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蒼き瞳の少女 番外2

- Midnight Blue -
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「あの時は、心配かけたな」
ガウリイの瞳があたしを覗き込む。
「大変だっただろう? リナ」
あたしは、虚をつかれて黙り込んだ。
何かを言おうとする口は言葉を紡ぐことができない。
そう。
あたしはきっと、大変だった。
そんなことはあの時に思いもしなかったけど。
そんなこと、絶対にガウリイに言うつもりなんかなかったけど。
あたしはきっと大変だった。
だって、あたしはあの時に思い知らされたのだ。
いつの間にか、このクラゲが、あたしの中に占めていた場所の大きさを。
そして、それが意味することを。
あたしがガウリイと旅をしている本当の意味を───。
いくらそのことから目をそらそうとしても………あたしは確かに知っていた。
自分の中にあると思っていなかった純粋な気持ちを。
こんな───こんなくらげ相手に。
あたしは黙って唇を噛んだ。
無言のまま佇むあたしを、ガウリイの武骨な手が引き寄せる。
動かないあたしは、そのままもたれるようにガウリイの胸に抱き留められた。
「───来てくれてありがとう───」
言葉が、身体に直に伝わってくる。
胸が───とても痛かった。
泣ければ、楽になっていたのかもしれない。
けれど、あたしは泣くことはできなかった。
泣く資格がないのはとてもよく知っていたから。
今も………あたしはただ、ガウリイを抱きしめているだけだった。
そうじゃない。
あたしはガウリイに抱きしめられていた。
そばにいなかったあのときだってきっと、あたしはこの手を感じていた。あたしが、何より失いたくないと思っていたのは、きっとこの───
「───何言ってんのよ、ガウリイ。あんただって来てくれたじゃない、ここに。あたしのいるところに」
目を閉じて告げる、あたしの声は低く掠れていた。
あたしの記憶にはないけれど───ゼルガディスやアメリアがそう言っていた。
行方不明になってしまったあたしを、ガウリイは一生懸命捜してくれたのだと。
「さっき、言ったろ?」
ガウリイの顔はあたしからは見えない。
でも、その声は、何よりも雄弁にガウリイの心を伝えてくれていた。
「───守ってみせるって───」
あたしは、多分、信じなかっただろう。
それを、ガウリイ以外の人が言ったのであれば───あたしはきっと信じなかった。
それでも───。
あたしはかすかに頷いてみる。
嘘をつけるほど器用なやつじゃないから。
だから。
それがほんとに実現するかどうかなんて、そんなことにはどうてもいい。
ガウリイが今心からそう思ってくれていること―――それだけが本当に大切なことで―――それが、あたしにとってのすべてだった。
頷いたあたしを、ガウリイが更に引き寄せる。
身動きすらできなくなるくらい深く───。
「───リナ───」
ガウリイが、あたしの名前を呼んだ。
その声の中に含まれた何かが、あたしの顔をあげさせた。
そして───あたしはガウリイの表情から眼をはなせなくなる。
あたしたちは、互いの瞳を覗き込んだまま、しばらく沈黙の時間を分け合った。
何かを含んだ沈黙の時を。
ガウリイが、熱のこもった眼であたしを見下ろしていた。
「───キスしていいか?───」
低い声があたしの耳元に囁きかける。
いやだ、と言えば言えたんだと思う。
ガウリイは本当にゆっくりとあたしに近づいてきていたから。
―――手が、髪に触れる―――。
筋張った、手。剣を握る力強い手。
―――調った顔立ちが、近づいてくる―――。
あたしを支えてくれる、存在。
守りきってしまうのではなく、必要な時に手を差し伸べられる位置に、いつもいて。
―――長いまつげも、彫りの深い顔立ちも―――。
綺麗な外見も、くらげな中身も、全部ひっくるめて、あたしはガウリイに惹かれている。
でも、多分、何より好きなのは―――あたしに与えてくれるこの安心感。
自分がここにいてもいいのだと、自分がこのままでいいのだと、無言のままに伝えてくれている、この安心感。
あたしは、ただ………。
そう。
あたしは、ただ確かめていたかったのだ。
あたしの存在、ガウリイの存在、その位置を。
だから………。
───ゆっくりと、ガウリイの顔が近づいてくる───。
あたしは、静かに瞳を閉ざした。
ガウリイも、目蓋を閉ざしたのが、暗闇に飲まれる寸前のあたしの視界に映った。

