4.0092 〜THE EMPEROR〜 U

 

 

いつの頃からだろう…?
父の名前が癇にさわる様になったのは…
大好きな自慢のパパ…誰もが彼を素晴らしいと偉大だと褒め称えてくれる。
それが以前はとても嬉しかったし誇らしかった。
なのに…今ではそんな気分が半減している。
正確にはその後に続くようになった言葉が…嫌なのだ。

「お父上の様に立派に…」
「ジオンを継ぐ者としての誇りを持って…」

それが自分に何の関係在るのか…未だ解らない。
パパの様になれ…ってそれ、どういうこと?なんだかムカムカする……
ジオンってお祖父さまの名前だろう?…そんなに大切なものなの?

大好きなパパ…
でも最近はちょっと色々とうるさい…そして厳しいんだ。
でもパパの事は大好きだよ?
最近はうんと忙しくて…遊んでくれなくなったけど…
僕はパパが…大好きなんだ…大好きなのに…

 

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アナハイムエレクトロニクス社グラナダ工場…
表向きはその中身は完全に旧ジオニック社のままである。一年戦争敗戦の混乱の際にアナハイム社の姑息な手段によって吸収されてしまったのだが、実は傘下に入ってしまった後も独自の経営と様々な開発を行っていた。
それが出来るのも、アナハイム本社の経営権でさえも揺るがす事が出来る程の株を保有している…ある個人投資家のお陰なのだが。特に旧ジオニック社はその投資家の持ち物とさえ言っても良い。アナハイム社から「わざと」独立させないのは、アナハイム社を逆に利用するという彼の思惑故らしい。
アナハイム社フォン・ブラウン本社工場は連邦軍からの発注をメインに行っている。そしてグラナダ工場はネオ・ジオンとの共同開発を多々行っている事で有名だ。連邦軍の情報を「共用」するが、独自の技術は秘密裏に開発する。
経済界でも有名なこの投資家の名前はヴァル・ロット…という。全く表に出てこない、誰もその姿を見たことがない彼のその正体は、その裏では公然の秘密の様に囁かれている。彼の正体はあの……なのだと。

 

グラナダ工場に着いたアムロとカミーユを、多くの関係者が出迎えた。
「アムロ様、カミーユ様っ…ようこそ、グラナダへ!カミーユ様は3年ぶりですかっ…いやあ大きくなられましたなあ!」
主席技術官のジャック・レモンドが満面の笑みを浮かべて歓迎してくれた。
「度々すみません、レモンドさん…カミーユ…彼の事は覚えているよね?」
アムロの問い掛けに彼はコクンと頷く。カミーユは彼に対して「嫌いじゃない」と覚えている。
「うん…またおせわになります」
小さい殿下のその挨拶にレモンドも満足げな笑みを浮かべた。
「殿下は本当に聡明でお健やかにお育ちですな…お父上に良く似てこられた」
その言葉を受けて途端にカミーユの表情が不機嫌そうに変わった。その様子にアムロは苦笑を浮かべる。
「カミーユ…すぐに見学してきて良いよ…レモンドさん、お願いできますか?」
「ええ、もちろんです…今、係りの者を…」
数人の案内役が進み出てきて、アムロの合図でギュネイと他の警備士官がカミーユと共に、工場の奥へと消えていった。息子の後ろ姿を見つめながら、アムロは素直に詫びを入れる。
「…すみません…難しい年頃なんで…」
「お気になさらずアムロ様、男の子ですから当然の事ですよ…その点もお父上にそっくりですよ?」
その言葉にアムロも少し表情を和らげた。
「ありがとうございます…それでは本題に…サザビーの不具合の件なんですが…」

 

