2004/12/22

24日は年休にして明日から四連休。家の鍵の鍵穴がさび付いてしまい、なかなか鍵が閉まらなくなってしまった。結局鍵に油を付けて何とか閉めることに成功したが、根本的な解決はやはり取り替えか。
前から発売を待っていた「魁、男塾」のDVDを購入。子供のころ好きだったアニメの一つ。とりあえず設定が突き抜けていてかっこいい。

2004/12/19

池田町の創造館でバイオリンの発表会。この発表会に出るのは3回目で、直前までまるで緊張感がなかったのだが、なぜか舞台に上がった瞬間からじわじわと汗が出てきて、これまでにない動揺と緊張の中で、まったく練習通りに弾くことができなかったのが心残り。次回のリベンジが待ち遠しい。隣に座ってて会場の移動などいろいろと気にかけてくれていた高校生は、演奏も超絶テクニックの持ち主。改めてバイオリンのすごさを実感させてくれた。

2004/12/18

29回目の誕生日。今日は以前所有していたノートPCの息の根を止めた因縁の刺身盛り合わせで豪華な夕食。明日はバイオリンの発表会なのだが、アコギマガジンやソロギターのしらべを聴きつつ久しぶりにギターの練習、いつもながらの逃避反応である。

2004/12/17

なぜか生徒・職員にコカ・コーラのC2が配られた。メーカーからの寄付(宣伝か?)らしく、普段からコーラ好きを内外にアピールしていたおかげで、7本のコーラをゲットすることができた。C2はカロリー半分だが結構美味しいのでおすすめ。

2004/12/14

校内の点字学習会。最近の盲教育では視力のある程度残っている生徒への点字教育はあまり重視されていないような気がする。ぼく自身は視力が少し残っていたころから点字を始めていたため、視力が無くなった後も大変助かった。特に指の感覚を受け入れる脳の訓練は、できるだけ早い時期から始めないと効果が小さい。ある程度視力のある子供も、将来への保険という意味で、できるだけ早期に点字教育を受けた方が良いと思っている。

2004/12/13

ある生徒に「浸透圧って何?」と聞かれて非常に困った。こういう基本的な事項は自分でもあやふやな理解しかしていないだけに、うまく説明ができない。「キュウリを塩水に入れるとキュウリはどうなるかな?」「味が付きます」、「ナメクジに塩をかけるとナメクジはどうなるかな?」「弱ります」 「風呂に長く入っていると体はどうなるかな」「きれいになります」といった感じで、なかなか先に進まないのである。32歳生徒(男)と一緒に夕食。

2004/12/09

引き続き東京での会議。朝からボリュームのある食事をしたため、池袋から護国寺駅まで速歩することにしたのだが、そのころ護国寺では人身事故のため電車が止まっていたらしい。そんなこととはしらず急いで歩き、会議直前に会場に到着してみると、事故のおかげで会議の開始が30分以上も遅れていた。脱力しつつも、久々に群馬のUさんと話ができて楽しかった。

2004/12/08

東京の筑波大学付属盲学校へ出張。ここは学生時代に6年間過ごしたぼくの母校である。昼食時に学校近辺をうろうろしたところ、以前住んでいたアパートやお店などほとんど変わっていない状態で非常に懐かしかった。ただ学生の時によく通ったショウガ焼き定職の美味しい食堂が無くなっていたのがとても残念。夜は健全な池袋北口で宿泊。

2004/12/04

今日も真面目にバイオリンの練習。と言いつつ、普段は近隣の住民の健康に配慮し家では極力練習しないようにしている。

2004/11/28

バイオリン発表会に向けた簡単なリハーサル。島内の音楽文化ホール(の練習室)にて、ピアノとの音会わせ。何だかずるずると練習ができないまま、本番を向かえそうな感じである。

2004/11/26

同僚の研究授業の慰労会。巨大卵焼きの乗った寿司がなかなか美味しかった。研究授業は非常に切れの良い授業で見ているのはなかなか楽しかったが、相変わらず指導案など面倒そうで、自分ではしばらくやりたくないなーと思っている。
新しく学校にきたU先生。若い女性で名字のインパクトがかなり強いため興味津々。

2004/11/21

半年の間、ハードケースに閉じこめられていたLL-23Jがようやく姿を現した。ただ単にケースの鍵が壊れていて出せなかったということなのだが、家にきていた知り合いの提案でドライバーこじ開け大作戦が見事な成果を上げた。良かった良かった。

2004/11/20

バイオリンの練習へ。「翼をください」は、原曲に忠実なのかどうか、変ロ長調になっていて、どうも弾きにくい。ギターならカポを付けるだけで良いのに。
夜は近くの韓国料理店でチゲ鍋&カルビーを食べながら、ひたすら飲み続ける。久しぶりに非常に満足な夕食。

2004/11/17

最近は何だか円高傾向が続いている。これまでドル預金で少額の差益を確保できていたのが、この円高で完全に帳消しになりそうな予感。八十二の粗品が増えても、あんまり嬉しくないのだが。
通勤途中に通る家では、いつも決まって老犬に吠えられる。「フォーン(ハーハー)、フォーン(ハーハー)」という感じで、犬本来の気合いがまるで感じられず、もっとがんばれよと応援したくなる。

