眠り姫の魔法

〜1〜

kyo



 
 
 
 
 
 
 

 
『お久しぶりです、リナさん』
街角で掛けられた声を、あっさりとリナは無視した。
「ねえ、ガウリイ。今日の夕飯、何食べよっか」
ガウリイがのんびりと、
「そうだなあ、そこの曲がり角にある、焼き肉の店なんかどうだ?」
リナはどんよりと曇った空を見上げ、首を振った。
「うーん。焼き肉食べ放題も悪くないけど、今日はちょっと寒いわよね。
もっと暖かいものなんかどう?」
「それなら、この通りの先に、なんか鍋物の店があるみたいだぞ」
顔に手をかざし、遠くの方を見渡していたガウリイが言う。
「ええー? あたし見えない。ホントあんたの目って、エルフ並よね。ガウリ
イ」
『あのー、リナさん。ガウリイさん』
再び声が掛けられる。
リナが首を傾げた。
「でもねえ、ちょっと鍋物だとあっさりしすぎじゃない?
どうせならじっくり煮込んだポトフなんかどーお?
さっきちょっといい雰囲気のお店があったから、目、つけといたのよ」
「オレ、それより、シチューが食べたい」
「………それも悪くないわね。フライかなんかもつけて。この辺だと、おいし
い川魚がとれるのよ。それのフライなんて、いいわねえ」
『あのー、もしもし? 聞いてます?』
みたび掛けられた声は、なにやら寂しげだった。
「なあ、リナ。さっきから何か聞こえないか?」
問いかけるガウリイにぱたぱたと手を振ってリナが答える。
「心霊現象よ、心霊現象」
ガウリイがぽんっと手を打った。
「そーか、心霊現象ってこーゆーのを言うのか」
『勝手に心霊現象にしないでください』
リナとガウリイの目の前に、錫杖を携えた一人の神官が姿を現す。
肩のあたりで切りそろえられた黒髪。
何時もにこにこと笑っているように細められた目。
そこに現れたのは、リナ達が嫌というほど見知った相手だった。
リナが冷たく一瞥する。
「………なんだ………あんたなの………ゼロス………」
「『なんだあんたなの』って………リナさん………そんな嫌そうに」
リナがあきれたように、
「あのねえ───町中で魔族に声掛けられてよろこぶようなヤツがどこにい
るってのよ」
「つれないですねえ、リナさん」
黒髪の神官が涙を抑えるふりをした。
「折角、昔の旅の仲間が偶然再会できたんですから、もっと喜んでいただかな
いと」
リナが人の悪い笑みを浮かべる。
「あんたの言う「偶然」を信用しろっていうの?」
ゼロスがにこりと笑って首を傾げた。
「そうですね。そう信じていただければ、とりあえず幸せになれますよ」
リナはその台詞を鼻先で聞きとばした。
「───それで? 今度は何の用?
『群狼の島』の誰かに言われてきたの? それとも、あなたのご主人様?」
ゼロスがふと真面目な顔になる。
「実は、ここに来たのは、僕自身の用件で」
ふっとその目が見開かれる。
「………あなた達の命をいただきに」
「あっそう」
「『あっそう』って」
あっさりとしたリナの答えに、ゼロスががっくりと肩を落とす。
「………ちょっとは怖がってくださいよ。ひどいですね、リナさん」
「だって、本気じゃないでしょ。ゼロス。嘘はもうちょっとうまくつくもん
よ」
「どうして、嘘だと解りました?」
「殺すつもりなら、わざわざあたし達があんたに声を掛ける気になるまで待
つってことはないでしょう?
それに、あんたは凄みをきかせて「殺す」って言うタイプじゃないじゃない。
どっちかって言うと、にこにこ笑いながら相手を追いつめてくタイプよね」
「ばれてるんじゃあ、仕方ありませんねえ………」
ゼロスがため息をついた。
「じゃあ、素直に用件言いますけど───本当は、リナさんにちょっとしたお
茶目なお願いがあって来たんです。
どうでしょう。お話はお食事をとりながらということで」
「お願いっっ?」
ガウリイが頓狂な声を上げ、リナをつんつんとつついた。
「なあ、リナ。ゼロスが『秘密です』以外の事を言ってるぞ」
「奇遇ね、ガウリイ。あたしも今、そう思ったのよ」
リナは、天を仰いでため息をついた。
「………なんか、もしかすると、命をねらいに来られた方がまだましだったか
もね………」
 
