夏の夜の夢

〜2〜

kyo


 
 
 

暗く湿った洞窟は、海から離れるにつれ、次第に乾きはじめていた。
剣の先にかけられた光量を落としたライティングの魔法が、薄ぼんやりと周囲を照らす。
洞窟の壁に含まれた鉱物が時折鈍く光を反射する。
それなりにムードがあると言えなくもない。
「な、なあミリーナ」
周囲の沈黙を破るのを恐れるかのようにルークが低くささやいた。
「こういう時に、なんなんだけどよ………」
ま、他に誰もいねーから、言っちまうんだが………」
ミリーナは歩みを止めない。
だが、ふとその眉が動いた。
「その………そろそろ本気で考えてくれねーか?
俺のこと」
ミリーナは振り向かない。
だが、ルークが照れたようにミリーナから視線を逸らし、ぽりぽりと自分の頬を掻く。
「確かに、俺のやってきたことは誉められたこっちゃねえ。
それは俺だってよくわかってる。
でもな。
あんたが俺といてくれれば、俺は………今の俺でいられるんだ。
だから、頼むんだが………ミリーナ、ちょっとは本気で俺のこと………」
ミリーナが足を止め、くるりとルークに向き直った。
ルークの瞳が輝きを増す。
「ミリ………」
「しっ」
名前を呼ぼうとしたルークの口元を、ぺったとミリーナの手が押さえた。
もがくルークを、ミリーナが鋭く制する。
「………黙って………何か聞こえない?」
「何が?」
ルークが不満げな表情でそれでも一応耳を済ます。
『おーっほっほっほっほっほっほっほっ………』
聞こえてきたのは、何やら不可解な音だった。
ルークの額に一筋二筋汗が伝った。
青ざめた顔でミリーナを見る。
ミリーナも黙ってルークを見た。
「………な、なあ………なんだか変な音が聞こえねーか?
怪物のわめき声みたいな………」
『おーっほっほっほっほっほっほっほっほっ』
不気味な声は、洞窟内に反響し、何重にもエコーを響かせる。
心なし、その声は先ほどより大きさを増していた。
「笑い声………?」
「しかし、とてもじゃねーが、人間の出すもんとは思いたくねーぞ」
だが、それは確かに人間の声に聞こえた。
それも、どうやら若い女性のような………。
「は………這い寄る混沌………まさか本当にいたとは………」
ルークが呟く。
「何を、バカな事を」
ミリーナがあっさり一蹴する。
ルークが媚びるようにミリーナを見る。
「な、なあ、ミリーナ………なんだか変なもんもいるみたいだしさ、ここは一つきっぱりと………」
「何者なのか、確かめてみるべきね」
きっぱりとミリーナが言う。
「………あ、そ、やっぱ行く訳ね」
ため息と共にルークが呟く。
くるりとミリーナが振り向いた。
「いやなら、別に来なくてもいいわ」
ルークがため息をついた。
がしがしと自分の髪をかきまわす。
「いやならって………あのな。
俺のミリーナだけを危険な目に会わせられるかってーの。
ほら、どいたどいた」
ルークが押しのけるようにミリーナの前に立った。
「何のつもり?」
ルークが背中越しにミリーナを見下ろした。
「あのな。なんだか知らねーがアブなそうなもんがあっちにあるんだろ?
そーゆー時に、先頭に立つのは、男の義務なんだよ」
そのままくるりと振り向くと、ぶちぶちと呟きながら洞窟の道をたどっていく。
「あーあ。俺が見たかったのは、水着姿のミリーナなのによっっ。ツイてねーぜ」
それを見送るミリーナの顔にほのかに笑みが浮んだ。
だが、振り返らなかったルークが、それを目にすることは―――結局、なかった。

反響する音だけを頼りに、洞窟の中の道を進んでいく。
が、いつからか、笑い声は途絶え、いっそ不気味なほどの静寂が支配する。
そのまま進みつづける二人の耳に、やがて、何やら低い、地響きのような音が聞こえはじめた。
「………な、なあ………今度は何だろな?」
「さあ?」
「なんだか、もう、どんなヘンなもんが出てきても驚かねーぞ。俺は」
ライティングの魔法で周囲を見渡していたミリーナが、洞窟の横に、小さな穴を見つけ、歩みを止める。
ルークを呼び止めたミリーナが、そっとその穴を覗き込んだ。
すぐに顔をあげる。
「………見つけたわ………」
「お宝かっっ?」
ルークがミリーナの元へ駆け戻ってきた。
だが、
「いいえ」
ミリーナは無表情に首を振った。
「いたのは、ドラゴンよ」
「はああっっ? ンな所にっっ?」
ルークが頓狂な声を上げる。
慌てて覗き込むルークの目にも、確かにそれは見えた。
しかし、それはドラゴンというよりもむしろ………。
「なあ、あのデッサンの異様に狂いまくった、一応ドラゴンに見えなくもねー物体って………」
「ストーンゴーレムみたいね」
「なっっ、何考えてんだよ、術者のヤツはっっ。
よりによって、こんな洞窟の中で、変なもん作るんじゃねーっっっ」
絶叫したルークが、ふと顔を引きつらせる。
「お、おいっっ。逃げるぞミリーナっっ」
「どうして」
「俺の気のせいでなきゃ………こっちへ向ってきてるぞ、あのゴーレム」
ルークは強引にミリーナの腕をつかむと走り出した。

