3.0086 〜 皇子様と俺〜 T

 

 

あの1年戦争で父親を亡くした。母親はいつの間にか俺を捨てて、どこぞの男とどこぞのコロニーへでも消えた様だ。別に珍しくもなく…どこにでも転がっている良くある話だけどな。
6歳くらいで天涯孤独となり、暫くは他の孤児達と同じ様にスラム街に溜まっていた。其処での生活は本当に酷いものだったけれど…それでも運があってか俺は何とか生き延びられた。

戦争が終わって程なくして…スラム街に多くの兵士達が押し寄せてきて、無理矢理に別のコロニーにある孤児達の施設に入れられた。「無理矢理」収容された事がとてもイヤで、何度も脱走しようと思ったんだけれど、ちゃんと食べ物があって…温かく眠れたから…結局そこに居着いてしまった。やっぱり未だ子供だったからさ…餓えと寒さの心配しなくていいんだよ、と思うと…そっちを選んでしまったんだよな。
其処からちゃんと学校に行けたのには驚いた。学校には本当は凄く行きたかったから…俺は素直に嬉しかった。
1年戦争でジオン共和国は負けてしまったけれど…何だか知らないうちに新しい国になったとか何とかで…色んな事が急激に変わっていたらしい。子供の俺でもそんな周囲の変化は気が付く程に。
だってさ…孤児の俺なんかにもさ、大人達が優しくなったからな…だからそんな雰囲気はしっかり感じていたよ。

ジュニアスクールを出て…俺はその先は普通の学校ではなく、首都にある軍の予備兵訓練校を選んだ。今のネオ・ジオン軍は身分も地位も関係なく完全な実力主義で、頑張ればちゃんと出世が出来る、と評判なんだ。だから少しでも早いうちから軍隊に関わっていたくて…軍施設だから全て公費で学ばせてくれる。在学中は給付金まで出るとあってそりゃ大人気だよ。入校はもの凄ーく人気でもの凄ーく狭き門なんだけど…何とものの見事に難関突破!やっぱり俺って…軍人の才能があったんだよ!…さあ目指すは宇宙軍の華、MSパイロットだ!そこでエースパイロットになってみせる!!

 

----------------------------------

 

その日、ギュネイ・ガスは担当教官に呼ばれて、校内の応接室の様な場所で一人待たされていた。
----何でこんなトコロに呼ばれたんだ?
入学して未だ一ヶ月程…多くの適性検査を受けて、そして様々な初期訓練…そういうものが始まったばかりの時期である。呼び出しの理由は教官からは何も聞かされておらず、素直に不安な気持ちになっていった。
----何か…ヘマしたか?俺…何もしてないハズなのに…
30分以上も待った辺りでやっとドアが開き、教官が再び姿を見せた。
「待たせたなギュネイ君……こちらです、どうぞ」
教官の後ろから長身の男の姿が見えた。え?と目を細めて…あっ!と思わず声を上げた。
この男は知っている。仮にもネオ・ジオン軍に所属して彼を知らないわけがない。
「ふむ…不貞不貞しそうな面構えはいいな…」
帽子の影から覗く鋭い眼光に見つめられて、本気で背中に冷たい汗が流れてしまう。
アナベル・ガトー中佐……総帥直属の親衛隊長だ。
ネオ・ジオン軍の超エリート士官が何故此処に?しかもなんで俺をそんなに見ているわけ?!…とただ頭の中がパニックなギュネイである。
「隊長自らお見えになるとは…こちらからお伺いすべきでしたものを…」
遠慮がちな教官の声をガトーは軽く制する。
「いや…まず私の目視確認が最初のテストなのでな…」
「そうですか…此方が適性検査の資料です」
教官から差し出されたファイルと目の前のガチガチに緊張しまりの少年を見比べながら、ガトーは口元を吊り上げた。
「体力的、成績的には中の上…といった辺りか…まあそれは更に鍛えれば良い事だ」
「…では…彼で宜しいので?」
パタンとファイルを閉じながらガトーは頷いた。
「あちらの能力はあの御方のご希望通りの様だ…貴重な人材として使わせて頂こう」
ガトーが自分を見る視線がますます獲物を追い詰める野獣の様にも思えて…ギュネイはただ身震いするだけだった。

 