2004/11/14

以前、授産施設「ふれって」のイベントで、二子小学校の校長先生と知り合った。今日はその縁で、午前中二子小学校に行った。子供たちの前でとりとめなく話しをしたり、給食センター製の給食を食べたりした。ブーイングが起きなくて一安心。

2004/11/11

12月から始まる「県の敷地内全面禁煙」について、職員会で話し合いが行われた。盲学校では成人の生徒が多く在籍しているため、敷地内を全面禁煙にすると、敷地外に出て喫煙する生徒が多く出る懸念、また視覚障害者にとっては自由に移動して喫煙することが、不慮の事故に繋がる可能性があるなど、いろいろな問題があり、結局寄宿舎との兼用の喫煙場所を1カ所設けることとなった。
ぼく自身はたばこを吸わない。禁煙に対する意識を高めて喫煙者を減らす試みや、自身や他人にとって不利益な喫煙という行為に若年者が手を出さないための教育は非常に大切なことだと思う。しかし、このところ一方的に押し進められている嫌煙運動には、何となく嫌悪感を感じる。JTに秘策はあるのだろうか?

2004/11/07

鍼灸マッサージ師会主催の指圧の講習会。午前中は、遠く納豆星からやってきたH先生の講義。検査と称して頸や肩や腕をいろいろと捻られて、今更ながら自分の体の固さを実感。
午後は、S先生の実技講習会。日頃は生徒に教えているようなことも、自分が生徒になってみると、いろいろと気付くことが多く、とても新鮮な気分になる。

2004/11/06

久々にやる気が出てきたので日記を再開する。とは言っても、相変わらずやっていることは変わらず、寝たり起きたり立ったり座ったりしているのである。
バイオリンの練習へ。近々行われる発表会に向けて、有名曲「翼をください」を練習する。長いフレーズが多く、すぐに弓が足りなくなってしまう。本番までに完成するのか?

2004/08/03

下諏訪町と泉町の役場に行った。盲学校の啓発と地域の視覚障害者の実態把握のために、職員が分担して県内の役場を訪問するのである。役場によっては、案内の資料だけ受け取って話しをきいてくれないところもあるらしいが、幸い今回訪問した2カ所の役場は1時間近く時間を取って話を聞いてもらえた。自分では啓発にはそれほど意気込みを感じていないつもりなのだが、同僚と共にいろいろ話をしているうちに「きめ細かな支援をしております」とか「サポート体制が充実しております」とか、何だか怪しげなセールスマンのような妙な宣伝をしてしまっている。どうも雰囲気に飲まれやすい性格らしい。

2004/08/01

8月下旬に、鍼灸関係の学術大会で、解剖学の講義をすることになっている。今日はその打ち合わせにでかけた。学校では模型をもってぶらぶらしたり、つまらないことをしゃべって授業時間をやり過ごしているため、真面目な場所で講義ができるか非常に不安である。
PHSを新しく購入。そろそろDポを解約して、ラクラクホンでも使ってみようかと思っていたのだが、結局またDポの端末を買ってしまった。とりあえず、パソコンに接続してネットに繋ぐ利便性は、なかなか捨てがたいものがある。

2004/07/31

目の教室。視覚障害があり、地域の一般校に通う生徒や保護者を対象に、講演や座談会などが行われた。「バリアフリー、ノーマライゼーションという言葉だけが氾濫しているが、現実は障害者にまったく配慮されていないことが非常に多い」という話が出ていた。「福祉の町」を目指しているらしい松本市に住んでいるぼくとしても、まったく同意見である。
ぼくが松本にきた頃、役所で福祉関連のサービスの説明を聞いていて、それらをまとめた冊子をもらった。ところが、視覚障害を対象としたサービスのはずなのに、そのサービス内容を説明してある冊子は、点字でもテープでも作っていなかったのである。その後何度か要望していたら、次の年には点字冊子を作ってもらえたが、こういうことは非常に多い。まあそういう些細なことは笑い話みたいなものであるが、工事現場に安全上の配慮が足りなかったり、電車のホーム上の安全が確保されていなかったりということなど、しゃれとしてもおもしろくないことがよくある。

2004/07/30

ようやく終業式。生徒は3週間の夏休みに入る。ぼくも今回は1週間ほどの休みが確保できた。

2004/07/28

2日間の地域奉仕治療が終了。とにかくこの時期のマッサージは暑いため、ばたばたと倒れる生徒が続出するのではと期待していたのだが、みんな結構元気に手や口を動かしていた。ぼくは最近睡眠のリズムが不安定になっているため、しばらく暇な時間ができるとすぐに眠くなってしまう。学生の時も、マッサージをしながら寝そうになったことが何度もあり、あまり進歩していないなーと実感。

2004/07/21

1日検診で長野へ。何だかいろいろ検査をしたが、とりあえず聴力低下と虫歯があること意外は何も言われなかった。「今の生活を続けていってください」と、我ながらちょっと拍子抜けの感有りなアドバイスがあったので、今後も遠慮無くガストへ行けるのである。

