-----千年の王国・百の夜------

 

 

 

《 第十夜 》

 

 

彼女は見知らぬ女性…ではない。
顔を良く良く見れば…間違いない。
この赤毛もあの大きめの瞳もその纏うオーラも…間違いなく自分の憧れの存在だったあの…
しかし…自分の記憶と明らかに違うのが…違うものは……あまりにも違い過ぎるのだがっ!!
「取り敢えずドアを閉めてくださいな、Dr.ビダン」
呆然と佇むカミーユにセイラは冷静に問い掛ける。その言葉に慌ててカミーユは震える手でドアを閉めた。
「…Dr.ビダン…は知っているわよね?アムロ」
「ええ……良かったカミーユ…凄く元気そうで」
自分に向けられる綺麗な笑顔…優しい包み込む様なオーラはあの頃と変わらずの…
思わずその前に跪く。そしてその懐かしい表情をしっかりと見つめた。
「…アムロ…さん…なんですね?…本当にアムロさん…なんだ…」
目元が熱く潤む。そのままアムロの膝の上に顔を埋めた。…泣くなんて行為…いったい何年ぶりだろう?と思いながら。
……ああ…温かい……アムロさんのあの波動…柔らかいウェーブだ……
……やっぱり生きていてくれた…!
……ずっと感じていたあの予感は…間違いではなかったんだっっ!
普段は信じもしない…あの存在に心の中で感謝を捧げながら…今はただ自分の感情に素直に全てを委ねる。

やがて顔を上げると、カミーユは素直な疑問を口にする。
「…で…その格好は…連邦軍の目を欺く為の…変装か何かなんですか?」
アムロは何とも言えない表情を見せて、苦笑している隣のセイラに視線を向けた。

 

「………信じられません……そんなの…医者としても……」
「誰も信じられない事よ…でも事実は此処にあるわ」
蒼白の顔色のカミーユにセイラは次々とデータを見せていった。
「骨格データも内臓スキャンも…それから遺伝子情報はまだ此処ではこの段階までしか判明してないけれど…このデータは全てアムロ自身のものよ」
「………信じたくないけれど…これは…本当に……」
ただ驚き目を見張るカミーユにセイラはニッコリと美しい笑顔を見せる。
「まあ、今の医学でだって科学でだって解明出来ない事はたくさんあるわ。人間の持っている未知の治癒能力の奇跡と似た様なものじゃなくて?」
「…相変わらずの前向きな立派なお考え方ですよね…院長は…」
大胆で常に行動力溢れるこの女性を、カミーユは医者としても人間としても尊敬はしているのだが。データを何気なく見つめていて…チラリとアムロの身体に視線を移す。ゆったりとしたコットンシャツとジーンズ姿、と全く色気のない格好をしているのであるが…ある部分に視線がどうしても集中してしまうのは、男として仕方ないのかもしれない。
-----思いっきり規格外サイズ…だ……本当に……
サイズを表記しているその数字と「現物」を交互に見つめて…少しだけ頬が赤らむ。
誰の趣味でそうなったんだっっ?!…と考えた時に、直ぐにある男の顔が浮かび、ハッとした。
「あっアムロさんっっ!…アムロさんが助かったって事は……つまりっっ?!」
カミーユのその表情を受けてアムロは静かに応えた。
「…うん……彼も…一緒に助かったよ」
「……やはり…そうですよね…」
カミーユの握り締めている拳が震え出すのを、アムロは何とも言えない複雑な気持ちで見つめていた……

 