こんな立派なエレカには当然乗ったことなど無い。その後部座席で、泣く子も黙る親衛隊長と並んで座っているなんて…もうただ息苦しいだけの状態だ。
「これから行く場所ではくれぐれも粗相のない様に…お前にもネオ・ジオン軍人の自覚があるなら、しっかりと務めろ…いいな?」
低く響くその声にギュネイの緊張は更に高まる。
----いったい何をさせられるっていうんだっ…ううーっっ…逃げ出したいーっっ!!
吐き気さえ覚えるその緊張感の中で…ふと窓から見える建物に気が付く。エレカは其処を目指している様だ。
その建物はギュネイにも見覚えがあった。…昔からある種のマスコミ報道で必ず出る場所で…思わず瞳を見開いてしっかり見つめてしまう。
「…総帥公邸…だ…」
「そうだ、流石に解るな」
それは紛れもなくネオ・ジオン総帥の家族が住む「城」であった。

 

ギュネイには全てが別世界に見えた。
この公邸は実際は絢爛豪華、とまで称される様な舘ではない。しかし当然それなりの広さと格式を持つ造りであるし、旧貴族舘の格式高い独特の雰囲気が在る。それは多くの一般人もそうなのだろうが…ギュネイにも信じられない世界がそこに広がっていた。
ただあんぐりと口を開けて、無遠慮にキョロキョロと周囲を見渡す少年を、公邸のメイド達は微笑みながら見つめていた。その視線には決して蔑んだ様なものはなく、ただそんなギュネイの様子が楽しい、というカンジだ。彼にはその視線に含まれる感情がちゃんと「解った」。だからずっと見渡していたのだが…。
「何をしているか…早く来いっ」
低い声に促されて、慌てて親衛隊長の翻る軍用コートの後を追う。どんどん邸の奥へと進んでいき、案内役のメイドがある木製の扉をノックして何事か声を掛けている。中から応じる声がした。扉がゆっくりと開けられて…中で待っているのはいったい誰なんだ?…とギュネイの心臓がドクンドクンと跳ねる。
「失礼致します…お待たせしてしまい申し訳ございません」
親衛隊長が帽子を取り、深々と礼をしてから室内へと入る。
「いや、そんなに待っていないよ?…忙しいのにわざわざ本当に悪かったね…ガトー中佐」
響きの良い良く通る声…これは…まさか…まさかっっ?!
「いえ、妃殿下がお気になさる程の用事ではございません故…例の生徒を連れて参りました…入れ」
ガトーが身体をずらしてギュネイを中へと招き入れた。恐る恐る室内へ脚を踏み入れたその瞬間…
---…ええっっ?!
ギュネイには一瞬、不思議な空間が見えた…宇宙の様な何か変な違和感…
---お、おいっ…何だコレっっ?!
思わず混乱し、身体を硬直させていると
「…大丈夫…中に入ってきて」
その透き通った声がギュネイを現実へと引き戻す。ハッとして目をこらし、正面に捉えた二人の人物の姿に、ギュネイは別の意味で身体が硬直した。
アンティーク調の立派なソファーに座って自分に柔らかく微笑みかけている人…明るい赤の巻き毛…その彼の脇にピッタリとくっついている子供…濃い蒼の髪と瞳の…似てない様だけど、はっきりと「親子」と解る二人は…

