マンガ世界戦略 (夏目房之介 小学館)★★

 日本のマンガ、アニメは一つの国における普及度、市場規模という点では文句なく世界一であり、さらに(絶対的な規模はまだ小さいものの)アジアを中心に諸外国へ多大な影響を与えつつある。このような国際化の動向については、折りにふれてマスコミで取り上げられはするが、多くの場合「外国でも日本のマンガ、アニメが流行っている」という表層的現象だけが取り上げられ、当該状況を自己満足的に肯定的に評価することで終わるものが多い。
 これに対し本書は、マンガ評論を本業しつつ、外国へのマンガ紹介という営みに関わってきた著者独自の視点によるマンガを中心とした本格的な文化・産業戦略論である。本書には、事実先行で急速に進む国際化に、文化的側面、産業的側面のいづれにおいても我が国の取り組みが大きく立ち後れている実態が如実に示されている。特に、副題に「カモネギ化するかマンガ産業」と記されているように、本来我が国の有する貴重なコンテンツであるはずのマンガが、我が国出版業界の閉鎖的体質の故に、産業戦略的な面でまさに欧米の「カモネギ」になりかねない状況に大いなる警鐘がならされている。著者は「マンガ世界戦略」の必要性を強く訴え、最終章では著者なりの戦略的思考の枠組みも示している。本書の示す課題は極めて重要であり、マンガ産業に関心のある者は必読だろう。
 なお、含意する内容は重いが、本書自身は著者の軽妙な筆致もあり、肩肘はらずに読める内容にしあがっている。著者自身の経験を踏まえた、各国(特にアジア)のマンガ事情紹介など極めて興味深い。

消えたマンガ家(アッパー系の巻 ダウナー系の巻) (大泉実成 新潮OH!文庫)★★

 本書は以前「クイックジャパン」に連載され別の出版社から三巻本ででていたものを「アッパー系の巻」「ダウナー系の巻」の二巻に再構成したもの。取り上げられているマンガ家は「アッパー系」には、とりいかずよし、ふくしま政美、山本鈴美香、美内すずえ、黒田みのる、徳南晴一郎、竹内寛行、鳥山明が、「ダウナー系」には、ちばあきお、山田花子、鴨川つばめ、安部慎一、中本繁、冨樫義博、内田善美、ねこぢる。全部読んだことがあるという人はかなりディープなマンガ通だろう。「消えた」というコンセプトでくくられてはいるが、その"消え方"、"消えた時代"、"消えた後の状況"は各人各様であり、したがって各人へのアプローチもさまざである。いかにもサブカル雑誌の連載らしく著者と編集長の興味のおもむくままといった印象であり、その分各編の出来自体はやや不揃いではあるが、類書のない取り組みであり労作として評価できる。
 著者の主要な問題意識である「マンガ業界の構造的な問題」に迫るという点では「冨樫義博」の章などが興味深い。また、宗教に傾斜していくマンガ家の話もおもしろい。例えば、「山本鈴美香」の章を読むとエースを狙えの宗像コーチは実の父親の投影なのだなというのがよくわかる。また、同じく神がかっている「美内すずえ」の章。三上晃(知る人ぞ知る「植物さん」の人)との対談というのがぶっとんでいてよい。自分の興味のある作家のところだけでも拾い読みしてもよいかもしれない。

 以下はやや蛇足。「でもさ、誰にでも心の中に一人くらい『消えたマンガ家』がいるんだよ」というクイックジャパンの編集長の言葉を借りるなら、私にとっての「消えたマンガ家」は「内田善美」ということになる。そもそも私が本書を読もうと思ったのは"ダウナー系の巻"で、できるならもう一度読みたいマンガ家の筆頭に位置する「内田善美」が取り上げられていたからにほかならない。内田善美の作品は大学時代(20年前ですが)友人に「空の色に似ている」を勧められて読んだのが最初。当時完全にはまってしまい、ほぼ全作品読んでいるはずである(といっても、もともと作品数はそれほど多くないが)。特に「空の...」は何度も読み返した記憶がある。とにかく緻密な描画と独特の空間表現は他に類をみない。読み込むほどに魅きこまれていく。「空の...」をはじめ、「かすみ草にゆれる汽車」「星の時計のLiddell」「草迷宮・草空間」等々どれも素晴らしい作品群。現在では「星の...」などごく一部の作品を除いては入手困難になっているようだが、もし幸運なことに古書店などで「内田善美」の文字をみかけたなら是非手にとってみて欲しい。

トンデモ本の世界R (と学会 太田出版)★

 "と学会"のトンデモ本シリーズの最新刊。一連のトンデモの世界に馴染んでいる者にとっては、初期のように読んでいて思わず笑い出してしまうようなところはないが、それでも「トンデモ」コンセプトはあいかわらず健在。本書は従来より扱っているジャンルの幅が広い。まさか「三島由紀夫」まででてくるとは思わなかった。この種の本がお好きな方はどうぞ。

怪文書 (六角弘 幻冬舎文庫)★

 元週刊文春の記者で、現在怪文書専門の図書館である「六角文庫」を運営する著者が、過去10年程度の世の中を騒がせた経済事件を中心に、バブル崩壊以降の「失われた10年」を改めて振り返る本。「そごう」「イトマン」「防衛庁汚職」「尾上縫」等々誰もが記憶しているであろう有名事件がコンパクトにまとめられている。怪文書は事件説明の契機として触れられ、現物なども収録されてそれはそれで興味深いのだが、怪文書が添え物的な感じがするのが惜しい。経済事件小史として読むのであれば★★だが、題名をみたときにもっと「怪文書」自体の突っ込んだ分析を期待していたのでそういう意味でとりあえず★。

