------千年の王国・百の夜------

 

 

 

《 第三夜 》

 

 

それは美しい色の光の渦が幾重にも拡がり……
その中を泳ぐように漂っている……
フワフワとした…白い羽根の様な…そしてきらきらと光るモノ…
それが己の周りを取り囲むように…いくつもの淡い優しい光……


-----君の……仕業なのか…?

直ぐに応えはない…相変わらず周囲の羽根達も離れないけれど…

-----何故…何故こんな事を…何でこんなっっ……!

 

-----…そうやってなにもかも…私のせいにするのはやめて……

懐かしいその声だけが響いてくる。

-----本当に貴方達はいつだって私を『理由』にするのね…勝手過ぎるわ…
優しい静かな笑い声も…あの時と同じ様に…

-----忘れたの…?貴方が望んだ事なのよ……?
-----俺がこんな事を望むものかっっ!!俺は…俺はただ…っっ

-----…彼に……生きて…欲しかっただけ…だ……

 

-----それが貴方の…答え…なのよ……解らない?
-----貴方が…あの人に与えるものが…全てを変えてくれる…

-----…何を…言っているんだ…?…俺に…そんな事は…

-----貴方が望んだから…貴方が強く願ったから…「あれ」は貴方に力を貸したのよ…
-----貴方の中に人々が見た『希望』と『光』を…そして…『再生』の夢を……

周囲の羽根達が一気にサアーッと上昇していく。
-----…もう…行くわ……アムロ……どうか彼を信じてね…

-----…待ってくれっっ!行かないで……!…ララァ…!

-----さようなら……もう私を呼ばないで…アムロは…既に見つけたのでしょう?
-----ララァ……!!

光の渦が…あまりにも眩しくてもう何も見えない……

 

 

いきなり視覚に入ってきたのは…見覚えのない天井の光景。
その気配を感じてゆっくりと視線を向けると…やはりシャアが居た。
とても辛そうで苦しい…どうしたら良いのか、という表情をして。
2人の視線が絡み合うが、暫くはその間に言葉は無かった。
「……夢……じゃなかった…んだ……」
やっとアムロが呟く。
「…夢…なら良かったのに…」
「アムロ…」
自分に伸ばされるシャアの手をアムロは弱々しい仕草で拒否する。
「…触るな……」
その言葉を全く無視してシャアの掌はアムロの頬へと触れた。
温かいシャアの手…ああ…彼は生きている…本当に生きている…そして自分も。
…けれども。
「……いやだ……こんなの……」
「………」
「こんな……こんな気持ち悪い身体になって……なんで…」
震え出すその身体を慰める様に…シャアはただ優しくアムロの髪や頬を撫でていた。
「大丈夫だ…アムロ……心配をするな」
「…何が大丈夫なんだよっっ…!!」
思わず上半身を起こす。その勢いでアムロの身体は少しズキリと悲鳴を上げたが…
「…こんなっっ…こんな身体になってまで…何で……生きてなきゃいけないのかっ?!こんな酷い目に合うくらいなら……いっそ…!!」
「アムロっっ!!」
シャアの両手がその細い肩を掴んだ。その強さに思わずアムロはビクリと震える。
「その言葉は言うなっ!私は…君が生きていてくれて…本当に心から嬉しかった…この奇跡に何よりも感謝した……だから絶対に…言うな…言わないでくれっっ!!」
心からの言葉だという事は…その表情を見れば解る。そして伝わってくる意思も…。
「…で…でもっっ…でも………嫌だっっ!!こんなのっっ…嫌なんだよっっ!!」
アムロの顔はみるみる歪み…でも必死で堪えている表情となる。
「解っている…解っているよアムロ…受け入れろ…という方が無理だ…」
シャアはアムロの身体を静かに抱き寄せた。その身体がかなり大きく震えたのを感じ…そのまま出来るだけ優しくと…そっと抱き締める。
僅かに一回り小さくなった様な気がする…そして今までは無かった柔らかい感触が自分の身体に当たり…確かに夢ではないとシャアにも伝えてくるようだ。
だが…これは間違いなくアムロだ…私のアムロなのだ……

記憶にあるシャアの懐かしい匂い…この厚い胸も逞しさもこの温かさも……
全てに覚えがあり……再びシャアが生きているという「事実」に、アムロは胸が熱くなった。
たが……
自分は違う。この身体は自分の記憶の中とでさえ…全てが違う。
シャアを抱き締め返したい…自分も抱き締め返したいけれど…この腕でさえ自分のものでは無い様に思うのだ。まるで知らない他人の身体の様にさえ感じられる。
シャアの腕が更にこの身体を抱き寄せてきて…薄い病衣と彼のシャツ越しに更に彼の体温を熱く感じる。その感触が…廻された腕の触れる部分と、そして自分の胸の豊かな膨らみから感じる事が…現実を伝えてくる。
……やっぱりこれが…俺の身体…なんだ……