2004/07/17

バイオリンの練習へ。ようやくザイツのロンドが終わりそうな気配、この曲も長い道のりであった。次からはビバルディの協奏曲イ短調の予定。
友達と飲む約束をしていたのだが、ちょっとその前の腹ごしらえのつもりで、松本丼なるものを食べた。カツ丼にキノコや納豆などが大量に入ったもので、妙に胃にずっしりくる。おかげで珍しくもその後は、つまみなどもほとんど食べることができなかった。恐るべし松本丼。因みに、たぶんきっとこの丼は松本さんという人が考えたのだろう。

2004/07/11

中央体育館で、フロアバレーの練習。信州大学の学生もきてくれて、それなりに楽しかったが、とにかく冷房も入らない体育館は素直に暑く、かなりフラフラになりながら練習を続けた。体力的にストックの少ないぼくは、あまり我慢もできず、すぐに動作不良を起こしてしまう。
参議院選挙の投票日ということで、投票所に行った。点字投票で、用意されていた点字筆記具を使おうとしたのだが、この筆記具がなぜか壊れていて驚いた、とはいっても、上下の板状のものが分離していただけなので、すぐに直して投票したが、一応係の人には、基本的な使い方くらいは心得ていてほしい。
さらに、今日は点字投票の開票事務も行うことになっていたので、そのまま開票所へ。点字での投票は数が少ないため、開票作業をしていると自分の書いたものがすぐにわかってしまう。一応守秘義務もあるらしいので詳しいことは書かないが、結構おもしろかったりかわいそうな投票もあって、新鮮な体験だった。個性的な名前には、予想しやすいメリットと、予想しにくいデメリットがあるようである。
☆CM:ガストのチョコバナナパンケーキはとても美味しい。

2004/07/09

今週は連日暑い日が続き精神活動もかなりおかしくなっている。おかげでほぼ毎日プールに入り、授業は雑談やアイスクリームを食べたりしてつぶし、何とか乗り切ることができた。こういう日は休校にするのが正しい決断のような気がするが、みんな我慢して学校にきている。
富山で行われていた北信越盲学校野球大会では松本は3位となった。優勝したのはバレー大会に続き新潟盲で、松本はその新潟と対戦して9:9の同点になっている。ほんとにおしかった。

2004/07/06

田中康夫さんが視察にくるということで、学校は朝からざわざわとしている。職員室で挨拶をしたおり、入り口近くで内輪をパタパタやっていたぼくのところまでやってきて、握手をしていった。良くも悪くも話題の多い知事であるが、普通は躊躇するようなパフォーマンスをさらりとやってしまうところは、やはり田中康夫さんだなーと感心する。汗でも拭いて、もっと職員室の激暑環境をアピールするべきであった。

2004/07/05

9月に行われる長野県障害者スポーツ大会に出るため、そろそろ水泳の練習を始めることにする。ただ単に、勤務時間で極暑の放課後を何とかさぼるための口実。盲学校のプールは、泳ぐ人がかなり少ないため、プール好きにはなかなか美味しい環境を提供している。

2004/07/03

午前中は長野で友達と会い、午後はバイオリンの練習。バッハのロンドは、相変わらず三連符で苦しみ続けている。
ギター演奏のページに新しく買ったギターの音源を追加。松本盲学校秘伝の曲を適当にアレンジして、ICレコーダで録音してみた。

2004/07/02

夕方から野球部の生徒を励ます焼き肉会。2時間ほど食べて「もう十分」ということで一度解散したのだが、まだその時点で半分近くの肉が余っていて、残った職員でひたすら肉を食べ続けた。ほんとに食い倒れるかというくらい、10時過ぎまで中庭で肉と格闘。もうしばらく(約24時間)は肉を見たいとも思わない。

2004/06/30

部内研究授業。今回は同僚の授業を参観したのだが、ぼくは指導案の見当係で、あまり指導案の量が増えすぎないよう配慮した。よほど教材研究に時間を使った方が良いような気もするのだが、どうも教育に長く携わって肩書きの付いた日とほど、詳しくどんどん書かせることに喜びと意義を感じるらしい。
夜は打ち上げで、北海道料理のバイキング。なかなか美味しかった。

2004/06/27

同僚K氏の披露宴に出席。人前結婚式で、なかなか暖かい式と宴となった。雰囲気につられてぼくもかなり飲み過ぎてしまったが、「きみといつまでも」のギター伴奏はちゃんとこなすことができた。同僚の結婚式には、この曲がパターン化しそうな、怖い予感。

2004/06/19

バイオリンの練習へ。ザイツのロンド、三連符のアコードがなかなかうまくできず。ICレコーダで先生の演奏を録音。
ギターのページを更新。もっているギターも増えつつあるので整理してみた。