「あーついてねえっっ。とことんついてねえっっ」
走りながらルークがぼやく。
ゴーレムは、確かに彼らの後を追っているようだった。
「クラゲに、不気味な高笑いに、おまけにストーンゴーレムにっっ。
次は何だ? 魔族か、それとも大魔王の食べ残しでも出てくるかっっ?」
ミリーナからの答えはない。
ただ、あきれたようにルークを見ている。
「なあ、ミリーナ?」
「何?」
「確か、ゴーレムって術者の命令で動くんだよな?」
「そうよ」
走りながらも、ミリーナが器用にこくりとうなずく。
「………なら、どうして俺達は逃げてるんだ?
どこのアホな術者が作ったのかはしらねーが、オレ達、そいつに追われる義理はねーぜ」
ミリーナは小首を傾げた。
「さあ。でも、そういう命令だったのかもしれないわ。
侵入者を排除しろ、とか。
あたりにいるものを始末しろ、とか」
そこで一端言葉を切って考え込む。
「………普通、そんなアバウトな命令は出さないものだけど………」
「ええい、うっとおしいっっ」
ルークは背後を振り返って呪文を唱えようとし………
「うわわわわわわ」
慌てて全力失踪を再開した。
「呪文唱えてる暇もねえか。なんで、ゴーレムのくせに、こんなに足が速ええんだよっっ」
「それだけ術者の腕がいいのね、きっと」
息も乱さずミリーナが答える。
二人が辿っている洞窟の道は、左右に複雑に入り組んでいたが、ゴーレムはそれをものともせずに進んでくる。
洞窟の中に、ゴーレムが洞窟の岩を壊すすさまじい音が響いていた。
「まったくっっ。こんな丈夫なゴーレムが作れるくらいなら、コントロールぐれえ、ちゃんとしろよなっっ。基本中の基本だろうがよっっ」
ルークが走りながらミリーナを振り返った。
「ミリーナもっっ。そう冷静にしてないで、ちょっとはあせれよっっ。追いつかれつつあるんだからよ」
ルークの台詞に、ミリーナはふと背後を振り返る。
その眉がいぶかしげにひそめられた。
「………コントロール………?」
「やべっっ。行き止まりだ」
ルークがぼやく。
どうやら走っている途中で、道を間違えてしまったらしい。
がっきょんばっかんと背後からゴーレムの立てる音が近づいてきた。
ふと、何を思いついたのか、ミリーナがルークを、力一杯引き寄せる。
「………ミリーナ。そーゆーお誘いは嬉しいんだけどよ。できればもっと状況を選んで………」
「ベフィスブリング」
照れるルークの背後に、唐突に大きな穴が出現した。
「へっっ?」
ミリーナがルークをその穴の中に突き飛ばす。
そして、ミリーナも間髪入れずに穴の中に身を翻した。
岩とミリーナに挟まれたルークが、ぐえっ、とカエルのようなうめきをもらした。
それでもめげずにミリーナの方に手を伸ばそうとする。
伸ばされた手は、あっさりミリーナに弾かれた。
ばこんっ、がっこんと、ゴーレムが近づいてくる。
「おい、ミリーナ。もっと奥の方に逃げないと………」
焦るルークに、ミリーナは落ち着いた視線を向けた。
「大丈夫よ、ルーク………多分」
「をい」
がっこん。
とりわけ大きな音がして、ゴーレムの前足が、彼らの目の前に突き出される。
そして、その足がふいっと持ち上がり………。
ゴーレムはあっさりと二人の目の前を通り過ぎた。
「は?」
穴からひょこいっと首を出したルークゴーレムの後ろ姿を視線で追う。
ゴーレムは、ただひたすら走りつづけ………走りつづけ………そのまま洞窟の壁を突き破って、ふっと彼らの視界から消えた。
ゴーレムの作った巨大な穴から、綺麗に澄んだ青い空が見える。
「………をい、何がどうなったんだ、今の………」
ぎっと首を曲げて問うルークに、
「どうやら、ひたすら突進するような命令だったらしいわね」
ミリーナがぼそっと呟いた。
 

二人がようやく船にたどり着いたときには、かなりな時間が経過していた。
よれよれと船に乗り込んだルークが、ごろりと大の字になって横たわる。
「ここまで来れば、もう何もないはずね」
ミリーナの台詞にも、安堵の色が濃い。
船は魔法の風を受けて、ゆっくりと岸辺を離れていった。
「………なーにが宝の地図だよ、ばかやろう」
船底からルークがぼやく。
「でも、持ってきたのは、あなたよ、ルーク」
髪を整えながら答えるミリーナの返事はそっけない。
「ううっっ」
ルークが捨てられた犬のような目でうるうるとミリーナを見た。
ミリーナがあきらめたようにひとつため息をつく。
そして何気なく島の方へと視線を戻し………そのまま凍り付いた。
「ねえ、ルーク」
その声に、らしくない緊張感がある。
「何だあ? ミリーナ」
ルークが半身を船底から起こした。
「………発動前に、紅い輝線が出るような呪文って………、何があったかしら?」
「ああ、ドラグスレイブとか、そーゆー黒魔術系の呪文だろ?」
ルークが即答した。
その顔にふと汗が流れる。
「なあ………そーゆーこと聞くってことは、まさか………」
「その『まさか』かも………」
ルークがぎぎっと顔を島の方に振り向ける。
島の中心部とおぼしき辺りから、伸びる真紅の輝線。
そして、すさまじいまでの魔力の集中―――。
「やっぱりいいいいいいっっ」
『ドラグスレイブ』
聞こえないはずの、『力ある言葉』の詠唱が聞こえた気がした。
───そして、人間の唱えられる最大の呪文の余波で生じた波は、
あっさりと小さな船を巻き込んだ。

「バカ野郎―っっっっっ」
ルークの虚しい叫びだけが蒼い海に吸い込まれていった。
 
 

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