 

夕食にはまだ早い時間だったが、食堂にはそこそこ人が集まっている。
騒々しさもそこそこで、周囲の会話に注意しているものは、ほとんどいない。
リナ達は、喧噪から少し外れた席に陣取った。
「ま、何でもお好きなものをどうぞ」
にこやかにゼロスが言う。
差し出されたメニューを受け取りながらリナが問いかける。
「どうしたの、ずいぶん気前がいいじゃない」
朗らかにゼロスが答えた。
「ええ、それはもう。今回は、必要経費で落とせますから」
リナがこめかみに指を当てた。
「………魔族の必要経費って一体………」
「ひつよーけー?」
「ああ、あんたはいいから黙ってて、ガウリイ。
とりあえず、なんでも好きなもの頼んでいいから。───ちゃんとあたしの分
もね」
リナがガウリイにメニューを押しつける。
喜々としてメニューに取りかかり始めたガウリイを横目で見ながら、
「………必要経費で落とせるって事は、やっぱりあんたの仕事がらみ、上司が
らみなんじゃない。一体あたしに何の用よ。あれだけさんざん好き勝手に人の
こと利用しといて、また利用する気?」
「あはははは。利用だなんて………そんな」
ゼロスは笑ってごまかした。
「リナさんに『お願い』というのは、本当なんですよ。
ちょっと、リナさんのお力を貸していただきたいことがありまして」
「いきなり、ギガスレイブ使えなんていうのは聞かないわよ?」
ゼロスが苦笑した。
「まあ、それは次の機会にでもお願いします。
今回は、本当に、素直なお願いです。
まあ、魔道士としてのあなたに対する『仕事』の依頼だとでも」
「あたしが、受けると思うの? 魔族からの依頼なんて」
「まあ、普通は無理でしょうね」
ゼロスは、一口、目の前に運ばれてきたお茶をすすった。
何気ないことのように続ける。
「───でも、どうでしょう?
今回の依頼の報酬が『世界』だと言ったら。
あなたはどうなさいますか? リナさん」
リナが動きを止め、きついまなざしでゼロスを見た。
「───どういうこと? 説明しなさい、ゼロス。
言うまでもないとは思うけど………、『秘密です』なんてのは無しにして、
よ」
ゼロスは頷いた。

