------千年の王国・百の夜------

 

 

 

《 第二夜 》

 

 

山荘の静かな居間には、暖炉の火の燃える音だけが響いている。
この場所は3月と言えども…まだ気温が低い北の大地であるようだ。パチパチと響く…火の爆ぜる音が、
シャアには此処を「地球なのだ」と更に教えてくる様な気がした。
「情報の誤りなどではない…アムロは歴とした男性だ」
「…それは事実…なのですか?」
2人の確かめるような視線を受けて、シャアは殊更低い声で呟いた。
「…私は…アムロと同衾した事がある。その時は間違いなく…男だった」
「そうですか…成る程」
初老の男達は、シャアの言葉に含む意味そのものにはそう驚いた様子も見せず頷いている。
「…これも『奇跡』の一つ…という事なのであるかは…ご本人なら解るのでしょうか?」
軽い溜息をついてから、シャアは少しだけ身を乗り出す。
「さあ…な…いずれにせよ…彼が目覚めてから確認するしかないだろう……ところで一つ頼まれてくれるか?」
「何なりと、閣下」
「…アムロの為に…誰か女性を手配してはくれないか?…女性の…世話ならその方が良いと思うのだが」
「解りました…私もその方が宜しいかと思います。仲間内で心当たりがありますから早速手配をしましょう」
医者である男が幾度も頷きながら応えた。
「…アムロ大尉の件は取り敢えず…という事で……閣下にも確かめたい事がございます」
安堵の表情を見せているシャアにレモンドが姿勢を正して聞いてくる。その先の言葉は予想が付いていた。
「…本国への報告だな…?」
言い切るシャアにレモンドも強く頷く。
「…キャスバル様の…お考えをはっきりとお聞きしてから…我々はどう報告するか決めたいと存じます。…そしてどのような結論を出されても我々はただ貴方様に忠誠を誓うのみです」
「また…古い言い回しをしてくれる…」
苦笑するシャアに対して、2人は真剣な表情だ。
「此処にいる我々全員は…ネオ・ジオンに忠誠を誓っているわけではありません。キャスバル・レム・ダイクンという貴方様そのものに忠誠を捧げているのです…お解りのはずでしょう」
シャアは少しだけ目を閉じた。昔は疎んじたやっかいな血の継承…今だけはその忠誠をありがたいと考えても良いのか……。

「…『生きている』と報告をしろ」
変わらぬ強い意志を宿した瞳を開いて、彼はレモンドに言い放つ。
「ネオ・ジオン総帥は無事であると…私は傷が癒えたら再び宇宙に上がる。それまで待てと伝えろ。連邦政府に決して隙を見せるな…とな」

 

 

シャアはアムロの眠る部屋に改めて入り…ベッドの直ぐ側へと歩み寄る。
先程よりも穏やかな表情で眠っている…様な気がした。
再び椅子に腰掛けて、アムロの掌を握り締める。
----アムロ……私は…もう一度宇宙に上がり…戦う事にするよ…
その握り締めた掌をそっと持ち上げて、自分の頬へと押し当てる。
----私に逃げるな、と…やり直せ、と……それが君の意志なのだろう?…君の力が此の場所に我々を運んだのだとしたら……
幾度も頬に押し当てて…その小さな手を愛しげに…時々唇を押し当てながらシャアはアムロへと伝える。
----全てをやり直し君に認めて貰う…その為の再戦は…とても辛いものだろうな……
----だが私は全ての覚悟が出来ている…そして願わくば……
その愛しい手の甲に少し長く唇を押し当てる。
----君に…私の側に居て貰いたいのだ……永遠に……

だが…その辛い戦いに果たしてアムロを巻き込んで良いのだろうか…とも思う。
何よりもアムロの意志は…まだ正確には解らない。
本当に自分と共に歩んでくれるのかどうかは……。
----あの意識を失う前の光の中で…最後に響いた君の声が……それが本当ならば……

『…もう一度…貴方に……抱き締められたいよ……シャア』

そして…あの夢の中…か?あの不思議な感覚の世界…
君が最後に「何か」を言った……
何を言ったのだ?それが思い出せないのだが……

そして次に考えるのは…アムロの「今の」身体の事だ。
軽傷とはいえやはり怪我の方も心配なのではあるが…身体的な最悪の予想はもちろん考えている。例えばこのまま宇宙に一緒に上がれる身体なのか?…とも。
…そして…沸き上がる別の不安。
この「身体」は…いったい…どうなっているのだ?
全てをしみじみと確かめたわけではないが、外見は「女性」のようだ。しかし本当に「中身まで女性体」であるのかは……今は未だ解らない。
-----とにかく目覚めた時に…君が…傷付かないと良いのだが…それは無理…な話か?

