-----千年の王国・百の夜------

 

 

 

《 第七夜 》

 

 

「……確かに…何とも言えない事ではありますが…可能性が全くはゼロとは言えない事象ですからなあ…この奇跡は……誰にも説明が付きませぬ故…」
うーむ、と腕組みをして難しい表情で応えるレモンドである。
彼の目の前にはソファーに並んで座っている2人…シャアの腕はアムロの背中に廻されており、その肩にさり気なく手を置いていた。アムロもそのままシャアの身体に寄り添うような体勢となっており、今までと明らかに違うその微妙な位置が2人の関係を進展させているな、という事をこのレモンドにでさえ感じさせる。
「失礼を承知で申し上げますが…閣下のご感想はいかがです?」
「…感想?…何のだ?」
心底解らないという表情を作り、シャアは素直に聞き返した。
「あ…いや、ですから…アムロ大尉の……その……お身体がですね…完璧に女性なのか、という事なのですが…閣下が…そのどう感じられたかと…」
途端にアムロが真っ赤となり俯いた。シャアは微かに片眉を上げて…静かに応える。
「…いや…レモンド……今の我々はまだそこまでの関係ではないのでな…確かめてはいない」
「何ですとっっっ…?!…あ…こ、これは失礼っっ」
素直過ぎる驚きの声を上げるレモンドの詫びの言葉に…何とも言えない沈黙が暫し部屋の中を漂った。
定石通り、コホン…と小さく咳払いをして彼は会話を再開する。
「……その…まあ……気になるのであれば…一度検査とかをなさるとか…遺伝子情報を知っておくのは良い事かもしれません」
「…技術屋らしい冷静な提案だな、レモンド」
「閣下の御為ですよ」
皮肉とも取れる様なシャアの発言にも、老齢の腹心は慣れたものなのか全く動じない。
「それも…アムロが望むのであれば考えよう」
ずっと沈黙を守ったままの傍らの存在を覗き込むと、何か思い詰めた様な表情をしている。
その色合いがアムロを引き寄せているシャアの手に微かに力を込もらせた。それに気が付いてアムロは顔を上げてシャアを見つめる。
「…大丈夫だよ……検査とかは…大嫌いだけど…この身体の中身が一番気になるのは俺だから」
「アムロ…」
シャアは癖のある赤毛にそっとキスを落としてから、その細い肩を更に抱き寄せて安心させるように…掌を滑らせ幾度も愛しげに撫でる。
暫くそんな2人の様子を見守っていたレモンドは、ふと思い出した仕草を見せて、取り出した手帳にサラサラと何やらペンを走らせた。
「もし宇宙に上がる前に…とお考えでしたら…此処をお薦めいたしますよ」
そう言いながら紙をピリリと切ってシャアへと差し出す。
訝しみながらそのメモを受け取ったシャアはそのメモを見て…素直にかなり驚いた表情となった。そのまま彼にそれを見せられたアムロも、ほぼ同じ様な表情を作った。
「…ご希望であれぱ秘密裏に連絡を取らせていただきます…」
深々と頭を下げたレモンドとそのメモを、2人はただ交互に見つめていた。

 

 