「………気持ち……悪い…だろう…?」
「まさか」
即答でそう答えたが、「寧ろ気持ち良い」とは付け加える事は出来ないが……。
「懐かしい…アムロの感触…アムロの匂いだ…」
そう言って優しく背中を撫でてやる。ふるっっとアムロの身体は大きく震え…
そして小刻みに震え出す。やがて小さな嗚咽が響いてきた。
シャアはアムロの頭を支えて、そっと自分の胸に押し付けてやる。
暫くは声を押し殺して…アムロはただ泣いていた。
「…あ…貴方が……生きてて……良かった…って…っっ…」
嗚咽の中で彼が必死で紡ぐ言葉は、シャアの胸の奥に熱く響いた。
「良かっ…たって……俺も…俺だって……思ったんだよ……シャア…っっ…」
抱き締める腕に更に力が込められるのは…もう止める事は出来ない。
…今はただその想いに…深く深く感謝しよう…と。

 

 

 

 

再び宇宙へと上がる為に…シャアは己の治癒に専念をする。
医者も驚くべきその体力は…3日後にはその強靱な身体は怪我の痕跡さえ感じられない程に…彼はしっかりと回復していた。傷が全て癒えたわけではないが、全ての行動に不自由もなく、歩く事も普通に出来る。
アムロの方は、まだベッドの上での生活だが、そこから起き上がって部屋の中を歩き回るくらいは出来るようになっており、シャアを心から安堵させていた。
そして彼はもちろんなるべくアムロの側に居るようにしているのだが……
「お湯の用意が出来ましたよ…身体を拭きましょうね、アムロさん」
ドクターの妹であるという妙齢の気の良さそうな婦人がアムロの世話係となった。
「はい…ありがとうございます…」
そう言ってからアムロはチラリとシャアを見つめた。世話係の婦人…マーサもシャアを見つめる。
「閣下…男の方は…出て行ってくださいます?」
「あ…いや私は…」
「…外に出てくれる?シャア…」
アムロにそう言われれば、出て行かざるを得ない…。仕方ないという態度でシャアは部屋を出て行くのだが。

ドアの外で彼は深く溜息を付く。
アムロはあの夜…抱き合って互いの気持ちが通じたあの時以来…一切その身をシャアに触れさせてくれないのだ。故にシャアは「今の」アムロの身体を良く知らない…という全く解らない。
「本当に気持ち悪いから…シャアには見せたくない」
その一言で全てを拒否された。
アムロの今の身体を確かめたい、という気持ちが強いわけではないが…思いっきり拒否されている事がより辛いと思う。あの夜もただ抱き合っただけで…2人は未だ口付けでさえ交わしていないのだ。
…こんな事ならあの時…無理矢理にでも唇を奪えば良かったのだろうか?…私は君をもう一度…ただ抱き締めたいだけなのだが…な…
愛するモノを求める想いが、身体的に回復し正常になればなる程強くなるのは、人間という生物として当然である。しかし今はただ…アムロが再び心を開いてくれるのを待つしか無いのだ。
ふとドアが開いてマーサが出て来た。笑顔と共にの「終わりましたよ」という言葉にシャアは再び部屋の中へと足を踏み入れた。

アムロはベッドの上に座っており、シャアの入ってきた気配に振り返る。
身体を拭いたせいかさっぱりとした感じがする。ゆったりとした大きめのパジャマ姿で……どうやらアムロはかなり豊かな胸を持っているらしい…。それは最初に確かめた時も、抱き締めた時もそう感じたのだが。あまりにもアムロに対して失礼で不埒な考えを持ってしまうのは、今の現状を考えれば仕方がないの無い事なのだっ…とシャアは己自身を納得させている。
そんなシャアの心情に気付かないだろうの、当のアムロは何気なくポツリと呟いた。
「…シャア…貴方さ……大抵この部屋に居るけど…大丈夫なのか?」
「何がかね?」
「…ん……貴方には他にやる事が…あるんじゃないかと思って…」
「今は体力全回復が私の使命だ…それに君の顔をずっと見ていたいと思うのは…駄目なのかな?」
その言葉に少しだけ頬を染めてアムロは視線を逸らした。アムロの顔そのものは変わらないのだが…以前より幼く感じるのはその身体とのバランスのせいか?
「……体力か……貴方は宇宙に……戻るつもりなんだね…」
いずれ自らアムロに話そうと思っていた事をいきなり口に出されて、シャアは少しだけ動揺した。だが逆に聡明なアムロが気が付かない訳はない。シャアの周囲の人間達…この場所が何処かという事が解れば…その結論は当然とも言える。
「それが私の責任と義務だと思う……君は反対…なのか?」
アムロは再びシャアに視線を戻し…暫くその真摯な表情を見つめてからまた顔を逸らした。
「解らない…よ……今の俺には……」
瞳を伏せて話すその表情と…その言葉が…シャアにある昔を思い出させる。
「…でも……一つだけ解っている事はある」
淡々としたアムロの言葉にシャアの胸の奥がざわめいた。

「……俺は…二度と…宇宙には行かない……貴方とは……別れる…という事だ」

 

 

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……29アム子の胸が大きいのは私達のジャスティス…(色々とぶち壊す一言だなっ)(2009/9/26 UP)