病は気から

その1

とある普通の女子校の、普通の休み時間。
トイレの中が大勢の女生徒でごった返しているのも、いつもの事である。

「おっと、今日は結構すいてるね…って、空いてるところはないか」

そういってトイレにやってきた長身でポニーテールの少女は、
もう手は洗い終わったはずなのに、鏡の前で喋っている女生徒をうっとうしいと思いつつ、
個室が空くのを待っていた。

ちょうど少女が入ってきたときに、最後の個室に入られてしまったところである。
程なく、その後ろの個室から女生徒が出てきたので、少女は、そこに入る。

「ふ〜っ、すぐ空いて良かったよ。いつもは待たされるからなあ」

とりあえず安堵して一息つき、便器をまたぐと、
セーラー服のスカートをまくり、下着を下ろす。

長身のわりに、ベビーピンクのフリルつきという、
少女趣味っぽいパンツを膝まで下ろすと、まずは便器についているコックを踏み、水を流す。
いわゆる音消しという行為で、少女が思春期を迎えたあたりから行われる。

特に女子高生ともなると、オシッコ、ウンコを問わず排泄中は流しっぱなしという少女も多い。
特に女子校ともなれば、休み時間のトイレは、常に水の流れる音が響くぐらいである。

少女は、コックを踏むと同時にしゃがみ、
腕を膝の前で組ませ、放尿を開始する。

プシャッ、シャ〜〜〜ッ、ジョボボボボボボボッ!

勢い良く放たれたオシッコは、同じく便器の中を勢い良く流れる水と激しくぶつかり、
水流に負けないぐらいの音を響かせる。

それでも、個室の外にいる人間には聞こえないのだからと、
少女は放尿の勢いを緩めない。むしろ、水流が弱まる前にオシッコを出しきってしまおうと、
ますます放尿の勢いを強めるのであった。

「うんっ…、」シャ〜…ブシャアアッ!

自分のアソコに力を込め、尿道を拡げ、オシッコをより強く押し出す。
激しさを増したオシッコの流れは、一筋の水ではなく、拡散して噴き出す。
音も、それに伴い激しさを増し、自分でもはっきりと聞き取れるぐらいになった。

ちょうど、あらかたオシッコを出し切ったのと同時に、水の勢いが弱まった。

チョロチョロ…チョロロロ…

勢いは急速に弱まったが、一応まだオシッコは出ている。
これぐらいの音ならと、少女はもう気にせず残りのオシッコをゆっくりと出していた。
そして、組んでいた腕を膝の上に立て、両手で頬づえをついた。

「…ふ〜っ!」

溜まっていたオシッコをあらかた放出することができ、
少女は、今度は心の底からの、安堵のため息をついた。

そのままオシッコが出るままにまかせながら、何気なく目の前の仕切り壁を見つめていると、
なにやら妙な臭いが鼻を突くのを感じた。

「ん?んん…?」…クンクン、「…ん!?」

放尿中は気づかなかったのだろうか。一息ついたら、急に悪臭を強く感じた。
妙に気になって、つい鼻で臭いを吸い込んでみると、それは嗅ぎ慣れた悪臭、
「ウンコ」しかも下痢便の臭いであった。

「んんん!くっせ〜〜〜っ!」

少女は、それがウンコの臭いと分かるや、慌てて手で鼻をふさぎ、
思わず臭いと声を漏らしてしまった。

(もう、何だよー。ウンコの時は流しながらするのが常識だろー…)

ここは一発、前の個室に向かって、声でもかけてやろうと思ったのだが、
それはちょっとこっちも恥ずかしいかな、と思い直した。

鼻を手で塞いだまま堪え、腰を上下に揺すり、急いでオシッコの雫をきる。
そして、もう片方の手で紙を取ろうとするのだが、
うまく取れないので無理に引きちぎり、適当にアソコを拭いて、
ぎこちなく下着をあげ、そそくさと個室から出る。

個室を出るや、駆け足でトイレを出た少女は、
ようやっとまともな空気を吸い込もうと、何度も呼吸を荒くするのであった。

 

