-----千年の王国・百の夜------

 

 

 

《 第五夜 》

 

 

最近の2人は朝食を一緒に摂れるようになった。
アムロと一緒に居られる時間が少しでも多いのが嬉しいシャアは、内心ご満悦であったが…アムロの方はどう思っているかは解らない。その表情はいつも寂しげな憂いを湛えているから…。
地球に此処に来てから、アムロの笑顔は一度も見ていないな…とシャアは考える。
仕方がない…アムロには何もかもが「信じられず」に「有り得ない」出来事なのだ。未だにその事象を受け入れる事が無理だとは充分に理解している。
それでも…「生きている」事は認め…今もこうしてちゃんと食事を取ってくれるのがシャアには何よりも嬉しい。
自分はどんなアムロであっても全てを受け入れる…と決めたのだ。
そしてアムロの戸惑いも悩みも…自分への想いも…全て受け止めるのだ、と。
時間がどれだけ掛かろうと…アムロの心を絶対に開かせる!
…しかしその為には…その心情を解ってはいても、受け入れて貰わねばならぬ事もある。

この朝食時は互いの食器が起てる小さな音しか響かない…静かな時間が流れる。
「アムロ」
その静寂を破る声に顔を上げると…シャアが柔らかな笑顔を向けてきていた。
「今日はとても良い天気だな…」
「……そうだね」
「天気が良くて嬉しい、と思うのが地球ならでは…だな。改めて最近感じているよ」
「…そうだね……」
正直天気の話なんてどうでもいい…とアムロは思った。
どんなに天気が良くとも……今の俺には何も関係ない…。
「せっかくのこの天気だ…アムロ」
「…んー……」
「少し散歩をしてみないか?」
瞬時にベーコンを突ついていた手が止まり、その顔が勢いよく上げられる。
「…散歩…って………良いのかっ?」
瞳を大きく見開いたその顔が…久し振りに見る「喜」の感情に彩られる事をシャアは見逃さない。
「ああ…今朝ドクターから許可が降りた。一人ではダメだが…私と一緒ならばな。それから護衛も付くが…どうだ?行きたいかな?」
「う…うんっ……!出たい……散歩に行きたいよっ」
アムロは3週間近く…此処から一歩も外へ出ていない。そればかりかベランダの外へ出る事も、当然窓を開ける事でさえ許されず…外気に全く触れない時期を過ごしていた。療養と安全の為だ、と説明するも「まるで軟禁でもされているみたいだ」と苛立ちさえ含む言葉を漏らしていたので。故に外に出られるという事だけでその興奮する気持ちを抑えられないのだった。
「では今日の予定は『散歩をする』…だな。その為に君は『きちんとした格好をする』事……いいね?アムロ」
「……?…え?」
アムロは本気で意味が解らず、思わずキョトンとした表情を見せてしまった。
「…何度も言っている事…だが」
「………?!………あ…アレの…事?」
「そうだ……マーサに着用方法をちゃんと習っただろう?」
「……だ、だってっっ…苦しい…んだよ…アレ…」
主語が出なくともお互い意味を理解しているのは…幾度も会話に出ている事だからである。
シャアは俯きバツの悪そうにしているアムロをしみじみと見つめた。
彼は室内では今と同じ…ほとんど白い大きめのコットンシャツとジーンズ姿のシンプルな服装だ。アムロの希望であろうのそのスタイルは、それはそれで構わない。シャアが気にするのは…その余裕のシャツの上からでもかなりの大きさが伺える…その胸を保護するシロモノをずっと身に着けていない事だ。確かに慣れないとはいえ、色々と嫌だとはいえ…正直男の目には大変困るサイズなので。当然シャアの配下の者達も気になっている様で、レモンド以外にも何とかして欲しいと泣きついてきた者も居るのだ。
マーサが正確に測ったそのサイズでは…下の街では直ぐには手に入らなかったらしい。至急の取り寄せと便利な通信販売…という手を使ってそれなりに数もきちんと用意したのに、アムロは嫌がって全く着用しようとしないのだ。
「…苦しいも何も…今の君には必要な物だ」
「わ…解っているよっっ…でっでも…嫌なんだよっっ!…アレ着けたらっっ…」
-----本当に『女性』扱いだ……
そのアムロの心情はシャアにも正確に伝わっては来たが…
「君の気持ちも理解は出来るが……もう少し人の目というものを気にしなければな」
静かでも厳しい口調で語りかけてくる彼に…アムロは少し上目遣いで聞いてみる。
「…………シャア……も……気になる…のか?」
「気になるに決まっている」
…思いっきりの心からの断言であった。