2004/06/17

北信越地区女子フロアバレーボール大会に2泊3日で引率をしてきた。選手・職員共にメンバーは昨年とほとんど同じであったが、よりレベルアップ・パワーアップした試合ができた。結果は、決勝戦で新潟盲学校に敗れ準優勝。詳しい報告は、松本盲学校のホームページに掲載してある。
今回の選手たちを紹介してみる。いざとなるとおもむろに攻撃モードにチェンジし、ときどき怒りのオーラを発散するF、フレンチトーストの力を信じ、いつも強気で攻め続ける長身のN、アタックの強さと変人さにおいて他の追随を許さないH、大会前に足をつったりして気合いを入れ、絶好調で連続サーブを続けるT、腰痛を気迫で黙らせ、巧みなレシーブと鋭い攻撃でチームをまとめるボスキャラのY、いずれも個性的な生徒たちである。最終試合のエールは、ぼくにとっても長く心に残るものになるだろうと思う。社会人バレーでも激しい試合は多くあるが、学生の時とは違い、やりたければ何年でも続けていられるため、本当に熱い試合というのはいがいと少ないような気がする。

2004/06/12

夕方から卒業生と飲み始める。同僚のS先生にも家にきてもらい、飲んだりギターを弾いたりなかなかの大騒ぎであった。10時頃、S先生の提案により、追加の酒と本を買いにジャスコへ。酔って発作的にジャスコへ行ったり本屋に行ったりするというのは、なかなか新鮮な経験であった。質・量共に、ここ数年で一番飲んでしまった。

2004/06/10

全校研究授業。高校の自立活動で、生徒同士が夕食作りなどについて発表会を行った。発表する生徒が一人欠席し授業が少し早く終わってしまったのだが、なぜか見学していたぼくに一人暮らしの食生活について話が振られてしまった。こういう時に、280円の山盛りポテトフライについて気合いを入れて語る訳にもいかず、何だか中途半端な話となった。夜は慰労会があり、これまた次の日が学校ということもあって中途半端に12時過ぎまで飲む。

2004/06/07

梅雨に入ってしまったのかじとじとと蒸し暑い1日である。学校の授業も少しずつ緊張感が無くなりつつあり、ぼくもテンションの低い毎日を過ごしている。部活動のフロアバレーは今週で練習が終わりとなり、来週は長野市で行われる大会に参加する。ぼくも昨年度に引き続き引率でついていく予定。

2004/06/04

非常に良い天気の中、体育祭が行われた。馬のマスクをかぶって短距離を走ったり、長身の大将と借り物競走などにも参加した。気分は盛り上がっているのだが、体はあっという間に熱さに屈服し、午後はほとんど泥のように過ごした。最近はどんどん暑さに弱くなっている。ぼくのチームも、午前中はかなり調子良く得点したが、午後の落ち込みで結局最下位委となってしまった。

2004/05/30

午前中から県師会の理事会。初めての理事なので、ひたすら話しを聞いて何とかやり過ごす。終了後、少し酎ハイとビールを飲み、そのままフロアバレーの練習へ。信州大学の学生などもきてくれて、どたばたと動き回り、酒は全て汗化していく。仕方なく練習後は居酒屋・ビアガーデン・小料理屋とsさんに引っ張られつつダラダラ飲み続け、11時頃帰宅。

2004/05/29

ヤマハから出たギターのニューモデルを引きに島村楽器へ。最近出費が多いので高い買い物は慎重にと思っていたにも関わらず、結局ll26を購入することにした。詳細はまたギターのページに書く予定。それにしても1年に1本という購入ペースはそろそろ止めないと、安いアパートにギターだけいろいろ置いてあるという何だか悲しい状態に陥っていくかもしれない。今日は1日指が痛い。

2004/05/25

社会人のフロアバレーではなかなか試合のできる人数が集まらず、3対3の血みどろ消耗練習を続けている。ぼくの尋常でない汗かき体質は今年も健在のようで、自分の汗で滑ってもがくことしばしば。早く水に入りたいところである。
点が出なくなったブレイルノートは、35000円で修理できると連絡があった。。これがないと非常に不便になるので、修理を頼むことにした。

2004/05/23

長野県はり灸マッサージ師会の定期総会。1日がかりの総会で非常に疲れたばかりでなく、次の上方サービス部長というものを引き受けることになってしまった。昨晩会長から電話で打診があったのだが、寝ぼけまくって0.8%しか脳を活動させていなかったぼくは、事態の重要性に気付かないまま何となく了承してしまったのである。家でずっと寝ている生活には大変なデメリットがある。

2004/05/22

部活動のフロアバレーで、長野盲学校との練習試合。いつもながら応援についていった。最近攻撃的になってきた後衛二人が強気で攻め続け、とりあえず2セットを取ることができた。少ない人数でプレイしていた長野盲学校だったが、レシーブの巧みさはさすがである。

2004/05/18

右耳の補聴器を新しく購入。リオンというメーカーの「HI−D4NR」というデジタル補聴器で、片耳で22万という値段。聞き心地は格段に良くなったという感じでもないが、ノイズリダクションが付いているというだけあって、非常に静かな感じで音を聴くことができる。左はまだアナログ補聴器なので、様子をみて購入を見当。
来週からは中間テストである。ぼくは問題を作り生徒は勉強をするので、互いに時間の確保というのが重要な課題になる。当然一番の解決法を提案することになるのだが、あまりこれを続けると職務怠慢ということになるので、ほどほどに。