岸和田少年愚連隊 (中場利一 幻冬舎文庫)★★★

 とにかくはちゃめちゃで実におもしろい。私も著者と同じく大阪出身なので(もっとも和泉ではなく浪速だが)、この小説に書かれた雰囲気の片鱗はわかるのでなおさらである。間違ってもお近づきになりたくないろくでもない連中ばかりが登場するのだが、なにもかもつきぬけた明るさがある。70年代青春グラフティとして出色の出来である。

ディール・メーカー (服部真澄 祥伝社文庫)★★

 「竜の契り」「鷲の奢り」の服部真澄の第三作の待望の文庫化。米国巨大ビジネス界のM&A劇とキャラクタービジネスを中心に、人工授精、インサイダー取引、ハリウッドの楽屋裏など多様な要素を絡ませて骨太のドラマを形作っている。大部を一気に読ませるストーリーテリングのうまさは相変わらずだが、全体としてはやや小さくまとまってしまった感があるのが惜しい。
 不満の残る点を二つばかりあげると、まず、(好みによるのかもしれないが)舞台設定が実在企業(ディズニーとMS)のイメージにあまりによりすぎている点。モデル小説ではないのだから、もう少し換骨奪胎の芸をみせてほしいところ。さらに、この種の小説は、絵空事であるのは百も承知でリアリティを感じさせるのが著者の腕だと思うのだが、この点に関しては”神は細部にやどりたもう”ではないが、専門的な部分のディテイルの記述が重要。その意味でいうとIT系の書き込みに比べてM&A関連の書き込みが今ひとつのような気がする。小説の重要な要素であることを考えると、もう少し読者をして「凄い世界だな」とうならせてほしいところ。

プリズンホテル3 冬 (浅田次郎 集英社文庫)★★

 プリズンホテルシリーズの第三弾。今回は、前作までと違って仁侠度はかなり下がり、「生と死」という著者得意(?)のテーマが色濃くでたものとなっているが、あくまで大衆演劇的泥臭さを保って、あざとい泣かせにいかないのがこのシリーズのいいところ。今回は、名作"きんぴか"でも活躍した「血まみれのマリア」こと阿部まりあの登場が嬉しい。偏屈の塊、木戸孝之介にも大いなる転機(?)が訪れる。お勧めである。

 (佐藤正午 ハルキ文庫)★★

 ある日、私(=秋間)のもとに北川という男から電話がかかってくる。北川はかつて秋間の親友であったというが、秋間には全く覚えがない。後日、秋間は北川の秘書からフロッピーディスクと多額の現金を託される。フロッピーディスクにに記された物語を読むうちに、秋間は北川の不可思議な人生に否応なく巻き込まれていく.....。
 人生の決定的な場面における選択をやりなおすためにすべてを捨てて、過去に戻ろうとする男の物語。人生においては誰しもが一瞬毎の選択でY字路の一方の路を選び取る。選び取られなかったもう一方の路の先にあり得たものについては人は知ることはできない。無数の「Y」の通らなかったもう一つの路、もう一つのあり得た人生への思いに支えられ、あるいはその思いに苦しみながら人は選び取った各々の人生を生きている。それはたとえ過去をもう一度やり直すことができても変わることはない、ということを再確認する物語。「あのときああしておけばよかった」というタイプの作品という点では「ジャンプ」と共通しているが、ミステリアスな導入部から一気に物語に引き込む力はこちらが上。
 作中でも触れられているようにケン・グリムウッドのSF「リプレイ」へのオマージュ的的な要素を持つ作品でもある。ちなみに「リプレイ」は傑作。未読の人は是非読んでみてください。
 ※ 書評とは全く関係ないが、先般、第三舞台の「ファントムペイン」をみていたところ、鴻上尚史も「Y」を読んでいるなと思いました。

人質カノン (宮部みゆき 文春文庫)★★

 都会の日常生活のいろいろな断面を切り取り、そこから滲み出る寂しさと癒しを感じさせる7編のミステリー。宮部みゆきらしい眼差しの暖かさを感じさせる作品群。読後感の良さは相変わらず。最初、一気に読んでやや淡泊で厚みが感じられない印象を受けたため、★にしていたのだが、感想を書くにあたり、再読してみて評価替え。いずれもなかなか味わいがある。急いで読むばかりが能ではないと反省。
 なお、裏表紙の内容紹介は配慮に欠ける内容であり感心しない。

臨機応答・変問自在 (森博嗣 集英社新書)★

 某国立大学(名古屋大学ですが)の工学部の助教授である著者は、大学の講義で出席がわりに学生から質問を出させて、次の講義でそれに対する回答を配布するということを続けてきており、その中から過度に専門的なものを除いて、雑多な種類の質問と回答をまとめたもの。
 すべてのQ&Aに当意即妙のアフォリズムを期待するとちょっと肩すかし。しごくまともなAも多い。著者にいわせると質問をすることが一番勉強になるとのことだが、この点は同感。本書収録のQに今ひとつだなと思わせる質問が多いのはご愛敬か。


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