4.0092 〜THE EMPEROR〜 T

 

 

ネオ・ジオン総帥シャア・アズナブル----
本名はキャスバル・レム・ダイクン…
人類の革新を唱えたジオン共和国創始者、ジオン・ズム・ダイクンの嫡子…
全てのスペースノイドの希望をその身に背負う若き改革者…
その人気、カリスマ性は他の追随を全く許さない。
そんな彼は連邦政府は「独裁者の様な者」と呼び、
ネオ・ジオン臣民は「我らが王」と呼ぶ。

 

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カミーユは現在公邸から歩いて行けるジュニアスクールに通っている。その行為に対しては、総帥夫妻の周囲でもかなり反対の声も多かったのだが、総帥夫人が頑として譲らなかった。流石に日々のある程度の警備体制が必要であるが、子供達の素直な順応性に助けられて、昼間の彼はアムロが望んだ様に「普通の子供」と同じ様に生活が出来ている。
その高いNT能力故に、総帥夫妻が何かと心配をしていた事件も、今の処起きてはいない。完全な「敵意」を感じない限り、カミーユも少しは抑える事を学習した様である。普通の子供と同じように「子供同士の喧嘩」くらいで済んでいる様だ。その恵まれた環境は「ネオ・ジオンの後継者」にとっては…「奇跡」と呼んでも差し支えは無かったかもしれない……

その日の授業を終えて、カミーユは元気に学校の正門までの道を走ってゆく。時々「殿下ーっっ…また明日なー」と数人の子供達が声を掛けていった。此処では「殿下」という言葉がカミーユの愛称の扱いになっている。…無邪気に呼んでいる彼らも大人になれば事の重大さに気が付くかもしれないが…今はそれで良いのだろう。

「ただいま帰りましたっっ!」
「お帰りなさい、カミーユ」
カミーユの元気の良い声に、玄関ロビーで母のアムロが優しい笑顔で迎えてくれる。その笑顔が何よりもカミーユを安心させるのだ。思わずそのまま抱きついてしまったのだが、アムロは優しく受け止めてくれた。最近のアムロは、軍人として、そして総帥夫人として、職場復帰をしている。それでも出来る限りカミーユの帰宅時間は公邸に戻る様にしてくれているのだが…たまにそれが間に合わない時がある。学校から帰ってきて此処に母の姿が無いと、心底落胆してしまう皇子様なので…母が出迎えてくれる事が何よりも心から嬉しいのだ。
彼は未だ未だ大好きな母親には甘えたい時期なのである。
そんな様子で甘えるカミーユにアムロは優しく声を掛けた。
「カミーユ…今日はギュネイが来ているよ」
その言葉に顔上げると、一人の青年軍人がやや後方に立っていた。警備兵達とは違う軍服…そして一般兵とも微妙に違う。それは親衛隊カラーと呼ばれる特殊な軍人を表す軍服だった。
「ギュネイっっ…今日はこっちだったのかっっ…だから歩いている間モヤモヤ気分だったんだなーっ」
「はい、今日は殿下のお傍に居られる日です」
そして彼は笑顔でカミーユに敬礼をした。予備兵訓練校を卒業した後にギュネイはそのまま士官学校へと進み、そしてこの春に正式な軍人となった。新米の親衛隊員としてスタートした彼は、それはそれは大変厳しく隊長のガトー中佐に鍛えられている。しかし出来る限りアムロ総帥夫人と行動を共にする任務が多いなどのガトーの配慮もあり、総帥公邸には来やすく、週に何度かはカミーユ殿下のお相手も出来ている。
「ギュネイが来るとカミーユは喜ぶんだよ?」
とアムロが笑って言うように…それは昔も今も変わらない事実なのだ……

 

