かたん、と小さな音がする。
よく知った気配。
あたしは、ぼーっとそちらに視線をやった。
「なんだ。まだ起きてたの? ガウリイ」
あたしは半分寝ぼけた声を出す。
頭をふってはっきりさせながら、あたしはベッドに上体を起こした。寒いので、毛布は身体に巻き付けたままにする。
ガウリイは、今日、なぜだか、あたしといっしょの部屋に泊まるといって聞かなかった。
それが、例えば「いっしょに寝ようぜ、リナ。へへへへへ………」
って感じのものだったら、あたしは即座に蹴りを入れるなり、呪文で吹っ飛ばすなりしていただろう。
けれど、ガウリイの表情は真剣だった。
いや、真剣と言うより、むしろ、親にすがりついてくる子どものような感じがして─────。
あたしは、ついついガウリイの要求を断りきれなかった。
今回、何があったか、ということについては、アメリアやゼルガディスからも説明は受けた。というより、こーゆー場合、まずガウリイの説明が何の役にも立たないことは、既に証明済みである。だから、今回もガウリイは傍観者のようになっていて───特に何を言われたわけでもない。ただ、何故か、その視線が───ずっとあたしを追っていて、話の間中、そらされることは決してなかった。
まるで少しでも目を離したら、あたしが消えてしまうとでも言うかのように。
どうやら、今回のことでは、かなり心配をかけたらしかった。
そんな時にガウリイが言ったのだ、今晩は一緒に寝ようと。
ヘンな誤解はしないでほしいが、いっしょの部屋に泊まるというのは、別にこれが最初っていう訳ではない。宿の部屋の関係やその他いろいろ………。あたし達が同じ部屋に泊まったことは、多いとは言えないが、少なくもなかった。
だから、いまさらといえばのことだったのだが───。
アメリアやゼルガディスの前で言われることには抵抗がある。
あたし達の議論の間、ゼルガディスやアメリアは―――不思議なくらい何も言わなかった。
ガウリイの表情があまりに真剣だったからかもしれない。
あたしも、柄にもなく、その表情に罪悪感など感じてしまった。
まあ、明日は相当冷やかされるに違いないけど。
そのときは、ガウリイごとアメリア達も吹っ飛ばせばいいだけの話だし。
まあ、それだけの話なんだし。
それに、まあ、ガウリイだから───どうせあたしの保護者なんだから───。
何となく苦い思いで考えながら、結局、あたしはガウリイの提案を受け入れた。
それにしても、全くガウリイは………。
「一緒に寝よう」だなんて。そんな、普通の人が聞いたら誤解するようなことを、よくも平然と───。あたしは深くため息をついた。それは、確かに、あたし達が出会った時は………あたしは子どもだったのかもしれない。ガウリイの目から見れば、多分、きっと。それを否定するつもりはない。でも、今は─────。
あれから、どのくらいの時間がたったのか………きっとガウリイには判ってない。
今も───。
「眼が醒めたのか? リナ」
視線の先、暗闇の中に、見慣れたはずの顔が浮かび上がった。
そう、見慣れたはずの顔。
でも、あたしは、ついつい返す言葉を見失った。
どうしてだろう。
旅の間中、ずっと側にいて、どうかすると自分の顔よりも遙かに長く眼にしていたはずの顔なのに。
でも、半分を闇に、半分を月明かりに浮かび上がらせたその表情は、真摯で、ガウリイをまるで知らない人物のように見せていた。
あたしの知らない表情をしたガウリイ。
―――いや、ちがう―――。
あたしはふっと思いだした。
さっきも、あたしはこの表情を見ていた。
竜たちの峰のあの洞窟の中で。まだ意識のはっきりしない体を抱き寄せられた時に。
―――抱きしめられた?
頬にさっと血の気が昇った。
心臓が強く鼓動を刻む。
思い出した記憶は、あまりにもはっきりとした感触を伴っていた。
全身で感じていたガウリイの体温も、あたしを支えていた腕の力強さも、あたしはしっかりと覚えていた。まるで、ガウリイに、今、触れられてでもいるかのように………。
あたしは軽く身震いした。
ぞくぞくするような感情があたしの中に呼び覚まされる。
それは、多分、あたしが期待しているからだ。
期待している───でも、何を?