セイラの自宅となる邸は広大な病院の敷地内の一角にひっそりと建っている。セキュリティ上もそれが一番良いという事でらしい。
「とにかく仕事もあるのだから…積もる話は夜に我が家でね。カミーユ…夕食に招待するわ」
とセイラに言われて、あの後カミーユは大人しく職場へと戻ったのである。
そして夜…指定された時間に彼女の自宅へとやってきた。インターフォンを鳴らすと…どうやらアムロの声が応えてきて…自分の胸が自然と高鳴るのを感じる。玄関ドアが静かに開いて
「…カミーユ…いらっしゃい、どうぞ入って」
淡い…ペイルグリーンのふんわりとしたワンピースを着たアムロが出迎えてくれた。
その姿に思わずカミーユは一瞬言葉を忘れてしまう。そんな彼の様子を直ぐに察知したアムロは、バツが悪そうな表情で問い掛けてきた。
「やっぱり…変かな?…セイラさんがどうしても…着てろって言うからさ…その…」
「へっ変なんてっっ!とんでもないですっっ!すごーーーくっっ似合ってますよっっアムロさんっっ!!」
必死という様子で訴えてくるカミーユに、アムロは少しだけ安堵した表情を見せた。
「…そう…良かった。こんな格好は初めてだから……何だかスースーするんだよね…お腹壊しそう…」
そう言って裾を少しだけ持ち上げる仕草がなんとも言えない。
-----アムロさん…本当に凄く可愛いなあっっ!
男である時も「可愛い」と思ってしまった過去があるのだが…今の「女性」のアムロも本当にメチャクチャに可愛いっっ!とても綺麗だ!…とカミーユは断言出来る。
顔立ちは昔とほとんど変わっていないのだが…やはり首や肩は女性特有の形となっている様だ。そして何よりも…あまりにもグラマラスなそのプロポーションである。
自分も男だ…ソコをしみじみ意識してしまうのは仕方ない…と思う程に。
柔らかな生地のワンピースは…アムロの豊かな胸を損なうことのなく、そして全体的にもとても綺麗なラインを描いている。セイラ院長は趣味が良いっと素直に心の中で賞賛するカミーユである。
自分と並んで室内に入るカミーユの、すっかり高い位置に来てしまった顔を見上げながら、アムロはふと呟いた。
「そうだカミーユ…念の為聞くけど…セイラさんとシャアの関係…もしかして知らない?」
「え?院長と…クワトロ大尉の事をですか?…いえ詳しくは…」
アムロはやっぱりね、という表情を見せた。
「……あの二人さ…兄妹なんだよ」
「…!!ええ…っっ?!…って事は…院長はっっ…ジオンのっ…?!」
ただ素直に驚愕する。セイラには本当に色々な面で世話になっているのだが、彼女のプライベートな事は一切知らないし、自分から聞きもしなかった。過去にも色々と事情がある人なのだろう、とは思っていたが。
「そう言われると確かに…似てます…よね」
「そう……だからさ…シャアの話する時にちょっと気をつけてね…セイラさんを哀しませたくないんだ」
…それは院長と大尉と…どちらにより気を遣っているのだろう?とカミーユは何となく考える。

 

此処には料理自慢のハウスキーパーがおり、毎晩疲れて帰宅するセイラの一番の楽しみと癒しになっているという。その腕を遺憾なく発揮して貰ったディナーは大変満足出来た。
夕食後のお茶の時間を三人で何気なく過ごし…暫く経った後にセイラはふとソファーから立ち上がる。
「少し片付けたい仕事があるの…悪いけど二人でお話していてくださる?」
その気遣いにアムロもカミーユも心の中で礼を述べる。
広いリビングルームに二人だけとなり…カミーユはやはり出来るだけの事をアムロに聞きたかった。
アムロが入れ直してくれた温かいお茶の入ったティーカップを受け取りながら、カミーユは素直に問う。
「アムロさんは…これから……どうするんですか?」
「…宇宙に戻るよ…シャアと一緒に」
意外にアッサリとアムロは応えてくる。
「?!…それ本気…なんですか?!」
「こんな事で冗談言っても仕方ないと思うけど…」
アムロは困った様に口元を歪ませる。
「…俺も…色々と迷ったけどね……シャアに付いていく事に決めた…」
本当にさらりと言う、とカミーユは思う。あまりにも重い酷な事を…まるで少し離れた土地に行く恋人にただ付いていくだけの様な…そんな口調でそんな表情で!!
「…そんな……何で…何でアムロさんが……」
「カミーユ…?」
彼の表情はかなり険しく沈痛であり…そして吐き出す様に叫んだ。
「何で…アムロさんがっっっ…大尉の罪滅ぼしに付き合わなくちゃいけないんですかっ?!アムロさんには何の罪は無いのにっっ!…何でアムロさんもそんなっ…そんな酷な道を行くって言うんですっっ?!」
「俺にも罪は…あるよ…カミーユ」
えっ?と思わずカミーユが見つめるアムロの表情は…とても静かで…しかし迷いは無い…。
「俺の罪は…彼の手を取らなかった事……シャアを一人にしちゃった事だもの…」
……それは…あの7年前の…砂漠の土地での事を言っているのだろうか?
「…アムロさん…でもそれは……」
「うん…解っている。それも奢りか自意識過剰かもしれないって事は…」
アムロは落ち着いた仕草でカップへと口を付ける。
「でもさ…あの時…俺が彼と一緒に居る事を選んでたら…何か…未来は変わっていたかもしれない…そう考えちゃうのは自然だろう?」
「そりゃ…誰だって此処でやり直せたら…とか思う事はあると思いますよ…でも…」
「いいんだよ…カミーユ……心配してくれてありがとう」
アムロはあの頃と変わらない優しい笑顔を自分に向けてくる…
そして今はただ優しいだけでなく…何か満ち足りた…俺にも何かを分けてくれる様な…そんな笑顔に思える。
「俺もこの先の事や…自分の身体の事も…確かにとても不安でたまらないんだけど…でも」
「…でも…?」
「…シャアをまた一人ぼっちにしちゃう事の方がさ…余程不安…だよね?」
そう言って自分に笑ってみせるアムロの笑顔があまりにも綺麗過ぎて…カミーユは胸が詰まる想いで、思わずまた泣きたくなってしまう。
…ああ…これが慈愛の笑顔って…ヤツだ…
…どうしてそんな風に笑えるんだろう?…どんなにか…辛かったろうに……
…アムロさんがとても苦しんだから?…そして…彼も苦しんだから…?
……だから今は…そんな風に笑えるのか?