その時ゆっくりとその小さな掌が動き…握り返す感触があった。

「…?!!…アムロっっ?!」
思わず身を乗り出してその顔を覗き込む。
微かに唇が震えているようだ。シャアの心臓の鼓動がドクドクと速くなる。
ゆっくりと…静かに開かれる…長めの睫毛が上がり…その奥に見えるこの宇宙と同じ色の瞳が…。
「…アムローーーっっ!!」
思わず叫ぶシャアの方へとその瞳がゆっくりと動く。
「アムロっっ…解るか?!私が…解るかっっ?!」
握り締めた掌にぎゅっと力が込もる。
「………いた…い……よ……シャ…ア…」
微かな笑顔が見えた。
その瞬間、自分の全ての理性は吹っ飛んだのだろう…
だがそんな事はどうでも良かった。
シャアはアムロの上に倒れ込んで、その身体に縋るように………

…ああ…やはり自分は泣いているのだろう……

 

「…此処は……地獄…かな…?…シャアが…居る…」
「言ってくれるな……君が此処まで我々を飛ばしてくれたらしいが」
そんな憎まれ口が叩けるなら、頭の中身も大丈夫だな…とシャアは笑顔を見せた。
「…ああ…この重さ……地球なんだ…ね」
「そうらしい…どうやら安全とも言える場所…のようだ」
シャアはアムロの髪を優しく何度も撫でる。
「それより大丈夫か?身体の痛みはあるだろうが…軽傷だとドクターは言っていた。だから直ぐに治る…何も心配せずに…安心しろ」
「…うん……痛いのは…平気だよ……」
再び微かな笑顔を作ってアムロは応えた。
「ううん…でも……何だか…変な気分がするんだ…よね…」
「……そう…か」
「…何だろう…?…変な感覚……怪我のせい…かな?」
「多分…そうだ……もう少し眠るといい…まだ話すのも疲れるだろう?」
子供をあやすようにアムロの髪や頬を優しく撫でて、シャアは眠るように促す。
「うん……そう…だね」
アムロは少しだけ身体を動かしてみた……
そして。

いきなり瞳が見開かれた。
何かが違う…何かの異変に気が付いたらしい。シャアは内心舌打ちをしたが…ある意味、自分ではどうする事も出来ない状況である。
元々顔色が悪いアムロの表情が…更に色を失ってゆく。
「……な…何だかヘン……俺の身体っっ…何かおかしいよっっっ?!シャアっっ!」
「アムロっっ!…落ち着け…!大丈夫だっ大丈夫だから…!」
アムロは無理矢理に身体を起こした。その勢いの反動で腕の電源パットが外れる。
その勢いのままに自分の胸に…触れてみる。
途端にその全身が大きく震えた。
「…な……な…に…?……こ…れ……これって……」
全身の震えはガタガタと止まらず……だが…確かめなければと。震えるその手をアムロは…自分の下半身へと持っていった……
「…アムロっっ!!」
シャアの叫びと同時に……更にもっと鋭い絶叫が響き渡る…。

途端に暴れ出したアムロの身体を必死でシャアは全身で押さえようとした。
「アムロ…っっっ!!落ち着けっっ!落ち着くんだっっ!!」
「嘘だっっ!嘘っっっ!ウソだあっっっっ!!…こんな…こんな事…こんなのって…ウソだろうっっ?!」
自分の傷もズキリと痛んだが、そんな感覚には構っているどころではない。シャアは何とかアムロを落ち着かせようと必死であった。
「大丈夫だっっ!!アムロ…大丈夫だからっっ!!」
「こんな…こ…んなの…嘘だよぉ……嫌だっっ!…嫌だあぁぁーーっっっっ!!!」
あまりの騒ぎに当然の如く、医者とレモンドが駆け付けてきた。
「閣下っっ…?!…!!…気が付かれて…しまいましたかっっ…」
「…アムロを落ち着かせろっっ!ドクターっっ!!」
慌てて医者は専用の戸棚から何やらガタガタと取り出して用意をしている。
その間にもアムロの慟哭とも言える絶叫が響き渡り、無我夢中といった様子で暴れるその身体をシャアとレモンドが取り押さえていた。
何とかその腕に注射器具を当てると…程なくしてアムロの身体はぐったりと力が抜けるように静まった。
「…急でしたが取り敢えず…軽い鎮痛剤兼麻酔を…」
ふうっと息を吐き、医者が説明をする。シャアは腕の中でほぼ気を失う様に崩れ落ちたアムロを抱き止めて、沈痛な面持ちでただその顔を見つめていた。
「…ショックを受けるのは…無理もないでしょうな……」
レモンドのその呟きには応える事はなく…シャアは意識のないその身体をそっと抱き締める。数年前に抱いた時より明らかに華奢になった…今のアムロの身体を…。
「……大丈夫だアムロ……私が…側に居る……」

君の痛みは私が全て受け止めてやる…アムロだけを傷付け苦しめる気など毛頭ない。

これは……罰…なのか…?
だが罪…があるというのであれば…私だけに負わせるだけで良いはずだ!
アムロは…アムロには……何も非はないだろう?
それともあの奇跡の代償…とでも言うのか…?!

普段は…シャア自身が信じるはずもないその存在に向かって…
今はただ恨む事しか…出来ないのであった……。

 

 

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…まだまだ長い道のりになりそうです… (2009/9/25UP)