〜1〜
kyo
夕食にはまだ早い時間だったが、食堂にはそこそこ人が集まっている。
騒々しさもそこそこで、周囲の会話に注意しているものは、ほとんどいない。
リナ達は、喧噪から少し外れた席に陣取った。
「ま、何でもお好きなものをどうぞ」
にこやかにゼロスが言う。
差し出されたメニューを受け取りながらリナが問いかける。
「どうしたの、ずいぶん気前がいいじゃない」
朗らかにゼロスが答えた。
「ええ、それはもう。今回は、必要経費で落とせますから」
リナがこめかみに指を当てた。
「………魔族の必要経費って一体………」
「ひつよーけー?」
「ああ、あんたはいいから黙ってて、ガウリイ。
とりあえず、なんでも好きなもの頼んでいいから。───ちゃんとあたしの分
もね」
リナがガウリイにメニューを押しつける。
喜々としてメニューに取りかかり始めたガウリイを横目で見ながら、
「………必要経費で落とせるって事は、やっぱりあんたの仕事がらみ、上司が
らみなんじゃない。一体あたしに何の用よ。あれだけさんざん好き勝手に人の
こと利用しといて、また利用する気?」
「あはははは。利用だなんて………そんな」
ゼロスは笑ってごまかした。
「リナさんに『お願い』というのは、本当なんですよ。
ちょっと、リナさんのお力を貸していただきたいことがありまして」
「いきなり、ギガスレイブ使えなんていうのは聞かないわよ?」
ゼロスが苦笑した。
「まあ、それは次の機会にでもお願いします。
今回は、本当に、素直なお願いです。
まあ、魔道士としてのあなたに対する『仕事』の依頼だとでも」
「あたしが、受けると思うの? 魔族からの依頼なんて」
「まあ、普通は無理でしょうね」
ゼロスは、一口、目の前に運ばれてきたお茶をすすった。
何気ないことのように続ける。
「───でも、どうでしょう?
今回の依頼の報酬が『世界』だと言ったら。
あなたはどうなさいますか? リナさん」
リナが動きを止め、きついまなざしでゼロスを見た。
「───どういうこと? 説明しなさい、ゼロス。
言うまでもないとは思うけど………、『秘密です』なんてのは無しにして、
よ」
ゼロスは頷いた。
「まあ、僕たち魔族にもいろいろありまして。
中にはやっぱり困った方もいらっしゃいます。
これで、中間管理職っていうのも結構苦労するんですよ、
みなさん好き勝手なことなさってるから。
カタートでペットを飼いたい、なんてのはまだ可愛いほうなんですが………、
先日ある方が、何を考えたんだか、自分の分を越えた術を使っちゃいまして
ね。
その方ご本人は、あっさりその術の余波で滅んじゃってるんですけど、
その術の結果、ちょーっと空間が不安定になりましてねえ。
このままほっとくとそこからほころびが生まれて、そのうち世界がこわれちゃ
うんです。
おかげで僕が後始末することになったわけなんですが………」
ふうっとため息をついてお茶を一口すすり、
「いやあ、困ったもんですね。あはははは」
「さわやかに笑っていうことかあああああああっっ」
リナがどこかからスリッパを取り出して、ゼロスの頭にヒットさせた。
「そいつは、一体なんの術をつかったのよ」
「召喚です」
「何を呼び出すつもりだったの?」
「異界の魔王の眷属を」
リナが頭を抱え、椅子に座り込んだ。
ガウリイはきょとんとした顔で、そんなリナを見つめていた。
「本来だったら、そうそう簡単に異世界から召喚なんてかけられないんです。
神族か魔族のトップクラスの力でもないとね。
ですが、ちょっと最近この世界も、なんやかんやで空間的に結構不安定でした
からねえ。
たまたまタイミング良くというか悪くというか、道が通じちゃいまして。
───仮に異界のものと呼んでおきますが───あっち側の方がお見えになっ
てしまったんです」
ゼロスは一度そこで言葉を切り、にっこりとリナに笑いかけた。
「で、僕のお願いなんですが………。
リナさんには、そこにもう一度、道を開いていただきたいんです」
「ンな道を開く呪文なんて、しらないわよ、あたし」
疲れたようにリナが答える。
「いえ、必要なのは、呪文じゃなく、強力な魔力なんです。
道を開くにはどうしても必要でして………」
「だったら、あんたがやりなさいよ、ゼロス。
あんた、確かブラストボムとか使えたわよね」
「そうですね。リナさんにタリスマンをお買いあげいただく前は、使ってまし
たよね」
すました顔でゼロスが答える。
「僕たちが欲しいのは、空間を揺るがせることのできる力です。
あいにく精霊魔術にはそんな力はない。
魔族か、神族のトップクラスの力、もしくは、その力を借りた呪文───そう
いったものでもないと、異界への扉を開くなんてのは、本来無理なんです」
「なるほど………あんたたち魔族には、どちらも使えないって訳ね」
ゼロスが頷いた。
「それに、あちら側からいらした方も、ちょっとやっかいでして………。
多分その世界を構成している法則が違うからなんでしょうね。
ちょっと試してみたんですが、剣は勿論、並の魔法じゃ全く通じないんです
よ。光の剣ならともかく、普通の魔力剣なんかじゃちょっと通じないでしょう
ね」
「そんなけったいな相手、あたしにどうしろっていうのよ。
そーゆーことなら、あたしの故郷の姉ちゃんにでも声を掛けてみれば?
いっつもあたしばっかり利用しないで」
「まあ、それも考えたんですが、とりあえず、昔のよしみで、まずリナさんに
声をお掛けした、というわけで」
「………いらんわい。ンなよしみ………」
「そうおっしゃらずに、ちょっと考えるだけでも………。
一応、それなりの報酬をお支払いしたっていいですし………」
「考えるも何も………」
リナがちらりとガウリイを見た。
「ンな、命がいくつあっても足りないような話、いくら報酬積まれたって、誰
が頷くっていうのよ」
ゼロスが苦笑した。
「まあ、今すぐどうこうという話じゃありませんし。
考えるだけでも、考えてみてくださいね。
そうじゃないと、後で顛末書を書くのに困りますから、僕」
かたんと音をたてて、ゼロスが席から立ち上がる。
リナの方をのぞき込み、
「では、リナさん。いずれ───また」
そう言ってゼロスは立ち去った。
二人が食堂を後にしたとき、太陽はすでに山の端に隠れ、
町の中にはちらほらと明かりがつき始めていた。
仕事を終えて家路につく人や、これからちょっと一杯引っかけにいく人々で、
道はごったがえしている。
ガウリイがリナの後を歩きながら、ぼそっと尋ねた。
「なあ、どうするんだ? リナ。さっきの話」
リナが立ち止まり、くるりとガウリイの方を振り返る。
「さっきの話?」
ガウリイが頷いた。
「………やーねー、ガウリイ。
あたしは行かないって」
リナがめいっぱい苦笑する。
「今度ばかりは、あたしが原因って訳じゃないみたいだし………。
世界を救うなんてのは、故郷の姉ちゃんにでも、任せるわ」
「そうか」
ガウリイが少しほっとしたように答えた。
「そーそー」
リナが笑った。
ぱんぱんとガウリイの背中を叩く。
「さ、今日は早く帰って、早く寝ましょ。明日の出発は早いわよ」