「いやー、まいちゃったよー。もう臭いのなんの」

教室に戻ってきた少女は、くやしまぎれに、
クラスメートと、今のトイレでの話をしていた。

「しっかし、普通は流すよなあ。まったく、困ったもんだね」

あらかた話し終え、鬱憤も解消した少女が、そう呟くと、
話を聞いていた女生徒が、口を開いた。

「ねえ、そのウンコしてた子って、もしかして、あかりじゃない?」

そう言うと、その女生徒は、ついさっき教室に戻ってきた一人の少女を指さした。

「え…あかり?…誰だっけ?」

女生徒が指さしたその少女は、「神岸あかり」といい、
内気そうな表情に、左右のおさげ髪が、より地味な第一印象を与えている少女であった。

なぜ、女生徒がたまたま教室に戻ってきただけの彼女を、そうきめつけるのかは、
彼女の過去にあった。

「あの子、すぐお腹壊すからね。だって、中学の時なんか、授業中にウンコ漏らしたのよ」

彼女のその一言に、近くの女生徒が飛びついてきた、
話題の中心となる女生徒は、すかさず集まった女生徒達を静かにさせると、
いかにも話したくてしょうがなかった顔で、彼女の過去を話し始めた。

「でね!あかりが走り出したんだけど、急に立ち止まっちゃって!」
「え〜!じゃ、じゃあ、教室で漏らしちゃったの!?」

ひそひそ声で話してはいるが、それでも話は盛り上がり、皆、声は荒くなっている。

「そ〜よ〜。もう、すごい音で!う〜ん、ホントすごかったわ。教室はもう大パニックで!」
「ねえねえ、音ってどんな感じだったの?ねえってば」

しだいに、会話は下品な方向へと向かっていき、
女生徒達は、あかりのお漏らしの時の擬音を、勝手に語り出す。

だんだんと大きくなる声に、ちょっと退いて話を聞いていた少女は、
さすがに、あかりの方が気になり、そっちへ目線を移す。

話の内容は分かってないようだが、大きなひそひそ話が気になるようで、
あかりが、こっちを時折見てるのが確認できた。

そんなことにも気付かず、相変わらずゲラゲラと、
下品な話を続けている女生徒達に、少女はだんだん腹が立ってきていた。

「ちょっと、あんた達」

少女の声を聞いて、女生徒達は一瞬にして静まり、少女に注目した。
静かにドスを利かせた声に、少女がどう話を続けるか、怯えているようでもある。

「さっきから聞いてりゃ、ひどい話ばかりしてさ。
 人が糞漏らした話なんて、どうでもいいだろ。しかも、本人がすぐ近くにいるんだぜ」

あかりに聞こえないように、少女も小さい声で話してはいるが、
やはりその声には、確かに威圧感がある。

そして、周りの女生徒達を一瞬にして黙らせると、
こんどは、騒ぎの発端となった女生徒に目を向けた。

「アンタもアンタだ。中学の時の、あの子を知ってるって事は、同じ学校だったんだろ?
 友達かどうかは知らないけど、他の中学だったアタシ達に、そういうのバラしていいのかい?」

怒気をまじえながら話してはいるが、ちゃんと正論にはなっていた。
自分がウンコを集団の前で漏らしたということが、知らない人に言いふらされて、
傷つかない人間がいるだろうか。しかも、それが女性であるならば、
受けるショックはどれほど大きなモノとなるか、想像がつかない。

黙ってても、ウンコを漏らしたという事実は一生消えず、
彼女(あかり)は、それを一生背負って生きていかなければならない。

そこまで少女が考えたかどうかはともかくとして、
少女があかりのために、女生徒達に腹を立てたのは事実である。

「アタシさ、そうやって人の恥ずかしい秘密を、平気でばらす奴って、嫌いだね…」

ゆっくりと、怒りを抑えるようにして喋る少女だが、
女生徒達には、彼女の目に、消すことの出来ない殺気が籠もっているのを感じていた。

「え…え、その、わ、悪かったわよ…」

少女に睨まれた女生徒が、シュンとして誤ると、
他の女生徒達は、一斉に自分の席へ戻っていった。
少女も、女生徒に背を向けて、正面へむき直し、怒りを静めるために、一息つくのであった。

