3.0086 〜 皇子様と俺〜 U

 

 

帰りのエレカの中でも緊張感は取れてなかった。…かの親衛隊長が未だ一緒であるかもなのだが…。
ギュネイはただ俯いて掌の中の綺麗にラッピングされた袋を見つめている。あのリビングルームでは、彼は出された珈琲も添えられた菓子にも手を付けてない…というかとても手を付ける心の余裕も無かったのだが…帰り際にアムロ総帥夫人がこれをそっと手渡してくれた。
「後でゆっくりどうぞ…美味しいよ?」
とても優しい瞳と温かい笑顔…完全に子供扱いのその行為にも全く腹が立たない。
…あんなに温かい包みこむ様なオーラを漂わせる人に初めて出会った…あんなに優しく自分に触れてくる人なんて…今まで居ただろうか?
重ねられた手の温かい感触を思い出す。全く偽りの無い本当の優しさなのだとギュネイには「解る」…そう感じるのだ。
「決心はついたか?」
ガトーの問い掛けに顔を上げる。
---決心するも何も…断れる状況なんかじゃないだろうっ?!
と心の中で毒突くと、感情明らかな表情をしていたのか…ガトーは薄く笑った。
「引き受ければお前にも親衛隊員としての道は開けるやもしれぬな……しかし断ったからと言ってお前の今後の軍人としての人生にマイナスになるわけではない…だから『本当に嫌』なら、断っても良いのだぞ?」
…別の意味での脅しの様な気がするんだけど…と顔が引きってしまった。そんなギュネイをやはり面白そうに一瞥してから、ガトーは視線を窓の外に泳がせ、静かに話し始める。
「総帥閣下と総帥夫人は高いNT能力をお持ちだ…特に夫人は一際優秀でかなり優れた能力があるのだという…故にカミーユ殿下にはそれが桁違いの能力として受け継がれたそうなのだ」
それは聞いた事がある。総帥家族はNT一家なのだ、と…確か学校で習った。
「殿下は周囲の人の感情に大変敏感に反応されるらしい…そして幼い故にご自分の感情を抑えられる事が難しいのでな…少々困った事になっている」
----さっきのみたいな事か?…ああいうの…プレッシャーっていうんだっけ?
「アムロ様が仰るには、NT能力があり殿下が『認められる』相手であれば少しは『中和』されるという事なのだが…私にはNT能力は無いので良く解らないがな」
---俺だって良く解らないが…そんなものなのだろうか?
「お前の能力に関して保障出来る何かがある訳ではない…しかし御二人の心痛が少しでも取り除かれるのであれば…そうほんの少しでも…だ」
ガトーの言葉とその表情には、総帥家族を思う真摯な気持ちが良く表れている…それは子供の自分にだって解る事だ。
自分もこれからネオ・ジオン軍人として生きていくなら…そう、これは神から与えられたチャンスなんだ!
カミーユ殿下にも興味があるし…何よりも…
---あの人に…アムロ総帥夫人に会えるんだっっ 
そして再び掌の中の包みに視線を向ける。頬が自然と熱くなるのを感じた。

その想いがこの後もほぼ永遠に…ギュネイには大切な決意となる…

 

 

ネオ・ジオン総帥公邸は久し振りに早めの帰宅となった主を迎える為に慌ただしくも活気付いていた。
黒塗りの専用リムジンエレカが玄関へと横付けされる。後部座席のドアが開けられて、彼の人のだけが許される色…鮮やかな緋色の軍服…ネオ・ジオン最高権力者…シャア・アズナブル総帥閣下が姿を現した。いつもは中の広間で迎えてくれる彼の家族が、既にポーチの所で待っている。
「おかえりなさいっっ…おとうさまっっ」
精一杯の行儀良い姿勢と大きな声で、カミーユが出迎える。シャアの蒼氷色の瞳は自然と細められた。
「ただいまカミーユ…ママの言う事をちゃんと聞いて良い子にしていたかな?」
大きな掌で息子の髪を撫でると、そのまま軽々と抱き上げて肩へと乗せ上げた。その父親の行為をカミーユは素直に喜ぶ。
「うん!いいこしていましたっ…きいてきいてっ…あのねっあのねっ…」
「ああ、解った…続きは風呂の中でちゃんと聞こうか」
「ほんと?!おふろいっしょ?!やったあっ!」
そんな興奮気味な息子の背中をポンポンと軽く叩きながら、すぐ傍で優しく微笑む、最愛の妻へと口付けを贈る。
「お帰りなさいシャア…今回も色々とご苦労様でした」
「ああ…君とカミーユの為にも精一杯の努力はしたよ」
幾度かの優しいキスを交わし、そのままシャアはアムロの細腰を抱き寄せて邸の中へと入っていった。