2004/05/16

長野県障害者学校組合の定期総会。毎年のごとく、いろいろな学校の状況や意見を聞くことができた。関係者は非常に大変なのだろうと思うが、とりあえずもう少し短時間にまとめてくれると嬉しい。

2004/05/15

バイオリンの練習へ。ザイツのロンド、中盤の早いフレーズを一応クリアー。問題はその後、怒濤のように押し寄せるアコードの嵐である。
年金の未納問題が毎日のように報じられている。何年も故意に納めていない場合は別として、数ヶ月の未納気管があったことを、それほど問題にする必要があるのだろうか。日本が平和で暇な証拠かもしれない。さらに未納であったことを積極的に公開して、正直なポーズを取る人、みんなが謝っているからとりあえずそれに追随する人など、いろいろいそうである。

2004/05/07

7連休もあっという間に終わり、学校が始まる。突然焼き鶏が食べたくなり、タウンページの情報を頼りに初めての店を探しにでかけたが、途中、運悪く自転車の車輪に白杖が引っかかって折れてしまった。結局焼き鶏屋は見つかったものの、半年以上生き延びた白杖が犠牲となった。

2004/04/26

アコースティックギターマガジンで、ヤマハギターのニューモデルが紹介されていた。なかなか嬉しいラインナップで、何となく2回ほど不整脈が出たりしている。ぜひほしい。
最近家に宗教関係の勧誘がよくくるようになった。点字やテープの聖書らしきものをおいていったり、話をしていったり、なかなか頑張っている。ぼくは子供の頃から、母親が傾倒していた「実○倫○宏正会」という組織に非好意的な感情をもって育ってきたため、宗教やそれに類するもの(人の生き方をとやかく言うようなもの)には反射的に反発してしまう人間であった。しかし、いまさら可能かどうかは別として、信仰心というのが、いがいと大切なことなのではないかと、最近は思い始めている。
今回の連休は、30日に年休を取って7連休にした。愛知の実家に帰る予定。

2004/04/22

学生の部活動でフロアバレーが始まる。メンバーは昨年度と変わらず、ますますのパワーアップを目指す。優勝目指して頑張りたいと言うのがキャプテンの発言。

2004/04/17

バイオリンの練習へ。ザイツの3曲目、とりあえず出足は好調。
室内雨漏り事件その2。大雨にも匹敵する水ジャブ攻撃に、とりあえず上の階の住人に、怖い感じの抗議に行くことにした。「下の者ですが」とノックすると、すかさず「今お風呂入ってます」と、きっぱりとした答えが返ってきて、何となくそれ以上何も言えず、そのまま家に戻ってきてしまった。どうも最近気弱な人間になりつつある。40分ほどで上の住人の怒りが解けたのか、水漏れが止まった。

2004/04/15

高校の時の寮祭ライブのカセットテープが出てきた。ぼくがエレキギターを弾いていたバンドもあり、緊張しながら興奮ビブラートを繰り返すギターや、友達の演奏を懐かしく聞いた。それでも雰囲気的には今よりも上手な気がする。
ぼくの職員室の机に、だれがおいたか飲みかけの缶ジュース発見。こういう不振なものを反射的に一気飲みしないようになったぼくは、我ながら分別のある人間であると思う。

2004/04/13

学校が終わり、フロアバレーの練習を乗り越え、ガストで夕食。10時頃、ようやく家にたどり着き、家の鍵がないことに気が付いた。キーホルダーはちゃんとあるので、どこかで鍵だけ落としたようである。予備の鍵は学校においてあるのだが、時間が遅いので半分諦めた上に、動くのも面倒になってきた。しかし結局家の前で野宿する気もせず、学校に電話をしてみると、ありがたいことに教頭が残ってい。学校に戻って無事合い鍵をゲット。因みに無くしたと思っていた鍵は、次の日更衣室(なぜか女子更衣室という噂)に落ちていた。

2004/04/11

鍼灸マッサージの業団体「松竹」の定期総会。これまで3期、理事として何度か会議に参加したが、とりあえずこの会の理事は同僚に引き継ぐこととなった。重要な課題であった役員改選も行われ、何とか新しい会長も決定。

2004/04/06

入学式。松本盲学校には、10名の児童生徒が入ってきた。おくの今年度の担当は、理療科の1年生。事情により、今は大変暇。

2004/04/04

フロアバレー協会の総会と練習。4月になったというのに、なぜか雪が降っている。桜も咲いている。

2004/04/02

新任職員歓迎会。理療科には、昨年度の卒業生のI原さんが先生としてきてくれることとなった。これからいろいろお世話になろうと思う。テンションが上がりすぎて危なくなったので早めに帰宅。