 

うるさい女生徒達を声で驚かせ、目で威圧することのできる少女。
少女の名は、「木野まこと」という。

ポニーテールで長身というのは、すでに話したが、
ここでは、彼女の過去にも、少し触れてみる。

小学生の頃から、空手や柔道を習っていた彼女は、
中学生になると、体の成長も著しく、男子生徒も入れて、
学校で3本の指に入るほどの背丈になっていた。

男言葉で、長身、力も強い。いつのまにか女子に好かれ、頼られていた。
意地悪な男子を懲らしめたり、女子同士の喧嘩を止めたり、
もめ事があれば、いつも彼女の所へ相談が来ていた。

しかし、その長身や、腕っ節の強さ、売られればケンカも辞さない性格から、
教師達には、受けが良くなかった。

そこに、他校の不良達に絡まれていた女子を救うために
学校外でのケンカ騒ぎを起こしてしまったことから、
彼女の評判は「不良少女」という扱いになってしまった。

おりしも、高校受験のシーズン、今まで彼女を慕っていた女子も、
彼女から遠ざかるようになってしまう。
彼女がケンカをした理由は問われずに、ただ彼女が不良達とケンカをして
怪我を負わせた、という話ばかりが先走っていたのである。

高校へ入学しても、彼女の噂を知っている女生徒は多く、
遠巻きにする女生徒も多かったが、何故かあまり真面目でない女生徒は、
彼女に近づいてくるのであった。

ただケンカが強いだけで、荒っぽいが正義感の強い彼女には、
今の環境はあまり良いものでなかったが、仕方がなかった。

 

授業も終わり、放課後になった。
まことは、どうもあかりのことが気になってしょうがなかった。

(漏らしたってのが本当なら、可哀想だよな…。
 アイツらのようなのがいるから、学校も楽しくないだろうし、何とかしてあげられないかな)

自分が、表だってあかりを守ろうとするのも、難しい。

「いいかい!これからあかりが糞を漏らしたことを喋ったら、アタシがぶん殴るからね!」

そんなことを言っては、かえって本人が傷つくだろう。
かといって、さりげなくあかりを守るといっても、どうして良いかが分からない。

ただ、一つ気になることがあった。
休み時間での下痢便は、あかりがしたのかどうかだ。
何となくだが、女生徒の話を聞くに、彼女がしったのは、事実ではないかという気がしてきた。

悪臭を放つ下痢便。普通の女子高生なら水を流しながら出すはずだ。
しかし、あの地味で真面目そうな、すれてない彼女なら考えられないことではと思った。

(いくらなんでも、無防備すぎるよな。そういうところを気をつけないと、悪口を言われちゃうんだ)

少しは、臭い匂いを気にしなくちゃ。
恥ずかしい思いをしたのに、どうしてあんな臭いをそのままにして平気なんだと。
とりあえず、あかりにそのことを注意しよう。
ウンコの時は水を流させるようにしようと、まことはあかりを捜し始めた。

幸い、下駄箱に、通学用の靴は残っていた。
それを確認すると、まことはとりあえず玄関の外で、あかりを待つことにした。

程なく、あかりが玄関にやって来るのが見えた。
他の女生徒達が、仲間と騒ぎながら靴を履き替えたりしているのに、
あかりは、一人で靴を履き替えていた。

そういえば、まことは彼女がクラスの誰かと喋っているのを見た記憶がない。
一緒に帰る友人すらいないようだったが、まことはそんなことは気にせず、
ただ彼女が一人で好都合と、あかりが玄関にでてくると、さっそく呼びかけようとした。

(まてよ、しかしどうやって話せばいいんだろう?)