「まあ、僕たち魔族にもいろいろありまして。
中にはやっぱり困った方もいらっしゃいます。
これで、中間管理職っていうのも結構苦労するんですよ、
みなさん好き勝手なことなさってるから。
カタートでペットを飼いたい、なんてのはまだ可愛いほうなんですが………、
先日ある方が、何を考えたんだか、自分の分を越えた術を使っちゃいまして
ね。
その方ご本人は、あっさりその術の余波で滅んじゃってるんですけど、
その術の結果、ちょーっと空間が不安定になりましてねえ。
このままほっとくとそこからほころびが生まれて、そのうち世界がこわれちゃ
うんです。
おかげで僕が後始末することになったわけなんですが………」
ふうっとため息をついてお茶を一口すすり、
「いやあ、困ったもんですね。あはははは」
「さわやかに笑っていうことかあああああああっっ」
リナがどこかからスリッパを取り出して、ゼロスの頭にヒットさせた。
「そいつは、一体なんの術をつかったのよ」
「召喚です」
「何を呼び出すつもりだったの?」
「異界の魔王の眷属を」
リナが頭を抱え、椅子に座り込んだ。
ガウリイはきょとんとした顔で、そんなリナを見つめていた。
「本来だったら、そうそう簡単に異世界から召喚なんてかけられないんです。
神族か魔族のトップクラスの力でもないとね。
ですが、ちょっと最近この世界も、なんやかんやで空間的に結構不安定でした
からねえ。
たまたまタイミング良くというか悪くというか、道が通じちゃいまして。
───仮に異界のものと呼んでおきますが───あっち側の方がお見えになっ
てしまったんです」
ゼロスは一度そこで言葉を切り、にっこりとリナに笑いかけた。
「で、僕のお願いなんですが………。
リナさんには、そこにもう一度、道を開いていただきたいんです」
「ンな道を開く呪文なんて、しらないわよ、あたし」
疲れたようにリナが答える。
「いえ、必要なのは、呪文じゃなく、強力な魔力なんです。
道を開くにはどうしても必要でして………」
「だったら、あんたがやりなさいよ、ゼロス。
あんた、確かブラストボムとか使えたわよね」
「そうですね。リナさんにタリスマンをお買いあげいただく前は、使ってまし
たよね」
すました顔でゼロスが答える。
「僕たちが欲しいのは、空間を揺るがせることのできる力です。
あいにく精霊魔術にはそんな力はない。

魔族か、神族のトップクラスの力、もしくは、その力を借りた呪文───そう
いったものでもないと、異界への扉を開くなんてのは、本来無理なんです」
「なるほど………あんたたち魔族には、どちらも使えないって訳ね」
ゼロスが頷いた。
「それに、あちら側からいらした方も、ちょっとやっかいでして………。
多分その世界を構成している法則が違うからなんでしょうね。
ちょっと試してみたんですが、剣は勿論、並の魔法じゃ全く通じないんです
よ。光の剣ならともかく、普通の魔力剣なんかじゃちょっと通じないでしょう
ね」
「そんなけったいな相手、あたしにどうしろっていうのよ。
そーゆーことなら、あたしの故郷の姉ちゃんにでも声を掛けてみれば?
いっつもあたしばっかり利用しないで」
「まあ、それも考えたんですが、とりあえず、昔のよしみで、まずリナさんに
声をお掛けした、というわけで」
「………いらんわい。ンなよしみ………」
「そうおっしゃらずに、ちょっと考えるだけでも………。
一応、それなりの報酬をお支払いしたっていいですし………」
「考えるも何も………」
リナがちらりとガウリイを見た。
「ンな、命がいくつあっても足りないような話、いくら報酬積まれたって、誰
が頷くっていうのよ」
ゼロスが苦笑した。
「まあ、今すぐどうこうという話じゃありませんし。
考えるだけでも、考えてみてくださいね。
そうじゃないと、後で顛末書を書くのに困りますから、僕」
かたんと音をたてて、ゼロスが席から立ち上がる。
リナの方をのぞき込み、
「では、リナさん。いずれ───また」
そう言ってゼロスは立ち去った。
 

二人が食堂を後にしたとき、太陽はすでに山の端に隠れ、
町の中にはちらほらと明かりがつき始めていた。
仕事を終えて家路につく人や、これからちょっと一杯引っかけにいく人々で、
道はごったがえしている。
ガウリイがリナの後を歩きながら、ぼそっと尋ねた。
「なあ、どうするんだ? リナ。さっきの話」
リナが立ち止まり、くるりとガウリイの方を振り返る。
「さっきの話?」
ガウリイが頷いた。
「………やーねー、ガウリイ。
あたしは行かないって」
リナがめいっぱい苦笑する。
「今度ばかりは、あたしが原因って訳じゃないみたいだし………。
世界を救うなんてのは、故郷の姉ちゃんにでも、任せるわ」
「そうか」
ガウリイが少しほっとしたように答えた。
「そーそー」
リナが笑った。
ぱんぱんとガウリイの背中を叩く。
「さ、今日は早く帰って、早く寝ましょ。明日の出発は早いわよ」
 
 




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