 

その女性用下着を目の前にして…アムロは部屋で盛大に溜息を付いた。
嫌でもコレを着けないとシャアは外に連れて行ってくれないと言うし…だったら散歩に行かなくてもいい、と意地を張ると……アムロには絶対に無視する事が出来ない一言を言ってきたのだ。
「奥の森だが……まだ『アレ』がそのままにしてある……君が見たいのなら…」
…とても卑怯だと思った。それを聞いたら「アレ」にどうしても会いたくなるに決まっているのに!
仕方がない……今まで着けていなかったのも本当にこれも意地のようなものだった。
アムロはまた溜息混じりに俯き、コットンシャツの釦を外していく。
そこには未だに見慣れる事のない…顔と身体にはどう見ても不釣り合いなサイズの…柔らかいが弾力のある女性特有のモノ。
「…何で…こんなにデカイんだよっっ…誰の趣味だよっっ?……まさかシャアの…ってワケじゃないよなっっ?!」
と思わず八つ当たりの文句を口に出す。最初はとても気持ちが悪いモノ、と思った。だからシャアには絶対に見せたくないっ…と考えた。……だが今は…。
アムロはその胸に両手をそっと翳す。
-----今は……何だか……恥ずかしい…んだよな…
思わず頬が熱くなり、ふるふると首を盛大に振った。そしてその感情を「嫌だ」と思う。
この身体だけでなく、自分の中で色々なモノが…何かが変わりつつある…。それを感じる度に嫌悪するのだ。
こんな感情は嫌だ…「女」である自分を…今は受け入れる事は絶対に出来ない。
なのに身体は相変わらず「このまま」で…ココロも何か微妙に変わっていく。
そしてそれが現実だと…改めて思い知らされるのだ。

……どうしてこんな事に…なってしまったのか……
『アレ』………ν…に俺のνガンダムに会ったら………何かが解るのだろうか?

 

アムロの部屋の扉がガチャリと開く。
顔だけをひょこりと出したアムロは、すぐ外にシャアが立っていた事に心底驚いた。
「…何…しているの?」
「いや…あまりに遅いから心配になってな……無事に装着は出来たか?」
「……ゴメン…やっぱり…正確にセット出来なくて……マーサさんを呼んできてくれる…?」
…下着の話をしているとは思えない会話であるが。
ふと直ぐにその場を動かないシャアに疑問を感じ……た途端に見る見る顔が真っ赤になった。
「あっ…貴方には絶対に頼まないからねっっ!!今すぐにマーサさん呼んできてよっっ!!」
「それは残念だ……いつお願いされるのかな?」
「?!…たっ…頼むかーっっっ!ばかあぁっっ!!」
笑いながら階下へと下がっていくシャアはアムロの痛い視線を受けながら…「調子が戻っている」様子を感じ取って…思わず震えが来る歓喜が全身を巡ったのである。

 

 