2004/03/31

ぼくの来年度の席は、理療科主任の隣となった。朝職員室で納豆を食べるという荒技を顔色一つ変えずにやってのけるすばらしい上肢なので、ぼくも早く見習わなければいけない。ぼくが初任の時に「鼻炎で鼻が悪い」と紹介をしたら、「じゃー、納豆食べても大丈夫だねー」と率直にきっぱりと断固として言われたのが印象的である。

2004/03/30

すっかり暖かくなり、花粉症が元気になる季節となった。鼻水補給用の飲み物を沢山おいておかないと、鼻水の出過ぎて脱水症状を起こして目眩がして倒れて死んでしまうのではないかと心配である。

2004/03/29

国家試験の合格発表。今は掲示と同時にホームページでも結果をしることができる。担当のHYもとりあえず良い結果だったようで、ぼくも一安心。

2004/03/27

これまで使っていたウイルス対策ソフト(Nトン)の更新期限が切れたので、気分を変えるために思い切って別のウイルス対策ソフトを購入することにした。値段と機能のバランスから何となく選んだ某メーカーのソフトを、ダウンロード購入(メールアドレスの入力が必要)。ところが、その購入手続きをした直後、ぼくのアドレス宛に大量のウイルス(30通以上)が送られてきた。さらに、その後も、1日10通以上の割合でウイルスメールが送られてきている。実に率直でかわいげのある某メーカーのソフトが、力ずくで力試しをしたがっているようである。

2004/03/26

職員の送別会。今年は11名の職員が転任・退職となった。それなりに粛々と進んだのはもちろん1次会だけで、2次会以降は通常の飲み会である。キーワードは「自分崩し」ということで、何をするのか判然としない部分も多いのだが、とりあえずぼくも4月からの目標としなければならない。因みにアルコールによって受動的に自分が崩れる「自分崩れ」は、これに該当しないと思われる。最終的には、ガストでフルーツパンケーキなど食べ、同僚のS氏が家に泊まることとなった。

2004/03/24

田中知事の会見の中で、県議会で人事案が否決され、この時期になって県職員の人事異動が見送りになったと報告があった。盲学校には関係ないことなのだろうと思っていたら、今年度で転任する予定になっていた栄養士の女性が、この影響を受けて4月からも盲学校にいることになった。離任式でも切々と別れの挨拶をした彼女には、きのどくなようなおもしろいような。

2004/03/20

卒業式及び離任式。今年度も無事卒業生を送り出すことができ、非常に感慨深いものがある。
夜は生徒主催の謝恩会。数日前からひいていた風邪のせいか耳鳴りがひどく、あまりたくさん飲めなかったのだが、ようやく今年度の仕事も一段落し一安心。まだ国家試験の結果待ちというのが、少し心配ではある。
いかりや長介さんの死去が伝えられた。ぼく自身にはそれほど思い入れのあるグループという訳でもないのだが、子供の頃は、「8時だよ、全員集合」を見ていた記憶がある。

2004/03/15

来年度の持ち科目が決定。これまでに担当したことのない科目や実技もあり、早めに勉強などしておかなければいけないようである。因みに来年度も持ち時間は週に18時間。

2004/03/13

卒業生が一升瓶をもって訪ねてきた。一升は、いがいと早く無くなってしまい、次の酒を買いにいく前の小休止のつもりでごろっと横になったら、そのまま朝まで寝てしまった。

2004/03/12

天満敦子さんのバイオリン演奏会に出かけた。会場前で並んでいた人に近づいて、誰にともなく「ちょっと入り口までお願いできませんか」と声を出したところ、たまたま真正面に立ってしまっていた人が一緒に中に入ってくれ、最後まで案内をしてくれた。こういうことはとても珍しいことなのだが、その若い女性も一人できていたらしく、まだぼくも天に見捨てられていないのだなーと再確認できた。演奏もとてもすばらしく、弦が切れるのではないかと心配になるような強いタッチのハーモニーに、改めてバイオリンというものを見直した。

2004/03/11

久しぶりに美顔のための顔マッサージの実習をした。顔に付けたオイルがなかなか取れず一日中ぬるぬるしていたが、結構気持ちの良いマッサージなのである。教員でなければ、こういうマッサージをする機械はそれほどないのかもしれない。

2004/03/08

TI氏のお宅で焼き肉などいただく。待ち合わせをした場所の周辺で30分近く行方不明となり、心配をかけた。年度末は、また飲み過ぎてしまうような気がしている。

2004/03/07

松竹師会の理事会と年度末の慰労会。来年度の役員はどうなるのか、まだ見通しが立っていないようである。

2004/03/06

バイオリンの練習へ。ようやくザイツの協奏曲の二つ目が終了。ザイツは後1曲残っているのだが、また時間がかかりそうな曲である。

2004/03/01

国家試験が終わり一息つく暇もなく、今日は入学試験で慌ただしい。試験監督をしたり面接をしたり。

2004/02/27

明日からいよいよ按摩マッサージ指圧師・鍼師・灸師の国家試験が始まる。ぼくにとっては今年度、3度目の受験生担当として過ごしてきたため、自分が試験を受けた頃とは違う緊張感を味わっている。ぼくも明日の夜から生徒の引率として、長野市へ向かう。
学校で最近非常に気になることは、会議などで「きちっと生徒に指導する」という言葉が頻繁に飛び交うことである。教育委員会が職員を管理し、職員が生徒を管理する。さぞや末端の生徒は息苦しいのではと心配になる。職員・生徒が互いを思いやるというのが、この土地の良いところだと思ってきたのだが、最近はそういう印象が薄れつつあるのも事実である。自分の過ごした学生生活が自由すぎたということだろうか?

