病は気から

その9

翌日の朝。いつも通りの登校風景。

その中で、まことは電車に揺られながら
大きなあくびとくしゃみを、何度も繰り返していた。

 

お湯にも浸からずに没頭した、あの風呂場での
オナニーの後の、浴室の臭い消しに時間がかかってしまい、
すっかり体が冷えてしまったまこと。

さらにその後、夜、寝ているときに、
再びムラムラとしてしまったまことは、
布団の中であかりを思いながら3度目のオナニーをしてしまう。

鏡に写した自分の肛門を参考に、
あかりの肛門を想像する。

それと同時に、授業中のあかりを頭の中に思い浮かべる。
もちろん、そのあかりの表情は、曇っている。
下痢に苦しんでいるあかりを、想像しているのである。

わなわなと体を震わせながら、
ゴロゴロと鳴るお腹の痛みを、必死で堪えている。

そんなあかりの姿を頭の中で眺めながら、
もう一方では、飛び出そうとする下痢便を
必死に堪える肛門の伸縮を、アップで想像する。

内側から下痢便に押されて、
中央から、こんもりと膨らみ、盛り上がる肛門。

肛門の皺が広がり、一瞬開きかけるも、
すぐにギュッと締まり、膨らみを元に戻し、
肛門は、また尻の谷間の中央に、ひっそりと佇む。

ホッとした表情を見せるあかり、
だが、肛門はこれで落ち着いたわけではない。

谷間の中央では、下痢便との必死の格闘を繰り広げている。
緩む肛門の皺を、何度も引き締め、
尻の割れ目を閉じてしまいそうなほど力を入れる。

 

ふるえるあかりと、その激しく動く肛門を想像する。
それだけで、たまらなく体が火照り、興奮が高まるまこと。

布団の中で、自分の胸と股間をまさぐり、快楽に耽る。

(はあ…、あかりちゃん…。大丈夫…頑張るんだよ…)

耐えているあかりに頑張れと応援しながらも、
肛門の動きに欲情している。
この矛盾も、より興奮をかき立てる行動でしかない。

オナニーにより、自分の快感が高まるにつれ、
まことの想像の中のあかりが苦しんでいく。

苦しみ、うめくあかりの顔がより欲情を引き起こし、
全身の震えを堪えようとするあかりの、
周りにバレないようにしようとする意思とは裏腹に
ますます激しく伸縮する肛門は、まことの興奮をさらに倍増させる。

(そうやって、いつまでも我慢しなくていいんだよ…)

まことの想像の中のあかりは、絶対に破滅の時を迎えない。
どんなに限界を超えようとも、そのたびに堪え直す。

(勇気を出して、手を挙げてトイレに行けばいいのに…)

何度もあかりの右手が挙がりかけそうになるが、
頭上高くあげることは出来ない。

(そうか。周りの目が気になるんだよね。だったら…)

あかりの周囲の光景が一瞬にして変わり、
そこには、何もない、暗闇だけが広がる空間になっていた。

突然のことに驚いて、辺りを見回すあかり。
訳が分からない。だが、とにかく周りに人はいなくなった。

もうここでしてしまおう。
そう決心したあかりが、スカートをまくり上げ、
ブルマとパンツを下ろすや、どこが地面かも分からない空間に
しゃがむ態勢を取る。

(そう…どこでもしていいんだよ。あかりのウンチはさ、汚いものじゃない…)

早くウンコを出してほしい。
まことの頭の中は、それで一杯になるが、
その間も、まことはオナニーを続ける。
既に、体は後少しで絶頂を迎えるぐらいになっていた。

(アタシは…あかりのウンチを見れるよ…)

遠くから、あかりを見つめていた、
まことの視線が、しゃがみ込んだあかりの真下に移る。
今にも開きそうなあかりの肛門が、丸見えになる。

あと数秒のうちに、あかりの肛門は開く。
そして、大量の下痢便が滝のように噴出されるだろう。

(アタシなら…あかりのウンチを受け止めることも出来るんだよ…)

まことは、あかりの下痢便を顔面で受け止める気だ。

 

想像の中で目を見開き、肛門の動きから一瞬たりとも目を離さない。
あかりの肛門が熱くなりそうな視線。

あかりは、まことの視線で肛門への痛いほどの刺激を受けると、
まるで、まことが絶頂の寸前になるのを待っていたかのように、
一気に肛門を開いた。

(さあ、あかり!アタシに向かってウンチをするんだ!)