山荘から少し出ると、眼前には緑の生い茂った広い丘が視界を占拠する。青く美しい空と遠くの未だ雪を被った高い山々…とても綺麗で済んだ空気…春の淡く温かい太陽の光…アムロは思いっきり深呼吸をした。
ああ……地球の空気だ…この空も大地も……地球なんだ……
しみじみと周囲の風景を観察して……ふとロンデニオン・コロニーを思い出す。あのコロニーの模倣となった土地……多分此処はその地域なのだろう。
「ああ…気持ちいいな……」
自然と出たアムロの言葉にシャアも微笑んだ。そしてアムロの右手をさり気なく握ってゆっくりと歩き出す。一瞬身体を震わせたアムロであったが…そのまま黙ってシャアの手を握り返した。2人は丘沿いの道をゆっくりと歩いて行く。
「このすぐ下に牧場がある。其処まで行ってみよう」
「……例の森は…?」
「かなり遠いぞ?今日直ぐとはいかんだろう…アムロは少しずつ距離に慣れないとな」
シャアが指差す針葉樹の森は……確かにとても遠そうだ。仕方がないとアムロは素直に諦めた。そのままシャアに手を引かれて再び山道を歩き出す。
「…大丈夫か?アムロ…疲れないか?」
シャアの優しい気遣いにアムロは柔らかく首を振った。
「全然平気だよ……ちょっと…今…感動しているし…」
「?…何にだね?」
シャアが立ち止まって、興味深げに聞いてくる。アムロは頬を少し染めて
「…気付いたクセにっ」
と答えた。シャアは再び笑顔を見せて、再び歩き始める。
「そういう目的の代物だからな…」
さも可笑しげに言うのが気になるアムロであったが、今は感想を素直に口にした。
「…うん……揺れないし全然痛くないよ……最初にこのアイテムを考えた人は凄いね…」
「感動したのなら今後はちゃんと毎朝着ける事だ…大丈夫だな?」
「………νのトコロに案内しない、とかまた脅されたらヤダからねっ…解ったよっ…ちゃんと装着セットすればいーんだろうっ?」
その言葉にシャアは今度は本気で笑い声を上げるので…本当に面白くないっっ!!

 

山道の途中…木で階段が作ってある場所で、シャアは先に降りてアムロの身体に手を伸ばしてきた。
フワリと浮く身体…その逞しい腕に抱きかかえられ…思わず互いの心臓の鼓動が早くなる。
----こんなに軽く…柔らかかったか?
体重が軽い事実は昔から変わっていない様だが…シャアはそのまま軽々とアムロの身体を抱き止めて己の腕の中へと招き入れた。
「…シャっ…シャアっっ…」
思わず焦るアムロの身体を優しく…シャアはまるで壊れ物を扱うが如くに優しく抱き締める。
「すまんな…限界を感じた…」
すっぽりとシャアに包まれて…その懐かしさと温かさにアムロの胸の奥底がたまらなく甘い切なさを伝えてきた。ぶるっと全身が震える。
「…大丈夫だ…これ以上は何もしない」
その震えをシャアがどう受け取ったのかは解らないが……2人は長い時間ただ抱き合っていた。

「………シャア……」
アムロがポツリと漏らす。
「何かな?」
「……本当に…気持ち悪く…ないの…か…?」
「何度言わせる?…全てがアムロ…私の覚えている君自身だ…」
何の偽りも無い心からの言葉……
そう……貴方はいつだってどこまでも優しい…いつだって俺を甘やかす…。
そんな貴方に何も返せないのに…何も出来ないのに……
それでも…俺は貴方にこれ以上まだ甘えてしまうのか…??
「……シャア…」
再びその愛しい名前を呼びながら顔を上げると…優しく自分を覗き込む大好きなその綺麗な顔がすぐ側にある。無意識に頬に流れ落ちる一筋の熱いモノを感じながら……。
「…キス……してくれる?…」
何の躊躇いもなく唇を重ねてくる彼から感じるその歓喜の感情に触れて…全身を更に甘い痺れが駆け抜けていく。
…これは自分が嫌悪するあの感情だ……
だが今はそれを素直に受け入れようと、アムロはシャアのその逞しく固い背中に…そっと腕を廻すのだった。

 

 

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……やっとらぶらぶ展開になってまいりますよっっ(多分…) (2009/10/2UP)