------千年の王国・百の夜------

 

 

 

《 第四夜 》

 

 

「……そう結論を急ぐ事はあるまい…」
アムロのそのあまりにもはっきりとした口調には些か響くものがあったが…シャアは務めて冷静に答える。
「……急ぐも何も……もう…無理だよ」
視線を逸らしたままで再び応える。ふとシャアが自分に近付く気配を感じて無意識に全身が震えた。少し身を屈めてシャアはアムロに顔を寄せる。
その息遣いを直ぐ側に感じ、アムロはますます視線を戻せなくなった。
「アムロ……私は君に側に居て欲しい…今も昔もそれが本音だ」
その言葉はアムロの胸の奥に温かい何かを灯す……解っている…自分は嬉しいのだ。
けれども…でも。
「……同情ならっ…要らないっ…」
「アムロ…」
「シャアは…こんな身体になった俺に……同情と責任を…感じているだけだろう?解るよっ…そんな事は今も俺にだってっ……」
ギシっとベッドの軋む音にハッとする。シャアが両手をその上に置き、自分の身体を挟むようにして更に近付いて来たのだ。彼の体温も感じるその距離にアムロの心臓が一気に弾む。
「私が…そんな気持ちで君を見ていると…本気で思っているのか?」
低い静かな声………俺はシャアを傷付けた…?
「…私の心は決して変わらない……君がどんな風に変わろうと…私は君を求め続ける」
「そっ…そんなことっっ!……こんな身体じゃ……貴方だって…もう言えないよっ……!」
「…ならば…試してみるか?」
その言葉に思わず顔を上げる。直ぐ側にあるシャアの表情はやはり……。
彼は更に身体を寄せてきた。唇が触れそうなくらいの距離にアムロの鼓動は更に速まる。
「……シャ…シャア……」
「…私は…どんな君にも……触れたいと思っているよ…」
その囁く声に…背中がゾクリとする感覚と同時に感じたのはシャアの本気の思惟…そして…
-----…怖いっっ…!!
自身の思わずの感情に自分で驚愕する。
-----怖い…のか?……シャアが……??
こんな怖れは…過去には一度もシャアに対して感じた事はなかった。何だろう…戦闘中に感じるモノとも…不安とも全く違うこの感情は……
緊張感にも似たものが全身を走り抜けアムロは震えだし…ギュッと目を閉じる。このままシャアが自分に触れてきたら…もし…この身体に……
…………嫌だっっ……!!

ふっ…と何か和らぎ、シャアが逆に離れていく気配がした。
思わず瞳を開いてシャアを見つめる。……もう怖さは感じない。
「…悪かった…そんな態度を取られると…何も出来んな」
微かに笑って彼は自分から離れた。…その距離をアムロは一瞬だけ辛く感じる。
「君も今は身体を治す事が先決だ…傷が癒えたら……ちゃんと話し合おう」
もう一度アムロに優しい笑顔を向けると、シャアはドアノブに手を掛けて…静かに出て行った。

 

アムロは閉じられたドアを見つめて…上半身をベッドに倒れ込ませた。
目元が熱くなり…視界が歪む。
シャアが「今」の自分を真摯な想いで受け止めようとしてくれている事は理解できる。
そして自分の彼に対する想いだって…変わらない。
…あの眩い光の共鳴の中ではっきりと自覚し認めたその自分の想いは…全く変わってないのだ。
だが…今の自分は…明らかにシャアの重荷になる。
再びネオ・ジオン総帥として生きていくシャアの道は…今からその方向性を変えても更に戦う道を取るのだとしたら…とても辛く厳しいだろう。
出来ることならそんなシャアを支えたい…ずっと側に居られるものなら…。
しかし…
今の自分に何が出来る?全てを…自分の身体でさえ失った自分に…。
……俺はMSパイロットとしてしか取り柄が無かった…そのMSにだって再び乗れるのかどうか判らない……シャアを守る事でさえ出来ないんだ……
自分の存在はこれから進むシャアの道を邪魔するだけだ…彼の立場的にも負担になるだけ。
だったら……
シャアと別れて…誰も知らない場所で一人で生きてゆきたい…。
こんな身体になっても、運命がどうしても「生きろ」と命じるのなら…一人で生きてゆく。
誰とも拘わらず誰の手も取らずに………シャアだけを想って。
我慢しない涙が溢れて枕を濡らすが…アムロはその感情をそれを止める事は出来なかった。