工場の中に数あるレーンの中でも、やはりMS製造部門が殿下もお気に入りである。3年前初めて此処に来た時は本当に興奮した。母がこの技術に詳しい事もあって、色々と勉強する事をねだり、子供のクセにかなりマニアックな知識も得ている殿下からの質問には、グラナダの技術員達も驚かされている。
「本当にお詳しいのですねっ…殿下っ」
ギュネイが心底感心して感嘆の声を漏らした。
「ママから教わったんだっ…ママはもっとすごいんだよ!」
だろうなー、と思ってはいたが…アムロ総帥夫人はパイロット出身なのに、MSの技術的な事でかなり専門的に詳しく、最近は開発部門の方にも関わっていると聞いている。
「…僕もMS操縦したいな…僕専用のモビルスーツがはやく欲しいっっ」
小さい王様の頼もしい発言に周囲の大人達は微笑ましく思う。
「殿下…それはもう少し大きくなってからですね」
「その際はこのグラナダで最高の殿下専用MSを作らせていただきますよっ!」
…??…あ…れ?
その時、何か空気が変わった気がして、カミーユは少し胸騒ぎを覚える。
それはギュネイも感じたらしく、彼の表情が何やら強ばった瞬間…慌ただしくバタバタと数人の技術スタッフがやってきて、同僚達に何やら告げに来た。
「えっ?!それは…急じゃないかっっ!」
「…予定には無かったよなっ?!」
訝しむカミーユとネオ・ジオン軍人達に、あるスタッフが慌てて説明する。
「今、シャア総帥閣下が急にお見えになったそうです…お二人が来ていらっしゃるのでこちらに廻られたらしいのですが…」
周囲の大人が驚いている中で、カミーユの表情はみるみる不機嫌に変化するのを、ギュネイは気が付いていた。

 

「…随分と早かったんだね」
「長時間掛ける価値を見いだせなかったのでね…よって早めに切り上げた」
「ふうん……そんなに会いたかった?」
「…4日目だぞ?君は随分とつれないな」
最新の地下ドックに当たる場所で、既に運ばれている緋色の機体を見上げてそんな会話をしながら、総帥夫妻はそっと軽くキスを交わした。
そして後方にその気配を感じて二人が振り返ると、カミーユが色々と大人を引き連れてやってくるのが見えた。そんな様子とカミーユの流れてくる感情をしっかりと認識して、アムロは苦笑するしかない。
「ご機嫌ナナメみたいだよ?」
「その様だな…」
両親の前まで来てもムスッとしたままのカミーユであった。そんな態度の息子にシャアは
「カミーユ…このグラナダは気に入ったようだな」
と微笑みかける。
しかしカミーユはそれに応えずに、小走りにアムロの元へと行き、その腰辺りにしがみついた。そして父親にほとんど睨み付ける様な視線を送っている。
そんな親子の様子に周囲は気まずい雰囲気が漂ってしまった。後方に控えていたギュネイは、総帥に付いてきたガトー中佐に視線を送る。しかし、親子を見つめる彼の眼差しは穏やかだった。
そしてシャアも息子のそんな態度にも余裕の笑顔を見せて
「皆、すまんな…カミーユはお腹が空きすぎるとご機嫌が悪くなるのでね…育ち盛り故許してやってくれ」
そう周囲にわざとらしく告げる。彼らの緊張が少し和らいだのと同時に、自分の下半身にしがみついているカミーユが更に機嫌悪くなった事を、アムロははっきりと感じ取っていた。

 