数センチはあろうか、大きく開かれた肛門から
下痢便の激流が、まことの顔面に向かって放たれる。

「はぁ、あ、あぁぁぁぁぁっ!!」

自分の顔面に下痢便が叩きつけられたのと、
絶頂を迎えるのはほぼ同時であった。

イク瞬間に見えた、目の前一杯に広がる
下痢便の余韻と共に、まことはそのまま眠りについてしまうのであった。

 

「…ぶぇっくしょん!ああ、ちくしょう」

まるで中年親父のようなくしゃみを
何度も電車内に響かせつつ、まことは学校へ向かう。

駅からは、徒歩で登校する。

なかなか時間が合うことはないが、運が良ければ、
あかりと出会うことができ、一緒に登校することができる。

どうせ、一緒のクラスだから
学校に着けばすぐ一緒になれるのだが、
このちょっとしたことが、特別な感じがして、嬉しいのである。

決して、性欲ばかりではない。
この、ささやかな行為を喜びとするところも、
まことの、一面である。

 

今日は運が良かったのか、天の巡り合わせか、
まことは、遠くに歩くあかりを見つけることができた。

それだけではない、
あかりがちゃんと学校に来てくれたことが、何より嬉しい。
あの事がショックで休まれるのだけは、嫌だったから。

ただ、いくら学校に来てくれたからといって、
昨日の今日である。いつもの様に駆け寄って、
バン!と肩を叩く挨拶はしづらいと、まことは思った。

元気よく声をかけて、いつも通りに振る舞うことが良いのか、

静かに、優しく声をかけて、
落ち着いた振る舞いを見せることが良いのか、

それとも、まだ近付かず、今日はそっとしておいた方が良いのか、

あれこれ考えるが、まことは、
どうすれば良いとかいう考えではなかった。

なんといっても、本音はすぐさま駆け寄って声をかけたい。
だが、もしあかりに拒絶されたらと思うと、
怖くて足がすくんでしまう。

あかりの拒絶は、考えられないことではない。
自分のお漏らしを目撃した相手に、平常な気持ちでいられるだろうか。

恥ずかしくていたたまれない、目を合わすのも辛いと、
むしろ、あかりが自分を避ける可能性の方が高いかもしれない。

(アタシは、まだあかりちゃんに信頼されてるとは限らないし…)

思い切って声をかけて、あかりが自分を
避けなかったときの幸福感は、この上ないものだろう。

だが、避けられたときの絶望感に、自分が耐えられるかどうか。

ウンコをお漏らしをしそうなのに。
そんな緊急事態ですら、自分に言ってくれなかったあかり。

この事は、まことにとって、「話してくれない=信頼されてない」
としか受け取れなかった。

その不安が、まことの、良い意味での屈託の無さを消してしまう。
とうとう、学校に着いてしまうまで、
声をかけることができなかったのである。

 

まことは、わざと校門の前で足を止め、
あかりが校舎に入っていくのを見届けてから、自分も校舎に入る。

少しでも、気まずい空気を感じたくはないと、
あかりとの接触を避けてはみたものの、
そこは、一緒のクラスである。
まことが重い足取りで教室に向かえば、そこには
あかりが、いつものように席に座っているのであった。

「…お、おはよう、あかり」

ちょっと緊張の混じった声で、挨拶をするまこと。

「あ…。お、おはよう…」

まことの声に振り向いたあかりは、
一瞬ドキッとした表情を見せ、
同じく、どことなく緊張した声で挨拶を返す。

「…あ、うん。ちゃんと来たんだね…良かった…」

独り言のように呟き、それに頷きながら自分の席に座るまこと。
あかりも、同じく頷くだけで、それ以上は、何も喋れなかった。

拒絶も接近もない。ただ、接触しただけ。
それでも、お互いに何かを確認しあっている。

今はぎこちなくとも、じきに前のように戻ることができそうな、
ほんの一瞬の接触ではあるが、
二人とも、そんな手応えは感じていた。

 

心配していたのはまことだけではない。
不安だけなら、あかりの方が、何倍も強かった。

お漏らしをした自分に、あそこまで暖かく接してくれたまこと。
どんなに気が動転していても、
まことの心の温もりは、体にしっかりと刻まれている。

だからこそ、怖かった。

あそこまで自分に優しくしてくれる人間など、
あかりの記憶にはない。
それが故に、まことの行為は信じ難いものであるし、
それを、どう受け止めて良いのかが分からなかった。