まことは彼女と一回も話したことはないし、フルネームすらうろ覚えなぐらい、
気がつけば、まことの彼女自体への印象は薄く、どう話せばいいかも考えてなかった。

「えーい、ままよ。…ちょっと、アンタ!」

いきなりまことに呼び止められたあかりは、驚いて一瞬辺りを見回したが、
彼女が自分に向かって来ていると分かると、途端に不安そうな表情になった。

「あ、あの…何ですか…」

消え入りそうな声で、不安げにまことに返事をするあかり。
まことは、彼女の返事も気にせず、近づいて立ち止まると、
いきなり本題を切り出すのであった。

「アンタさ、2時間目の休み時間、糞しっただろ」

まことの話を聞いた途端、彼女はビクッと来て、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
やはり、彼女がウンコをしったのは事実のようだが、
まことは、それすら気にせようとせず、一気に捲くし立てた。

「アタシ、アンタの後ろのトイレにいてさ、すごく臭かったんだよ。
 いいかい、大きい方を出すときには、水を流しながらしなよ」

さらに、彼女の注意?は続く。

「アタシ、後ろにいてさあ、スゴイ辛かったんだよ。
 あんな臭い匂い、他の人の迷惑になるから、ちょっとは気にしなよ」

まことの言葉に、あかりは顔を上げることも出来ず、俯いたままだった。

彼女の捲し立てが終わっても、しばらくそのまま黙っていたが、
すぐに体が震えだし、嗚咽をしだした。

「う…うう…うっ、ゴ、ゴメンなさい…ゴメンなさい…」

両手を顔に当て、体をふるわせ、鼻をすする音まで聞こえる、
彼女はとうとう泣き出してしまった。

ようやく、まことはあまりにもデリカシーのない自分の言葉に気がついた。
ふと周りを見ると、他の女生徒達が
まるで自分が、あかりを苛めているような目で見ているのに気がつく。

おたおたと慌て、とにかくあかりに謝りながら、肩を掴んで
とりあえずこの人目から逃れようと、場所を移動する。

注意というには、あまりにも無茶苦茶な言葉。

決してあかりを泣かせようとして言ったわけではないが、
直接に傷つけたといってもよい乱暴な言葉。

彼女が緊張していたせいもあるが、あくまで、それが彼女の、地の喋り方であった。

その2

「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ。ほら、アタシ口が悪くってさ。本当〜に、ゴメン!」

大声を上げてはいないが、それでもなかなか泣きやまないあかりに、
両手をあわせて、何度も頭を下げてあやまるまこと。
ようやく、あかりを泣きやませた時には、30分近くたっていた。

「本当に、ゴメンな。ただ、アタシ心配になっちゃってさ」

まことは電車通学、あかりは徒歩通学のため、
一緒に下校できる時間は少ししかないが、
とりあえず、まことは、あかりにくっついて帰ることにした。

この間に、悪くした自分の印象を少しでも良くしようと、
いろいろと話をしてみるが、なかなかあかりは口を開こうとはしてくれなかった。

(やっぱり、あの後すぐには無理だよなあ。それとも、この子もあたしの噂を知ってるのかな…)

すぐに、話すことが無くなり、まことも口が開かなくなってしまい、
ばつが悪そうに、辺りを見回している。
やがて、あかりとは別の道となってしまい、まことは一人になる。

駅へ着いてから、家へ帰るまで、
まことはずっと浮かない表情で、いきなりあかりを
かたくなにさせてしまったという、無念の思いがなかなか消えなかった。

(難しいもんだね…。どうやって仲良くなればいいのかな…)

はじめは、注意するだけのつもりだったのに、
いつのまにか、まことはあかりと友達になろうとしていた。
いつもの彼女らしい、単に弱者を構ってあげたくなるという気持ちから、
何故か、あかり自体への興味に変わっていた。

 

翌日から、まことはあかりに積極的に声をかけ、接近を計る。
朝も自分から挨拶をし、移動教室の時間は一緒に特別教室へ行き、
ほんの少しの距離ではあるが、一緒の下校も続けた。

