夏の夜の夢

〜1〜

kyo


 
 

発端はルークが持ってきた一枚の地図だった。

「宝の地図?」
ルークは大きくうなずいた。
「そ。ミリーナも名前ぐらいは聞いたことがあるだろ?
キャプテン・ブラドッグって言ったら、結構有名だからな。
ほら。これが、その地図だ」
そう言って、一枚の古びた羊皮紙を机の上にそっと広げる。
そこには色のあせたインクで、海岸線らしきものといくつかの記号が書かれていた。
その地図に書かれた地形は、ミリーナ達が今滞在している海岸のそれに酷似している。
このあたりは入り江が多く、あちこちに小さな島も点在している。
そういった島の一つとおぼしきあたりに、大きく赤い×印がついていた。
「………そんな大海賊の宝が、こんなところに?」
ミリーナがいぶかしげに首を傾げる。
「ま、ほら、灯台もと暗しって言うだろ?」
ミリーナは、それには答えず、
「どこで手に入れたの? こんなもの」
ルークが得意そうに鼻の下をこする。
「それがさ、聞いて驚け、なんと昨日焼きそば喰った屋台のばあちゃんからもらったんだ」
ミリーナの表情が、ぴくりと揺れる。
「………なんか、確かにある意味では驚けるわね………」
眉のあたりを軽く揉む。
白い指が、ぽんっと軽く地図を弾いた。
「何を考えてるの? ルーク」
「いやあ、ほら、夏だろ、海だろ?って言ったらそりゃーやっぱり」
ふっふっふっふっふっふっふ。
何を想像しているのか、ルークの顔がなにやらにやける。
「なるほどね………何を考えてるかは大体判ったけど」
はっとルークが自分を取り戻した。
「ま、まーまー。ほら、ちょっとばかしこの地図があやしーことは確かだけどよ。
俺のカンは、ここに何かがあるって言ってるし。
お宝があればラッキー、なくても、ま、ちょっとした気分転換ってことで、どうだ?」
ミリーナを覗きこむ。
「………どうしようかしらね………」
ミリーナはテーブルの上の地図をじっと見つめた。

船を出して欲しい、とミリーナが言うと、老人は静かに首を振った。
「あの洞窟に行きなさるのかね」
老人は、ぷかりとたばこをふかした。
吐き出された煙が輪になって、ふやふやと浮かんでいく。
「悪いことは言わん。よしたほうがええ」
「どうしてですか?」
いぶかしげにミリーナが尋ねる。
「どうしてもこうしても」
老人は手にした煙管で海の方を指し示した。
「見てみい。この海の状態を」
ルークが目の上に手を当てて、遠くを見透かした。
「………そういや、なんだか、一面に白いモンが浮いてるな」
「そうとも。ありゃクラゲじゃ」
「クラゲ?」
ルークとミリーナの声が重なった。
老人は頷いた。
「どういうわけか、ここ2〜3日クラゲが大量発生していての。
漁に出たモンもいなくはないが、みなクラゲに全身刺されて帰って来おる。
………海の神のタタリかもしれん」
老人がゆっくりと首を振る。
「悪いこた言わん。あきらめたがええ」
呟く老人を間に挟んで、ルークとミリーナはしばし顔を見合わせた。