「来月…月へ行かれるのですよね?」
「うん!グラナダとフォン・ブラウン…ママと一緒に行くんだっ」
カミーユは興奮を隠しきれない様子で応えた。隣に座るアムロも息子のそんな様子に苦笑せざるを得ない。
「カミーユ…何度も言ったけどね、遊びだけで行くんじゃないんだよ?」
「わかってるよっっ…ママのお仕事のお手伝いだよねっ…えっとぉ…僕のがいこうでびゅーってヤツなんだよねっ!」
外交デビュー…って事か?とギュネイも苦笑いしながらティーカップの中の紅茶一口含んだ。
ガトー中佐から受けた説明では、アナハイム・エレクトロニクス社の主催する大規模な工業系見本市があり、それに総帥親子が招待されているのだという。企業側としてはバツグンの宣伝効果を狙っているのだろうが…特にメカフェチとも噂される総帥夫人が飛び付くに決まっているのだからして。カミーユ殿下もそんなアムロに育てられたせいか、普通の男の子以上にメカ系には興味がある様に見受けられる。
そのアムロは膝に張り付くカミーユの髪の毛を優しく撫でている。相変わらずのこの母親への甘えっぷり…これもは昔から全く変わっていない皇子様である。
「ギュネイ…月に行ったことあるか?」
カミーユの問いにギュネイは首を振った。
「ないですよ、殿下」
「え?そーなんだ」
大きな瞳をパチクリとさせてカミーユは意外に思った。
「いつか行ってみたいと思ってますけどね…機会も余裕もなかったんで…」
苦笑いしながら応える彼にカミーユ殿下はキッパリと言い放った。
「まずしい青春なんだなーーっギュネイっっ…だったら一緒に来ればいーんだ…ね?ママっ」
ヘ?!とギュネイは思わず心の中で驚く。
「うんそうだね…いい機会だからギュネイも同行者に加えてくれる様に、ガトー中佐に頼んでみようか」
アムロも当然の様な笑顔を見せている。
「あっ…ちょっと…そのっ…あのですねっっ」
ギュネイの何故か焦っている様な様子に、カミーユは明らかなガン飛ばしをした。
「…ママと僕が一緒なのに…イヤだっていうのか?ギュネイ…」
同時にプレッシャーもズンッッとバッチリ感じて…思いっきり頭痛を覚えてしまうのだが…ああ年々殿下のコレは強くなってくるよーっ!!
「あ…いっいえっっそんな事ない…です…はいっっ…喜んでお供させていただきますっ」
実は…今回の行事には総帥閣下も参加される為に、親衛隊はご家族を纏めて警護する事になる。しかし新人のギュネイは任務から外されており…「初めての連続休暇」が与えられたのだ。これもガトー中佐の好意であるのだが。
…そりゃ敬愛するアムロとカミーユの両名に付き添う仕事は大歓迎だが…それでもやはり「連続休暇」だって魅力的であってっっ…
そんなギュネイの様子にアムロは簡単に勘が働いた。
「あ、ギュネイ少尉…もしかして休暇だったのか?」
申し訳に無さそうに呟くアムロを見て、思わずギュネイはぶんぶんっと必死で首を振った。
「いっいえっっ!…全然大丈夫ですからっっ!休暇って言っても何の用事も無いしっっ…お二人のお供が出来る方が全然嬉しいですっっ!」
「…そう…なら良かった」
相変わらず穏やかな笑顔を絶やさないアムロ総帥夫人と、明らかにしてやったりの表情のカミーユ殿下…何となく二人の思惑にノせられてしまったよーな気がする…気のせいではないなコレ…はははは
ギュネイは心の中で盛大に溜息を付くしかなかった。

 

スウィート・ウォーターからグラナダ・シティまでの利用便は、一般のシャトルではなく…ネオ・ジオン宇宙軍旗艦の戦艦レウルーラであった。
これは総帥専用艦と言っても良い程の艦艇であり、ギュネイも少なからず驚いた。ガトー中佐からの説明では、やはり総帥閣下からの「妻と息子の安全を考えて」の指示と、そして何やら別の理由もあるらしいのだが。
シャア総帥閣下は他にも会談などの行事が入っており、別の艦で先に月へと向かっていた。ガトー親衛隊長はもちろん総帥に同行している。
ギュネイは他の親衛隊員や警備兵達と共に、アムロ総帥夫人とカミーユ殿下の警護の任務を受けて、旗艦レウルーラに初めて乗艦した。月に行くのも初めてであるが、この艦に乗艦するのも実は初めてである。
「ギュネイ、レウルーラは初めてなのかー…未だパパのお供はさせてもらえてないんだなー」
「…ええ…未だ新人ですから…」
相変わらずの、カミーユ殿下の素直過ぎる…そして的を射る言葉にはただ頷くしかないギュネイなのだ。
「じゃあっ僕が案内してやるぞっ!…ついて来いっギュネイ少尉っ」
既にもう退屈を感じているのか…カミーユは母親の膝の上から勢いよく降りると、既にドアの所まで走っている。ギュネイはアムロを見て許可を求めると、彼はコクンと頷いて
「カミーユ…歩き回るのは良いけれど、お仕事中の皆さんに迷惑を掛けては駄目だよ?ギュネイ…お願いするね」
と少し困った様な笑顔で応えてくれた。

 