ただ、休み時間トイレに一緒に行くのだけは、
あかりがかなり嫌がるので、ついていくことが出来なかった。

それでも、まことの明るい性格が功を奏したのか、
あかりの方も、なかなか自分から声をかけてはくれないが、
ちゃんと相手ぐらいはしてくれるようにはなっていた。

それからは、大した進展もない頃、授業中に
教師が中間試験が近付いている事を口にした。

「そうだ、一緒に試験に向けて勉強ってのはどうかな?」

一緒に試験勉強をするというのは、良いことであるし、
あかりにとっても嫌なことではないだろうと考え、
なにより、学校以外で二人になれるのは、まことにとって大きかった。

まこと自身は、そんなに勉強が出来るわけでもない。
この高校のレベルはそんなに低いわけではないので、
まだ出てはいないが、順位とすれば、まことは下位の方だろう。

あかりの方も、それほど頭が良くないというのは
まことは、知ってはいた。

「…あの子って、真面目でおとなしい割にバカだったのよね。
 ノートとかちゃんと取ってるくせに、テストの成績はダメでぇ、
 大変だったんじゃないかしら、入試」

例の女生徒の話しによれば、彼女も含め、あかりの同級生で、
この高校の入試を受けた生徒は少ないらしい。

彼女の考えだと、あかりがここを受けたのは、
とにかく、自分のお漏らし事件を知っている同級生が
少ないところが良かったからでは?ということらしい。

そんなわけで、自分と同じレベルぐらいなら、
一緒に勉強もしやすいと、まことはさっそくあかりに話を持ちかけてみる

多少まことが押し切った感も強いが、
とりあえずあかりにOKをもらうことが出来ので、
その勢いで、さっそくその日の帰りに、あかりの家に押し掛けることにした。

「ゴメンな、急に。ま、こういうのは早いうちがいいと思ってさ」
「う、うん…。別に構わないから」

さすがに、これからまことを家に入れるというだけあって、
あかりの方は、多少緊張が感じられるが、
まことの方は、これで親友に一歩前進だねと、上機嫌であった。

 

(ふーん、案外殺風景なんだな)

やがて、家につき、あかりの部屋に入ったまことの、
彼女の部屋に対しての第一印象は、「意外と地味」であった。

小柄で可愛いあかりに、子供のような可愛い部屋を想像していたのだが、
特にこれといったグッズも小物もなく、彼女の地味な性格に、近い部屋であった。

 

『だって…、水道代が勿体ないから…』

これは、以前二人が知り合ったばかりの頃、下校中に話しているとき、
どうしてトイレの水を流しながらしないのかという
まことの問いかけに、あかりが『音消しは禁止』という貼り紙があるからと答えたのだが、

「そんなこと気にしなくていいのさ。だって、恥ずかしいだろ?」

というまことの言葉に応えて、言ったものである。
そんなことを言うぐらいだから、無駄に物を買わない
倹約家なのかもしれないな。と、まことは思うことにしたのであった。

今回は、ちょっと寄るだけと決めていたので、特に勉強はしなかった。
テレビでもつけて、適当にお喋りをしたぐらいである。

「じゃ、明日から始めような。それじゃ」

特に気まずくなることもなく、まことの上機嫌はずっと続いていた。
しかし、まことが帰った途端、あかりがトイレに駆け込んだのを
知ったら、ガッカリするだろうか…。

とにかく、次の日から、二人の勉強会は始まった。
まことも真面目に勉強に打ち込んでいるようで、
ちょっと集中力に難はあれど、勉強の時間は決めてあるので、
その時間は、しっかりとノートには向かっていた。

「う〜ん、わっかんないなあ。あかりちゃん、ここ分かる?」
「え?…う〜んと、こうこうこうで、こうだよ」
「ええ、そんな簡単に分かるの!?じゃ、こっちは?ここは?」

いつのまにか、まことが指す問題を、
あかりが次々に答えるという、繰り返しになっていた。
気がつけば、難解なはずのページを、あかりが全て解いてしまっていた。

「そんなあ、あかりちゃん、テストの成績はあまり良くないんじゃ…」

まことは、驚きのあまり、ついあかりのテスト成績の悪さを
知っていることがバレるような事を喋ってしまい、慌てて口を塞ぐ。

「うん…。私、試験の時になると、体の調子が悪くなるの…。本番に弱いって言うのかな…」

幸い、あかりはまことの言葉を素直に受け止めるだけで、
どうして試験の成績が悪い事を知ってるかは、気付かなかったので、
まことはホッとため息をついた。

とりあえず、そんなのいつか克服できるよと、その話題は
ひとまず終わらせて、他の科目の教科書を開きながら、まことは考えた。

(そういえば、あかりちゃんがお漏らしした時って、たしかテスト中とか、アイツ言ってたよな…)

