-----千年の王国・百の夜------

 

 

《 第十一夜 》

 

 

「…セイラさん…何ですか?この大荷物…」
マス邸の広いリビングを埋め尽くす…朝起きたら現れていた山の様に積まれた段ボール箱を見つめて、アムロは素直に疑問を口にした。
「ああ、これは全て私からアムロにプレゼントする物よ」
「ええっっ…?!」
驚いて目を見開き、その段ボール箱の山と、自慢げにその前に佇むセイラを交互に見比べてしまう。
「まずは、洋服を1年分。普段着からドレスまで、そして靴も合わせて…必要な物は全て揃えました。そして下着に化粧品に…他生活用具一式。女性として生活していくに当たって必要なモノ…ほぼ完璧に揃えたはずよ。まあ、解り易く言えば…アムロのお嫁入り道具になるのかしらね?」
「……こ…こんなにたくさん…ですかっっ?!」
「大丈夫よ、送り先は全部レモンドの家にするから安心して」
…そんな問題では無いと思うが……いや、レモンドさんにはホント悪い気がする…
「その…セイラさん…こんな…そこまでしてくれなくとも…」

恐る恐る聞いてみるが、そんなアムロの態度を一瞥して、ピシャリっとセイラは言い放つ。
「あって困るモノではありません。素直に受け取りなさい、アムロ」

………そっくり兄妹だ…ホント…
その大変似ている強引な部分に、諦めた様な表情で溜息をつきそうなアムロに対して、セイラは今度は優しい笑みを向けた。
「本当に気にしないでほしいの…アムロは私の義姉さんになる人だもの。妹として何かしてあげたいのは当然じゃなくて?」
その言葉にアムロは思わず頬がサッと赤くなってしまう。
「…そ…その言い方は…ちょっと恥ずかしいです…」
「ふふふ…ちゃんと祝福しているのだから…喜んでね?」
セイラは優雅な足取りでアムロに歩み寄る。
「…義姉になる人がアムロで良かったわ…他の女性なら私は絶対に許せないもの…きっと」
「セイラさん……」
セイラは自分とそう身長差の無い、アムロの身体を優しく抱き締めた。
「そういう意味でも…この奇跡は私へのご褒美でもあるのね…」
そう言って彼女はアムロの顔を優しく覗き込んだ。
アムロはその美しい表情をじっと見つめる。シャアと全く同じ髪の色…全く同じ瞳の色……大人になった今の顔もやっぱり良く似ている、と思う。
大好きだった憧れの金髪さん…その兄と自分が深い関係になってしまうなんて、想像も付かなかったけれども…。ましてや自分は今は、女性としてその兄と一生添い遂げようとしている。とても不思議な奇跡が起こした、彼女との深い縁と絆……
「…セイラさん…俺…どこまで出来るか解りませんけれど…」
なあに?という感じで彼女は首を軽く傾げた。
「俺…絶対に…シャアを幸せにしますから…」
あらら…という表情をセイラは一瞬見せて、その後クスクスと彼女は笑い出した。
「幸せにするのは兄さんがアムロを…でなくては困るのだけど。でもまあ……確かにアムロが幸せにする、が正解かも…よね」
再びぎゅっとアムロに抱き付く。
「ええ…兄さんをお願いね…アムロ……そして誰よりも貴女の幸せを私は祈っているの…何かあったら絶対に私を頼って…いつでもどんな時でも貴女の力になるわ」
「セイラ…さん……」
彼女から感じるその一遍の偽りも無い優しさに…アムロの目元が熱くなる。
再びアムロの顔を覗き込む様にして、セイラはこつん、と額を合わせてきた。
「…子供が出来たら…私に必ず会わせてね?待っているわ」
「は…い……絶対に…セイラさんの処に…里帰りします」
その言葉に蒼い瞳が2、3度瞬いて…セイラも目元を潤ませてきた。
「…嬉しい…アムロ……私ね…本当に嬉しいのよ?」
「…はい…セイラさん……ありがとう…俺も凄く嬉しいです…」
-----そう……私達……家族…になれるのね……
互いの優しさと温かさがただ嬉しくて、二人は暫くの間優しいハグを繰り返し…温かいキスを幾度もその頬へと贈りあった。

 