それが何に起因するのか、あたしはあえて考えないようにしていた。
考えようなんて思ったこともなかった。
でも、もし───。
「何? ガウリイも眠れなかったの?」
あたしは自分の考えを振り払うように、ガウリイに向かって明るく尋ねた。
いつもの口調で、いつものように。
いつもの返事が返ってくることを心の中で期待しながら。
でも、ガウリイの返事はいつもと違っていた。
「―――いや、リナを見てたから―――」
何気ないことのように、ガウリイが言う。
闇の中、深い色に染まった蒼い瞳が、そらされもせずにあたしを見ていた。
あたしの心臓が再びはねる。
気取ってささやかれた台詞なら、多分、テーブルひっくり返しじゃすまさなかった。
魔法を打ち込むことだって十分にありえた。
でも、こういう時にはどんな反応を返したらいいのか───あたしにはわからなかった。
ガウリイの見せている態度は、どこにも気負ったところなんてない、ただ、ありのままのことをありのままに告げる口調で。
でも、夜気をふるわせるその言葉は───夜の艶を濃厚に含んでいるようで、何故かあたしは息が詰まる。
あたしを覗き込むその表情は、あたしの視線を引き寄せて離さなかった。
しばしの沈黙があたし達の間に落ちる。
「見てた………って、何をよ」
ただ、この気詰まりな沈黙を破りたいがためにあたしは無理矢理言葉を口にする。
でも、あたしの返したその言葉は、あたしの意志に反してかすれていた。
それが、わかっただろうか? ガウリイには。
「別に? 言葉どおりの意味だけど」
ガウリイは、素っ気ないほどの返事と共に、あたしの方に近づいてくる。
あたしはその言葉に答えを返すことができなかった。
ガウリイが近づいてくる。
半分影になっていたガウリイの表情が、月の光にはっきりと照らしだされる。
真剣な表情が、あたしを見つめた。
痛いほどの視線が、逸らされることはない。
いつもは、鮮やかなその瞳の色も、周囲の影を映してか、暗い。
こつんと、足音があたしのそばで立ち止まった。
あたしはただ呆然とガウリイを見上げていた。
いつもなら、ガウリイが何を考えているのかは、深く考えなくても大体判った。
何故って、ガウリイの表情はそのくらい素直で、いつも自分の考えをすぐに表に出していたから。
でも、今のガウリイが何を考えているのかは………あたしには判らなかった。
こんな表情のガウリイを見たことって、あたし、今まであったんだろうか。
「───ずっと見てた───」
ガウリイの言葉が続く。
呆然としたままの意識の縁を、その言葉が滑って落ちる。
その声すらも、あたしにはいつもと違って聞こえた。
「───どうしても言わなきゃならないこともあったし───」
そのまま、ガウリイは言葉を継ぐわけでもなく、じっとあたしを見つめていた。
「───何───?」
あたしは、喉にからみつきそうな声を無理矢理外に押し出した。
ガウリイが、あたしの寝ているベッドの脇に腰を下ろした。
手を伸ばせば触れられる距離───。
木でできた寝台が、ガウリイの決して軽いとは言えない体重を受けて小さく軋んだ。
何、をガウリイは言いたいんだろうか。今回、あたしがさらわれたことについてのお説教でもあるんだろうか。でも、世の中には不可抗力というものがあって───。
でも、続いたガウリイの言葉は、あたしのどんな予想とも違っていた。
「オレが、さらわれたあの時さ、来てくれてありがとうな、リナ」
「は?」
あたしはガウリイを見上げた。
ガウリイは優しい表情であたしを見ている。
「何よ、そんな昔のこと、今さら持ち出して………」
優しい顔のままガウリイが笑った。
「いや、今回のことで、思ったから。自分の大切な人をさらわれるのが、どういう気持ちがするものかって」
あたしは、ガウリイを見上げたまま動きを止めてしまった。
今の台詞の意味を考える。
大切な人? あたしが───ガウリイに? ガウリイがあたしに?
あたしはきっとガウリイを見上げた。
「うぬぼれないでよね、ガウリイ───。あたしはあたしの持ち物を、ただ、取り返しに行っただけなのに」
「光の剣をか?」
「そうよ」
ガウリイがおかしそうに笑って、あたしの台詞を受け流した。
ぎしっと、寝台が再び音を立て、ガウリイがあたしの方に身を乗り出したのがわかった。
あたしの脇、身体のすぐ脇にガウリイがその手をついた。
「───オレはバカだからな、リナが迎えに来てくれたのが、光の剣でも、オレ自身でも、別にかまいはしないんだ。だって、あの時、十分にオレは嬉しかったから」
ふざけたことを言う顔が、あたしの側に近づいてきた。
片手で体重を支えているガウリイの、自由な方の手が、あたしの髪に触れる。それは耳の脇をとおり、頬の線を辿り、顎の辺りにかすかな感触を残して止まった。触れる指先から伝わってくる、自分とは違う体温があたしの意識を縛り付ける。
ぬくもりが………それよりも暖かいガウリイの思いが………触れている部分から伝わってくるような気がして、あたしは身動きできなかった。
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