------千年の王国・百の夜------

 

その奇跡が…おとぎ話というものであるのなら……

 

 

 

《 第一夜 》

 

 

 

 

眩い光の渦が自分の全てを包み込み…意識が拡散していく。
その意識だけの存在となって…海の様な空間を漂っている感覚だ。
此処は何処だろう…?
自分の身体は…?
しかし不安も恐怖も感じない。
此処は…この場所はあまりにも…温かく優し過ぎる。
ああ…何と気持ち良いのだろうか…
ずっと…このまま…此処に……
私は此処で………

私…は…?

此処は……自分だけなのか?

……一人だけで……此処に?
…………彼は………
…彼は…何処だ?!

途端に今まで感じていなかった不安が一気に押し寄せてくる。
周囲の光の渦がいきなり流れ出した。ある一点を目指すように急激に加速している。

……何処だ?!何処に居る…?!
今までの安心感が嘘のように、ただ焦る気持ちだけが意識として拡がってゆく。
優しい穏やかな海は、嵐の様に荒れ狂い己の孤独感を更に上昇させている。
…君は何処だ…?!…答えてくれ…!!

孤独が絶望へと変わりつつある時……
ふいに優しい柔らかい何が…自分の意識に触れた。

……大丈夫……此処に居るよ……

何かが弾ける様な…そしてその優しい温かさに全ての意識が包まれていく感覚……
ああ……これは間違いなく……君なのだな…
…そのまま意識を委ねてその温かさに混ざり合う様に……

……このまま…此処に居たい……君の中に…ずっと……
……それはダメだよ……ちゃんと出て来て……

…だってね…
…俺は…貴方を産み直さなくちゃ……いけないのだから……

 

 

 

 

「…アムロ……!!」
その唯一無二の名前を叫んで飛び起きた。
途端に全身を走る鋭い痛みに…思わず呻く。
「閣下…!気が付かれましたかっっ!」
その声の方向を見やると、見覚えのある男達が心底安堵した顔で自分を見つめていた。
己の記憶ははっきりしているらしい。シャアは瞬時に彼等が何者であるかを理解出来た。
そしてこの部屋は…病室ではないようだ。そして痛みと共に身体に感じるこの重力…まさか此処は…。
「お気づきになられて本当に良かった…ドクターから大したお怪我ではない、聞いてはおりましたが…やはりお目覚めになるまで我々は本当に心配で…」
一人進み出た男の語尾が震える。後ろの方では泣いてる者も居た。
「…お前は…レモンドだな…?……そうか…此処は…」
シャアの言葉にレモンドと呼ばれた男は静かに頷く。
「はい……此処は地球です…総帥閣下」

 

アクシズは地球に墜ちなかった。

「奇跡」としか思えない「何か」の力で地球から離れていった。
そして自分達はその力に弾かれ…飛ばされたのだ。
その瞬間に意識を失ったので…その後どうやって自分達が地球に墜ちてきたのかは全く解らない。
そして今…自分の目の前に居る彼等も「奇跡」としか思えない事象で自分を発見したのだという。
彼等は…新生ネオ・ジオンの情報部員として、地球に潜伏していた「ダイクン派」の者達だった。墜ちようとするアクシズに「シャア総帥が連邦のガンダムと一緒に未だ其処に居る」という情報を受け、アクシズと一緒に自分達の総帥閣下が墜ちてくるのでは、という仮定に慌て皆で恐怖を感じていた。
…しかしアクシズは「奇跡」の力で地球を離れてゆき…
総帥閣下はいったいどうなったのだ?!何処へ?!ご無事なのか…?!
…と焦燥と絶望感に苛まれていた時に…
…サザビーの識別信号をキャッチしたのだ。
しかもそれは…なんと彼等の潜伏する山荘のすぐ側の森から……なのである。
何かが墜ちてきた様な音も衝撃も無く…全く信じられなかった。
しかし明らかに総帥専用機のサザビーだけが持ちうる信号が、正確に彼等の元に届けられている。
ならば…と。
一部の望みと、藁にも縋る奇跡を祈って彼等は森の奥に先を競う様にして走っていった。
そして…発見したのだ。
淡い緑色に輝く光に包まれた…連邦軍のあのモビルスーツを。
それは跪く格好で森の中にその巨体を潜ませるように…音も無く静かにそこに居た。
その両腕の中に…赤い球体をしっかりと抱き締めて。
まるで胎児を抱き締める母親の様だ……と彼等は一様に感じたという。

