろう。検査は秘密裏に彼女自身が行ってくれた。

「まだ全ての結果は…一部研究機関とかにも廻しているから…今直ぐには出ないのだけど」
「……はい」
様々なデータが目の前の液晶画面に展開されているが、記号も数値も何がどうなっているかは素人のアムロにはさっぱり解らないのだった。
「取り敢えず…身体の中身はね…」
「…は…い……」
妙な緊張感が漂い、アムロの心臓の鼓動も早くなった。
「………完全に女性体ね……骨格も女性特有、そしてしっかりと卵巣も子宮もあるわ」
「………………」
「…やはりショックかしら…?そうよね…30年近く男性として生きてきたのですものね…」
「い、いえっっ…そんなに…強く衝撃は受けてませんよ…セイラさん」
自分より彼女の表情の方が沈痛にも見えて、アムロは笑ってみせる。
「本当にどうして…こんな事になったのか…きっと今の医学でも科学でも証明する事は出来ないわよね…まあ…それはそれで良い事なのかもしれないけど」
「…セイラさん?」
「人の想いや奇跡を信じてみるのも良いのか…って思えない?」
セイラはその美しい笑顔を優しくアムロに向けてきた。
どうなのだろう…?とアムロは思う。この「奇跡」が「想い」に依るものだとしたら…いったい誰の?と考えてしまう。自分の…無意識の想いなのだろうか?そうと信じたくはないのだが…。
ただ実際こうして此処にある現実は、もう目を逸らさずに受け止めなくてはならない。
シャアの為にも……そう約束したのだから……。
「…ところでアムロ…ちょっとだけ驚いたのだけど」
「はい?」
キョトンとした表情のアムロに、セイラは今度は悪戯っぽい笑顔を見せた。
「『女』としては…兄と未だ清らかな関係だったなんて…ちょっと意外だったわ」
「?!…せっ…セイラさんーっっっっ!!!」
それは真っ赤な顔になってアムロは叫ぶ…しかなかった……

 

「なあ…知っているか?院長のトコロにいる『特別な』患者の事」
「…ああ、3日前から来ている…チラっと見たけど…なかなかいい女だったぜ」
「ちょっとだけ気になるよな…」
「止せよ、医者としてプライバシーに突っ込むのは良く無いぞ」
「気になっただけさーー…何だか不思議な雰囲気持ってる感じの女性でさ」

同僚達のくだらない会話が勝手に耳に入ってくる。それが煩わしい。
今日、自分は他の病院から此処に戻ってきたが…朝から何故かこの話題で持ちきりだ。こんな時でも女の話とは本当に呑気な奴等だ…と考える。取り敢えず、先の病院で気にしていた患者の事はその院長に報告せねばならないだが…。立ち上がった彼に同僚が声を掛ける。
「おっ?もしかして院長のトコロに行くのですか?Dr.ビダン」
「例の美人に会ったら詳細聞かせてくれーーっっ」
どこまでも脳天気な雰囲気の同僚に呆れながら…まあこんな時代だからこそ、明るい事は良い事なのかもしれないが。
「……本当に阿呆か助平だな…お前等」
それだけ言い捨てて…Dr.カミーユ・ビダンは休憩室を出て行った。

カミーユは医者の勉強と資格を全て地球で取った。驚異的スピードで必要な物を全て取得し、現在は若手の医者として日々奮闘中である。地球に降りたカミーユの後継人になってくれたのが、セイラ・マス女史である。ブライト艦長とその奥さんの古い知り合いで、皆でカミーユの意志と進む道を助けてくれた。その件はとても感謝をしている。
だが…半年ほど前から、カミーユは自分の進んだ道を後悔し始めていた。
ネオ・ジオンの台頭を知り、それと戦うアムロ達の特別部隊の存在を知った時…自分は宇宙に上がるべきなのか…とさえ考えた。クワトロ大尉…シャア大佐ともそしてアムロ大尉とも無縁ではない自分だ。あの2人が戦う…という事実は信じ難くとても胸が痛んだ。特にアムロに対しては……アムロの想いは……どうなのだ?と。
シャアとアムロの2人の因縁はある程度理解は出来るが…あの時は…確かに自分には2人は恋人同士の様に想い合っていると感じられた。どうやっても2人の間に入る事は出来ない…その事実が少年だった自分の心に棘として突き刺さっていたから。
そしてアクシズ墜としの騒ぎ……2人の無事をカミーユは心から祈ったのだ。
アムロには謝りたくて、シャアには一発は殴りたくて…。
現在行方不明で捜索中…となっている2人なのだが、カミーユには2人は絶対に死んでいない、という確信があった。そう「感じている」からである。アクシズが地球に墜ちなかったあの日からずっと……。
…もしかしたら2人とも…地球に居るんじゃないか…?
現在両陣営は停戦中となっているが、ネオ・ジオン側のあの強気の態度は…絶対にシャアが生きている証拠だと、素人だって解りそうなものだ。
そして…その「感じる」感覚が不思議とここ数日強くなっている。
…何故なのだろう?

そんな事を考えながら、院長室へと続く長い廊下を歩いて、ドア付近まで来た…
その時。
…その感覚が一層強く…
「それ」はフワリ…と優しく…自分に触れてきた。

……?!!…ま、まさか……?!コレ…コレってっっ…!!
身体中の汗が噴き出し、心臓がドクドクと激しく波打つ。
思わず、カミーユはノックとほぼ同時に院長室のドアを思いっきり開けた。
「…アムロさんーっっっ!!ここに居るんですねっっ?!!」
そう叫びながら部屋に入ると、そこには……
セイラ院長と見知らぬ女性が一人、とても驚いた表情を自分を見つめている。
…??あ…れ…??
一瞬だけ呆けたように二人を見つめたが……
…い、いや??…待て…待てよ……この女性……ってぇぇーっっっ??!!

「あ……ア…ムロ……さん……?」
そしてカミーユは…目を何度もパシパシと瞬かせたのだった…。

 

 

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元々登場する予定だったのですが…何だか色々と青祭り状態…?!(2009/11/23UP)