 

シャアはそのドアを背にして静かに目を閉じている。
己の忍耐力の強靱さに素直に感心したが…これ以上アムロを傷付ける事は自分自身を許せなくなる。
自分はアムロにはっきりと…欲情の感情を向けた。そしてアムロは無意識に自分という「男」に対して明らかに恐怖を感じていた。まるで思春期の少女の様な…。
過去にアムロを抱いた時、彼から「不安」を感じた事はある。しかしそれは「男同士のセックス」に対する漠然とした…主に身体的な事に関する不安であったようだ。
アムロの変化は…身体的なものだけに留まっていない様だ。アムロの中で微妙に変わり…ズレていくものがあるのかもしれない。
「…私が…怖いのか?アムロ……だから遠ざけたい…とでも?」
「男」のアムロは…自分の手を取り…想いに応えてくれた。
「女」のアムロは……どうなのだろう?
私は「彼女」にも想って貰える人間なのだろうか?
良くも悪くもの様々な思考が交錯するが…その答えは解らない。
自分の想いは…アムロを手放さない…という、ただそれだけだ。
だが急いではいけない…焦りは「彼女」を傷付けるだけだ。
そう判っていても…それでも…私のこの忍耐はどこまでが限界なのだろうか……?

 

 

2人が発見された日時から10日程が過ぎ……
元々この山荘に居たシャアの部下達は、2人の治癒の為に…と気を遣ってか此処を出て別の場所にと拠点を移していた。今、この山荘にはシャアとアムロの他に護衛を兼ねた3人の元兵士…とそしてドクターとアムロの世話係のマーサが居るだけである。
リーダーのレモンドは始め数人の者は度々此処を訪れて、シャアの様子の確認するがてらに情報を提供し、共に様々な画策をしているようである。
シャアは未だネオ・ジオン本国となるスウィート・ウォーターとは直接の連絡を取ってはいない。ネオ・ジオン側もシャアの生存をはっきりと発表しているわけではなかった。連邦政府への警戒もあるが…様々の偽情報が流れている中では逆にそれを利用している状況…とも言える。

アムロは部屋から出て…限られた範囲ではあるがこの山荘の邸の中を歩き回る様になった。足取りもしっかりして来ている。
あの様な事があった後でも…シャアがアムロに接する態度は変わらず…優しい。
「大丈夫…もう君を傷付ける様な事はしない」
そう言って、常に紳士的な態度を崩さない。度々アムロの部屋に来て色々な話をしてくれる。アムロの気が乗らないと感じると、ただ黙ってこの部屋のソファーの上で読書をしていたりする時もある。2人で居間のソファーで静かなティータイムを過ごしたり…と、彼の出来る限りアムロの顔を見ていたい…側に居たいと言う言葉は嘘では無いらしい。
そういうアムロも…シャアと居ると心が落ち着く…という事をちゃんと感じ取っている。
自分で「別れる」という発言をしておきながら、なんてこの我が侭で自分勝手な感情…。
そしてシャアのその優しさに甘えている自分……心が痛い。
シャアの優しさがどんどん辛くなる……
俺は貴方に何もしてあげられないのに……

……ララァ……俺は…答えなんて…見つけられないよ……

今の自分の存在意義をアムロは未だ見いだせなかった。

 