この感情を何というのか、あたしは知らない。
でも、この瞬間、あたしはとても―――幸せだった。

驚きも、躊躇いも、すぐにその熱の中に溶かされる。
繰り返される口づけが、あたしの身体から力を抜いていく。
自分が今、とても無防備になっている気がした。
でも、それは全然イヤな感覚でははなかった。
―――今なら―――。
あたしは、衝動のままにガウリイに腕を伸ばして引き寄せる。
ガウリイが、あたしを強く抱きしめ直した。
―――今ならあたしは―――。
「───リナ───」
吐息のようなその台詞があたしの体をふるわせる。
ガウリイがそっと両手であたしの顔を包み込んだ。
あたしは、その手の中で目蓋を開き、下からゆっくりと視線を上げた。
間近にあった蒼い瞳が、ふっと笑う。
「………このまま、あした二人で寝坊したら、アメリアやゼルガディスに、何言われるかな?」
「………え………?」
あたしの答えは、ほとんど声になっていなかった。
そんなあたしの唇を再びガウリイが塞ぎにかかる。
それは、先ほどまでの口づけとはまた違う、穏やかで甘いものだった。
吐息と共に、ガウリイが唇を放す。
「今なら、リナを口説けそうな気がするんだけどな」
その響きが、ぞくりとあたしの背筋を伝う。
ガウリイが小さく笑った。
「───でも、駄目だ、オレ───。何だか、安心したら眠くなって───」
急にあたしの身体が重くなる。
「ちょっと?」
ガウリイは、その身体をあたしにもたれかけさせるようにして、しきりと目をこすっていた。
「悪い。オレ、最近、あんま寝てなくて。悪いな、リナ。そーゆーのは後で二人きりになったときにでも、ゆっくりと………」
もごもごとそう呟くと、ぐらりとその身体をあたしの方に持たせかけてくる。
あたしは辛うじて身をかわし、ガウリイの下敷きになるのを免れた。
「───ちょっと、こんなところで寝ないでよっっ」
ぱたぱたと手だけ動かして、ガウリイが返事らしきものを返す。
ぼーっとした顔で、既に半分夢の中にいるらしい。
「ちょっと」
肩を叩いても反応しない。ぐらぐらと揺り動かしてみると、どうにか頭を上げてあたしを見た。
「………あ、そだ………。これ………」
やたらとろとろと呟くと、なにやらごぞごそとポケットから何かを取り出す仕草をする。
「………じゃ、な………おやすみ………」
それを押しつけるようにあたしに渡すと、ガウリイはそのまままた布団の上に突っ伏した。
「だから、人の布団の上で寝ないでよっっ」
叫んではみても、どうやら起こすのは無理らしかった。
本当に熟睡している。
寝顔はまるで無邪気な少年のようだった。
「せめて、あたしにベッド返しなさいよね」
あたしはガウリイを軽く小突いた。
そして、ふと手に押しつけられたものに視線を落とす。
「なにコレ」
それは小さな箱だった。
いや、箱だったと言うべきか。
手のひらに軽く収まるほどの小さな箱は、何故かあちこちがひしゃげ、つぶれかけ、かけられているリボンはくしゃくしゃになっている。
リボンがかかっていると言うことは、誰かにこれを贈られたのか、それとも贈るつもりだったのか。
「あたしに渡した、ってことは、あたしが開けてもいいのよね」
ちらりと隣に視線をやる。
かさかさと箱を振ってみてから、あたしはリボンを解きにかかった。
箱を開けると、小さな金色の輝きが転がり出てきた。
それは、小さな一対のイヤリングだった。
「あれ? なんでこんなもの………?」
思わず、隣に寝ているガウリイと、手の中のイヤリングを見比べる。
考え込んでしまったあたしに、
『あとでもっといいもん買ってやるよ』
記憶の中の声が囁いた。
あたしにとってはほんの数日前の記憶。
ガウリイにとっては………どのくらい前の出来事になったんだろう。
「そっか。覚えてたんだ………。そっか………」
思わず口元に笑みが浮かんだ。
箱の中身の輝きよりも、そのくしゃくしゃになってしまったリボンの方が何故か嬉しいような気がした。
すやすやと穏やかな寝息を立てるガウリイの顔を覗き込む。
それは本当に安心しきった寝顔だった。
「あんたにしちゃ、ま、上出来よね」
つんっと鼻の頭をつついてみると、なにやらもごもごと呟きながらガウリイが寝返りを打った。
毛布を引き寄せ、肩にそっと掛けてやる。
「おやすみ………」
あたしはガウリイの上にそっとかがみ込んだ。

そして、結局───。
あたしたちは二人仲良く寝坊したのだった。
 
 

  

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