この代償は高くつくのではないか。
しょせん、あれは仕方なしの行為で、
ただ自分があまりにも惨めだったから
まことは助けてくれたのではないかと、
どうしても、俗物的な受け止め方しかできない。

中学の時も、友人へ、自分とはつき合うなと言ったり、
ひょっとしたら優しくしてもらえるのではないかという希望も、
そうでなかった時のことを考えて、自ら捨ててしまうあかり。

最初から望みがないから、逆に、なんとか耐えることができる。
裏切られるよりはまし、自分から一人ぼっちの道を選択してしまえば、
もうこれ以上酷いショックは受けない。

マイナスになるより、ゼロのままがいい。

親にも甘えたくはない。
そんな抜け道があれば、それにすがってしまうから、
もう外にすら出れなくなってしまいそうだから。

心配はさせたくない。
自分は我慢することができる。と見られていたい。
働いている両親へ、余計な気苦労は与えたくなかった。

 

暖かさ、優しさは全て自ら拒否してきた。
そんなあかりが、拒否する間もなく与えられた
まことの温もりを、心の底から受け止めることができなかったのは、
仕方のないことなのであろうか。

今の、まことの他愛のない挨拶に、思わず期待をしてしまう。
しかし、それでも大きくなる不安が、口が開くのを止めさせる。

(やっぱり、私には友達なんかいない方が…)

だが、この不安は
単にあかりの弱気から来るだけではない。
あかりには、まことの好意を受ける上での、
もう一つの悩みがあったのである。

 

(よし…。やっぱりここは、アタシが勇気を出すべきだね)

昼休み、なかなかあかりと話が出来なかったまことは、
いつまでもこのままじゃいられないと、
ダメで元々の気持ちで、昼食をキッカケに
あかりと、ちゃんと話してみることに決めた。

「あかりちゃん…。お昼、一緒に…」

とはいえ、勇気を振り絞っても
そうそういつも通りに声をかけられないのか、
あかりに対しての、まことの言葉は、歯切れが悪い。

だが、その言葉を待っていたあかりには
そんなことは問題ではなく、弁当箱を下げたまことを見て、
なにやら呟くように言葉を返すと、
あかりも、鞄からそそくさと弁当を取り出すのであった。

 

校庭に出て、日当たりの良い芝生の上に座り、
弁当の蓋を開け、黙々と食事を始める。

時折、何気ない話などをしたりするが、
普段通りの姿と言うには、まだまだである。

普段通りといえば、普段の動きがとろければ、
食べるのも遅いあかり。
まことは、既に弁当を食べ終わり、
ほのぼのとオカズを口に運ぶあかりを、じっと見つめていた。

食事をしているときだけは、
不安や、怯えを感じさせなくなるあかり。
そんな意外な無防備さが、無性に可愛く見える。

あんな事件さえ起こらなければ、
こんなあかりの姿を、いつでも見られたのかもしれないと思うと、
今となっては非情に惜しい気がしているまこと。

まずは、二人の仲を少しでも元に戻そう。
ここを乗り越えさえすれば、
きっと、自分達はもっと仲良くなれる気がする。

朝から、何度決心したか分からないが、
今度こそは、本気のつもりだと、気合いを入れながら、
あかりの昼食が終わるのを待つ。

「あのさ…、あかりちゃん…アタシは…」

ようやく昼食を食べ終わったあかりが、
売店で買ったジュースに口を付けたところで、
まことは思い切って声をかけた。

自分は、あの出来事に何とも思ってないこと。
また、それを誰にも言ったりしないこと。
そして、自分はこれまで通りの関係を続けたいということを、
あかりに一生懸命説明する。

 

何といっても、あかりのウンコ、
しかも下痢便でオナニーが出来るぐらいなのだから、
あかりのお漏らしなど、まことには問題ではなかった。

それこそ、あかりを愛するが故の行為なのである。
そこまでは、当然説明は出来ないが、
それが、まことの自信であった。

そこまで出来る。実際にしたんだという自信が、
より、まことの説明に説得力を持たせるのである。

 