グラナダ市で一番の高級ホテル…最上階スイートルームが総帥家族の為に提供されている。食事を終えた総帥家族は、警備兵達を待機させて、その豪華な部屋でやっと寛げる時間を持てた。
「カミーユ」
ソファーに座るなりシャアが息子の名を呼ぶ。
「先程のグラナダ工場での態度はいただけないぞ」
言われる事を予想していたのか、カミーユは黙ってあの時と同じようにシャアを睨んでいた。そしてシャアは先程とは違い、強い視線で息子を捉える。
「あれは将来上に立つべき人間の取る態度ではない」
毅然としてきっぱりと言い放つ。
「お前もそろそろ自分の立場を理解しろ…そしていつまでも甘えてはいけない…私の息子ならそれが解るはずだ」
「……ちゃんと…わかっているよっっっ…!!」
言い捨ててカミーユは隣の寝室へと走り出し、思いっきり木製のその扉を閉めた。派手な必要以上の音が響き渡る。父と息子のそのやり取りを見守っていたアムロは軽い溜息を吐いた。
「…あなた最近…カミーユに厳しくないか?」
「自覚を持って貰いたいだけだ」
「それは解るよ…でもカミーユは未だ10歳だし…聡明な子だからそのうち自然と解る様になると思うんだけどな」
アムロの呟きを受けて、シャアは隣に座る妻の横顔をじっと見つめる。
「…私はカミーユの歳の頃には、父が亡くなり母と引き離された…だからこそ、万が一私の身に…」
と言い掛けたそこで、ボスンっと顔に思いっきりクッションが押し当てられた。そのままボスボスっと何度も頭にぶつけられる。
「お…おいっ…アムロっ!」
全く痛くはないのだが、クッションでぼすぼすと叩かれ続けるのは、当然たまったものではない。
やっと攻撃が止んだ。乱れた髪を掌で整えながら妻を見ると…
やはり怒っているような泣き出しそうな…想像通りのそんな顔をしていた。
「……冗談でも…言うなっっ…そんな事っっ!」
「アムロ…」
再びクッションを手に右手を挙げたので、その手を捉えて自分の方へと強く引き寄せる。夫の体温を感じた途端にアムロの目尻が熱くなった。そんな妻の頬にシャアはそっと手を添えて、優しくキスをする。
「…悪かったアムロ…もう二度と言わない」
俯いて黙ってしまう彼にもう一度口付けを贈る。
「……あなたが…決心しているのちゃんと解っている…でも…許さないっ…」
アムロはシャアに抱きついて首筋に顔を埋める。
「…俺とカミーユを置いてゆくなんて…絶対に許さないんだから…絶対にっっ」
そんな愛しい妻の細身の身体を強く抱き締めて、シャアは何度もその髪に頬に唇に、とキスを贈り続ける。
そして愛情を込めた優しいキスが少しずつ激しくなって、別の熱がこもり始めた時……

バタンッッッ…といきなり寝室の扉が開いた。
その音にアムロは反射的に夫の逞しい身体を、何処にそんな力があった?と思わせる程に思いっきり押し退ける。
両開きの扉の間から、じいぃっっ…とカミーユが両親のそんな姿を見つめている。そして何気なく呟いた。
「…おふろ…先に入ってもいい?」
「あっ…ああっいいよっ…あ、カミーユっっママと一緒に入ろうか?」
少し乱れた襟元を正している母にカミーユは再び少し冷めた視線(にアムロには思えた)を送って
「いいよ…一人で入る…ママはパパと入ったら?」
と言い、そして再びバタンっと扉は閉じられた。
暫くその扉を呆然として見つめていたアムロは
「…ああ…やっぱり反抗期に入ったのかな…ちょっとショック…」
と額に手を当てて呟く。
「…あの歳で母親『としか』風呂に入らない方がおかしいだろう…そのショックなら私の方が随分前に受けているぞ?」
「え?そうなの?…あっ!いけないっカミーユの着替えっっ」
慌ててバタバタとクローゼットルームに走っていく妻の後ろ姿を見つめながら
「これでもかなり前から傷付いているんだがなあ…」
アムロは本気で気が付いてくれてないのかっ…と父親として少しだけ寂しさも感じてしまったシャア総帥閣下なのである……

 

 

翌日は日中は再び色々と訪問先があり、カミーユも両親に従ってついて行った。何処でも同じ様な熱烈な歓迎を受けて、少しウンザリとした気分になってしまったのは、仕方がないだろう。
そして夜…総帥家族はグラナダ市長主催の豪華なパーティーに招かれていた。各月都市、各コロニー、そして地球からも数多くの名士や高官、起業家などが参加している、それは大々的な「交流の場」である。
こういう中では常に一番に注目されてしまう、ネオ・ジオン総帥とその妻であった。そして今回は何と言っても注目の王子様が居る。多くの人が彼らの周囲には集まり、口々に「会話」を「交流」を、と求めてきた。
カミーユには皆がこぞって褒め言葉を投げかけてくる。
「何と可愛らしい…」「お利発な王子様…」「お父上にそっくり…」「将来が楽しみな…」と大人の思惑と欲と計算が多く混ざり合った…そんな最悪の雰囲気の中で、だ。
こんな「気」に当てられていては…カミーユは本気で吐き気を覚えた。そんな息子の様子をいち早く察して、アムロは彼を連れ出そうとするが、なかなか自分に対する人垣から抜けられない。止むなくずっと傍に控えていたギュネイにカミーユをお願いする。ギュネイ自身もダメージを受けている様子があったので。