レモンドが去った後も2人はそのままソファーに身体を寄せ合って座っている。
「……アムロ……君の考えは?」
「…うん……まだ少し迷っているよ」
シャアは覗き込む様にしアムロに顔を近付けた。
「無理をする事は無いぞ…検査は嫌いなのだろう?」
「…………」
やはり複雑な表情を作るアムロの頬に手を掛けて、シャアは優しく呟く。
「私は…アムロがどんな身体に変化していようと構わない。男のままでも側に置くつもりだったのだからな」
そのままそっと唇を重ねる。優しいキスをアムロは拒まなかった。
「…貴方はそう言ってくれるけど」
濡れた唇がポツリと呟く。互いの瞳を見つめる視線を逸らさずにアムロは続けた。
「解っている…の?ネオ・ジオン総帥として俺に…プロポーズしたって事は貴方だけの問題じゃなくなる…って事なのに」
アムロの好きな蒼氷色の瞳は室内だと暗く沈むが…その色は揺らぐ事なく真っ直ぐに自分を見つめていた。
だからアムロも真剣に心の内を打ち明ける。
「…貴方はこれからネオ・ジオンを…もっと強くもっと長く続く国家としての道を保つ為に…再建していかなければならないんだ…厳しいその道には当然多くの人々の協力が居る。住民の絶大なる支持だって必要だ…当然貴方の…奥さんにもそれは言える事だよ…」
アムロは自分の頬に添えられたシャアの手に己の掌をそっと重ねた。
「貴方は総帥として常にそれを考えていかなきゃ…個人の想いより常に公人としての立場を優先しないとダメなんだよ…だからそんな感傷的な感情だけで………??…何を笑っているんだよっ?シャアっっ!」
途中でもう耐えられない、という様子で笑い出したシャアに、真剣に話をしていたアムロは正直に腹が立った。
「い…いや失敬…何だかとても嬉しくてね」
「はあ?何がだよっっ…もうっ人がこんなに真剣にっっ…って!」
いきなり強く抱き締められて、思わず身体が震える。
「君が本当に『総帥夫人』として相応しいという事が良く解った…私はとても嬉しい」
「な、何を言ってるんだっ?俺は逆に…そんなに簡単に決めちゃダメだって…」
「いくら私でも感傷的な想いのみだけで君にプロポーズしたわけではないよ…アムロ」
身体を離して再びその愛しい顔を覗き込む。
「…君は身体の件がはっきりすれば…自分の立場に納得出来るのか?」
「……うん…多分…だってこのままシャアの側にいても…もしシャアの……」
ふとアムロはいきなり頬を染めて俯いた。
「なっ…何でもないっっ!!」
「アムロ?」
「……だから………検査してもらおうと…思う」
俯いたまま、顔を上げずにアムロは応えた。
「解った…君がそう言うなら。後でレモンドへ連絡を入れよう」
シャアは視線をそっとテーブル上のメモ用紙へと移す。それを見てアムロも同じ様にそのメモへと瞳を向け…小さく呟くのだった。
「……あそこなら……多分…大丈夫だと思うんだ…」
「そうだな…私も安心だ。何せまだ君に『見せて貰っていない』のだから…当然見知らぬ男には中身まで見せられん」
「?!…シャアっっっ…!!」
真っ赤になって抗議の声を上げるアムロにシャアは笑顔で宥めた。
そのメモ用紙に走り書きしている文字は……

『 アヴァンシュ・ホスピタル … セイラ・マス 』

…とだけ書いてある……

 

 

あれから外への散歩は毎日の日課となっている。
そこで過ごす穏やかな時間が2人の…主にアムロの体力を回復させ、そしてその関係をも良い方向に修復していくようだった。
いつも手を繋いで歩き、時々抱き合ってキスを交わし…と今の彼等は誰がどこから見ても、恋人同士に見えるはずである。
散歩の度に良く訪れている牧場は、実は牧場主がレモンド達の仲間であり、シャアにとっては配下の者になるわけだが…従業員達は当然誰もその事実は知らない。此処に牧場を経営しているという事は、ある意味丘の上に存在する山荘の為に…この辺り一帯を抑えている様なものだ。
この牧場で働く者達も、時々訪れる2人については当然の様に色々と噂をしている。
彼等も主人からは「私が昔御世話になった関係の…高貴な身分のご夫婦が密かに静養に訪れているのだから…ヘタな事を言ってはいけない。噂話などは厳重に禁止する」とキツく言い渡されてはいたが…興味を持つな、という方が無理であろうの2人の様子なのである。
遠目に見ても良く解る。「夫」の方は驚く程の美形でどの仕草も優雅な貴族然とした様子…「妻」の方は地味な服装をしているクセに、女性として最高ランクのあまりにも魅力的な体型をしているので…。
もちろん主人の言いつけはちゃんと守り、職場以外の場所でその話をするような輩は居なかったが…男性が多くいるせいか、特にアムロには皆興味津々…といった様子であった。
2人が訪れると「赤毛の美人妻」を一目見ようと、何処からともなく人が集まってきて彼等は熱い視線を送ってくる。もちろんシャアはそれにしっかり気が付いていて、腹が立つので此処に来る事をあまり好まなくなってしまったのだが…アムロが行きたがるうちは仕方が無いのだった。やっかいな事に此処で飼っている牧羊犬の一頭に子犬が産まれたばかりで…その子犬達にアムロがいつも会いたがっているので。
そんな理由もあり、その日は別の提案をしてみた。
「アムロ…あの森まで…行ってみるかい?君の体力もそろそろ大丈夫かもしれないな」
「あ……うん……でも…」
シャアの予想に反してアムロ自身が気に乗らない返事であった。
「…ううん…やっぱり暫くはいい……
ν …に会うのは此処を出る直前でいいよ」
「何故だ?」
あれ程に会いたがっていたのに?…とシャアは素直に聞いてみる。
「…うん…今は…会っちゃイケナイ気がするんだ…ただそれだけ」
その答えが幾分気にはなったのだが、アムロがそう言うなら…とその話題はそれ以上出さない事とした。