あかりは、まことの心からの説明を聞き、
心なしか嬉しそうに見えるぐらいだが、笑顔を見せてくれた。

「うん…、ありがとう…木野さん」

あかりの口から出た、「ありがとう」という言葉に、
ホッとするまこと。

「あかりちゃん!そ、それじゃあ…!」

思わずあかりに接近し、あかりの両肩を掴んでいたまこと。
その喜びの大きさがうかがわれる。

目を爛々と輝かせ、自分を見下ろす
まことの笑顔を、本物の笑顔と感じ、
安心したあかりも、喜びの表情を見せる。

が、その表情も長くは続かなかった。

「あれ…?あかりちゃん…?」

笑顔から、かすかにだが、沈んだ表情を見せた
あかりの変化に気付いたまことに、あかりはそう告げた。

「木野さん…、あの…放課後…話したいことがあります…」

 

(何なんだろう…。話したい事って…昼休みに言ってくれても良いのに…)

放課後までの、午後の授業中。
まことは教師の言うことなど何一つ身に入らず、
あかりの話したいことは、いったい何なのかということばかり考えていた。

(放課後、校舎の裏かあ…。わざわざ人気の無い所で話すなんて…)

思わせぶりな、あかりの言動に、
あれこれ考えを膨らませるまこと。

(もしかしたら、あかりに優しくしてあげた自分に恋の告白かも!?)

などと考えたときは、思わず頬が緩み、

(でも、あかりちゃんは未だに「木野さん」としか呼んでくれないしなあ…)

と、あかりの自分に対するよそよそしさを考えたときは、
ガタンと机に突っ伏してしまう。

教師に何度か注意されながらも、
まことは、そればかり考えている。
だが、考えたからといって、分かるわけではない。

結局は、放課後にならないと、分からないのだ。
むしろ、今考えすぎる事は、悪影響も多い。

(いやあ、でも、もしかしたら、ねえ…。なんちゃって)

案の定、まことは放課後、校舎裏に向かうときに、
いつの間にか頭の中は都合の良い考えでいっぱいになってしまった。

先に校舎裏についたまことは、頭の後ろを掻き、
照れ笑いを浮かべながら、あかりを待っていた。
程なくあかりも到着し、まことの横に並ぶ。
二人の間に、一瞬の沈黙ができた。

そして、次の瞬間、あかりの口からは、
まことの予想だにしなかった言葉が出てきたのである。

「木野さん、私…、もうすぐ転校するの…」

 

「そんな!だって、まだ入学したばかりじゃないか!なんで…!」

聞けば、父親の転勤で、
単身赴任をせずに、家族で引っ越すことに決まったらしい。

それでも、突然すぎる。
そうまことが思ったときに、あることに気がついた。

「そうか…あかりちゃんの部屋に、あまり物がなかったのも…」

まことが、あかりの家に行ったとき、
あかりの部屋を質素だの殺風景だのと感じたのも、
既に、その時引っ越しが決まっていて、
その準備のために、荷物を送っているか、処分したせいで、
部屋がガラガラだったのだと気がついたのである。

なぜ気がつかなかった。
そう後悔したところで、もうどうしようもない。
また、もっと早く気付いたところで、転校を止められるわけではないが。

理由は、もはや問題ではない。
あかりが転校してしまうといった事実に、どう対処するか。
まことには、それがすぐに浮かんでは来なかった。

「あの時…、優しくしてくれて、ありがとう」

自分に積極的に声をかけてくれたまことに、
とても嬉しかったとあかりは言う。

しかし、じきに転校してしまうという事実に、
心の底から、まこととの友達付き合いを
するわけにはいかなかったのである。

「辛いから…別れるのが、辛くなるから…」

仲良くなればなるほど、離れるのが辛くなる。
甘えたかった、まことへの気持ち。

どんなに拒んでも、拒みきれなかった。
初めて出会った積極的な相手に、
あかりの閉ざされた心も、抗し得なかったのである。

このままではいけないと思っても、
一緒にいる時間が長くなればなるほど、
まことの存在が大きくなっていく。

そして、あの事件が起こる。

あの事件も目撃しても、
まことは逃げ出したりしなかった。
それどころか、後始末までしてくれ、
今朝も、自分に平気な顔で声をかけてくれる。

昼食の時の、まことの力説を聞いて、
あかりは心底から嬉しく感じた。
だからこそ、いけないという気持ちも、大きくなったのである。

いっそのこと、転校のことを伝えてしまい、
これ以上、別れの時が辛くならないように、
二人の仲が、これ以上進展しないようにしたかったのであった。

 