授業中、しかもテストの時なら、教室は静まり返ってるはず。
テスト中に手を挙げて、トイレに行きたいというのは、
普段の授業中よりも、かなりの度胸がいるだろう。

まだ問題を全部解いてない状態で、トイレ中断するのも、厳しいだろうし、
問題を解かなくちゃいけない、下痢も堪えなくちゃならない。
下りてくる下痢便を堪えるため、常に肛門を締め続け、
さらに腹痛とも戦わなくちゃいけない。

(そんな状況じゃあ、テストに集中できるわけがないよね…。可哀想に…)

そんなことを考えながら、あかりを見つめていると、
まことには、その時の苦悶の表情が見えてくるようであった。

片方の手をお腹にあて、回すようにさする。
ペンを握る方の手は震え、今にもペンを落としそうになる。

やがて、視線は答案から、痛む自分の腹部へと行き、
問題を考える余裕さえなくなる。

呼吸はだんだんと荒くなり、微かなうめき声も出てくる。
震えが体全体に現れ、額に脂汗まで浮かんでくる。

あまりの腹痛に、目を閉じてしまい、ついに、そのままうずくまってしまう…。

「だ、ダメだ!ダメだぁっ!」

まことの突然の大声に、きょとんとするあかり。
自分の想像に耐えられなくなって、思わず大声を出してしまったまことは、
あかりが自分をみているのに気付いて、顔を真っ赤にしてしまった。

「木野さん、眠っちゃったの?」

呆然とするまことに、そう言いながらクスクスと笑うあかり。
まことは、頭をかいて照れ隠しをするしかなかった。

 

「じゃあ、今日はここまでで…」

二人で決めた勉強の時間は、あっという間に過ぎてしまった。
放課後で、あまり遅くまでは出来ないということもあるし、
毎日やる予定なので、それを考えれば十分な時間であった。

「いやあ、なんか教えてもらってばかりになっちゃったねえ。悪かったかなあ」
「ううん、そんなことないよ。…それじゃ、また明日…」

玄関の外での会話。そう言って、軽く手を振るあかり。
歩きながら、あかりの方を振り返ったまことは、それとは対照的に
大きく手を振って、駅へ歩いていった。

「…なんとか大丈夫。…かな」

家の前で、まことを見送るあかり。
律儀に、まことの姿が見えなくなるまで見送ると、家へ戻っていく。
玄関に入ったところで、軽くお腹に手をあて、具合を確かめる。

自覚症状はほとんどないと、一応は安心したあかりだが、
表情は、あまり明るくはなかった。

とにかく、次の日からも、二人の勉強会は続いた。
お腹が心配だったあかりも、勉強自体が短い時間だったので、
十分トイレを我慢することもでき、
まことも、あかりの異常に勘づくこともなく、週末まで、無事に勉強会を終えることができた。

そして日曜。まことは、ここぞとばかりに
昼前にあかりの家にやってきて、たまには勉強以外で
あかりと一緒にいたいと、長く居座るつもりであった。

お昼まで、テレビでも見ながら、いろいろとお喋りをし、昼食を御馳走になる。
その後は、二人でデパートや本屋に出掛け、ぶらぶらとして、
再び、あかりの家に戻って、やっと勉強を始めた。

どのぐらいの時間、二人で一緒にいただろうか。
ただ二人でいるだけで嬉しいまことは、あかりがその間、
一回もトイレに行っていないということに、気付くことはなかった。

「さて、じゃあ勉強でも始めるかあ」
「…うん…」
「と。ちょっと、その前に…トイレ借りるね」

あかりの家に帰ってくるなり、そういってトイレに入っていくまこと。
あかりは、お腹に手をあてながら、それを羨ましそうに見ていた。

(ああやって、何気なく言えばいいのに…。でも、言えない…どうしよう…)