2004/02/26

学校に就職して以降、自分がはり灸の国家試験を受ける夢をしばしば見るようになった。試験が始まって1時間以上すぎているのに、まだ問題の1/3も終わっていない、点字版にうまく紙がセットできない、一生懸命指を動かしても、どうしても点字が読めない、トイレにいきたくなる、焦る一方で頭に雲がかかり何も考えられない。とにかくこういう夢で見見る試験は最悪の状況であることが多い。
ぼくが実際に国家試験を受けたのは7年前のことである。前日には酒を飲み、試験は午前・午後とも1時間もかからずに終わらせ、そのまま池袋へ遊びにいった。不安や心配というものを当時はほとんど感じていなかった気がするが、受験生の勉強の様子を間近で見ていて、なぜだかそういうことへの心配が夢に出てくるのかもしれない。

2004/02/23

ブレイルノートが激しく落下。パソコンについでこの機械まで壊れると、かなりしゃれにならない出費になるのだが、幸い中のねじがはずれて飛んだり、点が薄くなったりした程度であった。気を付けなければ。

2004/02/22

中央体育館にて、フロアバレーの練習。ここ数日は暖かい日が続いているため、スポーツ日よりなのであるが。

2004/02/21

バイオリンの練習へ。来週こそは仕上げられるか、ザイツ。
いよいよ、来週は鍼灸マッサージの国家試験である。ここまでくると、とりあえず早く終わってほしいと思うばかり。

2004/02/15

名古屋で行われた社会人フロアバレーの全国大会「エンジェルカップ」に参加。「おにく」、「バッカス」と対戦し、0勝2敗という結果であった。個人的には比較的のんびりと試合を楽しむことができた。昼は試合会場で味噌かつを食べ、試合後は駅前で有名らしい「わらじ」という味噌かつを食べ、さらに手羽先で酒を飲み、最後に駅のホームでポテトチップスを食べた。名古屋の食事をしっかり満喫したぼくは、一応愛知県民なのである。

2004/02/07

今年になって最初のバイオリン練習。「また発表会があるよ」と脅されつつ、ビクビクとザイツの協奏曲の練習。
久しぶりに家の中をあちこち掃除。16歳の時にどこかで手に入れた怪しげな陶磁器の鈴を久しぶりに発見。魔除けのようでもあり、まよせのようでもあるこの焼き物は、たまに部屋のどこかから出てきて無言で自己主張するため、何となく捨てられずに今に至る。

2004/02/05

5年以上前、インターネットでたまたま訪れた店のサイトで、ハム・ソーセージの詰め合わせセットの抽選に当たった。それ以来、たまにそのお店「ミート&デリ花城」のソーセージなどを購入するようになった。この店が、2/09(月)夜9時からのスーパーテレビで紹介されるらしい。ソーセージ好きとして、この店の利用者として、ぜひ見てみたい。

2004/02/01

視覚障害者を主とする通所授産施設「ふれっ手」の落成式に参加した。非常に多くの出席者で、各種障害者団体、国会議員・県会議員・市会議員などの挨拶が続き、少し驚いた。このふれっ手の建設に至るまでには、長い時間と多くの人の熱意、寄付金などが必要であった。「関係者の並々ならぬ努力のおかげで」というのは、まったくその通りだと思うが、このような授産施設がこれほどの努力をしなければできないもいうこと自体が行政の怠慢で問題とすべきではないかとも思ってしまう。挨拶の大半は、「チャレンジドとしての障害者」「バリアフリー社会を目指して」「笑顔と福祉の町」というような内容で、かなり複雑な気分である。だれかがこんなことを言っていた。「みなさん、今後も障害のある方のために、沢山の仕事を探してきて、分けてあげてください」。現実は、なかなか厳しいのである。
こういうひねくれたことを考えたのも、直前に車酔いして気分が悪くなり、祝賀会でのビールが飲めなかったことに対するやつあたりみたいなもので、やはり授産施設ができたことについては、とても嬉しいことなのである。ふれっ手の所長は、フロアバレーなどで、大変にお世話になっているMHさんで、ぼくもこの授産施設が成功するよう、できるだけがんばっていきたいと思っている。