「そんなことはないよ!その方が…もっと辛いじゃないか!」

まことには、あかりが転校してしまうからといって、
このまま「ハイそうですか」と言えるわけがなかった。

「そんな事で友達と自分から別れて、辛くないはずが無いじゃないか…そうだろ!」

別れるのが辛いから、友達を作りたくない。
そんな事では、これからも
友達が出来ないままで一生を終えてしまいかねない。

中学の時の心の傷を、今でも引きずっているのは、
まだしょうがないことだと、まことは理解する。

だが、それを引きずるあまり、
せっかくの友人をも、簡単に諦めてしまうのは、
いけないことだと、思った。

「友達ってさ…そんなものじゃないよ」

心が通じ合っていれば、
例え遠く離れることになっても、友達でいられる。
そして、遠く離れたとき、
絶対に忘れることはなく、二人の関係は色あせない。

「それが、友達…いや、親友だよ!」

学の無いまことではあるが、
だからこそ、熱い気持ちが素直に伝わる。
あかりには、あまりにも大きく見えるまことの言葉「親友」は、
あかりの心を大きく揺さぶる。

「後何日か分からないけどさ、残された時間、絶対に忘れられない思い出を、二人で作ろうぜ!」

「親友」に続き、「二人で」という言葉。
嘘偽りのまったく感じられない、まことの声は
友情というオーラを発し、それがあかりに大きな安心感を与え、
人に心を許すことを出来なくさせていた不安を、吹き飛ばしていた。

「木野さん…、木野さん…私…」

大きく開いた目で、まことをじっと見つめる
そのうるんだ瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。
溢れる涙を拭おうともせず、まことを見上げるその目は、
初めてまことに心を許したのだという事を、語っていた。

「ああ…安心しな、あかりちゃん。アタシは…いつまでもあかりのことを…」

強く、強く、あかりを抱きしめるまこと。
その強さは、あかりへの愛の強さを示し、
あかりも、それを感じ取り、抱かれるままに任せながら、
まことの胸の、心地よい感触に心から甘えていた。

 

(忘れさせない…。アタシが、絶対に忘れさせない思い出を作ってあげる…)

あかりを抱きしめながら、あかりが転校してしまうまでの、
これからの思い出作りに、決意を燃やすまこと。

その目は、優しさと、使命感。
そして、もう一つのギラギラとした思いを、表していた。

 

その10

その後の二人の友達付き合いは、特に変わったということはない。
だが、結びつきはより深まっていった。
あかりも、少しずつまことに心を許すようになったからである。

普段一緒にいるときでも、
あかりの声が少しずつ弾んでいくのが分かる。
そんな微妙な変化でも、まことには至福の出来事であった。

まことも、より積極的に、あかりに接する。

前とは違う、遠慮することはない。
こうやって接近することによって、あかりへの好意を示し、
あかりが今まで我慢していた分まで、
あかりを構ってあげようと、いつもあかりと行動を共にするのである。

それでも、付き合い方に何ら変わりはない。
だが、たった一つのキッカケが、結びつきを深くする。
まことの理想は、現実となってきたのである。

このまま別れの時を迎えても、
お互いに、そう簡単には忘れることの出来ない仲になっているだろう。
だが、これで終わっては、まことは満足できない。

もっと深く、もっと熱く。
より一層あかりに近付きたい。
そして、あかりに自分を好きになってほしい。

あかりを、自分に惹きつけたい。
まことの思いは、その一点につきるのであった。

 

後二週間で中間試験というある日の夜、
まことはひとり考えていた。

次なるまことの憧れは、泊まる、または泊める。
あかりの家に泊まるか、自分の家に泊めるかであった。

家に上がるだけなら、友達でなくてもできる。
だが、泊めるとなると別だ。
特別に仲の良い友達でなくては、泊められない。
そして、泊めさせてはもらえないだろう。

だが、自分の前でもなかなかトイレに行けないあかりに、
それを求めるのは難しいかもしれない。
1日中、自分が一緒と言うことは、
あかりはその間、ずっとトイレに行かないかもしれないからだ。

(だけど…あんな事があった以上、いくらあかりちゃんでも…)

我慢しすぎてのお漏らしという過去がある以上、
今度からは、限界まで来ればトイレに行くかもしれない。

(アタシを練習台にして、人前でトイレに行く練習が出来れば…)

今までは、友達を作らなかったからこそ、
あかりは、学校のトイレに行けた。
皆が自分なんかどうでも良いと思っている。という考えが、
視線をそれほど感じずに、トイレに行かせたのである。