学校では、別に黙ってトイレに行けばいいから、
自分がトイレに行くことが注目されないで、用を足すことができた。
しかし、今日はまことが常に一緒にいる。
ずっと二人っきりの状態、
自分がトイレに行くことを宣言することが、あかりにはできなかった。
しかも、したいのはウンコである。

昼食をとった後から、徐々にウンコがしたくなり、
外をぶらついてるうちに、便意は強烈に強くなっていった。
ときどき、直腸から肛門が熱くなるのを感じる。
どうやら、下痢らしいということをあかりは悟った。
あかりのウンコの大半は、下痢、軟便である。

確実にトイレに籠もる時間は長くなる。
そうすると、まことにウンコをしているのだと勘づかれる。
あかりがウンコをしている。たとえ誰であっても、そう思われるのが嫌だった。

 

学校でウンコをした後、いつも疑心暗鬼になる。

「あかりのトイレ長かったね、ウンコじゃない?」
「ウンコだよ、ウンコ。隠れていっても、帰って来るまでが長いから、バレバレだよねえ」
「そうそう。ねえ、あかり。あなたウンコしったでしょ」
「何黙ってんのよ!皆にバレてるのよ。このウンコ女!」
「皆さ〜ん、ウンコ女は今さっき、ウンコをしってました〜」

彼女の頭の中に、どこからともなく、こんな声が聞こえてくる。

誰かが、自分がウンコをしたことをしって、陰で皆に言いふらしてるのだろうか?
それとも、もうすでにクラス中の生徒に知れ渡っていて、
皆知らない振りをしながら、自分が気付かないところで笑っているのだろうか?

追い打ちをかけるように、クスクスというひそかな笑い声が、どこからか起こり、
やがては、それは自分の周り全てから聞こえてくる。

(これは私の妄想なのに、どうして…どうして、皆の笑い声が止まらないの…!)

彼女は、ずっと一人で悩んでいた。
彼女にできた、深い心の傷は、彼女が外でウンコをする度に、彼女を苦しめていた。

たとえ、まことであっても、心の傷は、あかりのお腹に異常を引き起こす。

本屋で立ち読みをしていた頃から、便意だけでなく、
尻の中で発酵したガスが、直腸を、肛門を刺激するようになった。

あかりの体は、行き場のないガスを、唯一の出口である
肛門から吐き出そうと、直腸を進ませる。

ガスの成分は進みながら直腸を刺激し、あかりに熱い痛みを与える。
突然のガスの来襲に、準備ができていなかった肛門が、
あかりへ、刺激という救助信号を送る。

「うっ…!」

一瞬にして、直腸から肛門へ流れる熱い刺激を感じたあかりは、
思わず小さくうめきながら、ギュッと肛門を締める。

ガスの塊は、いつも異常に締まった肛門をこじ開けようとするが成らず、
いったん下痢便が溜まる食道へ引き返していく。
ガスを防ぎ続けた肛門は、
痺れるような、ヒリヒリとした痛みが、しばらく残っていた。

その後も、ガスは何回も肛門を襲う。
その周期は次第に短くなり、ついには、普通に歩くことができなくなるほどに、
肛門を刺激しっぱなしになっていた。
仮に今、歩き出そうと、どちらかの足を出した瞬間、
足が開くと共に、締まる力がゆるんだ肛門から、ガスが一気に放出されるだろう。

(どうしよう…、どうしよう…)

他に立ち読みをしてる人は、まことだけでなく、大勢いた。
しかし、みな本に夢中で、あかりのことなど気にしている人はいない。

あかりのいる場所は、店内の隅に近い。
そこは、難解な本が並べてある、人のめったに立ち寄らないスペースになっていた。

(あそこに…)

まことに声をかけず、静かに本を置いて、立ち読みの列から、下がるあかり。
尻たぶをキュッと締めたまま、足の、膝から下のだけを使うような感じで、
よちよちと隅のスペースへ向かう。