ギュネイは殿下を庇うようにして素早く連れだし、大広間とは違う静かな部屋へと移ってきた。其処はカードゲームなどを行う様な場所であり、他に人気も無く静かでホッとする。
「殿下…大丈夫ですか…?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないっっ」
カミーユはギュネイの差し出したグラスから水をコクコクと飲んで、その小さな身体をソファーの上で大きく伸ばした。
「…おまえも気分悪くなっただろう?…あーゆー大人ってホント最悪だよなっ……ママ…大丈夫かな?」
「アムロ様は大丈夫ですよ…そういう調整が出来る方だと聞いてますけど…」
「…ママって『とくべつ』なんだけど…やっぱり我慢しているみたいだ…僕、もどるっ…ママのそばにいないとっ」
今まで青白い顔をしていたカミーユだが、急に心配そうに焦った表情になった。
「ダメですよ、アムロ様がもっと心配しますっ」
ギュネイは慌てて殿下を止めるが…その殿下が急に顔を上げて、ある一点を見つめる。その見つめていた先は扉であり…それが開いて男が二人、入ってきた。いかにも欲深そうな腹が出ている初老の男達である。
「ったく!…あの総帥閣下やらはっ…」
「全然話にも乗ってこないとはな」
不機嫌な表情を隠さずに男達はあるテーブルに向かい、乱暴気味に腰を下ろした。葉巻に火を付けながら、引き続き文句を言い始めている。
「我々の存在を無視しては、月都市での活動は成り立たないぞっ…なのにあの男ときたらっっ」
「昨日もさっさと会談を切り上げるしな…ったく何様のつもりなんだっ」
カミーユとギュネイの居る位置は観葉植物の影になっているのか…連中は此方の存在に全く気が付いていない様子である。
「本来なら向こうからこちらに頭を下げてくるべきなのだぞっ…こちらは地球時代からも代々続く由緒正しい家柄があるというのに…」
「ジオンの血とやらはそんなに偉いのか?…所詮スペースノイドの成り上がりだろうが」
いかにも下品な笑いをする彼らを、ギュネイはかなりムカついて見つめていた。
----総帥閣下の事…だよな?…何という侮辱だっ!…何様のつもりは貴様達の方だろうっ?
ふと、大変強いプレッシャーをズシンっと感じた…恐る恐る隣に視線を向けると…案の定、カミーユ殿下が子供がするとは思えない程の怒りに満ちた表情をして、ふるふると身体を震わせていた。
「カ、カミーユ殿下っっ…」
焦るギュネイはどうしたものか、と悩んでしまう。思わず、総帥の直ぐ傍に居るであろうガトー中佐に連絡を?!とさえ考えた。
「…しかし噂ではそのジオンの血もな…卑しい妾腹の生まれだというしな…果たしてどうやら?だ」
「…あの総帥夫人も大した生まれではあるまい?あの男の妻だからな…閨房術には相当長けているのか…」
「それは面白そうだな…何ならそれで何か探ってみるか?」
更に卑下た笑いを起こす彼らに、ギュネイも怒りが頂点に達しようか、というその時…
「…きさまらっっ!!もう一度いってみろっ!!」
…既に殿下が飛び出していた。流石に仰天する男達である。
「な、なんだっ?!この子供は…!」
「ま、待てっ…確か…まさか…ジオンの…?!」
子供だが尋常でない怒りを纏わせるカミーユの様子に、男達は本気で恐怖を感じた。
「そのとおりだっ!よくもよくも…パパを…ママを…っっ!…ぜったいにっ許さないぞっ!!きさまらーっ!!」
「殿下っっ?!待って下さいっっ!!」
ギュネイは慌ててその飛び出す身体を止めようとしたが……

「…?!カミーユっ?!…駄目だよっっ!!」
しっかり「それ」を感じ取ったアムロは、周囲の客をなぎ倒す勢いで走り出す。
それを見たシャアも「皆さん、失礼っ」とザワザワと騒がれる中、その後を追い…ガトーも慌ててそれに続いた。

 

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長くなりましたので3話にしました…本当に申し訳ない…何やってんの私…よよよよ…
(2010/11/20 UP)