そこまで聞いて、シャアは直ぐにでも確かめたかった事を口にする。
「…アムロは…νガンダムのパイロットはどうしたのだ?どこに居る?」
最悪な予感はしない…アムロも一緒に助かっているはずだ。
「彼…も大丈夫です閣下…別室におります……ただ…まだ目覚めてはおりませんが」
その言葉が終わらぬうちにシャアはベッドから降りようとし、周囲を慌てさせる。
「無理はいけませんっっ…お目覚めになったばかりではないですかっ!」
「止めるな!アムロが目覚めていないのであれば尚更…私は彼の側に居なくてはならんのだ!」
その必死とも言える形相で訴える姿に…レモンドは個人的に納得出来るものを覚える。
「…解りました……肩をお貸ししましょう…」

 

どうやら足腰はしっかりしている様で、レモンドに少し助けて貰うだけで歩く事が出来た。
シャアの身体がほとんど軽傷で済んでいるという事実は…総帥専用機の頑丈なコクピットだったから…というだけでは説明が付かないだろう。「奇跡」は本当に起きたのだ。
この山荘は元々かなりの富裕層の別宅だったものを改築したもので、それなりに広く…アムロの居るという部屋は、シャアの居た部屋からはかなり離れた場所にあるようだ。
…複雑な意味での配慮なのだろうな、とシャアは自嘲気味に考えた。
ふいに、部屋をノックしようとした手を止めてレモンドは躊躇いがちにシャアに話しかける。
「…閣下……あの…お聞きしたい事が…」
「…何だ?」
「いえ……閣下が…その…ご確認されてからが…良いでしょう…後ほどにします」
「…??」
レモンドが軽くノックをすると部屋の内部から入室を許可する声が反ってきた。

「総帥閣下?!…もう歩けるのですか?…ああ本当に奇跡としか…」
ベッドの側から歩み寄って来た初老の男にも見覚えがある…この仲間内の確かに医者だったはずだ。
「アムロは…アムロの容体は…どうなのだ?」
自分の事は何も言わずに、ただそれだけを尋ねてくる姿に医者の男は苦笑の表情となる。
「…ええ…こちらも外傷は大した事はありません…ただ閣下よりも酷い昏睡状態が続いておりまして…」
ベッドに近付くと…ずっと見たかったその顔が…血の気のほとんど無い青白い様子で眠っている。
途端に全身に喩えようもない安堵感が満ちてきた。
そっと手を伸ばし頬に触れてみる。想像通り少し冷たく感じたが、ちゃんと生きている人間の体温だ。そして何よりも呼吸している様子を感じる事が出来る。
「……アムロ……アムロ……」
無意識に溢れるその言葉と…頬に流れる熱いものを感じたが、もう止める事は出来ない。
シャアはそのまま上半身をベッドに倒れ込ませ、そしてアムロの顔に何度も頬ずりした。
自分達の最高の忠誠対象であるネオ・ジオン総帥のその行動に…レモンドと医者は少し驚きつつも、ある意味納得がいくような気がして、ただその光景を優しく見守っていた。

 