カミーユは…
アムロがどれ程までに…あの男に愛されているのかを…実感するのだった。

……大尉が…アムロさんをとても愛しているという事は…
確かに今のアムロさんを見ていれば解る…
…解るけど……でもそれって本当にアムロさんの幸せを考えてるのか?
…大尉の性格を考えれば…確かにこの地球で隠遁生活なんて出来るワケがない
……責任をどう果たすつもりかは知らないが……
…アムロさんを巻き込む事が…本当に良い事なのだろうか?
ましてや……アムロさんは「女性」になってしまったのだから……
今、一緒に宇宙に戻らなくたって…落ち着いてから迎えに来るとか……
……他にも方法ってあるんじゃないのかっっ?
……本当に…アムロさんを想っているのならば……

「…お二人は…まだ地球に居るんですね?」
「多分そうだね…今直ぐに宇宙に、ってワケにはいかないと思うよ」
シャアの方も色々と準備をしているみたいだけど…とアムロは応える。
「解りました………その前に俺、絶対に……大尉を殴りにゆきます」
「ええっっ…?!……本気?」
「当たり前です…本気ですよ」
何だかゴゴゴゴ…とカミーユは燃えている気がする…止めても無駄だろうなーとアムロは素直に思った。
「そうだね…セイラさんは殴るタイミング逃しちゃったから…カミーユもその分を殴ってもいいと思うよ…うん」
「ありがとうございます…アムロさんの許可が出たので、俄然やる気になりましたよっっ」
己の右拳をパシーンッと左手に打ち付けてカミーユは力強く頷いている。その様子に相変わらず鍛えているのだろうな、とアムロも感じ、心の中でシャアに合掌した。
「アムロさん」
「…何かな?」
「あなたの気持ちは良く解りました…でも俺…やっぱり最後まで諦めませんからねっっ」
「…???…何…を?」
それには応えずただ不敵な笑顔を見せるカミーユに…アムロは少しだけ不安を覚えた…。

 

「はいアムロ…今日はこの下着を身に着けてね」
「……はあ……」
アムロにはかなり派手に思える、その薄紫に黒い豪華レース縁取りの下着セットを手渡されて歯切れ悪い返事で返した。
「ふふふ…アムロってこういうの着せても似合うからとっても楽しいわ♪」
セイラさんにも似合うと思いますよ、と言ったら怒られるだろうか?
此処に来てから、邸内でははっきり言ってセイラの着せ替え人形扱いだ。下着から何から全て彼女の用意するものを着せられている。
…それにしても…とアムロは思う。
「…兄妹だから…趣味似てるのかなあ?…シャアの用意したヤツとほとんど変わらないや…」
あの山荘内では断固として着けるのを拒否した…下着類を思い出す。
下着に限らず、セイラは女性の服装に関する様々な事を教えてくれた。それは素直にありがたいと思っている。それ以外にも身だしなみや…肌の手入れ方法とか、化粧の仕方とか……
女って…とっても大変だーっっっ!!とアムロが根を上げてしまう程に。
「これしきの事でへこたれないでっアムロ…何も難しい事じゃないでしょう?」
「むっ難しいしっ大変だしっっ…そんなに一度に覚えられないですよっっセイラさんっっ!」
「…女として一番大変なコトを教える前から何言ってるんだか……ほらまた順番を間違えたっっ!コレはコレの後っっ!いきなりファンデを塗っちゃダメよっっ!」
「…ふえっ…わっ解りましたーっっ」
モビルスーツの操縦関連の手順を覚えるより難しいよっっ…とアムロはしみじみと思っている事だろう。

 

もうすぐ約束の一週間……シャアが待っている。
検査が終わったら……と約束した。
ずっと待たせてしまった……だから……
検査の結果を全て聞いて…アムロはついにシャアを受け入れる決心がついたのだった……

 

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……次はついに…R18部分…でしょうかっっ?! (2010/1/18UP)