2004/01/31

電気のブレーカーから水がポタリ・ポタリ・ぽたり。これはいったい何?あなたはどこの水?六甲の水かな。

2004/01/30

やっと落ち着いて日記の更新ができるようになった。日曜日、ご飯とマグロの刺身で豪勢で幸せな食事をしていたぼくは、何かの弾みで刺身醤油の皿を倒してしまった。すぐ横には、テキストファイルをしゃべらせていたVAIOがおいてある。流れ出した醤油がVAIOの通風口に入り込んだ瞬間、それまでムニャムニャしゃべっていたパソコンが、一瞬にしてしゃべるのを止め電源まで落ちてしまった。慌ててガーゼで拭いたり包帯を巻いたり乾かしたりしたが、やはり浸透圧が違いすぎたのか、まったく動かず。2年間メインのPCとして愛用してきたVAIOは、ついにというかあっけなく昇天してしまった。
仕事にも差し支えるので、翌日さっそく新しいPCを注文。以前から注目していたパナソニックの、レッツノート・ライト(CF-R2BW1AXR)である。火曜日には新しいPCが届き、水曜日からリカバリー作業を始めた。幸いバックアップは結構頻繁に行っているので3週間前までのデータは残っていたのだが、それ以降に作成した仕事関係のデータなどは、慣れないキーボードで作り直さなければいけない。二日間かけて、やっと元の環境に近いところまで復元することができた。新しいパソコンの使い勝手もなかなか悪くない。それにしても、松本にきてから、これで4台目のノートパソコンになる。我ながらよく壊すものである。
パソコンを買うついでに、前から興味をもっていた三洋のICレコーダディプリトーク ICR-S290RMを購入した。メニューの音声ガイド機能(MP3)があるのに加えて、35時間の長時間録音、256MBのUSBメモリとしても使えたり、MP3プレイヤにもなったりと、非常に多機能で便利そうである。

2004/01/23

信州大学での解剖見学。ぼくにとっては今回が5回目になる。かなり顔を近づけて観察していたせいか、ホルマリンの刺激で途中から眼が痛くなってしまったが、いつもながら非常に勉強になる実習であった。
田中知事の会見によると、来年度からの寒冷地手当が全額無くなるらしい。一応毎年7万くらい出ていた貴重な手当で、組合との交渉はどうなるのだろうか。

2004/01/21

改修工事後の校舎で授業が始まっているが、さっそくストーブがうまく動かなかったり照明が暗かったりと不満が出てきている。そういう些細なことはさておき、数万円のレリーフ数十枚は予定通りに備え付けられているのである。

2004/01/19

どこかの学校で、校長と生徒の保護者の不倫が発覚して問題になったことを受け、校長の名言。「私たちは不倫ということについて、少し安易に考えすぎてはいないでしょうか?(反語か)」なかなか鋭い指摘かもしれない(笑)。

2004/01/17

駒込で行われた理療科教員の研究会に参加。マッサージなどの法律解釈について、4時間しっかりと講義を受けた。ぼくも授業では法律について教えることも多いが、なかなか文面の細かい解釈は難しいのである。こういう機会でもないと、しっかり勉強できないなーと、弱気な積極性をみせていろいろと質問をした。非道中も含めて結構疲れたが、思っていたよりも、有意義な研究会となった。
岡崎倫典さんの新しいギター教則DVDが届いていた。解説もなかなか丁寧で、また一つ練習目標ができたのである。

2004/01/15

急遽17日に東京方面へ出張することが決定。何となく慌ただしい感じである。
夜中に妙に近いところからの水音で目が覚める。雨でも降ってるのかと思ったら、台所の天井数カ所から大量の水が落ちてきている。何時の間にこんな所に低気圧が進入してきたのかと関心している余裕もなく、ぞうきんやバスタオルで拭いたり水を外へ掻き出したり、バケツで水を受けたりするが、とにかく範囲が広く、結局プラスチックのタンスを二つ空にして、それで水を受けることにした。1時間ほどで治まったが、結構大変な労働となった。朝になったら大家に連絡しなければ。

2004/01/13

久しぶりに大雪になりそうである。近くの小学校からの帰り道、雪のおかげで、気が付いたら正門と直角に歩いていて、しばらく外に出られず。

2004/01/11

フロアバレーの練習。昼過ぎから4時間の練習で、結構きつい。休み中ずっと寝ていたせいか、どうもすぐに眠くなってしまって困るのである。なぜかテレビの取材も入り、近々放映されるらしい。

2004/01/09

使った覚えのないサービス量を請求するメールが、別の所から3通もきていた。この手のメールはよく受け取るが、1日に3通きていたのは初めて。何れも請求量は数万円なのだが、こういうメールに心配して悩む人もいるのかと思うと気の毒である。

2004/01/05

職員研修や会議など。研修では、音声によるホームページの作成について練習用のファイルを使って説明したりしたが、もしかしたら難易度はちょっと高いのかもしれない。

2004/01/04

実家から帰宅。相変わらずの寝正月であったが、まだまだ寝足りない気がしている。犬や姪をいじめたり10年ぶりくらいに会う従兄弟とカラオケに行ったり、それなりに楽しく過ごした。PHSのアンテナが折れて(酔った時に自分で折ったのだが)、インターネットにはなかなか繋がらず、沢山本を読んでしまった。特にトム・クランシーの「ネットフォース」シリーズは、なかなかおもしろい。因みに、居酒屋の自動ドアに挟んだ指は、結局年を越してまだ治っていない。

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