 

「…でね、なんかぜんぶよくわかって…おもしろいヤツだとおもったんだー」
「ふむ…全く含みがない分、カミーユには新鮮に思えたのか…」
「??ふくみ…ってなーに?」
「悪い事を考えていない、という事だよ…ほら、ちゃんと肩までお湯に浸かって」
「はーい…アイツはわるくないの?いいこなの?」
言われた通りにしっかりとお湯に浸かりながらも、ちゃぷちゃぷと手元の玩具を遊ばせながら、カミーユは父親の顔をじっと見る。シャアは穏やかな笑みを浮かべてカミーユの濡れた髪を幾度も撫でた。
「良い子か悪い子かは…お前が見極めてみろ…それが一番正しい答だろうな」
父親のその言葉の意味が理解出来ないカミーユは首を傾げたが…直ぐに意識を玩具へと移す。
「すいりくりょうよーっっ!…ね、パパっっ…なんであかいアッガイはないの?」
「……乗っていないからな…」
「あかいのほしいーっっ!…ズゴックだけじゃパランスおかしいんだもんっっみてっホラっっ!」
湯船に浮かべていたたくさんの玩具をかき集めて、シャアに見せるカミーユである。その中の一つを何気なく手にとって
「…ママに頼むと喜んで塗装してくれるだろう」
シャアは苦笑いを浮かべた。
その時、浴室の外から、父子が大好きなその声がした。
「…そろそろ出てシャア……カミーユがのぼせてない?大丈夫?」

「ママっママっはやくはやくっっ」
バスタオルで身体をゴシゴシとアムロに拭かれながら、何故かカミーユは焦っているようだ。
「何を慌てているの?ダメだよ、ちゃんと拭かないとね」
アムロはいつものぺースで息子にパジャマを着せるのだが…着せ終わると一目散にカミーユは脱衣所を飛び出していった。
「あっ!…こらっカミーユっっ!髪の毛を乾かさないとっっ…」
走っていく息子の小さな後ろ姿を見送って、アムロは軽く溜息を吐いた。そして後ろを振り向いて、バスローブ姿の夫に声を掛ける。
「貴方も髪はちゃんと乾かしてね…風邪ひいたら大変な事になる立場なんだから」
「…ふむ…君が『母親』なのだと実感するな」
「??どういう事さ?」
「良い意味だ、気にするな」
そのままアムロを抱き寄せて、シャアは軽くキスをした。