レウルーラ艦内をカミーユ殿下のお供であちこち移動する。何処へ行っても、乗員達は「小さな王様」を歓迎し温かく迎えてくれるのだ。今のカミーユにはピリピリした緊張感は一切無く、ただ素直に大人達に接しているからだろう。そんな様子はギュネイにも微笑ましかった。カミーユは素直にしていれば、見た目は本当にそれは美少年の王子様なので…厳つい軍人達であっても、自分達の大事な王子様に益々優しく温かくなるというものである。
「ギュネイっ…こっちだっ」
カミーユが示したエレベーターを確認して、ふと眉を顰めて、事前に確認した艦内配置図を思い出す。
「殿下…その先は確かMS格納庫では?…危ないですよ」
「危なくないさっ…僕は何度も行っているからっ」
聞き分けては貰えそうもないので、仕方なく一緒にエレベーターに乗った。
…まあ戦闘態勢時では全く無いし、大丈夫か…
万が一の時の為にMSは搭載してあるハズだが…確かギラ・ドーガが何機か…とギュネイは頭の中で思い出している。
そんな彼に殿下が質問をしてきた。
「……ギュネイさ…モビルスーツを操縦した事…あるよな?」
「ええ、ありますよ?今までの学校でも、訓練でも…親衛隊員には必要な技術ですから」
あっさり応えたが、カミーユはぷうっと頬を膨らませた。
「いいなあっ…僕は未だ操縦しちゃ駄目だって言うんだ…パパもママも…シミュレーションは色々とやったし、プチモビなら操縦したんだけどさっ」
「殿下のお身体は未だ未だ小さくていらっしゃるのですから仕方ない事ですよ…本当のMSのコクピットだと…操縦桿にも届かないかもしれないですしね」
「わかっているよっっ…ママにも何度も言われたっ」
相変わらず頬を膨らませたままでカミーユは言う。そんな様子が普通の男の子らしい願いだなあ、とギュネイは苦笑を浮かべた。

格納庫に到着してフワフワと漂う殿下の後をついて行くと、あちこちから整備兵達が「えっ?殿下?!」と驚いた声を上げて、慌てて敬礼したりしてくる。
「すみませんーっ…見学にきただけです…どうかお仕事続けてくださいっっ」
艦内のあちこちで掛けてきた言葉をカミーユは繰り返す。ギュネイも緊張する整備兵に敬礼を返しながら、大丈夫だと合図を送っていた。
カミーユはどんどん奥へと進んでゆく。何処へ行くんだ?…と疑問符が頭の中を支配し始めた時に、ギュネイの視界に飛び込んで来たものがあった。
「…あっっ…!!」
思わず声が上がる。
レウルーラのMSの最奥に格納されているそれは…その機体は…
「…こ…これは…サザビー…?!…まさかっ…本物だよなっ」
サザビーはネオ・ジオン総帥専用MSだ。ついこの間ロールアウトしたばかりの最新型高性能MS…次の観閲式でネオ・ジオン臣民にもお披露目される予定だと聞いている。ギュネイもこの機体を実際に見るのは初めてであった。
「やっぱりちゃんと知っているんだな…そう、サザビー…パパの専用MSだよ」
その荘厳とも言える見事な緋色の機体の前まで来ると、カミーユはトンっと床に脚を付けて、それを見上げた。
「グラナダに持って行く…ってママが言ってたの聞いたんだ…絶対にレウルーラに乗せてあるだろうと思ってさ…だから見に来た」
「…そうだったんですか……しかし間近で見ると…本当に素晴らしい機体ですねっ」
ギュネイの呟きにも些か興奮が混じっていた。これを見て感激しないネオ・ジオン軍人は居ないだろう、としみじみ思う。
「そうだよな…サザビーって…パパみたいだ…本当にパパそのものってカンジだっ」
え?と思わず隣のカミーユを見つめると、明らかに不機嫌な表情をしていた。
「…殿下?」
どうしたんだろう?とギュネイは素直な疑問が湧いてくる。その時…
「…やっぱり此処に来ていたんだね」
後方からアムロの声がして、二人は同時に振り返った。
「……ママっっ」
カミーユは反射的に母親に向かっていき、そのままギュっとしがみつく。アムロは優しくその小さな身体を受け止めて、柔らかい髪を撫で始めた。
「…やっぱり怖くなった?大丈夫だよ…」
そして訳が解らない、という様子で佇むギュネイにもアムロは静かな笑顔を向ける。
「ちょっとコレは調整の必要が出来てね…ついでだからグラナダに持って行こうって事になったんだ」
「はあそうですか…俺は見られてラッキーでしたけれど…その…」
「うん…心配はいらない…必要以上には」
アムロにしがみつくカミーユは震えている様にも見えて…そしてそんな息子の身体を、アムロはただ優しく慰める様に抱き締めている。
「…カミーユはね…この機体に込められた想いと願いに、とても敏感に反応しちゃうみたいなんだよ…未だこの子にはとても重過ぎる…それにね…」
思わずギュネイも身体を固くした。サザビーをじっと見上げるアムロの表情には…少しだけ哀しみさえも感じ取れる。
淡い照明の中で、ただ静かに…しかし力強く存在するその総帥専用機を、ギュネイも複雑な想いで同じように見上げるしか無かった……

 

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これまた続きで…マイペース更新になってしまいますが、すみませんっ
(2010/11/16 UP)