「閣下……お側におられますか?」
少し落ち着いた様子のシャアに医者が優しく声を掛ける。
「…ああ…出来る限り此処に居たい…良いか?」
「解りました…何かありましたら直ぐに其処のインターフォンで……あ、時々タオルで汗を拭いてさしあげると…よろしいかと」
「解った…色々とすまない…」
退出する2人の気遣いに心から感謝し、シャアはベッドの側にあった椅子に腰掛けて、それは愛しげにアムロの様子を見つめている。
その様子を確認し静かにドアを閉めて、外に出た2人は歩きながら小声で話し始めた。
「…聞けなかったのかね…?…例の事は…」
「ああ…それが『事実』として既に閣下が知っていらっしゃったのかどうかは…解らん」
「先程の閣下のご様子からすると…ご存じであられたのではないか?」
「それは決め手にはならんな…閣下はその手のモラルには縛られない方であろう…」
「…ううむ……そういう捉え方も出来るか…」

 

眠っているアムロの右腕には小さな電源パットが2個ほど取り付けてあり、コードがベッド脇の機械へと延びている。画面の示す数値は安定している様子で、オールグリーンの表示がシャアを安心させた。幾つかの注射痕も痛々しく見えるほど…アムロの腕は細かった。
「アムロ……君が奇跡を起こして…私を助けてくれたのだな…」
そっとその掌を己のに重ねて握り締める。
…アムロの手がやたら小さく感じられた。元々そう大きくは無かったが…最後にこの手を握り締めたのは数年前の事なので、はっきりとした記憶ではないのだが。
シーツを掛けられたその細い身体が…更に華奢に思えてシャアは胸が痛んだ。
ふとアムロの頬が少し震えた気がした。じんわりと汗が滲んでいる。
側にあったタオルで額の汗を優しく抑える様に拭ってやると…アムロが安心した様にシャアには感じられた。
…何かが繋がっているのかもしれない。シャアは口元を少し緩ませる。
首筋にも汗が浮かんでいてシャアはそこにもタオルを押し当てる……
ふと。
何故か「違和感」を感じた。
だが…それが何かは未だ解らない。
じっとアムロを見つめる………何か……何かがおかしい…気がする。

暫しそうやって見つめていたシャアは…そっとシーツを捲ってみた。
アムロは病衣だろうか…薄いガウン状のものを着せられていた。
所々に包帯が巻いてあるのも痛々しいのだが…。それよりも。
その服の合わせ目に感じる「違和感」…呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸…。

「………………………」
ある結論に達しているのだが…頭の方が完全にその答えを完全に拒否している。
そっと手を伸ばしてみた…はっきり言ってそれは震えている。
アムロのその胸に自分の掌を置いて…ゆっくりと動かしてみる。
結論を認めろっ…とその感触が命令するのだが…やはり思考はそれを強く拒んでいるのだ。
「そんなはずはない!」と頭の中で大きく何かの警鐘の様に響き渡る声…。
シャアは思わずシーツの中に左手を忍ばせて…………確かめる。
眠ってる人間には最大の失礼に当たるであろうが……確かめずにはいられなかった。
その結論をついに全てが認めた時に、シャアは手近のインターフォンを力一杯押していた。

 

「……いつ…からだ…?」
「…やはり…ご存じでは無かったのですね……いや、我々が発見した時からこの様な状態でしたが…」
沈痛な面持ちのシャアに、レモンドと医者の2人も今ここにある「事実」があってはならない事だったのだ…と知り動揺する。
「閣下を助けるのと同時に…彼…?で宜しいですかな…をも此処に運んで…治療の為にノーマルスーツを脱がせた時に…本当に驚愕いたしました」
「……有り得ない……まさか…こんな…」
幾度も首を振るシャアの表情は明らかに色を失っていた。
「ええ…我々も…情報が間違っていたのか、と思いましたよ…」
レモンドは溜息混じりに呟いた。

「…連邦軍のアムロ・レイ大尉は…『女性』…であったのか…と」

 

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…ご都合主義だと笑って下され……次はアムロが目覚めますよ ( 2009/9/23 UP)