「…それでは明日から様子を見る、という事か」
「あ、うん…ガトー中佐から色々と聞いているだろうけれど…そうする事に決めた」
アムロは振り向かずにグラスの中に氷を入れる作業をしながら応える。
「何よりもその彼にカミーユが興味を持ったみたいだからね…それは大事だと思う…あの子にはそういう感情が必要だから」
琥珀色の液体をシャアの好み分でキッチリ注いでから、そのままグラスを持って、シャアの前のテーブルの上へと静かに置く。
「…身元はハッキリしているとはいえ…その子は本当に大丈夫なのか?」
素直な不安を口にしたシャアに対して、アムロは少々意地悪な視線を向けた。
「後ろ盾が無い分、誰の作為も感じなくて安心できるんだけど?…本当に不思議だよね〜?」
その言葉にはシャアも苦笑いするしか無い。
「耳が痛いな…君には迷惑を掛けている」
カミーユが産まれてから…一部の政務高官、そして旧ジオン系の貴族や名家と位置づけられる者達から、皇子の遊び相手や話し相手を是非紹介したい、との申し出が数えきれぬほどあった。明らかにシャアに取り入りたい下心や思惑が見え見えであり、その度にアムロもウンザリしていた。
そして当のカミーユ自身が、幼き故に素直にその良からぬモノを拾ってしまう事があり、暴れ回る事も度々あった。特にアムロに向けられる負の感情に、カミーユは敏感に反応してしまう。本気で大人相手に殴り掛かったり、その子息を怪我させたりした事件もあったのだ。主に旧ジオン系の名家の者達には、連邦から亡命して来た一パイロット出身の総帥夫人を、未だに良く思わない者も居るのだ。シャア総帥がアムロを総帥夫人に娶った事は、身分や出自など一切拘らない主義の彼の心情を象徴している様なものであり、一般市民はその事実を大変歓迎しているのだが…。
時代遅れとも言えるそんな連中の扱いにシャアも度々困り果てる事があるが…しかし自分は独裁者では無いし、その狡猾な老練さは連邦政府との交渉に役立つ事もあるのだ。故に簡単には切り捨てられない訳もある。
「…ごめんね…意地悪な事を言った」
本当は彼の立場も複雑な事情も解っているアムロは、ソファーに座るシャアを、立ったまま身を屈めて後ろから抱き締めた。シャアはそのまま顔をずらして優しい妻にそっと口付ける。
「カミーユは大人だけの世界で育てたくない…普通の学校に通わせて普通の子と同じ様に生活して欲しいんだ…だから…」
「君のその願いも私は解るさ…だからそれでいい」
そのままもう一度キスを交わそうとした時…
ノックも無しに思いっきり扉がバターンッッと開け放たれた。
「パパーっっ!!つぎはこれであそんでーっっ!!」
両手に沢山の玩具やボードゲームを抱えて、カミーユが頬を真っ赤にして叫んでいる。その様子にシャアは微笑み、ソファーから立ち上がってカミーユの傍までやってきた。しゃがみこんでその頭に手をやる。
「解った…しかし夜更かしは駄目だぞ?いつもの寝る時間を守れるのならばな」
「だいじょうぶだよっっだからあそんでっっはやくはやくっ!」
そんな夫と息子を…アムロはただ優しく微笑んで見つめていた。

案の定というか、結局さほど時間が経たないうちに、拡げられたボードゲームの上でカミーユは眠りこけてしまう。
アムロはクスクスと笑いながら、規則正しい寝息を立てている息子の髪から身体を優しく撫でた。
「はしゃぎ過ぎ…久し振りに貴方に遊んで貰えて嬉しかったんだろうね」
「そうだな…カミーユが起きている時間に帰ってきたのは本当に何日ぶりか…」
アムロがそれをしようとする手を優しく制して、シャアがその小さな身体を抱き上げる。
「ふむ…日に日に重くなるな」
「そりゃね、成長期ですから」
寝室へと運んでいくシャアにアムロも並んで歩いていった。
「…本当にカミーユの件は君に任せっきりで悪いと思っている…安心は出来るがな」
「俺だけに任せっきりだったら…この子がこんな顔して眠ると思う?」
そう言ってアムロはシャアの腕の中でぐっすりと眠る息子の頬を指で軽く突いた。
「幸せだよ…?俺もカミーユも…貴方に感謝している」
「アムロ…それは私の台詞だよ」
妻と優しいキスを幾度か交わしてから、シャアは腕の中で眠る愛しい存在の頬にもキスを贈った。

 

 