その夜……レモンドが一人でシャアを訪ねてきた。
たまたま階下の居間で寛いでいたアムロが出迎えて挨拶をする。
「これはアムロ大尉…かなり回復されてきた様ですな…ああ本当に良かった…!」
心からのその言葉にアムロは頭を下げ、感謝の言葉を返す。
「…色々と…本当にありがとうございます…レモンドさん」
「私共に礼などは不要ですよ…私は大尉に再会出来て個人的に大変嬉しかった…此処でこうして居るのも…これが運命だったのだと喜びましょう」
アムロは微かに微笑んだ。昔…MSディジェの開発主任としての彼に出逢った、あの頃の事を色々と思い出す。必死だったが充実していたあの頃の日々を…。
「アムロ大尉……私から言うのも何ですが…」
レモンドは急に真面目な表情となり、アムロに深々と頭を下げた。
「どうか…総帥閣下の事を今後もよろしくお願いいたします」
思わずその意外な言葉にアムロは戸惑う。
「…あ…その…でも俺は……」
「あなたの様な方が総帥の側に居て下さるのなら…私は腹心中の腹心として本当に心から安心出来るものなのですよ」
「………それ……は……」
アムロは弱々しげに首を振った。
「…無理です…レモンドさん……」
レモンドは意外な答えを聞いた、という顔をした。
「…無理なんです…俺……もうMSにも乗れないかもしれないし…何の役にも立たない…だから……ダメなんです…もうシャアの……」
そう言って無理矢理笑顔を作ろうとしているアムロの瞳には、明らかに涙がうっすらと浮かんでいた。

 

「…閣下!!…貴方はアムロ大尉をいったい…どうなさるおつもりなのですか!?」
レモンドが部屋に入るなりいきなり怒鳴る様に聞いてきて、流石にシャアも面食らった。
「どう…とは?…もちろん…私は宇宙に上がる時に一緒に連れて行くつもりだが…」
「その後の事です!!」
「レモンド…あまり怒鳴ると血圧に悪いぞ…それは…アムロが許すなら…」
広く広がる額に血管を浮き上がらせて睨み付けてくる部下に、何故かバツが悪い気分になる。
「私の…生涯の伴侶にする。喩え周囲に反対されようと…私はそれを貫く」
「良いお答えです」
その言葉にシャアは何故かホッとする…まるで先生に褒められた子供の様だ。
「…しかしながらそのお考えはアムロ大尉に全く伝わってはいらっしゃらない様子ですが…」
「……言ってくれる……まあ反論出来んがな」
フウ…と大きく溜息を付くシャアを少々呆れ気味に見つめるレモンドであった。
「貴方様は女性の扱いに手慣れている様に思いましたが…やはり元が男性ですと勝手が違うのですかな?」
「『男』のアムロとの方が余程心は通じていたな…」
「なんと弱気な事を閣下…しっかりなさいませ!アムロ大尉は貴方様のお子様を産まれる方なのでしょう?!そんな気弱な発言でどうしますかっ!」
「………話をそこまで飛躍する必要は無いと思うが……」
シャアは少し頭痛を感じた。彼が何故急にこんなに自分を叱咤激励する気になったのかは解らないが…内心今のアムロとの関係に日々不安になってきているシャアにとっては全てが耳が痛い発言でもある。
「…閣下……アムロ大尉は……貴方様のお役に立てない、と嘆いてらっしゃいました…」
思わず弾かれる様にレモンドを見つめる。その言葉に含まれる深い意味は…。
「……あんな素晴らしい『お嬢様』を…閣下は娶る事が出来るのですよ…誇りに思いなさいませ」
シャアの鼓動が速くなる…その言葉の意味に興奮さえ覚えているのだ。
……アムロ……君は……ああ何という事だ…!!
シャアの胸の奥にあった不安が…次々と晴れていく様な気がした。
もちろん自分のアムロに対する想いは何処までも変わらない。そして今…アムロの本当の想いに触れた今なら……時間は掛かってもアムロの心を溶かせるかもしれない。希望は見いだせたのだ。
…アムロ…今の君と本当に理解し合える日が…必ず来る!
「…そうだな…ありがとうレモンド…やってみるさ…アムロの為にも」
その言葉にレモンドは力強く頷く。
「ええ安心致しました………ところで閣下…もう一つ大事な事が…」
「…何だ?」
微かに眉を顰めてシャアは真剣な表情を作った。
レモンドは彼に近付きそっと耳打ちする様に呟いてくる。
「……アムロ大尉に…その何と申しますか……女性用下着を…ちゃんと装着される様に進言なさった方が…」
「………………何度も言っているのだよ…実は…」
こちらの作戦は…まだまだ練り直さねばならない様である…。

 

 

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…やはりずっと辛いのはイヤだったらしい…次回「アムロ専用B作戦」始動!(2009/9/27UP)