---アムロ総帥夫人と…カミーユ殿下だっ…!本物っ!!
ネオ・ジオン臣民で総帥一家を知らない者など居ない…総帥閣下そのものの人気が絶大であり、その妻と皇子となればその人気も当然である。多くのマスコミに取り上げられている、その顔をその姿をギュネイも知らないワケがない。
「…突然、こんな場所に呼び出してすまないね…ギュネイ君?…どうぞ座って、楽にして」
相変わらず優しい笑顔を見せてアムロはギュネイを促すが…暫くは硬直したままであった。ガトーにも促されてやっと…ぎこちなく正面のソファーへと座る。近付いて見るとますます…アムロの温かく優しく…しかし何かの強さがある、その不思議なオーラを感じた。
「こちらから自己紹介は不要かな?…ああ、でもほらカミーユ…ちゃんと座って…『こんにちわ』して?」
自分の身体に張り付いていたカミーユを優しく起こすと、アムロは息子の肩に手を置いて促すが…皇子様は無言のままであった。その姿にギュネイは思わず魅入ってしまう。
----…本当に凄い美少年だな…生で見るとホントお人形さんみたいだっっ
確かまだ5歳くらいなハズ…でもその整いぶりは噂以上だ、としみじみ思う。男の子だけどお人形の様に綺麗な子供なのだが…目つきが…なんか妙にキツくないか?…と気になった瞬間
ギンッっ!と突然凄まじい頭痛を感じた。
「…つっ…?!」
思わず頭を抱える…そして同時に襲ってくるのは妙な不安感と吐き気…
な、なんだコレっっ?!
「あっ…こらっ止めなさいっ!カミーユ!」
アムロが叫んでソファーから立ち上がり、ギュネイの傍にやってきて彼の手を取る。その行動にビックリすると同時に、急に温かい波動に包まれる感覚がして、頭痛と吐き気が治まってきた。
「もう大丈夫かな…ごめんね…ビックリさせてばかりで…」
軽く首を傾げて優しくギュネイを見つめてくるアムロの…その柔らかい笑顔に思わずドキリとしてしまう。顔がどんどん赤くなるのが解る。
「あ…は、はいっっ!だ…だいじょうぶ…ですっっ!す…すみませんっっ」
隣に座っているガトー中佐が、そんな自分の様子を面白そうに見ているのを感じて、ますます恥ずかしくなった。
ギュネイから離れてアムロは元の位置に戻ると、カミーユの頭を軽く小突く。
「謝りなさい、カミーユ…悪戯が過ぎるよ?」
ムスっとした顔はそのままで、皇子様はやっと口を開く。
「…ためしただけ…ごめんなさい…」
は?…試した?何を?
「カミーユ…」
アムロは軽く溜息を付くと、カミーユの髪を優しく撫でてながらも困った様な表情で息子を暫く見つめて、ポツリと呟いた。
「彼は…大丈夫なのかい?」
コクンとカミーユが頷くのを見て、アムロの表情が少し和らぎ、ギュネイの方へと向き直る。
「…ごめんねギュネイ君…こういう…ちょっと特殊な子なんだけど…カミーユと仲良くして貰えるかな?」
アムロの言い方は少し遠慮がちである。
「……は…あ?」
そしてギュネイはその言葉の意味が理解出来なかった。
「つまりは…お前がカミーユ殿下の遊び相手を務められるか、という事だ…ギュネイ・ガス」
ずっと黙っていたガトーが、そこで説明を付け加えてきた。ますます意味が解らなくなり、彼は一生懸命に頭の中を整理しようとする。
「…は、はあ…そうですか…って…?え……ええええーーーーっっっ?!
おっ…俺がっ?!この俺がですかあぁーーーっっ?!」
やっとその事の重大さを理解したのだ。
何でっ?一般庶民の…しかも孤児の俺が…何でこんな高貴な御方と…しかもこんな子供とっっ?遊ばなくちゃならないワケっ?!
「取り敢えず1ヶ月間でいい…もちろん学校の授業の妨げにならない範囲で…此処に通って欲しいんだ」
本気でカミーユ殿下の遊び相手を頼まれている…どういう事だ?…何で選ばれたんだよっっ?!俺っっ…!
「君の感応能力はカミーユには嫌じゃないらしいんだ…そういう子は初めてなんだよね…だからお願いしたい」
自分の疑問を全て解っているかの様にアムロが説明してくる。
「…感応能力?…それ…どういう事ですか?」
「NT能力の事…学校で教官から聞いた事ない?」
「…NTの件はちゃんと勉強しましたし知ってます…でも俺…そんなの……」
「君はその素質があるんだよ…潜在能力的な所が多いけれど…でも普通の人よりは遥かに高いんだ」
アムロは再び柔らかな笑みを浮かべた。…その笑顔は少しだけ寂しそうにも見えるけれど…
「ギュネイ・ガス…詳しい事は後で私から説明するが、取り敢えず1ヶ月、此処に通って殿下のお相手をしろ…これはアムロ総帥夫人のたってお望みであらせられる…お前もネオ・ジオン軍人の端くれなら…出来るな?」
ガトー中佐の言葉と表情には有無を言わせぬ迫力があった。
「ごめんね…どうかお願いします」
アムロが軽く頭を下げて、ガトーが慌ててそれを止めていて…そして当のカミーユ殿下が…自分を見て笑っている…それも「不敵に」だ。ギュネイは思わずその気迫にビビってしまった…なんという5歳児だよっ!
絶対に断れない、完全に追い詰められている気がするのだが…
この日から…ギュネイの運命は嫌でも大きく変わる事になるのである。

 

NEXT(3−2)

BACK 

------------------------------------------
やっぱり続いちゃった前夜祭…すみません…
予告で年号間違えていたのでこっそり直したっ(苦笑)
(2010/11/10 UP)