此処に来た時と同じ様に、列車に乗り込む為に駅へと向かう。
駅まではセイラの運転するエレカで1時間弱…その駅までレモンドから護衛の者を迎えに行かせる、と連絡が入っていた。アムロは独りで帰れるから、と一度断ったのだがレモンドも頑として譲らなかったので。
「アムロは兄さんの大事な奥様となる人ですもの…これからもレモンドも周囲の者も最大の礼節と忠義は尽くすと思うわよ」
「…そんな大層に考えなくてもいいのになあ…」
困った様に呟くアムロをチラリと横目で一瞥して、セイラは口調を強めた。
「甘いわねアムロ…これから貴女も『ジオンの血』に忠誠を誓う者達の…心強いけれども鬱陶しく面倒で…そして時には恐怖さえ感じるあの感情に守られる事になるのよ…覚悟なさい」
感情に任せてか、セイラは思いっきりアクセルを踏む。
「…まあそれでも…彼等のお陰で私も『地球』でも生きていられる様なものよね…感謝はしているのだけれど」
「…セイラさん……」
自分は後部座席に座っている為、セイラの表情が正確には読み取れないけれども…それでもアムロはその複雑な想いを感じ取る。喩え全てに拘わりたくないと決別しようとしても…決して逃れられないその『血』を取り巻く様々な人と感情と思惑……シャアもセイラも同じなのだと。
「そんな面倒な事に…大尉はアムロさんを結局拘わらせるのか…」
助手席に座っていたカミーユがボソリと呟いた。最後の日は彼も同行すると、どうしても駅まで見送りに行くと譲らなかったので。
「そうよ、ますますぶん殴りたくなったでしょう?Dr.ビダン…私の分まで是非お願いね」
「任せてください…最低で5発ですね」
ふふふふふ…ほほほほほほ…という、どす黒いオーラさえ感じるこの雰囲気……
…ご愁傷様、シャア…仕方ないよね
…自分に多分止める権利は無いのだろうけれど…カミーユ…なるべく…顔は一発くらいにしてあげてね…?
と思わず惚れた弱みか、つい考えてしまうアムロであった。

駅に到着し、待ち合わせ場所へと向かう。自分の荷物は小さな旅行バック一つだけだが(その他の大量の荷物はセイラがレモンド宅へ送る手配済…である)、カミーユが自然とそれを持ってくれるのが…何となく気恥ずかしかった。
レモンドが指定した駅の待合室へと向かうと、そこに迎えの者が待っていた。
そう…迎えの者なのだと…
直ぐに解った。そう…「感じた」のだ。
思わずアムロは大きく瞳を開いて驚愕の表情となり、セイラの反応は少し遅れて…そして思いっきり眉間に皺を寄せる。
黒髪にサングラス…長身で実に均整の取れたスラリとした…だが鍛えられている事が一目で判る様な身体に、さり気なくラフな服装でのスタイルは、逆にかなり目立つかもしれないが…。その男はゆっくりとこちらに歩いてくる。すぐ目の前まで来て自分を見下ろす男にアムロは
「…な…んで…来ちゃった…の?」
と全く予期してなかった出来事に呆然としたままで呟く。
「一週間がとても長かったからさ…アムロ」
そして彼はアムロの身体をフワリと軽々と抱き上げる。アムロの着ている白いワンピースが、その動きに合わせる様に軽やかに舞った。アムロは抱き上げられたまま、その男…今では自分の唯一無二の存在になった、シャア・アズナブルを見下ろす。
「…ホント驚いた…そんな変装までして…」
「君の格好の方が驚いたよ…素晴らしく似合うな…とても綺麗だ」
シャアが初めて見る女性らしい服装のアムロなのだ。再会とそのご褒美を喜ぶ様に力強く抱き寄せてアムロにキスを贈る。アムロも少し恥ずかしそうに自らキスを返した。

こんな駅では良く見掛ける、ごくごく普通の恋人達の再会シーンである。…ただし平凡を装っても、妙に目立つ感じもするが。傍らに佇む美女はとても怖い顔をしているし、その隣に立つ美形の青年は明らかに怒りでフルフルと震えているし。
一通りの恋人達の抱擁を交わしてから、アムロを腕に抱き止めたままでシャアは妹へと向き直った。
「色々と世話になったな…礼を言おうアルティシア…アムロは連れて帰るよ」
「……ったく…そんな悪戯な事して…自覚が無さ過ぎてよ?兄さん…」
良くレモンドが許したものだ…相当脅されただろうし、その心労を思うとセイラは少しだけ同情する。…自分の事はちょっとだけ棚に上げて。
「なに…誰も気が付くわけがないさ…もし狙われていたら私とてそのくらいの悪意は感じ取れる」
それが甘いかもしれないのだが…確かにこの地域一帯は前世紀から中立地域を保っている為か…連邦政府が手を出し難い場所でもある。だからセイラも自分の拠点として此処を選んだのだ。
そしてシャアは軽く溜息をつく妹の横に佇む青年を見つめる。
「…此処で感情に流されないとは…大人になったものだな、カミーユ」
「……お陰様で…色々と勉強させていただきましたから……でも充填完了してますよ?」
強張った表情のまま、何気なく握った拳を上げてくるカミーユに、アムロが慌てた。
「カミーユっっ…今は…耐えてくれる?後で…いくらでも殴っていいからさっ」
「……アムロさんがそう言われるのなら……」
大人しく拳を収めた青年と腕の中の恋人とのそのやり取りに、シャアは微かに眉を顰めた。
「随分と手懐けたものだな…」
「…いやらしい言い方しないでよねっ…もうっ」
シャアとカミーユの間に走る妙な火花が明らかに感じ取れて、アムロは微かに頭痛を覚えたのだが…。