渋る老人から、どうにか船を借り受ける話をまとめた時には、すでに日は傾きかけていた。
二人は宿への帰路につく。
海岸沿いの道を歩きながらルークが呟いた。
「とうとう、自分で船を出すとは言わなかったよな、あのじーさん。
ミリーナが首を振った。
「原因はわからないってことだったけど………。
このクラゲの量は異常だわ。まるで誰かがゼラスゴートでも使ったみたいね」
「ゼラスゴート? 何だそりゃ?」
ルークはその呪文に心当たりがないのか、首をひねっている。
ミリーナが無表情にルークに答えた。
「クラゲ召喚の魔法よ」
「………何に使えるんだよ、その呪文………」
めまいを感じたようにルークが頭を押さえる。
「さあ?」
ミリーナは首を傾げた。
確かに使い勝手の悪い………というよりむしろ全く役にたたない呪文である。
たとえそんなものを知っていても、海で遭難した時の役にすらたつまい。
ルークがぼやく。
「ま、ンな事はどうでもいいが………どこの馬鹿だよ、そんな変な呪文を唱えたやつは」
がっと拳を握りしめる。
「おかげで、俺の壮大な『夏の海に来たからには水着姿のミリーナとらぶらぶ(はあと)』作戦が遂行できねーじゃねーかよっっ」
何やらあさっての方角に向かってわめくルークに
「わかりやすい下心よね」
ミリーナがぼそっと呟いた。
ルークはそれを聞き流す。
「どこのどいつだっっ。
この俺が冬から暖め続けてきた『らぶらぶ作戦』を邪魔する奴は。
挑戦なら、受けてたつぜっっ。どっからでもかかってこいってんだ」
どんっっ。
更に言葉を継ごうとしたルークは、不意に自分の胸に鈍い衝撃を感じた。
「なんだ、なんだ?」
胸のあたりに栗色の頭が見える。
どうやら、勢い余った誰かがルークに衝突したものらしかった。
「あ、ごめんなさい」
ルークはぶつかって来た相手に反射的に言いかけた文句を引っ込める。
ぶつかって来たのは、まだ幼い―――特に胸が―――と言っていい少女だった。
女子供相手には怒れない。
特にミリーナの前では。
ルークは適当に少女に手を振って見せた。
少女はぺこりと軽く頭を下げ、再び走り出す。
「ちょっと、待ちなさいよ」
どうやら誰かを追いかけていたらしく、かわいらしい声で叫びながら。
栗色の髪がふわりと揺れる。
見るともなしに少女の走り去る先に視線をやると、背の高い女性の姿があった。
ルークが低く口笛を吹く。
水着より露出度の高そうな服───それが服と呼べるのなら───を纏い、白い手足を惜しげもなくさらしている。
服のセンスは全くだが、なかなかのナイスバディだった。
「おー、眼福眼福」
妙にじじむさい台詞を吐くルークにミリーナの冷ややかな視線が突き刺さる。
ルークがはっと息を飲んだ。
「ち、違う。今のは、つい、その、男なら当然の本能ってやつで………」
「そう?」
いつも素っ気のないミリーナの声は、気のせいか普段に輪をかけて素っ気なかった。
ルークがあわてて言葉を継ぐ。
「俺はミリーナ一筋だっっ。
信じてくれっっ、ミリーナぁっっ。
別にミリーナのほうが胸がないとか露出度低いとか、そーゆー風に思ってるわけじゃあ………」
言い募るルークの顔がだんだん青ざめていく。
ミリーナの返事は冷ややかだった。
「私は別にどうでもいいけれど………、とりあえず、それ以上墓穴掘らない方がいいんじゃない?」
「ああっっ、信じてくれよっっ。ミリーナあ………」
ミリーナは興味を失ったようにルークから視線をそらした。
代わりに、二人の女性の駆け去った方をじっと見る。
「………なんだか変な人たちだったわよね………今の………」
「ミリーナああっっ」
ルークの叫びだけが何時までも海に響いていた。

ぎしり、と重い音が、まだ暗い水面を渡っていった。
ルークがそれに負けないくらい重々しい口調で語りつづける。
「………男は、不思議に思った………。
確かにそう言って老婆は消えた………だが、どうしても気になる。
そしてその男は、そっと扉を開けた。すると………」
ルークはそこで一端言葉を切った。
まだ夜の明けきっていない暗い海に、古い船が波を受けてぎしぎしときしむ音だけが響く。
ルークは暗い目でミリーナを見た。
それまで低めていた声のテンションを一気にあげる。
「そのばーさんが血塗れの包丁を片手に持ち『見い〜た〜な〜』と言って男の方にその包丁をっっ」
「………そう………」
ミリーナが素っ気なく相づちを打つ。
「………そうって………あのなあ………」
ルークが一つため息をついた。
「ノリが悪いぜ、ミリーナ」
ちっちっとルークがミリーナの目の前で指を振る。
「夏って言ったらやっぱり怪談だろーが。
蝋燭持って肝試しとかよ。
人がせっかくとっときの怪談をしてるってえのに、
その反応はあんまりなんじゃねーか?」
「そう?私はただ単に、あなたが女性を怖がらせて抱きつかせようとでもしているのかと思ったんだけど?」
無表情にミリーナがルークを見る。
「そんな………ミリーナに向かってンな見え透いた手を使うわけ、ないだろ?」
ルークの顔が引きつった。
慌てて次の話題を探す。
「い、いやあ、あの、だから、ホントにとっときの話があってさ、
こーゆーのはどうだ?
『這い寄る混沌』って言ってな、
なんでもその場所では、夜な夜な不気味な女の高笑いが聞こえて………」
「着いたわよ、ルーク?」
冷静にミリーナが指摘する。
ルークはため息をついた。
魔法の風を受けて走っていた船は、いつの間にか、目的地の海岸まで到着していた。

岩場を避けて、器用にオールを操り、海岸へと船を寄せる。
何処へ消えたのか、昨日あれほどあったクラゲの姿は、既にない。
………まさか、誰かが捕獲して、中華食材店に売った訳でもないだろうが………。
海岸につくと、ルークが船から飛び降りて、水に半身を浸しながら、適当な岩にロープを結びつけた。
まだ船に残っているミリーナに向かってすっとその手を差し伸べる。
ミリーナは、自力で岩場に軽やかに身を躍らせた。
「何してるの。行くわよルーク」
「………俺って一体………」
ルークがぼやいた。
ミリーナはかまわず歩き去る。
我に返ったルークは、慌ててミリーナの後を追った。
「───待てよ、おい。
行かねーなんて言ってないだろ?
おーい。
ミリーナってばよ───」
 
 


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