だが、まことはあかりに、一生そんなままでいてほしくはなかった。

せめて自分のような親友の前でぐらいは、
気楽にトイレに行ってほしかった。
いや、それ以上、むしろ自分の前でなら、安心してトイレに行ける。
そうなってほしかったのである。

(いつもダメで元々。別に、泊まるぐらい誘っても、おかしくないだろうし)

色々考えたあげく、まことはあかりに電話をかける。
土曜に泊まりに行っても良いか。そう聞こうとしたのである。

プルルルルルル…プルルルルルル…

電話を取られるのを待つ、ほんの少しの間に
まことの緊張は膨らみ、胸の鼓動が高鳴る。

たかが泊まるぐらい。
そう思っても、いざ言うとなると、緊張するものである。

「はい、神岸です」

この声は、あかりの母親であった。
あかりが取るものだとばかり思っていたまことは、
思わず声を裏返らせながら、あかりに代わってもらった。

「あ、まこちゃん。何か用かな?」

 

まことがあかりに力説したあの日、
まことはあることを、あかりにお願いした。

「あのさあ、こ、これをキッカケにもっと仲良くなった、って事を示すためにさ…」

まことはいつもあかりのことを名前で呼んでいる。
本当は、最も慣れ親しんだこと示す、呼び捨てで言いたいのだが、
少し控えめに、ちゃん付けで呼んでいる。
(オナニー中など、感極まって呼び捨てにすることはあるが)

あかりにも、そうしてほしい。
自分のことを名前、あだ名で呼んでほしいと、お願いしたのである。

「え…う、うーん。いいのかなぁ…」

まことにとっては親しさを示す名前での呼びかけも、
あかりにとっては、馴れ馴れしいのではないかという不安になっていた。

まことに名前で呼ばれるのは、嫌ではないが、
自分が他人を名前で呼ぶのは、苦手なのである。

まことの願いならば、そうしたかったが、
なかなか抵抗が強く、はじめは悪戦苦闘したものであった。
しかも、まことが要求した呼び名は、
あだ名の「まこちゃん」であったのだから。

それでも、慣れてくると二人っきりの時ならば、
名前で呼べるようになったのである。
今では、ほとんど違和感もなくなっていた。

 

「…で、今度の土曜日に、泊まりに行きたいんだけど…駄目かな?」

「うーん…」

考え込むあかりの声に、まことの緊張は強くなるが、
言ってしまったものは仕方がない。あかりの返事を待つ。

「ちょっと待ってて。お母さんに聞いてみるから」

(お、という事は、あかりちゃん自体はOKって事?)

何げに好感触な雰囲気に、まことの期待も高鳴る。
そして、しばらく待つと、あかりは両親のOKが取れたと
再び電話に出てくる。まことは、大喜びで電話を切った。

感慨深かった。
何か、自分の今までやってきたことが、全て報われたような、
自分を泊めることをすんなりと受け入れてくれたあかりに、
まことは改めて一人頷くのであった。

 

話がうまくいったらうまくいったで、
今度はより上を求めてしまうのは、まことの悪い癖である。

せっかく泊まることが出来るようになったのに、
今度は、性的な興味が頭をもたげる。

あかりの家の中では、当然のことだが、夜はあかりの両親がいる。
あわよくば、あかりと二人っきりで色々なことをできればと
思っていたまことにとって、やっかいな事であった。

しかし、いくらまことがそのようなことを思っても、
実際に出来るわけがないというのは分かっている。
自分が性的な興味を持っても、あかりがそれを持ってるわけがないからだ。

(こればっかりは、無理だろうね…)

仲良し=体を許しても良い、ということではない。
あかりを好きになればなるほど、性的な興味も高まるのを、
二人の状況を考えれば、いけない事であるということを、
まことも理解してはいる。

だが、夜になると、身体が寂しくなる。
いけないと思いつつも、毎夜オナニーをし、
果てると、これじゃいけないと思う。この繰り返しであった。

(直接あかりちゃんに何かする訳じゃないし…でも…)

大きな溜め息をつき、自分の悪い癖を思い悩むまことに、
まことの母親が、ふと声をかけてきた。

「何?母さん?」

それどころじゃないのに。まだ何も言われてないうちに
そんなことを思っているまことに、母親が言った言葉は、
今度の土曜は、仕事のヘルプで遠くの支店に行くから、
向こうで泊まり、帰りは日曜の夜になるということであった。

 