この歩く姿を、人に気付かれた時の恥ずかしさを思うと、
思わず赤面するあかりだが、今はガスをいち早く放出することが、全てであった。

そうして、なんとか隅のスペースにたどり着いたあかり、
周囲を何回も確認し、壁を背にして、ゆっくりと尻を開いていく。

ブ〜〜〜〜シュ〜〜〜〜ッ…、ブシュ〜〜〜〜〜〜ッ、ブ〜ウゥ〜〜〜〜〜〜…

「……はぁ〜〜〜っ」

あかりにだけ聞こえた、空気音を出しながら、
大量のガスを、ときおり尻を締めながら、1分程かけて放出したあかり。

どうにか全てを放出し終えると、その開放感から、
ブルブルと震えながら、気持ちよさそうにため息をついた。

しかし、既にあかりの周囲は、ガスによる臭気が広範囲に漂っている。
急いでその場所から移動し、まことの元へ行く。

「木野さん…。そろそろ、帰ろ…」

この人混みから出て、早く家へ帰りたい。
その一心で帰路に就くあかり。しかし、尻の中では、
すぐに次のガスの塊が、肛門を襲おうとしていた。

 

帰り道、急ぎたいが、走るわけにはいかない。
尻を、肛門を締めながらでは、歩くのが精一杯であった。

それでも、肛門はすぐに辛くなる。熱い刺激が、肛門をゆるませる。

まことの話を聞く余裕もなく、
キョロキョロと周囲を、後方を常に注意するあかり。

「どうしたの、あかりちゃん?」
「…えっ、あの、ううん。なんでもないの」

ガスが溜まっているときに歩いていることは、
辛くもあるが、チャンスでもある。

後方に人がいなければ、音を出さないように注意しながら、
ガスを放出することができるからである。
ガスが肛門から出ても、
歩いているので、自然に臭気から離れることが出来るからである。

ス〜〜〜〜〜…、シュ〜〜〜〜〜…、

人通りが少なくなってくると、安心してガスが放出できる。
何回か放出すると、ガスの発酵するペースも弱くなったのか、少しは快適になった。

このまま行けば、楽なまま家に帰ることが出来る。
あかりがそう願った瞬間、集団のやかましい声が、後ろから聞こえてきた。
別の道から、女子校生の集団が歩いてきたのだ。

(もう、オナラできない…)

不思議なことに、そう思うと、ガスがまた尻の中に溜まる。
また歩くのが辛くなってきたあかりの、最後の望みは、前方の分かれ道である。
ここを曲がれば、家はすぐ近く、
そして、女子校生の集団が別の道を行けば、完璧である。

だが、分かれ道を曲がる前に、肛門が限界に来てしまった。
あかりは、まだだと思ったのに、弱まっていた肛門は、あっさりゆるんでしまう。

ブス〜〜ッ!

(あああ…、そんな…!)

思わぬ失敗。しかし、ここで立ち止まることは、さらに危険である。
ガスの臭いが弱いように、女子校生達が気付かないように、
ただひたすら願いながら、あかりは、歩くしかなかった。

後ろを振り返ることは出来なかった。意識したくもなかった。
女子校生達が、ガスの臭いに気付いたかどうか、
あかりは、それを確認しないことで、逃れようとするのであった。

 

(やっと…帰れた…)

そうして、苦しみ抜いたあかりをよそに、まことはトイレを借りたのである。
まことの後に、トイレに行く勇気が出ないあかりは、
今のうちに、最後のガス抜きを試みようとした。

………ジュンッ!

「っ!!」

ガスとは違う、それよりもっと熱い刺激。
あかりが、何度も感じた憶えのある、もっとも辛い刺激への前兆、
とうとう、下痢便の一部、ほとんど水分だけの便が、
ガスと共に下りてきたのである。

もはや、ガスを放出することも、難解になってきた。
一歩間違えば、水状の下痢便が吹き出すかもしれない。

それでも、あかりはまだ耐える道を選ぶ、
最悪の瞬間は、いずれ訪れると分かっていながら、
心は、それでもトイレに行くことを拒むのである…。

(その3へ続く)