幾分緊張感を持った時間を過ごした4人だが、やがて列車の発車時刻が近付いてきた。
「…本当にありがとう…セイラさん、カミーユ…またお会いできる日まで…」
「ええ、アムロ……帰ってきてくれる日を待っているわよ」
「アムロさんっ俺は早めに会いに行きますからねっっ!待っててくださいっっ!」
アムロは2人といつまでも挨拶を交わしていたかったが、シャアが促すので目的の列車へと向かう。シャアに手を引かれながらも、アムロはセイラとカミーユに向かってずっと大きく手を振っていた。
やがてアムロとシャアの姿は…客車に乗り込んだのだろう…見えなくなる。
「…久し振りの再会…だったのよね?ご感想は?」
セイラが何気なく質問してくる。
「……大変殴り甲斐のある…存在になってましたね…」
約6年ぶりに見たクワトロ・バジーナ…いやシャア・アズナブルは…想像より遥かに…強く自信溢れた存在感に満ちていた。怒りの感情をその内に持たなければ気圧されしたかもしれない程に…。
そして何よりも、アムロの…あの表情とあの態度が、2人がとても良好な関係を築いている事実を直ぐに感じ取らせたのだ。あの2人が…愛し合っている、という感情……それは子供にだって解るだろう。
それでも。
自分は大尉を簡単には許さない…絶対に殴りに行ってやるっっ!!
そんな明らかに解る怒りとも悔しさとも取れる感情を、全身に滾らせている若い青年医師を見つめて…セイラはただ苦笑せざるを得なかった。

 

此処からあの山荘の麓の街までは3時間程、列車に揺られる事になる。
列車は山岳地帯ののどかな景色の中を走り続けていた。
客車は安全性を考えて個室を取り、2人は向かい合って座っているのだが…目の前に座るアムロから、ずっと落ち着かない様子を見受けて、シャアは少し心配そうに声を掛ける。
「どうした?アムロ…何か不安な事でも?」
「………だって…さ……」
アムロは俯いてポツリと呟く。
「…貴方が……別人みたいだから…ちょっと……それに…」
「それに?」
「……俺の…この格好……」
「とてもこの上もなく大変似合っているぞ?」
思わずアムロはシャアを睨み付けた。顔が真っ赤になっている。
「セイラさんに言われたからっっ…しょうがなく着たんだけどっっ…もうっっ…スースーするしっっ!とっても恥ずかしいんだよっっ…コレっっ!」
そんな恋人の可愛らしい様子に…そして一週間ぶりの再会に…シャアの中で何かが弾けた。
思わず手を伸ばしてアムロの腕を取ると、思いっきり自分の方へと引き寄せた。
「…わわっ?!…シャア…っっ!」
アムロはシャアの腕の中へと引き寄せられた。見上げれば一週間ぶりに見つめるその端正な顔がある…ドキンっと大きく心臓が鳴った。黒髪に染めているせいで、別人の様で嫌なカンジさえもするが…この蒼氷色の綺麗な…アムロの大好きな瞳は間違いなく此処にある。
「…ずっと…君を抱き締めたくてたまらなかったよ…アムロ…」
再び身体を強く抱き締められて、互いがぎゅっと密着する。シャアの固い筋肉を彼のシャツ越しに感じて…そして己の豊満な胸がそれに押し潰される感触が、妙にザワザワとした感覚を呼び起こした。
ゆっくりと彼の顔を近付けてくるので…アムロは素直に瞳を閉じる。重ねられる唇は紛れもなくシャアで…この熱さも変わり無くて……差し出されたその厚めの舌を素直に受け入れて絡め合う。その激しい口付けの水音が、さほど広くはない個室内に響いた。
久し振りの熱い口付けが…やはり嬉しくて。アムロの腕はその広い背中に廻り、掌がそこを切なく彷徨う。もっと…激しいキスをして…と訴える様に。
それに応えるかの如くの口付けをシャアは恋人に送り続けた。互いの口元から熱い銀糸が滴り落ちても全く気にせずに…やがて唇を離して、シャアはアムロのその細い首筋に顔を埋めて…そこへもキスを落とした。そして自然に掌が背中から下に腰にと…アムロの白いワンピースの裾を持ち上げる様にして、その中へと侵入する。太腿を熱い手が彷徨う感触を受けて、アムロの身体が大きく震えた。
「…だっ…だめっっ…シャアっっ…こんなっっ…」
大きく首を振ってシャアの身体を退けようと…そんな態度だけを見せる。
「…こんな『場所』…で?…それとも…こんな『行為』…か?」
意地悪い言い方をして、シャアの手はアムロのその下着へと掛かった。
「?!…やっ…!シャアっ…そ、それはダメだってっ…!!」
「ほう…さすがにアルティシアの見立てだな…良い趣味をしている…」
「み、見てないのにっ…なんで解るのさーっっっ!!…おっ降ろすなっバカっっ!…駄目っだめぇーっっっ!!」
「…駄目なのは此方の方だ…もう待てないよ…アムロ……」
思わず見つめたシャアの…その真剣な蒼氷色に宿る強い視線を受けて…アムロの身体は大きく震えた。
「…シャ…ア……」
それは怖れではなく…もっと…別の感覚で………

 

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……さあっ!貴女のリクエストで初めての場所が変わるぞおっっ!(←…作者最低っっ!)(2010/4/5 UP)