「いやあ、あかりちゃん、悪いねえ」

「ううん、別にいいよ。家を空けちゃうのも心配だもんね」

何という幸運とばかり、あの後すぐにあかりに電話して、
母親がいなくなることを口実に、自分の家に泊まりに来てほしいと
あかりに頼んだまこと。

あかりも、今さら断れなかったのか、
再び親の承諾を得て、それをOKしたのである。

そして、今日がその土曜日であった。
授業も午前中で終わり、あかりの家に寄ってから、
一緒に電車でまことの家に向かう。

あかりの一軒家に比べ、
小さな団地でちょっと気恥ずかしかったが、
気にしすぎであろう。

とりあえず、あかりを部屋に案内し、
ちょっと遅めの昼食に取りかかるまこと。

母子家庭のまことは、家事に慣れっこだというのは前に書いたが、
まことは、母親の仕事が遅くなるときも多く、
自然と、自分で食事も作れるようになっていった。

そして、今では料理が趣味というぐらいで、
弁当も自分で作るし、その腕前も確かなものである。

あかりも、料理ぐらいは出来ないではないが、
手伝いをする程度の腕では、たかがしれている。
手際よくできあがった、まことの料理に、驚くばかりであった。

 

「ごちそうさま。とっても美味しかったよ」

今まで、料理の腕を振るうのは母親に対してばかりで、
とくに張りあいを感じることもなかったが、
今回はあかりにその腕を振るえ、しかも美味しいという言葉までもらっては、
まことも、照れることしかりである。

そうして、しばらくは料理の話で盛り上がり、
やがて、後かたづけを始めようとしたとき、
あかりがまことに声をかけた。

「あ、あの…まこちゃん…」

「ん?何だい、あかりちゃん」

「ん…、あの…」

モジモジと口ごもるあかりに、まことはピンときた。
ああ、あかりちゃんはトイレに行きたいんだ、と。

ついに、ここまで来た。
自分の家への外泊をOKしてくれただけでなく、
トイレを使用してくれて、それを自分から
要求することが出来るようになったのだと、まことは大いに喜んだ。

だが、それを顔に出すわけにはいかない。
ニヤニヤしながら「行ってきていいよ」といっては、
せっかく勇気を出したあかりを、恥ずかしがらせてしまうから。

「あ、ああ。…分かった」

ちょっと白々しいかもしれないが、
「トイレ」という単語は口に出さず、
言いたいことは分かっているという風に言葉を返すと、
あかりは、照れくさそうにトイレに向かっていった。

(ああ…。あかりちゃんも言ってくれるようになったんだね…)

この時ほど、あかりとつき合って良かったと思ったことはない。
他の人間が、あかりの口からトイレに行くという言葉は聞けないのに、
自分は聞くことが出来る。

実際にあかりが口にしたわけではないのだが、
そんなことはどうでも良かった。
これで、誰よりもあかりに近付いたんだと、痛感したのである。

 

そして、あかりがトイレに行ったとなれば、
その中での行為を知りたいと思うのは、当然である。

トイレのドアが閉まった音を確認してから、
まことはコソコソとトイレの前に向かう。
一秒でも離れたくないと、焦る気持ちを制しつつ、
ドアの前にしゃがむと、そこへ耳をあてた。

ジョボボボボッ、ボボボッ、ボボッ、

防音効果のない、安そうなドアである。
わざわざ壁に耳をあてなくとも聞こえるぐらい
大きなオシッコの音が聞こえる。

あかりの下痢便お漏らしという、
とんでもないものは見てしまっても、
まだ、普通にオシッコをしてるところは、出会ったとき以来、無い。

過激さでは、はるかに劣るはずなのに、
すぐ近くに自分がいるとは気付いていない、あかりの行為を
盗み聞きするのは、まことの興奮を増幅させる。

オシッコの音が途切れ途切れなのは、緊張のためであろうか。

そんなことを思いつつ、あかりの奏でる音に、
陶酔するまことであった。

だが、これだけではまだまだとも、まことは思う。
あわよくば、このままウンコをしてくれればと。

オシッコだけでは、物足りない。
あかりの、普段のウンコを知ってこそ、
自分が一番あかりに近い存在なんだ。

しかし、今回はそうはうまくいかなかった。

オシッコの音が終わると、すぐに紙を巻き取る音が
ガラガラとやかましく響く。
非常に残念そうな顔をしながら、まことはドアの前から逃げ出すのであった。

 