 

 

その日の夕食後…
アムロが先にいつもの居間で寛いでいると、シャアが自分の名を呼びながら扉を開けてきた。
「アムロ…例の件でレモンドから連絡が入ったよ」
思わず背筋を伸ばしたその仕草に微笑しながら、シャアは続ける。
「…アルティシアは……了承したそうだ」
「そ…う…」
シャアがそのまま隣に腰を下ろすと、アムロは大きく深呼吸を繰り返した。
「…セイラさん…に会うの…何だか緊張するよ」
「……私も…なのだが…」
やはりシャアにしては歯切れの悪い言い方をする。
「…もしかして…セイラさん、此処に来るの?」
その言い方にアムロが訪ねると、シャアは静かに頷いて応える。
「…レモンドは『連れて行く』と提案したそうなのだが…アルティシアは『私が迎えに行く』と頑として譲らなかったそうだ…」
「そう…か…シャアに会いたいんだね」
あっさりとアムロに答えを出されて、シャアは何気なくこめかみを押さえた。
「……出来れば…私の方は…あまり…」
「俺はこの件に関してはセイラさんの味方だからね」
更に歯切れの悪くなったその言葉を遮り、わざと大袈裟にジロッとシャアを睨み付ける。
「…散々心配かけて…色々と辛い想いもさせたんだから……2、3発…いや10発はくらい引っぱたかれてさ、お小言をたーくさん貰うといいよ」
「………解った…覚悟を決める」
溜息混じりの決心にアムロは思わず笑い出した。
「ほーんと…貴方にも弱いモノがあったんだなあ」
「…ああ…君とアルティシアには…私はこの先一生頭が上がりそうもないのだが」
「えーっ?何で俺も入ってるワケ?」
再び笑い声を上げて、アムロはごく自然な仕草でシャアに身体を預ける様に寄り掛かった。
「……この身体…セイラさん見たら……びっくりするだろうな…」
「私の妹だ。喩え少しくらい驚いたとしても、直ぐに状況は受け入れるはずだ」
そう断言する姿がやはりアムロには素直に可笑しくなった。
「…そう…かもね…色々思い出すとやっぱり似てるよ…貴方とセイラさん…」
ふふふ…と笑って、何気なく上目遣いで自分を見上げてくる仕草にシャアは心がざわめく。
…当然無意識なのだろうが、妙な色気が有り過ぎるのだ。

シャアはそのままアムロの身体を自分の方へと向かせ…柔らかい口吻を落とす。
キスはもう我慢しない事にしている。アムロももう拒まないので。
「恋人同士」…と言えば今の我々もそうなのだろう。愛の言葉と口付けは交わし合う。
そこまでの関係でしかないが…やはり肉体も精神も正常な方向へと戻ってくれば、こうして口付けを交わしている間に抱き締めているこの柔らかい身体を…もっと触れたいと思うのは当然の事であった。
せめて……と鉄の忍耐力を強いられているシャアは思う。
唇を離した後、彼はそっと片方の掌をアムロの胸へと触れてみた。ビクリと驚いた当然の反応が返ってくる。
「…アムロ…」
その声色には懇願にも似たものがあって…。
「……君の身体を……見せてはくれないか…?」
「…っっ!…で、でもっ……」
その言葉は予想は付いていた事ではあるが…戸惑うアムロにシャアは真剣な表情で告げる。
「…君の身体を…アルティシアに先に見られるのかと思うと……何とも耐え難い気持ちとなるのだ……笑いたければ笑ってくれ…」
アムロは大きなその瞳を当にパチクリとさせた。
「………笑う…というより…呆れる…」
正確に的を射る応えを受けて、シャアは己の愚かさを一瞬感じたが…認めたくはなかった。
大きく深呼吸の様なものをしてから…アムロはシャアから視線を逸らして小さく頷く。
「……見る……だけなら………いいよ……」
小さく震えるその肩がシャアにはあまりにも愛しすぎて…。
精一杯の勇気と共に…アムロは着ているシャツの釦を自ら外し始めた。
「?!アムロっ…それは…」
その行為に驚き止めようとしたシャアの手を、アムロは釦を持ったままの拳で阻んだ。
「い…いいんだっ……俺が……しなきゃっっ…意味が無い…からっっ…」
ふるふると弱々しく首を振ってアムロは応える。
「だっ…だって…シャアはずっと……待っててくれたんだ…から…」

 

 

 

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……もしかして…ケシカランところで止めてしまいましたか…?(2009/10/11 UP)