翌日、学校の授業が終わり…迎えに来たエレカに乗ってギュネイは総帥公邸へと赴く。その周囲を守る警備兵に今日は念の為にとボディチェックを受けた。先日はガトー中佐と一緒だったから要らなかったのだろう。
「いらっしゃいギュネイ君、来てくれてありがとう」
あの優しい笑顔で迎えてくれるアムロに自然と直立不動になってしまう。
「い…いえっ…若輩者故っいたらぬ点も多いと思いますがっ…精一杯務めさせていただきますっっ
昨夜、必死で考えた挨拶だ。そんなギュネイの様子にアムロは笑顔を絶やさずに、席を勧めた。
「昨日は緊張した?今日はガトー中佐も居ないし…楽にしてね?…ギュネイ君は甘いの大丈夫なのかな?」
珈琲に再び添えられている上品そうな菓子をギュネイはじっと見つめる。これはチョコレートケーキ?…それにたっぷりと生クリームが添えられているヤツだ。甘い菓子類は嫌いではないが、本当は好物とまではいかない。ここまで甘そうに見えると尚更だ……しかし。
ふとアムロに張り付いているカミーユがじいっっと自分を見つめているのに気が付いた。
……おい…ママがつくったんだぞ…そのケーキ……
え?と思わずカミーユを見つめ直す。今聞こえたのは…言葉じゃないような…?皇子様が自分を見つめるその視線は…相変わらず厳しいというか…いや、ほとんどガン飛ばしだぞっコレっ!
その視線に促される様にギュネイは思いっきり頷くと、
「は、はいっ大丈夫ですっ…いただきますっ」
勢いに任せてフォークを突き刺しイッキに口に運ぶ。
---ゲロ甘だあぁぁーーーーっっっ!
そして珈琲をイッキに流し込むと…珈琲にも砂糖が入っていたのだ……
途端に思いっきり変な表情になったギュネイを見て、カミーユは思いっきり笑い出す。
「はははははっっ…おかしいのっっ!ママ…ギュネイっておかしいっっ!!」
その反応にアムロは少なからず驚いた。
「あ…ああ、ゴメンよっ甘いのやっぱり駄目だったんだ…珈琲はこれからはブラックにするね?それよりも…」
彼は自分の膝の上でジタバタ笑い転げているカミーユの髪を「失礼だよカミーユっ」とクシャクシャと撫でながら…
「ギュネイ…本当にカミーユに気に入られたね…この子『本気で』楽しいって思っているよ?」
アムロもとても嬉しそうな笑顔を見せている。
「…は…はあ……」
とっても失礼とも言える皇子様のその反応に…何がそんなにツボに入っているのか全く解らないのだが。
でも不思議だ…全然不快じゃない…
----何故だろう?…殿下の喜びが…ちゃんと…伝わってくるから??
「君くらいの年齢の子…今まで凄く嫌っていたんだけどね…良かった…」
カミーユはアムロの膝の上から勢いよく降りると、床に転がっていたサッカーボールよりやや大きめの緑色の丸い物体を手に取った。…昨日もその存在が何気なく気になっていたのだが…何だアレ?
それをいきなりカミーユはギュネイに向けて投げつけてきた。思わず手に受け取る。それに顔がある事に気が付いた。小さな赤い目の部分が点滅して…
「ギュネイ、ゲンキカ?」
と音声を発したのに少なからず驚く。コレ、ロボットなのかっ?!
「ママがつくってくれたハロだよっ…ギュネイはおもしろいヤツだからっ…ぼくとあそぶのゆるすぞっっ!ついてこいっ!!」
そしていきなりダーッと走り出した。思わずその小さな後ろ姿と手元のハロを交互に見比べて…そして慌てて立ち上がった。そんなギュネイにアムロは
「ごめんね…ああいう言い方しか出来ないんで…でもありがとうギュネイ…ずっとカミーユと仲良くしてくれるかい?」
と相変わらず優しく声を掛けてきた。その言葉に身体が熱くなってくるのが…自分でも解るギュネイである。
「は…はいっ…仲良くってのは違うかもだけど…俺…いやっ僕…っ頑張ってみますっっ!」
そしてハロを小脇に抱えて部屋を飛び出していったカミーユの後を追う。
その後ろ姿を見送ってアムロはほうっと安堵の溜息を吐いた。
「…大丈夫…未だ大丈夫だよね…カミーユ…」

 

その後にも殿下に散々振り回されたり、色々起こる事件?を歴て…ギュネイは結局一生涯、カミーユに仕える身の上となる。
この二人の普通とは微妙に違う…不思議な主従関係の始まりであった。

 

THE END

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取り敢えずギュネイ黎明編(苦笑)終わり…
二人のエピソードは機会がありましたら… 
(2010/11/13 UP)