あかりに怪しまれないように、いそいそと片づけを開始するまこと。
程なく、水を流す音が聞こえるや、あかりも台所に戻ってきた。

先ほどのオシッコの音を頭に思い浮かべながら、
まことは、まじまじとあかりを見つめてしまう。
それだけで、あかりの顔が
たまらなく興奮をそそるように見えるから不思議だ。

その可愛さといやらしさに、
今すぐあかりを抱きしめ、押し倒したくなる。

それは我慢しなければならない。
だが、それでもあかりを見つめてしまう。

「じゃ、じゃあ、片づけの間、あかりちゃんは休んでいてよ」

こちらを見たまま、何も喋らなくなったまことに、
一瞬とまどいを見せたあかりに気づき、慌てて喋りだすまこと。

あかりは、片づけを手伝おうとするが、
こんな気持ちの時に、側にいられたら困ると、
まことは自分の部屋にあかりを無理矢理押していき、
台所で一人になると、ようやく一息つくのであった。

(どうすりゃいいんだよ…。困ったなあ…)

こんな昼間からあかりに欲情し、衝動を抑えきれなくなりかけるなんて。

あかりに対する性的欲求はあっても、
こんなになるとは思わなかったまことは、
かなり自分に動揺してしまうのであった。

(まだ早いよ…。夜になってから…)

 

後かたづけが終わり、あかりを待たせている自分の部屋に入ると、
あかりは、ちょこんと座って待っていた。

「ゴメン、ゴメン、待たせた?」

あかりは軽く横に首を振ると、
キョロキョロとまことの部屋を見回す。

「まこちゃんの部屋って、とっても可愛いね」

「え…!」

あかりの言葉に、思わず頬を紅潮させるまこと。
無理もない。
まことの部屋は、あかりとはうって変わって
可愛いぬいぐるみやピンク色のカラフルなカーテンで彩られた、
おそらく、誰もがまことからはイメージしないであろう
内装であったのだから。

「い、いやははは!…やっぱり、似合わないかなあ」

そんなことは言われてないのに、
少女趣味な部屋への気恥ずかしさから、
言い訳をしてしまうまことに、
あかりは、お世辞ではなく、その言葉を否定した。

「ううん。そんなことないよ。いいなあ、って思う」

あかりは、部屋の内装とかは気にしないタチであり、
せいぜい買ってきたぬいぐるみを置いてあったぐらいである。

引っ越しの準備でそれらが無くなり、部屋が殺風景になっても、
特になんとも思わない。そんな性格であった。

そんなあかりにとって、まことの部屋は、
まさにマンガで見るような空間であった。
内装に無関心であったとはいえ、やはり女の子。
この部屋を素直に可愛いと思ったし、憧れを感じた。

 

「…そうそう、これなんかアタシが自分で作ったんだよ」

あかりの素直な褒め言葉に、大喜びのまこと。
思わず、今までは自己満足のものでしかなかった
手作りのぬいぐるみや人形を、あかりに見せびらかしてしまう。

まことが見せる手作りグッズの全てを、
あかりはしっかりと見て、まことの説明もちゃんと聞く。
恥ずかしくて、誰にも話せなかった自分の趣味を、
初めて語ることが出来て、まことは大満足である。

ひとしきり見せ終わり、すっかり満足したまこと。
散らかった部屋の片づけも、ちっとも苦痛にならなかった。

片づけの時まで、あれこれと楽しそうにこだわりを語るまことを、
あかりは、同じぐらい楽しそうに眺めている。

「何か…いいよね。まこちゃん」

ふいに呟いたあかりの言葉に、まことは振り向く。

「遊びに来て、良かったなあ…」

あかりは、それ以上は語らなかった。
しかし、その言葉には、多くの意味が含まれている。

友達付き合いを諦めようとしたあかりだが、
こうやって、友達ともっと親しくなって、
今まで気付かなかった、色々な面を知ったりする。

その時に感じる、心地よい幸福感。
まことと同じように、あかりもまた、
二人の距離が近付いているのだということを、感じているのである。

心の傷は、少しずつ塞がれていき、
逆に、全ての人間に対して閉ざされていた、
あかりの気持ちは、まことに対して開かれていく。

「うん…そうだろ。アタシも、あかりちゃんが来てくれて、嬉しいよ」

まこととて、この状態に
性的興奮ばかり感じているわけではない。

あかりの思いが全て読みとれたわけではないが、
それでも大切なことは分かる。
あの一言は、あかりの心の扉が初めて開いた瞬間なのだということを。

(その11へ続く)